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慶應大村井教授と東大坂村教授、ユビキタス社会をテーマに対談


ユビキタスコンピューティングをリードする両氏が握手
 20日と21日の2日間、東京都港区の六本木ヒルズにおいて、慶應義塾大学SFC研究所主催によるフォーラム「SFC OPEN RESEARCH FORUM 2003」が開催されている。初日の20日には、慶應義塾大学環境情報学部教授の村井純氏と東京大学大学院情報学環教授の坂村健氏が「ユビキタス社会とコンピュータ技術+ネットワーク技術」と題した対談を行なった。

 村井氏と坂村氏といえば、RFIDを使ったユビキタスコンピューティングの研究者として、Auto-ID Center(村井氏)とユビキタスIDセンター(坂村氏)というRFIDの標準化団体をそれぞれ代表する立場だ。対談は主に村井氏が問題提起し、坂村氏がそれに答えるかたちで進行。RFIDのデモやくだけた会話も挟みながら、終始和やかな雰囲気で進んだ。


「オープンアーキテクチャが私の信念」と坂村氏

東京大学大学院情報学環教授の坂村健氏
 対談は、1970年代のARPANETの話題で始まった。ARPANETは、1969年に米国防総省が研究・調査用に構築したインターネットの原型ともいえるネットワーク。構築当初はカリフォルニア大学ロサンゼルス校、同サンタ・バーバラ校、スタンフォード大学、ユタ大学の4つのキャンパスを結び、その後全米の大学へと拡大した。

 坂村氏は当時を振り返り、「初めて日本がARPANETにつながったのは東大から。1970年代前半、米国に滞在していたとき、西海岸の大学から一瞬のうちに東海岸の大学にいる研究者にコンタクトがとれるのを見て驚いた」と語った。一方、村井氏が「ARPANETで思い出すのは僕が学生の頃、米国のキャンパスにいたとき、『天才Ken Sakamuraが日本からやって来る』と大騒ぎになったのを覚えている」と語れば、坂村氏は「ネットは無色だから、いいことも悪いことも流れますよ」と切り返し、会場を沸かせた。

 村井氏がインターネットの歴史を振り返り、「現在は我々専門家だけでなく、普通の人たちがインターネットでデジタル情報を得て、それを交換できる。当時の状況を考えると、すばらしい時代になりましたよね」と問いかけると、坂村氏もそれに同意。自らの理念について「インフラ、基盤に関する部分はオープンでやるというのが私の信念。『パソコンを作るプロジェクトが失敗したからタダにしたんだろう』と言う人がいますが、それはウソです。私は初めから非営利で、オープンアーキテクチャでやっていた」と力説した。

 さらに、坂村氏自身が会長を務め、障害を持った人のためのコンピュータのあり方を問うTron Enable Ware研究会について触れ、「グラハム・ベルの電話の発明は、奥さんが耳の障害を持っていて、耳元で聞こえやすくする装置を作ったのが始まり。100年経った今では、バイブレーションで着信を伝えたり、メールだったら聴覚障害の方同士でも通信できる。この部分での研究は確実に一般の人へも影響を与える」と指摘。コンピュータやネットワークがもたらす利益を、より多くの人が享受できる社会を目指す考えを明らかにした。

 坂村氏が20年間にわたって注力するTron Projectも、非営利団体によるオープンアーキテクチャを目指した活動であることに意味があるのだという。「コンピュータは産業基盤に乗ったから発展した。だから一概に商業主義を批判する気持ちはない。ただ、商業ベースだと本来あるべき姿とは当然ずれてくる。だからこそ我々は理想的なコンピュータをどう作ったらいいのかということを考えているし、それに近付ける努力をしている。オープン思想も、Enable Wareも、そういう理念で取り組んできた活動だ」と語った。


技術を理解していない人がWindowsやLinuxとTronを比べる

慶應義塾大学環境情報学部教授の村井純氏
 村井氏が「汎用のコンピュータ、組み込み機器のコンピュータ、スーパーコンピュータの世界はどうやってつながり、融合していくのか」と問いかけると、坂村氏は「いろいろ話し合うのはいいことだと思うが、それ以前の問題として、技術を理解していないのに未来像ばかりを話し合う人が多すぎる」と指摘した。

 さらに、「(技術を理解しない人は)WindowsやLinuxとTronを比べるが、仕組みそのものがまったく違う。違った種類の処理を同時に複数行なうとき、Tronは優先度を付けることができる。マイクロソフトがT-Engineフォーラムに入ったのには、そういう理由がある。携帯電話のソフトウェアもよく話題になるが、表面のOSに何を使っていようが、コアの通信をコントロールしているのはTron。なぜなら、WindowsやLinuxではマイクロ秒単位で電波の管理をできない。もし、WindowsやLinuxにそれができて、今見せてもらえるならここ(会場となった六本木ヒルズ森タワー24階)から逆立ちで降ります。そのあたりの技術を知らないで、『未来の標準はLinuxでは』という話をされても困る。そもそも役割が違うのだから」と語った。

 村井氏もこれに同意。「我々専門家は、家の中だけをとっても無数にTron(を使用した製品)があるのは昔から知っていた。でも今、すごく理解されるようになりましたよね」と問いかけると、坂村氏は「いろいろなことを経て、ようやく理解されてきた。やり始めた当時は私も若く、ピュアだったので世の中はみんないい人だと思っていたが、20年間やって50歳を過ぎた今やっとわかった。悪い人の方が多いと」とユーモアで返すと、会場が笑いで包まれた。


人間対人間のコミュニケーションから、機械対機械へ

坂村氏がRFIDの付いたワインボトルや衣服などでデモを行なった
 その後、話題は本題となるRFIDを使った、いわゆるユビキタスコンピューティングへと移った。

 村井氏が「やりとりしている内容が数字から文字、音声、映像へとリッチ化し、カメラが急激にデジタル化したように、どんどん一般の製品もデジタル化が進んでいる。現実に起こっているように、人対人のコミュニケーションを考えると、動画をやりとりするようになるのは明らか。次はコンピュータとコンピュータが話す時代になる」と述べると、坂村氏も「人間のコミュニケーションが五感を使っているのと同じで、コンピュータにもメディアのリッチ化は求められる」とコメント。さらに、「一方で機械同士の通信にマルチメディアコミュニケーションは必要なく、むしろリアルタイム性のほうが重視される。だから、ひとつの技術でなんでもやるのは難しい。いろいろ役割を分けるのがいい。RFIDを使ってあらゆる機能を分散させるコンピューティングはその究極」と、ユビキタスコンピューティングの意義について語った。

 この後、坂村氏が持ち込んだRFIDリーダとRFIDタグを使って、ワインボトルや衣服などの商品情報をRFIDリーダが音声で伝えるデモが行なわれた。


世界をリードするには「純粋な技術力」

両氏は12月に東京で行なわれる「Tron Forum」でも対談を行なう予定だ
 次いで村井氏が、日本でユビキタスコンピューティングやRFIDの研究が進んでいることを理由に、この分野で世界をリードできるのではないかと問うと、坂村氏は「日本は政治のネゴシエーションがまず不得意。国家の施策として、IBMに500億円の国家予算を投じるような米国とは違いすぎる」と政治的土壌の違いを指摘した。「そうなると、やはり技術力しかない。たとえ米国がITUやISOの定めた規格に従わなかったとしても、そのままアメリカと戦うという方法ではなく、世界標準の規格も米国が利用する規格もすべて対応してしまえばいい」と語り、政治的な駆け引きではなく、純粋な技術力で他を圧倒するしかないとの考え方を示した。

 村井氏も、「技術に対する無理解が大きい。政治家が政治で解決する、法律家が法律で解決するというのでは、いずれも技術への理解が足りないために必ず変な方向に行っている。彼らを技術者や専門家が教育することも必要」とし、坂村氏と同様、技術への理解を深めることが重要との考えを示した。

 さらに両氏は、アジアへの関心について語り、「時差がないのは話し合う上で有利」(村井氏)、「アジアは人材も豊富。日本は米国だけでなく、アジアもパートナーとして重要視すべき」(坂村氏)といった意見交換を行なった。

 さらに村井氏は、大学の役割へと話題を転換。坂村氏に大学の役割を問うと、坂村氏は「研究機関としての大学」「教育機関としての大学」の2点を挙げた。前者について、「先端研究はリスクが大きく、そのリスクをすべて民間が負うのは難しい。インターネットもUNIXもすべては軍事研究がおおもとだが、日本の場合は軍事研究がない。その分、特に大学の役割は大きい」とした。一方の教育機関としての大学については、これまでも触れられてきたように「技術への理解」を深めるということだとしている。坂村氏は、時間のある限りイベントに参加し、技術を伝える活動を行なっているという。


ユビキタスコンピューティングはこの10年が勝負

 最後のまとめとして、坂村氏はユビキタスコンピューティングの今後について、「ここ10年で立ち上がってくる。今が大事。今、貢献しないとやれることがなくなる。『組み込みやユビキタスで日本は貢献した』と言われるように私は全力でやっている。広く言えば、日本のステータスにも関わる問題。日本が儲かる・儲からないの問題ではなくて、日本人として世界に貢献できたと言えるようになりたい。米国対日本というような単純な構図ではなくて、いろいろな人がいて、いろいろなコンピュータがあって、いろいろなOSがあって、これらがすべて適材適所で活用され、協調分散するかたちが望ましい。仮に世の中にOSがTronだけだったら、これはつまらない。広い指向性がグローバルでも強さを生む」と抱負を語った。

 一方、村井氏は「ユビキタスの分野でも、研究所や企業がいかにして一般の人がこのような技術を受け入れ、使いこなすかというマーケットの視点で見るようになった。大きな貢献への兆しが見えている。厳しいことはいっぱいあるが努力したい」ととめ、対談を締めくくった。


関連情報

URL
  SFC OPEN RESEARCH FORUM 2003
  http://orf.sfc.keio.ac.jp/


( 伊藤大地 )
2003/11/20 21:24

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