趣味のインターネット地図ウォッチ
第108回:クラウド時代に息づく、「MapFan for iPhone」のオフライン地図魂
東日本大震災では数多くの企業による支援の輪が広がっているが、中でも震災発生の翌週にiPhoneユーザーの間で注目を浴びたのが、オフラインで使える地図アプリ「MapFan for iPhone」の期間限定での無償配布だ。
「MapFan for iPhone」とはどのようなアプリなのか。2月のバージョンアップで機能強化した部分や、iPhone版以外のMapFanシリーズの取り組みも含めて、開発元であるインクリメントP株式会社に話を聞いた。
MapFan for iPhone Ver.1.4 |
●オフライン地図の草分け「MapFan」をiPhoneアプリに
今回お話をうかがったのは、商品部第三商品部企画グループマネージャーの馬場純さん、同グループの秋本和紀さんと宮沢貴之さん。この中でMapFan for iPhoneの企画担当者が宮沢さんだ。
(左から)馬場純さん、宮沢貴之さん、秋本和紀さん |
MapFan for iPhoneがリリースされたのは2010年4月。当時はiPhone用の地図アプリというとGoogleマップのように地図データをオンラインで取得するものが主流だったが、そんな中でMapFan for iPhoneは地図データをiPhoneのローカルに置くアプリとして登場した。その容量は約1.5GBと、iPhone用アプリとしてはかなり巨大なものだった。
「リリース当時は問い合わせで『1.5MBかと勘違いした』なんて声もいただきましたね。当時は辞書系のアプリでも1GBを超えるようなものはありませんでした。最初は複数の地域に分ける案もあったのですが、できるだけシンプルに1つにまとめたほうが、ユーザーさんにもストレートに伝わるのではないかということで、最終的にはこのような形態での配布となりました。」(宮沢さん)
ルート探索機能など、オンラインで提供している一部の機能については1年という期間制限を設けており、継続して使う場合は更新料がかかるが、ルート探索機能や地図データの更新が不要ならば、最初に支払う料金だけであとは一切料金がかからない。この独特の料金体系は、ルート探索部分まですべて含めると、物理的にApp Storeで配信できる容量を超えてしまうという理由があったためだ。
「ルート探索機能もローカルに置いて、その分だけ地図データの容量を減らすという選択肢もありました。しかし私どもとしては地図の品質は絶対に落としたくないという思いがあったので、ルート探索機能の部分はオンラインで提供することにしました。それに、最新の情報をもとにルートを引いたり新しい施設が検索可能になったりと、オンラインでルート探索を行うメリットも十分にあります。」(宮沢さん)
App Storeの購入ページでは容量は1.49GBと表記されている |
「あと意外と知られていないのですが、1回ルート探索した結果は保存も可能で、オフラインの状態でも、保存したルートを使って案内することは可能なんです。ただ、ユーザーさんからはルート探索機能もローカルに置いてほしいという声は確かに多いですね。将来的には、容量の点がうまくクリアできるのならルート探索もローカルに置く方向で考えたいと思っています。」(宮沢さん)
MapFan for iPhoneの登場後、いくつかの会社から地図データをローカルに置くiPhone用ナビアプリがリリースされたが、他社がナビ機能を重視しているのに対して、MapFan for iPhoneはあくまでも地図が軸となっている。ネットワークにつながっていなければ使えないGoogleマップに対して、オフラインでも見られる地図をユーザーに届けたいという思いが根底にあるのだ。
一度探索したルートは保存しておけばオフラインでもナビが使える | ナビの案内表示 |
●東日本大震災を受け、期間限定で無償配布
そのようなMapFanのメリットが存分に活かされたのが東日本大震災の後だ。地震によって大きな被害を受けた地域をなんとか支援したいということで、インクリメントPは震災が起きた翌週にMapFan for iPhoneの無償配布を発表した。この措置により、通常は2300円のところ、誰でも無料で手に入れることが可能になった。
インクリメントP株式会社商品部第三商品部企画グループマネージャーの馬場純さん |
「震災のとき、私も含めて社員数人が無償で提供してはどうかと言い出したんですね。こうした声を耳にした弊社社長の神宮司が即日、無償配布を決断しました。オフラインの地図は3G回線が通じなくても使えますし、オンライン地図に比べて通信しない分だけ消費電力を大幅に抑えられるので、非常時には有利です。また、地図を見るだけならiPod touchでも使えるというメリットもあります。このアプリなら、被災地への支援として活用していただけるのではないかと思いました。」(宮沢さん)
「あと、実は弊社の地図データの開発拠点が岩手県盛岡市にあるんですよ。盛岡市の震災の被害は少なかったのですが、停電などでスタッフも大変な思いをしていました。そんなとき、いち早く弊社の社長が盛岡に行きまして、近隣の被災地の実情を見聞きしたんですね。被害は甚大で、復興まではかなり時間がかかると判断した結果、ボランティアなど外からの支援者にも役立てたいただきたいということで、当初は無償配布期間を3月末までとしていたのですが、1週間ほど延長しました。」(馬場さん)
MapFan for iPhoneのオフラインのよさが活かされるのはけっして非常時だけではない。平常時でも山奥の林道やトンネルの中、地下鉄に乗っているときなど、3G回線が使えない場所は意外と多い。また、スクロール表示がスムースなのも見逃せないメリットだ。
「今回はたまたまこういう機会があって知られるようになりましたが、オフラインの地図のよさというものをみなさんに見直していただけるきっかけにはなったと思います。ぜひいろいろな場面で使っていただければと思います。」(宮沢さん)
●一番のこだわりは地図の美しさ
オフラインであること以外にも、MapFan for iPhoneならではの特徴がある。地図上で2本の指の間を広げて画面に触れて回転させると、矢印が現れて地図を回転させられる機能もその1つだ。矢印が表示されたあとは1本の指だけでグルグル回転させることも可能で、これはGoogleマップにも搭載されていない。また、テレビで紹介されたスポットを調べられる「TVスポット」機能もユニークだ。
インクリメントP株式会社商品部第三商品部企画グループの宮沢貴之さん |
「TVスポットは、ウェブで提供している地図サービス『MapFan Web』に搭載されているコンテンツをiPhone上でも見られるようにしたもので、ほかのナビアプリにはないこだわっている部分ですね。ユーザーさんからもご好評をいただいてます。」(宮沢さん)
地図のデザインもPC版や携帯版と共通で、MapFanシリーズ独特の色使いだ。市街地はアイボリーがベースで、国道は赤色、主要道路は黄土色、細かい道はグレーという色彩豊かな地図は、Googleマップの地図デザインとは全く異質である。また、カーナビ用途以外にも徒歩や自転車での使用も想定しているため、大都市の詳細図では建物の形や中規模のビル名などもきちんと表記されている。
「地図のデザインというのは流行があって、当初はカーナビの地図から流用したような、いかにもデジタルっぽい紙の地図とは対極にあるデザインだったのですが、逆にそれを好きだと言ってくれる方も多くいました。ところが最近は紙の地図の見やすさも見直されてきましたし、携帯の画面の色味がPCに近付いてきたこともあり、今度はポケットマップ的に見やすい地図、紙地図っぽいものが流行です。それが期せずしてMapFanならではのデザインになっているのかもしれません。」(馬場さん)
国道や駅には赤系の色が使われている | 2本指でタッチすると回転の矢印が浮かび出る |
TVスポットをタッチすると地図上に吹き出しを表示 | TVスポットのリスト |
最近では2月にバージョン1.4と進化し、iPhone 4のRetinaディスプレイに対応して高解像度になった。また、夜間モードの搭載や地図画面上への拡大・縮小ボタンの表示など、細かい部分も見直されている。
「地図をなめらかに、きれいに見せるというのは我々としては一番こだわっていきたい部分なので、Retinaへの対応を図りました。夜間モードや拡大・縮小ボタンはユーザーさんからの声を反映したものです。ほかにもVICSへの対応やオフラインルート探索の搭載など、まだまだ課題はたくさんありますので、できるだけ要望に応えていきたいと思ってます。」(宮沢さん)
2010年4月のリリース当初のバージョンの画像 | 最新バージョンではRetinaに対応し情報量もアップ |
夜間モードの画面 | 検索メニュー |
●Android版のリリースも検討
インクリメントPが提供するモバイル向けサービスは、MapFan for iPhoneだけではない。iモード・EZweb・Yahoo!ケータイの3サービスに対応した携帯向けサービス「ケータイMapFan」も提供しており、こちらも時代に合わせて進化している。
インクリメントP株式会社商品部第三商品部企画グループの秋本和紀さん |
「3月下旬に機能を1つ追加しました。ケータイMapFanの鉄道運行情報のページに『Twitterで検索』というボタンを設けて、鉄道名や路線名を使ってTwitterの検索結果に直接飛べるようにしたのです。これを使うと、運行トラブルが起きたときにTwitterに書き込まれた関連情報のコメントをすばやく調べられます。」(秋本さん)
震災のときにもTwitterで駅名などを入れて検索して関連情報を調べた人が多かったが、この機能を使えばそのプロセスを簡単に行えるというわけだ。
「もちろんTwitterを単純に検索しているだけなので、運行に直接関係ない情報も引っかかってしまうのですが、列車が遅れるとTwitterには乗客の声が殺到するので、生の声を聴けて意外と便利なんですよ。将来的には、これを鉄道以外の施設でもできるようにしたいですね。」(秋本さん)
ケータイ向けMapFanのトップページ | 「Twitterで検索」ボタン |
自転車ルートナビ画面 |
秋本さんは携帯版だけではなく、Android版の企画にも関わっている。また、iPad版などの企画もあるそうだ。プラットフォームの拡大に向けて今後の進化が期待されるMapFanだが、最後に3人に今後の抱負を聞いてみた。
「我々はソフト屋なので、時代に合わせて最適なプラットフォームで地図を届けたいといつも思っています。もちろんMapFanのAndroid版も検討していますので、ぜひご期待ください。」(秋本さん)
「今回、期せずして多くの人にダウンロードしていただいたので、それをプレッシャーにも感じてはいるんですけど、より便利に使ってもらえるようなサービスを提供していきたいですね。MapFanはあくまでも地図がメインのアプリではありますが、今後はナビ機能も含めユーザーの皆様からの要望に応える形で機能を充実させていきたいと思っています。」(宮沢さん)
「その昔、パソコン用のMapFanはパッケージソフトの形で販売していました。その後、ウェブサービスの『MapFan Web』や、地図データをインターネットから取得する『MapFan.net』をリリースしたのですが、昨年のiPhone版によって、MapFanは再び地図データをローカルに置くという原点に立ち返ったことになります。世の中は今、クラウドが全盛ですが、逆に必要なデータはローカルに置くことの重要性が見直されつつあるのではないかと思います。」(馬場さん)
地図データをローカルに置く、オフライン地図ソフトの草分けともいえる「MapFan」。そのiPhoneアプリが今回の震災をきっかけに知名度を上げたことで、オフライン地図の存在感はますます高まりつつあるようだ。
1995年6月、パソコン用地図ソフト「MapFan」を発売。写真は、Windows版Ver.1.0のパッケージ | 地図サイト「MapFan Web」を1997年7月より提供開始(本誌1997年8月21日付記事を参照)。なお、画像は1999年時点のもの |
2001年1月、地図データをインターネット経由で配信する方式をとった「MapFan.net」を提供開始(本誌2001年1月22日付記事を参照) | 2009年9月に発売したPC用カーナビソフト「MapFan Navii Ver.1.5」は、ネットブックでの使用を想定(本連載第70回を参照) |
関連情報
2011/4/14 06:00
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