趣味のインターネット地図ウォッチ

第101回:「東京ユビキタス計画・銀座」を体験してきました

地上・地下を問わず高精度な歩行ナビが可能


 世界有数の繁華街として知られる東京・銀座。この銀座を舞台に2010年11月から、最先端のユビキタス技術の実証実験「東京ユビキタス計画・銀座」の2010年度実験が開始された。このプロジェクトは東京都と国土交通省が連携して行っているもので、2007年度から銀座で毎年、開催されている。同様の実験はほかにも新宿の都庁や、上野動物園、東京ミッドタウンなどで行われているが、銀座でのプロジェクトは特定の施設に限らず、路上を含め街中を広範囲にカバーする実験ということで観光客からも注目を集めている。年を重ねるごとに進化しつつあるこのプロジェクトだが、今年はどんな点が新しくなったのか、その体験レポートをお送りしよう。

ユビキタス・コミュニケータ(UC)「東京ユビキタス計画」のウェブサイト

地下も含めた高精度な現在地測位

 実験内容は、「ユビキタス・コミュニケータ(UC)」と呼ばれる携帯端末を一般客に貸し出して、ナビゲーションサービスや観光情報の配信を行うというものだ。「ユビキタス社会」とは、いつでも、どこでも、誰もが簡単にあらゆるものの情報を取得できる社会のこと。それを実現するための手段として、物や場所に「ucode(ユビキタス・コード)」と呼ばれるID番号を割り振ったタグ(ucodeタグ)を付ける方法が提唱されている。

 東京ユビキタス計画・銀座でも、銀座の街中のさまざまな場所にucodeタグの機能を持ったRFID(ICタグ)を位置マーカーとして設置して、それをトリガーとしてプッシュ型の情報配信が行われる。タグの位置情報をもとにUCを手にしたユーザーの測位も行われるので、UC上で行きたい場所を指定すれば歩行ナビも可能だ。タグは地上だけでなく地下にも配置されているので、GPSと違って頭上が遮られる地下でも位置を特定できるし、地下道をも含めたナビゲーションが可能となる。もちろんUCには地上だけでなく地下道の詳細地図も収録されている。

 さらに、昨年度まではプロジェクトの対象エリアは銀座の表通りだけだったのが、今年度からは裏通りも含まれることになり、測位できるエリアが大幅に拡大した。裏通りは主にタグではなくWi-Fiで測位が行われるので精度は落ちるが、このエリア拡大によって情報を得られる店数も大きく増えた。銀座の表通りは有名店が多いが、裏通りのあまり知られていない店の情報も得られるので、今まで知らなかったスポットを発見するきっかけにもなるだろう。

街中に設置された位置マーカー位置マーカーは地下道の天井にも設置されている
地下道でもナビゲーションが可能広がった実験エリア

ウェブサイト「ココシル銀座」との連携機能が追加

 現地での体験に先立って、このプロジェクトに技術協力を行っているYRPユビキタス・ネットワーキング研究所の所長であり、東京大学大学院情報学環教授でもある坂村健氏にも話をうかがった。

YRPユビキタス・ネットワーキング研究所・所長の坂村健氏

 坂村氏は「このプロジェクトは赤外線マーカーや無線マーカー、Wi-Fiなど位置を知るためのあらゆる技術を統合して、現在地を高精度に測位するシステムです。自分のいる位置が数メートルの誤差でピンポイントにわかるシステムであり、これをインフラとして普及させることを目標に取り組んでいます」と語る。街中で人間が歩行するための位置情報システムとしては、GPSでは誤差が大きすぎるので、ほかにもいろいろな技術を組み合わせて、より高精度な測位システムを作り上げる必要がある。そして、このようなインフラ環境が整ったときに、いったいどのような利便性がユーザーにもたらされるのかを具体的に示したのが、この東京ユビキタス計画・銀座というわけだ。

 今年度の注目ポイントとしては、エリアが拡大したことに加えて、ユーシーテクノロジ株式会社が運営するウェブサービス「ココシル銀座」との連携機能が盛り込まれたことが挙げられる。ココシル銀座はUCとの連携を前提としたタウン情報サイトで、アクセスすると、地図上に多数の目印が貼り付けられたGoogle Mapsの画面が表示される。目印をクリックするとウィンドウがポップアップして、ショップ情報やウェブサイトへのリンクが表示される。さらにユーザーによって投稿されたクチコミ情報も読める。

 これらのスポットをブックマークに登録して、そのブックマークをUC上で確認したり、逆にUC上で登録したブックマークをPC上で見たりすることも可能だ。ちなみに目印の中には動画も含まれているが、この動画はUC上でしか見られない。目印にはバルーン型アイコンのほかに、位置マーカーを示すアイコンも掲載されている。ココシル銀座の地図を見ると、表通りのほうが裏通りよりも位置マーカーの数が段違いに多いことがわかるが、施設情報の目印は裏通りにも意外と多い。これだけ情報が充実していればタウンガイドとしても十分に役立つだろう。


マーカーの位置もわかる「ココシル銀座」のサイトUCと同じコンテンツをPCからも見られる
タクシーの乗り方なども丁寧に解説位置マーカーの詳細情報

ブックマーク登録した施設を自動表示

 UCの貸出場所は、東京メトロ銀座駅A4出口の地下案内所付近にある専用受付ブースと、観光案内所「銀座ストリートガイド」の2カ所。さらに、銀座エリア内のいくつかのホテルでも貸出を行っている。借りる際には運転免許証や健康保険証などの身分証明書が必要で、ウェブサイト上で貸出予約も受け付けている。UCは日本語・英語・中国語(簡体字、繁体字)、ハングルに対応しており、外国人観光客からも好評だ。貸出機がない場合もあるので、確実に借りたい場合は予約しておくことをお勧めする。

銀座駅A4出口の地下にある受付ブース

 UCの起動時に「ココシル連携キー」の入力画面が表示されるので、あらかじめ家のPCでココシル銀座のユーザー登録をした人は、ウェブサイトで発行した連携キーをここで入力する。入力すると無線接続でサーバーからUCにブックマーク情報などが転送される。UCを持って歩いているときにブックマーク登録した施設の近くに来ると、画面上にその旨のメッセージが表示されて音声案内が再生される。もちろんブックマーク一覧を確認することも可能だ。ちなみにUCにはイヤホンも付いているので、イヤホンを片耳に装着したまま歩けば雑踏の中でも音声案内を聴き取れる。

 このように、あらかじめブックマークを登録しておくだけで、現地で情報が勝手に飛び込んでくるのがUCの特徴で、スマートフォンやPCなどでユーザー側から情報を取りに行くのとはひと味違った使い勝手だ。最近は携帯電話でも位置情報をもとに情報を知らせる「オートGPS」機能などが搭載されるようになってきてはいるが、UCは最初からプッシュ型の情報配信を前提として設計されているので、タウンウォッチングの用途には最適といえる。

 ブックマーク登録した施設の案内が表示されたら、施設名をタッチすると詳細情報を見られる。この情報は東京都が観光案内パンフレットに載せている施設情報や、「ぐるなび」の飲食店情報などで、なかなか充実した内容となっている。もちろんプッシュ配信された情報を見るだけでなく、ユーザー側が検索機能を使って施設の情報を探すことも可能だ。ホーム画面で「検索」を選択して、カテゴリーリストから施設を選べば、実験エリア内の主要施設のリストを見られる。三越や松坂屋などのデパートの場合は、フロアガイドまで見られるので便利だ。

 また、施設の詳細情報画面の上部にある「目的地に設定」をタッチすると、現在地からその施設までの道順を案内してくれる。カーナビのように地図上に矢印が示されるほか、写真上に矢印を描いた案内画面も表示されるので実にわかりやすい。


「ココシル連携キー」を入力イヤホンの音量調節の解説画面
UCのホーム画面ブックマーク登録した施設に近付くと画面に告知
カテゴリー検索画面三越の最新情報
松坂屋のフロアガイド「ぐるなび」の飲食店情報

裏通りはWi-Fiで測位

 プッシュ型の情報配信と高精度な現在地測位を可能にしているのは、電池を内蔵したアクティブタグと呼ばれる位置マーカーである。アクティブタグは、電子マネーに代表されるパッシブタグと違って、読み取り機であるUCを近付ける必要がなく、付近を通り過ぎるだけで受信できる。無線式と赤外線式の2種類があり、無線式は銀座の中央通りおよび晴海通り沿いに数十メートルおきに街灯の柱などに設置されている。一部、裏通りに設置されているものを含めると総数は約220個。赤外線式のタグは地下通路の天井などに約320個が設置されている。このほかシールタグが約90個、点字ブロックに埋め込むタグが310個ほど設置されているが、点字ブロックのタグは今回貸し出されるUCでは受信できない。シールタグにはQRコードが掲載されており、携帯電話やスマートフォンでアクセスするとコンテンツを閲覧できる。

 赤外線式のタグを受信するにはUCを外に出したまま歩かなければならないが、地下道の中に位置マーカーがあるおかげで、GPSでは不可能な屋内測位が可能となっている。ナビゲーションは地下も地上もシームレスに行われ、例えば地下から地上にある目的地を指定すると、まず出口となる階段の位置を案内した上で、地上出口から目的地までの経路を案内する。このような地下と地上を組み合わせた詳細なナビゲーションはこのプロジェクトならではだ。

 一方、前述したように無線式の位置マーカーが設置されていない裏通りの測位はWi-Fiによって行われる。Wi-Fiの電波状況と現在地との対応関係を事前に調査した上で、そのデータベースをもとに測位する仕組みで、すでに「PlaceEngine」などで実用化されている手法だ。この方法の場合、位置マーカーによる測位に比べると精度は落ちるので、地図上では現在地を示すサークルが大きく表示される。誤差が大きくなるため、ナビゲーション時でも位置マーカーのときのように写真による案内は行われず、地図上に矢印を表示するだけの簡易なナビゲーションとなる。

 Wi-Fi測位を実際に使ってみた印象だが、場所によってはけっこう正確に位置を特定してくれる場合もあり、目的地の店の前に着くと同時に「ポーン」と音が鳴って到着を知らせてくれる。ただしWi-Fiの電波が少ないエリアでは精度はかなり落ちる。ココシル銀座では歩いた軌跡を後日、ウェブサイト上で確認することができるのだが、このログでも位置が飛んでいる個所がいくつかあった。

 また、表通りについても、筆者が体験中に無線式タグが破損していた個所があり、測位ができなかったこともあった。タグが正常に動いているかどうかのチェックは頻繁に行われており、短時間で復旧される体制にはなっているが、常に完璧というわけにはいかないようだ。

 ちなみにUCに搭載されている地図データは2500分の1の地図をもとに作られた独自のもので、縮尺は2段階のみ。細かいところまで詳しく描かれた地図ではないが、主要な施設の店名などが記載されていてわかりやすい。地下鉄の出口名や、ビルの形なども一部描かれている。

QRコードが入ったシールタグスマートフォンでQRコードの情報にアクセス可能
銀座四丁目交差点の角の花壇に設置されている無線式タグ地下道の天井に埋め込まれた赤外線式タグ
地下道には無線式タグも設置地下道出口の案内画面
ナビゲーション画面写真ナビの画面
現在地周囲のコンテンツを調べられるWi-Fi測位になるとサークルが大きくなる
UCで移動した軌跡は「ココシル銀座」上で確認できる

ツアーやガイドブックなどのコンテンツも充実

 UCには、このようなナビゲーション機能や施設情報を活用してお勧めの観光コースを案内する「観光ツアー」のコンテンツも収録されている。観光ツアーとして用意されているのは、「地元のボランティアが案内する銀座の文化、表通り・裏通り」(所要時間120分)と、「銀座生まれのものを探訪」(所要時間30分)の2種類。このほか、都庁で使える「新宿都庁ガイドツアー」も収録されているが、UCは使った後に銀座の受付に返却しなければならないため、このコンテンツを利用するなら新宿都庁に行って改めて借り直すほうが現実的だろう。ただし過去には銀座でUCを借りて新宿で返すことを可能にした実験も行ったことがあるそうで、そのときは銀座から新宿までの電車の経路案内も行ったという。

 ツアーを指定すると、さまざまな名所やショッピングスポット、カフェなどが順番に紹介されて、目的地に着いたら「次へ」をタッチすると次の目的地へのナビゲーションが開始される。目的地は順番に回る必要はなく、リストの中から興味のある施設を指定してショートカットすることも可能だ。初めて銀座を訪れた人はもちろん、すでに銀座を知っている人が使えば新たな発見があるかもしれない。

 施設情報の中には動画コンテンツも含まれており、これはPC上では見ることができず、UCでしか閲覧できない。動画は「NHKアーカイブ」の映像で、昔の銀座の様子を今の街並みと比べながら視聴できるので楽しい。このほか、銀座を音声で紹介する音声番組や、ガイドブックのコンテンツなども収録されている。

観光ツアーの選択画面目的地に到着したら「次へ」をタッチ
観光ツアーのリスト音声番組のリスト
ガイドブックのリスト

スマートフォンを使った実験の計画もあり

 UCはそれほどパワフルなCPUを積んでいるわけではないので、画面の切り替わり時に多少もたつくことがある。ただし今回のプロジェクトは、街中のあらゆる場所にICタグを設置して、それをもとにどのようなサービスを提供できるかということを模索するための実験である。あくまでもインフラの整備を目的としたものであり、UCというハードウェア自体のアピールは目的としていないので、機器のスペックなどを細かく評価したところであまり意味はない。

 それよりも、このようなインフラを実現することで、将来的にわたしたちの環境がどのように変化するのかを考えることが大切だろう。今回から新たにサービスが始まったココシル銀座やWi-Fiによる裏通りの測位によって、そのような未来のイメージがより具体的に示されたように思う。

 「ユビキタス社会は新しいインフラであり、まだ世の中にインターネットやGPSが登場したときと同じような段階なんです。機能的にはもっといろいろとできることがあるとは思いますが、とにかくこのプロジェクトが何をやろうとしているのか、その一端を覗いていただければと思います。将来的にはこの新しいインフラを国や自治体で標準化して、位置マーカーを携帯電話やスマートフォンで読み取れるようにしたいですね」と坂村氏。来年度からはAndroidやiPhoneなどスマートフォンを使った実験を一部で試験的に始める計画もあるそうで、位置情報サービスに関心のある人なら今後も同プロジェクトには要注目だ。このプロジェクトは3月末まで行われており、誰でも無料で利用できるので、興味のある方はぜひUCを借りて銀座の街を歩いてみていただきたい。


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2011/1/6 06:00


片岡 義明
 地図に関することならインターネットの地図サイトから紙メディア、カーナビ、ハンディGPS、地球儀まで、どんなジャンルにも首を突っ込む無類の地図好きライター。地図とコンパスとGPSを片手に街や山を徘徊する日々を送る一方で、地図関連の最新情報の収集にも余念がない。書籍「パソ鉄の旅-デジタル地図に残す自分だけの鉄道記-」がインプレスジャパンから発売中。