趣味のインターネット地図ウォッチ
第163回
セミナーから展示まで「Location Business Japan 2013」ほぼまとめ
(2013/6/20 06:00)
6月12日(一部カンファレンスは11日)から14日まで千葉・幕張メッセで開催された「Interop Tokyo 2013」。この併催イベントとして、地理空間情報を活用したビジネスをテーマとした「Location Business Japan 2013(LBJ)」が開催された。昨年に引き続き2回めの開催となったLBJでは、Interop展示会場の一角にパビリオンが設置され、位置情報・地理空間ビジネスに携わるさまざまな企業が出展した。さらに、基調講演に加えて、位置情報ビジネス関連のセミナーも3日間通して数多く開催された。
位置情報により実空間の情報をリアルタイムに把握可能に
LBJの基調講演では、実行委員長を務める慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科・准教授の神武直彦氏がモデレーターとなり、慶應義塾大学環境情報学部学部長・教授の村井純氏と、東京大学・空間情報科学研究センター・教授の柴崎亮介氏によるパネルディスカッション「空間と情報の融合がもたらすインパクト~ロケーションビジネスの今後を探る~」が実施された。
神武氏はまず、位置情報サービスのこれまでの歴史をまとめた年表を紹介。1978年に米国で打ち上げられたGPS初号機からカーナビの普及、Google マップやGoogle Earthの登場など今までの経緯を振り返った。その上で、位置情報サービスのここ数年の状況についてパネリストに尋ねた。
柴崎氏は、東日本大震災で自動車メーカーがカーナビの位置情報データを公開して通行実績マップが作成されたことを例に挙げ、「位置情報に代表される実空間の情報が、リアルタイムに集積してパワーを発揮するということが、実例をともなって出てきた」と語った。その上で、「世の中の動きがリアルタイムに分かるようになってきて、そのデータを使って産業的に、社会のために、個人のために何をするか、そういうことの突破口が見えてきたのが今の状況だと思います」と語った。
一方、村井氏は今後のインターネットについて、「インターネットは我々の課題を解決するため、そして夢を実現するためにあります。日本は高齢者問題を含めて課題のデパートと言われていますが、実空間とインターネット空間で一緒にデータを使っていくことにより、新しい世界がやってきます」と前置きした上で、「これまで30年間のインターネットの歴史と今後のインターネットの違い、そのひとつが位置情報です」と語った。また、建築家の迫慶一郎氏が提案する「東北スカイビレッジ」構想を「かなりアグレッシブな挑戦」と評価した上で、このような都市計画を実現するためにも、屋内・屋外のシームレスな位置情報が重要になってくると語った。
さらに柴崎氏はバングラデシュのダッカにおける携帯電話の位置情報データを例に、「これからは新しい試みを日本で精密に検証してからそれを海外に持っていくだけではなく、グローバルに同時進行で実験を開始して、そこで日本に使えるものを持って来る、そのような広がり方も大切です」と語った。また、個人の端末にたまった情報を「どう守るか」という発想だけでなく、それを「どううまく使うか」という発想も大事であると語り、「情報銀行」構想など、個人のチャネルからも社会に貢献できるような仕組みを作ることの大切さを訴えた。
討議のしめくくりとして、村井氏は「位置情報には無限の可能性があるので、知恵のある人は誰でも参加できるようなプラットフォームを作らなければなりません」と語った。柴崎氏は、「個別の端末に斬りこむような新しいチャネルが作られれば、もっとデータが充実し、さらに実生活の状況が分かるようになる。そうすることでさまざまな試みに対してどのように変化したかがリアルタイムで分かるようになり、さらにいろいろなアイデアを試すことができます」と語った。
産学の連携や測位技術関連のセミナーが開催
柴崎氏は基調講演のあとのセミナーでも、個人が持っているデータを集めて安全に利活用し、新しいサービスの実現を可能にする仕組みである「情報銀行」の構想について詳しく解説した。さらに、産学コンソーシアムを立ち上げ、9月に情報銀行のシンポジウムを開催予定であると発表した。
このほか産学が共同で取り組む活動としては、2012年12月にスタートしたNPO法人位置情報サービス研究機構(Lisra)のセミナーも14日に行われた。ここでは、Lisraの代表理事である名古屋大学教授の河口信夫氏が、Lisraの設立経緯について解説。iPhone/Androidアプリ「駅.Locky」の提供にあたって、全国のボランティアが時刻表の情報を提供してくれた例を紹介し、ボランティアベースでのデータ収集が有効であると語った。その上で、民間・公的機関・ボランティアの間に立つ基盤が必要であり、位置情報の技術やサービスの研究・開発・振興をしつつ、位置情報の流通を支援していく組織としてLisraを作ったと説明した。
Lisraにはすでに位置情報に関連した多くの企業が会員として参加しており、屋内位置情報サービスやPOI(Point of Interest)、位置依存広告などさまざまなワーキンググループが活動を始めている。中でも最も活発に活動しているのが屋内位置情報サービスで、ワーキンググループではWi-Fi測位やPDR(歩行者自律航法)などに関連した事業者や研究者による事例報告が行われていることを報告した。河口氏は最後に「Lisraはビジネスとしての位置情報サービスの発展に期待しています」とコメントした上で、Lisraへの参加を呼び掛けた。
Lisraのセミナーで取り上げられた屋内測位技術については、「各種屋内技術/位置サービスの共存共栄」と題したセミナーも同日に開催されている。このセミナーでは慶應義塾大学大学院教授の春山真一郎氏がチェアを務め、Wi-Fi測位技術「PlaceEngine」を展開するクウジットの塩野崎敦氏、可視光通信技術を使った屋内位置情報ソリューションを提供するパナソニックの近藤陽介氏、音波を使った屋内測位技術によりクーポンを配信するO2Oサービス「ショッぷらっと」を提供するNTTドコモの斎藤剛氏、JAXAと共同でIMESの開発にかかわった測位衛星技術株式会社の石井真氏の4人がスピーカーとなり、それぞれの技術について語った。その上で、個々の技術を深めるだけでなく、さまざまな屋内測位技術を組み合わせて横の連携を図ることの必要性などについて意見が交わされた。
測位技術関連としては、このほかに「実用化が進む準天頂衛星システムへの期待」と題したセミナーも開かれた。ここではJAXA衛星測位利用推進センターの武藤勝彦氏がチェアを務め、準天頂衛星システム(QZSS)のさまざまな実証実験が紹介された。
活用事例の紹介に加えてプライバシーや品質確保もテーマに
位置情報の活用事例としては、13日に「街づくりとロケーション事例紹介」と題したセミナーも実施。ここではGeorepublic Japanの関治之氏が司会を務め、電通国際情報サービス(ISID)の鈴木淳一氏がグランフロント大阪で提供している街情報のプラットフォーム「コンパスサービス」の事例を、日建設計の羽鳥達也氏が市民による手作りの防災地図「逃げ地図」を紹介した。さらに、インセクト・マイクロエージェンシーの川村行治氏が位置情報を活用したコミュニケーションアプリ「ロケッコ」を紹介。その上で、地域のコミュニティとのかかわりなどについて議論を行った。
このほかにビジネス関連のセミナーとして、リクルートライフスタイルの牛田圭一氏が、「日常消費領域におけるO2Oビジネスへの取り組みと事例」と題して講演。牛田氏は、リクルートグループがこれまで行ってきたO2Oの取り組みの事例を紹介した上で、O2Oは、技術よりも、店舗のオペレーションにいかに組み込んでもらうかが重要であると語った。さらに、リクルートの強みとして、全国の営業網や多数のビジネスパートナー、Qualcommとの提携による位置情報関連技術、5月に開始したばかりのクレジットカード「リクルートカード」およびリクルートポイントなどを挙げた。さらに、ユーザーの邪魔にならない最適なプッシュ通知の仕方を研究しつつ、今後は飲食から物販、アパレルへとビジネスを展開していくと語った。
一方、このような位置情報のビジネス活用にあたっての課題として、「プライバシー情報の利活用と保護」と「スマートフォン時代の地理空間情報の品質確保のあり方」と題した2つのセミナーも行われた。この2つのセミナーの司会を務めたのは、日本情報経済社会推進協会(JIPDEC)の坂下哲也氏。「プライバシー情報の利活用と保護」のセミナーでは、個人が自分の情報を把握できる仕組みを作ろうという「パーソナル・データ・エコシステム」の考え方や、消費者と事業者間の信頼関係をどう作るかという「トラスト・フレームワーク」などのキーワードを挙げた。その上で、事業者の立場でデジタル・アドバタイジング・コンソーシアムの原田俊氏、技術の立場で産業技術総合研究所の本村陽一氏、国際連携の観点で企のクロサカタツヤ氏が講演を行った。
「スマートフォン時代の地理空間情報の品質確保のあり方」のセミナーでは、まず坂下氏が「品質基準があることで、BtoB取引の指標になるのではないか」「品質を示すことにより、利用者の安心感が高まるのではないか」と問題提起をした。その上で、国土交通省による品質基準の調査研究が昨年度まで実施されていたことを紹介。その事務局を務めた野村総合研究所の小林慎太郎氏が講演した。小林氏は地理空間情報の提供・流通のための品質に関する5つのポイントとして、「目的の明確化」「サービス・製品特性に応じた品質の確保」「品質の表示」「利用者への対応体制の確保」「責任範囲の明確化」を挙げた。さらに、民間の立場からの意見として、今回の調査研究に参加したヤフーの村田岳彦氏、弁護士の立場として高田法律事務所の高田洋平氏が「品質確保の法的意義」をテーマに講演を行った。
位置情報データを取り扱う上での課題に関するセミナーとしては、このほかに慶應義塾大学教授の砂原秀樹氏がチェアを務めて、「ITSに見る個人情報の取り扱いと利活用」と題したセミナーを12日に実施した。ここではシンガポール国立大学/慶應義塾大学の佐藤雅明氏がスピーカーとなり、インターネットと自動車とのかかわりについて解説。プローブ情報システムにおける個人情報の取り扱いと、解決すべき問題について語った。なお、ITS関連のセミナーとしては、同日に「スマートフォンへとシフトをはじめた新しいITSの姿」と題して、インターネットITS協議会・事務局長の時津直樹氏などによるセミナーも行われた。
オープンデータへの取り組みも紹介
坂下氏は上記の2つのセミナーのほかにも、オープンデータをテーマとしたセミナーを開催している。ここでは経済産業省の岡田武氏が政府のオープンデータ戦略について解説。オープンデータを進めていくためにはデジタルのままで官民連携できる仕組みが必要であると語った。その上で、千葉市総務局の三木浩平氏がオープンデータに対する自治体の立場から説明。千葉市ではすでにオープンデータへの取り組みを推進しており、ビッグデータ・オープンデータ活用推進協議会を4月に設立したことや、個人や企業から広くアイデアを募集する「活用アイデアコンテスト」を8月31日まで実施していることなどを紹介。さらに、団体間のシェアやマッシュアップの推進に期待していると語った。
一方、鯖江市でオープンデータの推進に取り組んでいるjig.jpの福野泰介氏は、民間企業の立場から、鯖江市との連携や、オープンデータを使って毎日アプリを作る「一日一創」の取り組みなどを紹介。「オープンデータは21世紀の“道路”であり、インフラだと思います。日本初のサービスを世界に広げるためにも、このインフラを一日も早く整えることが大事です」と語った。
インディゴの高橋陽一氏は、複数のデータを組み合わせるために、固有のIDによるデータの連携が不可欠であり、そのような基盤が確立されれば、事務方でもExcelやFusion Tableを使ってテーブル連結でデータの統合が可能となると語った。さらに、「オープンデータは官から民に流れていくというモデルばかり注目されがちだが、官民が共創するモデルも重要だと思います」と語った。
なお、オープンデータに関係するセミナーとしては、このほかにオープンストリートマップ(OSM)のビジネスワークショップが13日に開催された。スピーカーはマップコンシェルジュ代表取締役社長でオープンストリートマップ・ファウンデーション・ジャパン(OSMFJ)の副理事長である古橋大地氏と、同じくOSMFJの一員である飯田哲氏。古橋氏と飯田氏は今春リリースされたばかりの新しいエディター「iD」を使ってOSMの編集方法などをレクチャーするとともに、6月に開催されたばかりのOSMの北米カンファレンス「State of the Map US 2013」の報告も行った。
屋内測位技術を活用したイベントが実施
展示会場のLBJパビリオンには、今年も屋内測位技術「IMES(Indoor MEssaging System)」の関連ビジネスを紹介する「iMES Showcase」が設置された。
IMESとは、JAXAが民間企業と協力して発案した屋内測位技術。GPS衛星と同じ電波を出す送信機を屋内に設置し、その場所の位置情報を直接送信することで、スマートフォンなどの受信機を使って位置を特定できる。iMES Showcaseでは昨年もIMES関連の機器が展示されていたが、今年もいくつかのメーカーが受信機や送信機を展示したほか、展示会場内にもIMESの送信機が数台設置された。
IMESの普及にあたっての課題のひとつに、送信機の管理が挙げられる。使われなくなった送信機が流出して不適切に使われることを防ぐため、アクティベーション/デアクティベーション機能の搭載が検討されているが、このアクティベーション機能を搭載した送信機が、日立製作所/日立産機システムのブースで参考出品されていた。今回は出品されていなかったが、デアクティベーション機能を搭載した送信機についても開発が進められているという。
受信機についても昨年に比べて変化が見られた。東京エレクトロニツクシステムズはAndroidスマートフォンのカバーとして取り付けられるコンパクトなIMESの端末を展示。さらに、iMES Showcaseの入り口では、ソニー製のIMES端末を貸し出して「IMES Hunter」というゲームイベントも行っていた。IMES端末は来場者のAndroid端末とBluetoothで接続することにより会場内のIMES送信機からの電波をキャッチして、専用アプリを使ってLBJ会場のインドアマップ上で現在地を確認できる。受信したIMES情報ごとに対応したモンスターを登場させて、バトルすることでモンスターの宝物を入手するという内容となっている。
このアプリも東京エレクトロニツクシステムズが提供しており、地下街や商業ビル、公共施設で展開可能だ。場所に応じた広告やマスコットキャラクターを表示させたり、コレクションしたキャラクターによりクーポンなどをユーザーに提供したりすることも可能で、災害時の避難誘導にも対応しているという。
ちなみに屋内測位を利用したゲーム企画としては、Interop Tokyo 2013に出展のシスコシステムズも独自のWi-Fi測位による来場者参加型イベント「実験企画 位置情報でアイドルを探せ!」を実施した。同社は展示会場全域に80台のWi-Fiアクセスポイントを設置。イベントは、ナビタイムジャパンが提供するAndroidアプリ「Interop NAVI」を使って、展示会場内のどこかにいる「アイドル」を、アプリに表示された位置情報をもとに時間内に探し出すゲームで、探し出した人に先着順で記念品が提供された。このほか、アプリではフロアマップを用いた展示会場内の簡易ナビゲーションや、会場周辺のコンビニ・飲食店情報の配信、JR京葉線の混雑情報なども提供された。
さらに、シスコシステムズおよび三井情報のブースでは、会場内の来場者全体の位置情報を分析し、来場者のプレゼンスや経路分析、特定エリアの滞留時間などの行動分析情報を可視化できる「Cisco CMX(Connected Mobile Experience)」のデモも展示された。
このほか注目されたのが、地図会社のゼンリンと、エリアマーケティングで知られるJPSとのコラボレーション出展。両社の共同ブースではエリアマーケティング用のデータコンテンツ「マーケティングコンテンツ」シリーズが展示されていた。これは住宅地図データをベースにすることにより、建物一軒一軒まで特定できる詳細な分析が可能になる製品で、企業の出店計画や営業支援などに利用される。
コンシューマー向けサービスとして注目されたのが、地図のデザイン・製作・販売などを手がける東京カートグラフィックが5月に公開したばかりの新サイト「cart.e」の展示だ。同サイトはウェブでの新しい地図表現プロジェクトで、世界地図画像の上に都市データをプログラムで描画し、組み合わせにより新しいグラフィックを作る「cities」や、背景地図画像を切り替えて見ることができる「colors」など、さまざまなデザインの地図をアピールしていた。
今年で2回目の開催となったLBJ。セミナーでは位置情報のさまざまな活用事例とともに、プライバシー問題や品質基準などの課題や、オープンデータなどの新しい動きについて議論が行われた。屋内測位などの技術の話題についても昨年は個々の方式を詳しく紹介していたのに対して、今年は異なる方式の連携にまで踏み込んだセミナーが行われたのは意義深いと思う。また、展示会場においてはIMESなどの既存技術が実用化に向けて少しずつ進化していることが感じられた。出展企業/団体の数についても、昨年の20組織に対して今年は30組織を超えており、この分野に対する関心の高さがうかがえた。位置情報ビジネスの最新動向がわかるこのイベント、来年以降の展開がとても楽しみだ。