「Internet Week 2005」で9日、「インターネット上の法律勉強会」と題されたカンファレンスが開かれた。午後のパネルディスカッションは3時間の長きに渡り、「通信の秘密」として保護されている情報の開示に関してISPは現在どういう対応をしているのか、そしてその対応には問題はないのかといった点について議論された。
● 発信者情報開示を巡っては意見の対立は解消せず
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(左から)弁護士の高橋郁夫氏、WEB110の吉川誠司氏、シックス・アパートの関信浩氏
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まず問題とされたのが、いわゆる自殺予告の事例における当該発言の書き込み者の情報開示について。午前中のセミナーにも登場したWEB110の吉川誠司氏は「(仮にその自殺予告が)結果的にいたずらだった場合でも、違法性阻却事由の誤認ということで(その情報を開示したことに対する)刑事責任は問われないはずだし、実際には行政処分も行なわれないのではないか」として積極的な情報開示を求めた。これに対し、EditNetの野口尚志氏は「そのような場合におけるISPの免責に関しては(自殺予告事案に関するガイドラインにも)記述がない」と述べた上で「電気通信事業者にとって情報漏洩という事故は(その理由が何であれ)非常に重いものである」として、ガイドラインが作られた今でもなおISPとして情報開示には慎重にならざるを得ない現状の心境を吐露した。
また、名誉毀損やプライバシー侵害などといった民事上の問題に関する発信者情報開示に関しては、ディーシーエヌの鎌倉忍氏が「よく苦情を申し立てる側は『明らかに違法』と言うが、それが本当に違法かどうかを判断するのは裁判所の仕事であり、我々が素人考えで判断することの危険性を(開示請求する側には)考えて欲しい」「『掲示板の書き込み者を告発したい(ので情報を開示して欲しい)』という問い合わせを受けても、それが本当に違法な書き込みなのかは我々には判断できない」と語った。その上で、「できれば何か第三者機関に(当該問題の違法性を)判断してもらえば、我々も背中を押してもらえる」として、ISPとしてリスクを回避するためにも第三者機関の必要性を訴えた。
これに対して吉川氏は「一般的に『管理者は加害者ではない』という判断がされることが多いが、(発信者情報開示請求等を受けた時点で)事実を知りながら放置した場合は(ISP側に)新たな法的責任が生じ、ISPも責任を負うことがあることを考えて欲しい」と述べ、情報を開示しないことがISPにとってのリスク要因となり得るとして、情報開示に慎重なISP側の姿勢を批判した。
弁護士の高橋郁夫氏は法律の専門家の立場から、任意による情報公開を求める代表的な手続きである警察による捜査関係事項照会書(刑事訴訟法第197条2項を根拠とする)を例にとって、「刑事訴訟法と電気通信事業法が衝突しており、法務省は照会書に『答える義務がある』と言っているが、総務省は通信の秘密を理由に『絶対に答えるな』と言っている」と述べた。その上で「私はこれは単なる解釈論の問題だと思っている」と語った。
ところでプロバイダ責任制限法では、発信者情報開示以外にも問題となるコンテンツの削除に関するISPの免責などが規定されているが、これについては野口氏が「ISPのWebサーバー上で動作する掲示板1つとっても、(ある発言を削除するために)ファイルを書き換えなければならないとすると技術的に難しい話になるし、かといって掲示板全体を閉鎖することまで可能かというとそれも難しい」「ましてP2Pで情報が流れている場合などは、その問題の検知すらISP側には困難なケースもある」として、実際にはISP側としてコンテンツの公開停止措置などを取るのがかなり難しいとの見解を示した。
● ISPのインフラ防衛のための有効な手段が「通信の秘密」による阻まれる?
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(左から)NTTコミュニケーションズの甲田博正氏、EditNetの野口尚志氏、ディーシーエヌの鎌倉忍氏
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パネルディスカッションの後半では、ISPのインフラ防衛のためのさまざまな行動と「通信の秘密」との関係に議論が移った。
これについてはまず高橋郁夫氏が「今年のトピックの1つとしてボットネットがあるが、普通のユーザーに対し『PCがゾンビになっている』といってもなかなか理解してくれない」と口火を切ると、NTTコミュニケーションズの甲田博正氏が「ゾンビPCへの指令の探知は技術的には可能だが、それをやると1対1の通信内容を監視していることになり、実際にはほぼ不可能」「総務省見解には我々もヘジテイト(躊躇)している」と語り、「通信の秘密」の壁で技術的には可能な対策が実際には使えないという不満を顕わにした。
また会場から「そもそもISPは、P2Pソフト対策のためにトラフィックの中身をチェックしたり『ユーザー数がインターネットユーザー全体の約1%』と数えたりしているし、不用意なログの解析など、現在でもいろんなところで通信の秘密を破っているのではないか」という質問が上がったのに対しては、甲田氏が「中にはグレーなものもあるが、ISPはトラフィックの状態に応じて設備投資を行なわなければいけないので、マクロな動向をチェックすることは正当業務行為だし、レイヤー2・3レベルでデータを取ることの是非については電気通信事業法では何も言っていない」と返答。その上で「(インターネットにおける『通信の秘密』に関する)何らかのガイドラインは必要だと思う」との見解を示した。
ISP同士で攻撃者に関する情報を共有することと「通信の秘密」の関係については、甲田氏が「現在いろいろと議論はしているが、実際にはアングラではできても表立った共有はできない」「今年出た総務省の個人情報保護ガイドラインでは『(スパムメール送信者情報などの)ブラックリストを(事業者間で)交換できる』と書いてあるが、そのためには必ず契約者の本人確認を厳密に行なっていることが条件とされており、実質的には携帯電話各社ぐらいしか利用できない」と語り、せっかく攻撃者に関する情報を各社が持っていてもそれを有効に活用できないという点へのいらだちを見せた。
最後に会場から「本来憲法の趣旨から言えば、国家権力である警察に対してこそ『通信の秘密』を厳しく守らなければならないのに、現実には警察からの捜査関係事項照会書に多くのISPが応じている一方で、電気通信事業法で規定されているに過ぎない私人に対する『通信の秘密』を非常に厳格に解しているのは話が逆であり、非常に危険ではないのか」という質問が出されると、吉川氏は「確かにその通りだが、結局いい加減な手続きで収集した証拠は裁判で認められないので、そこで(警察に対しては)ある程度の暗黙の信頼があると考えている」と答えた。野口氏は「少なくとも東京の警察は、(捜査関係事項照会書を出してくるにあたり)きちんと何の事件の捜査なのかとその証拠の必要性について説明してくれる」として、単に警察の問い合わせだから応じているのではなく、情報開示の必要性を個別の案件ごとに評価したうえで対応している様子を回答していた。
関連情報
■URL
Internet Week 2005
http://internetweek.jp/
インターネット上の法律勉強会「通信の秘密と自由」
http://internetweek.jp/program/shosai.asp?progid=C11
( 松林庵洋風 )
2005/12/12 19:12
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