前回は互換漢字というものがUCSの中では例外的な存在であり、非漢字圏の国々から厄介者扱いをされていることを述べた。今回はまずその実例を見るところから始めよう。少し前になるが2001年4月1日、WG2にアメリカ代表団が提出した文書番号n2326『Proposal to encode additional grass radicals in the UCS』(草冠をUCSに追加して符号化する提案)という書類だ(図1)[*1]。これは新しい文字をUCSに追加する正式な提案書だ。
図1 アメリカ代表団が2001年4月1日に提案した草冠のバリエーション94文字(n2326『Proposal to encode additional grass radicals in the UCS』)
じつはこの提案書、日付が示す通りよくできたエイプリルフールなのだ。前述のように、日本はJIS X 0213の新しい文字をWG2に提案中だった。これらの中には、UCSの規準から言うと既収録の文字と同じ字であり、本来は提案が却下されるようなものが多く含まれていた。
例えばJIS X 0213では2面85区84点~2面85区87点として全部で4種類の草冠を新規収録している(図2)。このうち2面85区86点と2面85区87点は、すでにUCSに収録されているU+8279とU+4491と対応するが、2面85区84点と2面85区85点がUCSにはない。しかしU+8279との違いはわずかだから、日本はこれら2文字を互換漢字として新たに提案していた。そうした日本に対する非漢字圏諸国の反応を形にしたのが、この『n2326』なのだ。「そんなに草冠が必要と言うなら、我々がこれだけ提案しても文句はあるまい?」というところだろうか[*2]。
図2 JIS X 0213における4種類の草冠(赤枠内が対応するUCS符号位置)。下の2つはUCS既収録のU+8279とU+4491と対応するが、上の2つが対応しないとされ、カッコに仮の符号位置を付けて規格票が出版された[*3](『JIS X 0213:2000』P.264)
これは感心するほど細部までよく考えられていて、例えばxx42~xx47の二重丸付き草冠などは、明らかに当時同じく日本が提案していたJIS X 0213の1面6区58点~67点の二重丸付き数字(図3)への当てつけであり(なんで以前からある丸付き数字U+2460~では足りない? という呟きが聞こえそうだ)、隅から隅まで味わい深い文書なのだが、やはり最も注目すべきはこれら草冠が互換用文字として提案されていることだろう[*4]。つまりエイプリルフールに隠された彼等のメッセージは、自分達しか使えない互換漢字を大量に提案してきた日本の姿勢に対する反発だったと考えられるのである。
図3 JIS X 0213における二重丸1~10。UCS既収録の丸付き数字U+2460~との違いはわずかだ(『JIS X 0213:2000』P.126)
確かにそうだ。それに前述したJIS X 0213の互換漢字では、結局は日本の提案は承認されている。また、上に述べたデータ放送用の互換漢字も、結局は賛成多数で可決されている[*7]。だから将来の常用漢字表が改定により、互換漢字をUCSに追加提案しなくてはならなくなったとしても、日本代表団が多少苦労はするだろうし時間もかかるだろうが、最後には承認されるのかもしれない。
[*2]……ちなみに、このアメリカの文書に対する日本側の「返礼」が、ちょうど1年後の2002年4月1日付n2429『Proposal: Use full plane-13 for the Han variation selector』(http://std.dkuug.dk/jtc1/sc2/wg2/docs/n2429.doc)。この文書では、当時審議されていたバリエーションセレクター(字形選択子)の漢字への適用が承認されれば、漢字1文字に1万以上(!)もバリエーションセレクターが必要になる場合もあるとして、第3面や4面といった比較的便利な面をバリエーションセレクターの追加収録用に確保すべきと脅して(?)いる。日本も負けていないというところだろうか。じつを言うと当時この文書を読んだ私は、押っ取り刀で日本代表団のベテラン委員に意図を問いただすメールを送って、大笑いされたことがある。
[*4]……前掲文書『n2326』P.1のB-1b、提案する文字が既存領域に属するかどうかに対する回答、「Yes. Characters to be added to one of the compatibility character blocks.」(イエス、互換文字領域の一部に追加する文字である)を参照。さらに同じページC-3aにある、提案された文字が実際に使用されている背景に対する質問には、「Endless, eternal compatibility.」(終わりのない、永遠の互換性)と詩的な表現で回答している。これはじつに象徴的で、つまり微細な違いを持つ互換漢字が、次から次へと終わりなく提案され続けていることへの彼等のうんざりした気分が、明確な形で表れていると考えてよいだろう。