11月12日に横浜の情報セキュリティ大学院大学で開催された「法とコンピュータ学会・第29回研究会」では、P2Pや知的財産権・通信ログの保全などに関する法的問題についての発表が行なわれた。今回はテーマが「手続的正義」ということで、従来は公的機関に対して問題になることが多かった業務執行における適正手続(Due Process)の問題について、インターネットの普及によって民間レベルでも問題になりつつあるということを踏まえ、それに対する法的見解についての発表が主となった。
● P2Pにおける利用者・システム提供者の法的責任は?
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小倉秀夫弁護士
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P2P型ファイル交換サービス「ファイルローグ」の裁判で被告(日本MMO)側の弁護人を務めた小倉秀夫弁護士は、「P2Pに関する法律問題」と題して、P2Pによるファイル共有ソフトの利用者・システム提供者それぞれについて問題となる可能性のある法的問題について解説を行なった。
ファイル共有ソフトの利用者については、小倉氏は対象となる情報を「名誉毀損・信用毀損情報」「プライバシー情報」「わいせつ情報」「第三者の著作物」という4つの類型に分けて、それぞれ問題となりうる条文を解説。いずれの場合も、実際にファイルが他人にダウンロードされた場合には何らかの法律違反となる点では共通しているが、単にファイルを共有状態に置いただけで、誰もそのファイルをダウンロードしなかった場合にはどうなるかという点を解説した。
この場合、わいせつ情報(わいせつ物公然陳列罪)や第三者の著作物(送信可能化権侵害)は法律違反となり、プライバシー情報についても「人格的自律や私的生活の平穏を害することになるもの」としてプライバシー権侵害が認められると小倉氏は述べた。一方で、名誉毀損・信用毀損情報については「明示的に判示した裁判例がない」として、単に共有状態に置いただけでは名誉毀損などに当たらない可能性があるとの見解を示した。
システム提供者側については、小倉氏は「そもそもプロバイダー責任制限法は、いわゆるISPやレンタルサーバー事業者に対する刑事免責を与えていないためにザル法化している」と述べた上で、ファイルローグ事件の第一審中間判決では「システム提供者の義務として『権利侵害の申告があったら情報を削除する』だけでは足りず、利用者の実名や住所を登録させるべきだったとの判断が下ったが、この点は非常に問題だ」と語った。
また、小倉氏はこの手の裁判でしばしば引用される「クラブ・キャッツアイ事件」の最高裁判決をきっかけに生まれた「利用主体拡張の法理」についても言及。クラブ・キャッツアイ事件とは、JASRACに著作権料を納めていなかった「キャッツアイ」というスナックがカラオケ機材を客に提供したとして、裁判所がスナックの著作権侵害を認めたというもの。
「クラブ・キャッツアイ事件の場合は、どのカラオケを客に歌わせるかの積極的コントロールを経営者側が行なうことが可能だったが、ファイルローグやレンタルサーバーなどでは流通するファイルを積極的にシステム提供者側がコントロールすることは困難である」と指摘。「利用主体拡張の法理を適用するためには、少なくとも権利を侵害される客体(曲・ファイルなど)を管理者側が積極的にコントロールできることを要件としないと、レンタルサーバーなどの提供は困難になってしまう」と述べた。
最後に小倉氏はWinny事件についても触れ、「世の中で利用される通信サービスは全て不法行為のために使われる可能性があり、従ってWinnyの作者に幇助が認められると通信サービス事業者は全て幇助に問われる可能性が出てくるが、それは社会的によろしくない」と述べ、それを防ぐためにもなんらかの法的解釈により、サービス提供者が刑事責任を負う範囲を制限すべきだとの見解を示した。
● ソフトのアクティベーションや違法著作物の検索システムは合法か?
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小川憲久弁護士
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弁護士の小川憲久氏は、「知的財産権の保護と自力救済」と題した講演を行なった。最近では主にソフトウェア分野で、ソフトのインストール時にアクティベーションを行なわないとソフトが起動しないものや、違法に流通しているシリアル番号を入力するとソフトが消去されるといった例が見られるが、これらが果たして法律の世界で言うところの「自力救済の禁止」原則(例えば家族が殺された場合に自分で敵討ちを行うことは許されない、など)に違反していないのか、という点について小川氏は考察を行なった。
小川氏は、自力救済が法的に認められるための条件として「事態の緊急性」「手段の相当性」の2つの条件が必要だという最高裁の基準を示した上で、「従来はいわゆる物権や占有権(借家の立ち退きなど)に適用されてきた原則だが、知的財産権だけに特別に自力救済を認める理由はない」と述べ、ソフトウェアや音楽データなどの著作物についても同様の原則が適用されるべきだとの見解を示した。
その上で具体的な事例における判断基準として、小川氏は「ユーザー側のシステムへの侵入・干渉がない場合には自力救済には当たらないが、侵入・干渉を伴うものについては自力救済とみなして要件を厳しく吟味すべきである」という基準を示した。これに当てはめると、例えばライセンス契約が切れた後にソフトウェア提供元が運営するサーバーへのアクセスを拒否するといった場合は、ユーザー側のシステムに侵入しているわけではないので自力救済には当たらない。一方、ユーザー側のシステムにインストールされているバイナリ自体を消去するような場合は、ユーザー側のシステムに格納されているデータを勝手に操作していることになるため、自力救済に当たるという。
ちなみに、アクティベーションを行なわない場合やライセンス契約が切れた場合にソフトを起動できなくするようなタイプのコントロールについては、「そのようなケースではライセンス契約にその旨が書かれているはずであり、従って他のシステムに悪影響を及ぼさない限りにおいては適法と考えるべき」とした。一方で、JASRACが運営する「J-MUSE」に代表される検索ロボット技術を使った違法著作物検索システムについては、「他人のシステムへの侵入に当たるために自力救済と考えられる可能性があり、(前記の2条件が満たされない限り)違法と判断されることもあり得る」と指摘した。
最後に小川氏は「この分野は日本ではまだほとんど研究されていないために情報が不足している」とも述べ、今後さらに研究や議論を重ねて行く必要があるとして講演を締めくくった。
関連情報
■URL
法とコンピュータ学会
http://www.isc.meiji.ac.jp/~sumwel_h/LawComp/
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( 松林庵洋風 )
2004/11/15 17:28
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