趣味のインターネット地図ウォッチ

第174回

“聖地巡礼”の誤差80cm、準天頂衛星「みちびき」でGPS精度向上

種子島・屋久島という両極端な環境での実証実験

「種子島ランドマーク実証実験」で行われた観光ツアーの案内

 衛星からの信号で現在位置を測定するシステムとしては「GPS」が広く知られているが、そのほかにもロシアの「GLONASS」や欧州の「GALILEO」といったものもあり、これらは全地球をカバーするシステムということで全地球航法衛星システム(Global Navigation Satellite System:GNSS)と呼ばれる。

 これに対して特定地域をカバーするシステムは、GNSSと区別するかたちで地域航法衛星システム(Regional Navigation Satellite System:RNSS)と呼ばれ、日本の準天頂衛星システム(Quasi Zenith Satellite System:QZSS)である「みちびき」や、中国の「北斗1」、インドの「IRNSS」などがある。

 2010年9月に打ち上げられた「みちびき」は、日本の天頂付近を通過する軌道を描いており、受信可能なGPS衛星が少ない場合にそれを補う役割を果たすほか、測位精度を向上させる測位補強機能も搭載している。現在、日本のQZSSは「みちびき」1機しかなく、日本の上空にあるのも1日に約8時間に限られているが、今後は2010年代後半にかけてさらに衛星3機が追加で打ち上げられて、計4基運用となる予定だ。

 この「みちびき」を利用した実証実験が10月から11月にかけて、ソフトバンクテレコム株式会社および一般財団法人衛星測位利用推進センター(SPAC)によって、鹿児島県の種子島と屋久島で実施された。種子島で行われた「種子島ランドマーク実証実験」では参加モニターを一般から募集し、種子島全域を対象に観光ツアーを3回に分けて開催。島内ではスマートフォンアプリ「ふらっと案内」を使ったスタンプラリーが行われた。このスタンプラリーは、Xbox 360およびPlayStation向けのアドベンチャーゲーム「ROBOTICS;NOTES(ロボティクス・ノーツ)」とコラボレーションしたもので、チェックポイントで端末をかざすと、そのキャラクターがAR(拡張現実)で表示される仕掛けとなっている。

ふらっと案内
メニュー画面

 一方、屋久島ではスタッフによる位置情報の受信技術向上に特化した測位実験を実施。屋久島の山岳地域で、位置測位困難地域での準天頂衛星の受信優位性や測位精度についての実験が行われた。

 今回は両島で行われた実証実験について、プロジェクトの担当者であるソフトバンクテレコム株式会社の永瀬淳氏(ITサービス開発本部サービス推進統括部観光クラウド推進室室長)に、実験の目的や現地での様子、実験を終えた上で得られた成果などについて話を聞いた。

永瀬淳氏

 ソフトバンクテレコムとSPACは2011年にも北海道網走市の博物館「網走監獄」にて「みちびき」の大規模な実証実験を行った。この時は網走監獄という1つの観光スポットに限られていたが、今回の実証実験のうち、種子島ランドマーク実証実験ではエリアを島全域に広げてスタンプラリーを行った。

 実証実験のエリアとして種子島と屋久島を選んだ理由はいくつかあるという。

 「理由はいくつかありますが、一番大きいのが、そもそも『みちびき』を打ち上げたのは種子島で、そこに最先端技術があるということです。あとは、『ROBOTICS;NOTES』の世界観が実験にものすごく合っていたことと、それを目的とした“聖地巡礼”のニーズがあること。さらに種子島には、約470年前に鉄砲が伝えられた島ということで、伝統的な観光コンテンツもあります。それらを組み合わせたら面白い化学変化が起きるのではないか、という考えがありました。」

 「また、種子島は最大標高は282mと平べったい島なので、『みちびき』ではなく普通のGPSでも測位精度が高く、5mくらいしか誤差が出ません。今回はそのような環境の中で、果たして『みちびき』が優位性を出せるのかという意地悪な課題を設定しました。逆に屋久島は大きな木と大きな岩でできている島です。深い森の中はGPSはとても受信しづらく、その中で『みちびき』が優位性を出せるのかというのは重要な問題です。このような両極端な実験を、あのエリアで全部できるので、実験環境としては最適だと考えました。」

種子島のマップ

L1-SAIFに対応した最新の受信機「QZPOD」を使用

 今回の実証実験では、「みちびき」の受信機として、8月に完成したばかりの「QZPOD」という製品を使っている。この受信機の開発にはソニーや村田製作所がかかわっているほか、ソフトバンクのエンジニアも含めて仕様を詰めており、網走監獄での実証実験結果なども反映されている。QZPODは「みちびき」の信号とIMES(Indoor MEssaging System)の位置情報を受信することが可能で、Bluetoothで接続することにより、AndroidとiPhoneの両プラットフォームで利用できる。

QZPOD(写真提供:ソフトバンクテレコム)

 QZPODの特徴は、「みちびき」から発せられる「L1-SAIF」という測位信号を受信できることだ。すでに世間では「みちびき」対応を謳っているGPS端末やスマートデバイスが市販されているが、これらは米国のGPSの互換信号を放送する「補完信号」への対応のみで、測位精度を向上させる「みちびき」独自の「L1-SAIF」や「LEX」といった「補強信号」に対応しているわけではない。QZPODはL1-SAIFに対応することにより、サブメーター級(誤差精度1m)の測位が可能となるほか、L1-SAIFによるショートメッセージの受信も可能だ。

 「QZPODはマルチGNSSに対応しているので、『みちびき』以外の測位衛星を拾うことも可能です。ここまで高スペックな端末を実証実験に使うのは初めてですね。もともと『みちびき』はかなり高スペックな測位衛星ですが、それを生かすには高スペックの受信機が必要です。これまでは衛星を打ち上げて信号を送信するまでを集中して取り組んできましたが、これから一番大事なのは受信機の高性能化です。網走の時はとてもプリミティブな受信機を使っていましたが、その時に比べて大きく進化しました。種子島では普通のGPSだと誤差が5〜10mになりますが、QZPODを使ってL1-SAIFの信号を利用した場合、0.8mとなります。あれだけGPSを測位しやすい環境であっても『みちびき』の優位性が出ました。」

 L1-SAIFが受信可能であることに加えて、今回の受信機が画期的な点はもう1つある。IMESによる屋内測位との切り替えが、かつてないほどスムーズであることだ。IMESは、屋内に設置した送信機から緯度・経度やフロア数などの位置情報を直接送信する技術だ。GPSは最低4個の衛星から受信する必要があるが、IMESは送信機が1つあれば、その送信機が送信する位置情報を得られる。ただし使用する電波は屋外で使われるGPSと同じなので、電波の干渉などを避けるため屋内外の切り替えをいかにスムーズに行うかが課題となる。

 「屋内外のシームレス測位については、性能は網走の時の10倍以上になっています。網走の時は、屋内から屋外に出る時に、建物から出て70m離れても屋内にいると出ていました。屋外から屋内に入った時、または屋内から屋外へ出た時に瞬時に測位データを切り替えるというのは技術的にとても難しいことで、信号の強度や状況などさまざまな要素を分析した上で判別する必要があります。詳細分析はまだですが、QZPODでは屋内外の切り替えが格段に早く、ほぼ実用域に達していると思います。シームレス測位は網走での実験で課題だった点だったので、今回はここのテストはぜひやりたかった。シームレス測位チップで日本は世界最先端だと思いますし、これを産業の起爆剤にしてもらいたいと思っています。」

屋内外が切り替わった時の画面(写真提供:ソフトバンクテレコム)

島内を巡りながらゲームキャラを発見

 スタンプラリーが行われたのは10月25日〜27日、10月26日〜28日、11月2日〜4日の3回で、一般募集によるモニターに島内の住民も加わり、3回合計で407人(島外271人、島内136人)が種子島の観光スポットを巡り歩いた。参加者はQZPODとBluetooth接続したスマートフォンを使って、観光案内アプリ「ふらっと案内」に表示されたチェックポイントを目指した。スタンプラリーコースは計10個で、各コースには数カ所から十数カ所のチェックポイントが用意された。

スタンプラリーの画面(写真提供:ソフトバンクテレコム)

 参加者の移動手段は主に車で、QZPODによって測位した現在地を地図上で確認しながらチェックポイントを探索した。チェックポイント付近に来るとスタンプ獲得ボタンが表示されるほか、ARのキャラクターが表示されるポイントも用意された。ARポイントにはQRコードなどのマーカーが用意されているわけではなく、風景の中の特徴点を認識することでトリガーとなる。

 「今回のARはかなりイノベーション要素を入れました。AR技術には大きく分けてトラッキング(認識)とレンダリング(合成)技術の2つがありますが、トラッキングにおいては3D空間の画像や『みちびき』による測位、Wi-Fi基地局、IMESなどあらゆるものを利用し、その中から瞬時に最も確からしいものを選ぶという処理を行っています。だから真夜中でもARが使えますし、季節が移って景色が変わっても使えます。さらに、ARポイントごとに、何を測位して、どれを中心にしたらいいかを変えていて、ユーザーが一番見ることができたARや、見ることができなかったARなどデータを取得しました。」

AR画面(写真提供:ソフトバンクテレコム)

 「さらに、表示についてもこだわりました。ARで登場するキャラクターがきちんと地面に足が着くようにしましたし、身長の縮尺もキャラクターに設定されている身長と同じ大きさで出てきます。そこはコンテンツメーカーに品質チェックを受けていますし、『適当に表示されていればいい』という品質のものではありません。」

かざすとすぐにARの映像が表示される(写真提供:ソフトバンクテレコム)

L1-SAIFによるメッセージ配信やIMESのマルチキャスト配信も実施

 スタンプラリーの中ではL1-SAIFによるメッセージ配信の実験も行われた。L1-SAIF信号の緊急メッセージは、データ部の容量が1メッセージにつき212ビットtで、送信周期は6秒に1回と小容量ではあるが、災害時に携帯電話網などが使えなくなった場合でも配信できるというメリットがある。

L1-SAIFのメッセージ受信画面(写真提供:ソフトバンクテレコム)

 「今までもL1-SAIFメッセージの実証実験は行われていましたが、それは実験スタッフが配信タイミングなどがあらかじめわかった上で受信するというスタイルです。今回は一般のスタンプラリーの参加者に対して、いつメッセージを出すかを全く知らせずに配信している点が異なります。L1-SAIFに対応したアプリは『ふらっと案内』だけですから、このような実験が行われたのは初めてだと思います。」

 メッセージの配信は期間中の午後、30分〜1時間ごとに行われた。1回(2泊3日)のツアーの中で計10回ほど配信したという。メッセージの内容は「この場所に○○がある」といった情報や、「受信機の回収が始まりました」という簡単な告知だ。

 「メッセージの配信の仕方についても、メッセージだけを出すとか、ブルッと震えながら表示させるとか、音まで出して表示するとか、受信時の挙動を毎回変えて行いました。緊急災害メッセージに利用することを踏まえて、配信の仕方によって着信率にどのような変化があるのか、メッセージによってどのような行動誘発率の変化があるのかを分析するためです。それによって将来、どのような緊急メッセージを出せばいいのかというのがデータとして分かります。」

 チェックポイントは屋外だけでなく、IMESの実験のため宇宙科学技術館および種子島総合開発センターの屋内にも5カ所ずつ設置された。これまでは1カ所の位置情報を配信するのに1台の送信機を使っていたが、今回はマルチキャスト配信により、2台で1カ所の位置情報を配信した。これがシームレス測位にも良い影響を与えたという。

1カ所につきIMES送信機を2台使用(写真提供:ソフトバンクテレコム)

 「マルチキャスト配信により、劇的な違いがありました。送信機の位置がわずかでもずれていれば電波が届く差分を計算できるので、それによって屋内と屋外の切り替えもスムーズになりました。研究者が出したデータではなく、一般の人が普通に使用した中で、それが証明できたというのが大きいですね。」

実験終了後もスタンプラリーは引き続き利用可能

 このように数々の仕掛けが功を奏し、参加者からも大きな反響があったという。

 「参加者同士がTwitterなどでコミュニケーションを深めて、勝手に遊び始めたのです。1回目のツアーで撮った写真を投稿する人がいて、それに対して次のツアーの参加者も呼応し、前の参加者が攻略を支援することもありました。島内の人が島外の人に情報を提供することもありましたし、参加者の手によって、たった1日でスタンプラリー攻略サイトも開設されました。そうしているうちに、弊社や『ROBOTICS;NOTES』を作っているコンテンツメーカー、現地で補正データを計測した測量会社さん、JAXAさんなども情報を出し始めるようになりました。」

 「結局、観光振興や地域活性化にとって大事なのはコミュニケーションなんですね。全然違う層の人たちが、きちんとコミュニケーションを取れているかどうかがすべての原点で、今回のイベントでは、そのようなあるべき姿がTwitterの投稿に集約されていたと思います。」

 今回使用されたARの仕掛けや観光情報については、イベント終了後も引き続き種子島で今後も見られるようにする予定だという。

 「『みちびき』の受信機が無くても、通常のGPSでARが表示できるように再チューニングをして配信し続けます。つまり最先端の3D ARのショーケースが種子島にできたわけですね。実験期間が終わっても視察に訪れたいという声をすでに各地の観光協会や自治体などから頂戴しています。3D ARのタグ作成技術も島内のIT会社さんに技術移転をしたので、今後は他の地域で同じことをやりたいという話が来たら、視察ツアーの受け入れも含めて種子島の経済を動かしていただきたい。そのような相乗効果についても提案できたのではないかと思います。また、今後は『ふらっと案内』も、よりARに力を入れていきます。QZSSによって、やっとそれができる環境が整いつつあります。」

山や森の中で衛星携帯電話によるデータ通信を実験

 一方、屋久島での実証実験では、島内の各登山コースを使ってQZSSの受信特徴や、災害時の安全・安心分野への応用について検証を行った。こちらはモニターを募集せず、スタッフのみが測位検証を行った。ここで使用したのが、ソフトバンクモバイルが9月に発売したiPhone向けのケース型衛星電話「202TH」だ。iPhone 5とはBluetoothで接続し、専用アプリを使うことで衛星携帯電話として利用可能となる。これにQZPODも接続して、L1-SAIFによる測位を行った。山の縦走チームは計10人で、約1週間かけて実験を行ったという。

202TH(写真提供:ソフトバンクテレコム)
森の中で実験(写真提供:ソフトバンクテレコム)

 「屋久島は3Gの電波が弱く、今回はあえてそのような環境を狙いました。『みちびき』で受信したログ情報を、202THを使って森の中からリアルタイムで送信し、解析して戻すという作業をしたのです。あの深い森の中でデータ通信が行える、そしてアプリが使えるという安心感は絶大で、これはイノベーションをもたらすのではないかと思います。アプリと連動して位置などを自動送信できるようになれば、遭難した場合に探す手間が省けるので、捜索コストが無くなり生存率も高まります。実はこの実証実験を行った時、ちょうど島に台風25号が来ていたのですが、荒天の中でも測位やデータ通信が行えることが確認できました。レスキュー以外でも、例えば縄文杉の保護のために木を管理するといった用途にも使えます。」

 「まだきちんとした結果は出ていませんが、山岳地域ではGPSだけだと誤差が最大約50mとなってしまいますが、『みちびき』の誤差は1〜2.6mという圧倒的な違いが確認できました。もともとGPSが使っている電波というのは、植物の葉などを突き抜けやすい帯域なのですが、仰角が浅いと突き抜ける力は弱くなります。『みちびき』は天頂付近に存在し、仰角が高いため、突き抜ける力も強くなるので、森の中においてもかなり有効だと思います。」

屋久島でもQZPODを使用(写真提供:ソフトバンクテレコム)
実験中の画面(写真提供:ソフトバンクテレコム)

 このような実証実験の結果について、ソフトバンクでは今後さらに詳しく分析し、受信機開発やアプリ/サービス開発に役立てていく構えだ。受信機開発が進み、チップ化されて市販のスマートフォンに内蔵されるようになれば、種子島で参加者が体験したAR技術やシームレス測位、屋久島で実証実験スタッフが体験した高精度な測位を誰もが利用できるようになる。今回の成果が今後、どのように市販製品やサービスに反映されていくのかが注目される。

 なお、本記事が掲載される11月14日、東京・日本科学未来館で開催される「G空間EXPO」では、QZSSをテーマとしたシンポジウム「SPACシンポジウム2013」が開催される。この中で永瀬氏が登壇し、種子島の実証実験についての報告を行う予定だ。さらに11月15日に日本科学未来館のシンボルゾーンで開催される「G空間EXPOメッセージゾーン」のステージプログラムの中でも、永瀬氏が登場して種子島実証実験の報告を行う予定となっている。

片岡 義明

地図に関することならインターネットの地図サイトから紙メディア、カーナビ、ハンディGPS、地球儀まで、どんなジャンルにも首を突っ込む無類の地図好きライター。地図とコンパスとGPSを片手に街や山を徘徊する日々を送る一方で、地図関連の最新情報の収集にも余念がない。書籍「パソ鉄の旅−デジタル地図に残す自分だけの鉄道記−」がインプレスジャパンから発売中。