誰もが自由に利用可能なフリーの地図データを作るプロジェクト「オープンストリートマップ(OSM)」。世界各地でさまざまな人々が地図作りに取り組んでいるこのプロジェクトの国際カンファレンス「State of the Map 2012 Tokyo(SotM2012)」が、9月6日から8日の3日間、東京大学・駒場リサーチキャンパスにて開催された。さらに9日には締めくくりとして、高尾山での交流イベント“マッピングパーティー”も開催。日本だけでなく各国のマッパー(OSM愛好家)が訪れて、活発な情報交換や交流が行われた。
SotMは英国、アイルランド、オランダ、スペイン、米国と過去5回行われてきたが、アジア・オセアニア地域で開催されるのは今回が初めて。また、日本におけるOSM関連の全国的な会合はこれまでほかのイベントに相乗りする形で行われてきたが、OSM単独で開催されるのも今回が初となる。
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SotM2012 Tokyoのロゴマーク |
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すべての人が地図作りにかかわってほしい、という思いが込められた「1億(70億)総伊能化」と書かれたTシャツを着るスタッフ。このTシャツは参加者にも配られた |
●「Yahoo!ロコ」の地図にOSMの編集画面へのリンク設置
初日はまずオープンストリートマップ・ファウンデーション・ジャパン(OSMFJ)代表理事の三浦広志氏が日本におけるOSMコミュニティの成り立ちやその後の経緯について説明。2008年に発足し、マッピングパーティーなどを通して交流を深め、2010年には公共データのインポートなどを開始。以後、2012年にかけて順調に地図データが増えているとしたほか、東日本大震災の復興支援プラットフォーム「Sinsai.info」への取り組みなども紹介。各国から集まった参加者に、ぜひSotM 2012を楽しんでほしいと呼びかけた。
続いてOSMの創始者であるスティーブ・コースト氏の挨拶が行われたあと、ヤフー株式会社の執行役員・チーフモバイルオフィサー(CMO)兼スマートフォン戦略本部長の村上臣氏が登壇。「Sinsai.info」のメンバーでもある村上氏は、ヤフーとOSMとの連携について紹介した。OSMを選んだ理由として、スマートフォン時代に合った柔軟なライセンス体系や、豊富なコミュニティやツールが世界中に普及していることを挙げた。
また、ヤフーが2011年春に地図データのOSMへの提供を開始し、2012年春にはYOLP(Yahoo! Open Local Platform)のAPIでOSMを利用可能にしたほか、地図サイトYahoo!ロコの地図にもOSMレイヤーを追加したことなども紹介。さらに8月末にはYahoo!ロコのOSM地図画面にOSMの編集ページへのリンクを設置したことを発表した。OSMレイヤーに切り替えた状態で右上の「OSMのマップを編集」をクリックするとOSMのページに移動し、OSMのアカウントでログイン後にOSMのエディター「Potlatch 2」が立ち上がり、「Yahoo!ロコ」の地図で見ていた場所がほぼシームレスに編集可能な状態となる。
村上氏は、将来的には新しい建物が完成した時などに、ヤフー側からOSMへ変更内容をフィードバックすることも検討していると述べた。また、OSMに期待することとして、地図のカバー範囲の増強や鮮度の維持、地方自治体や学校を巻き込んで地図作成環境を確立させることなどを挙げた上で、ヤフーは今後ともOSMを支援していくと締めくくった。
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メイン会場のコンベンションホール |
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第2会場のカンファレンスルーム |
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OSMFJの三浦氏 |
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スティーブ・コースト氏 |
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ヤフーの村上氏 |
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「Yahoo!ロコ」の地図にOSM編集画面へのリンクを掲載 |
●「Wheelmap.org」のラウル氏も来日
2日目のセッションで注目を集めたのは、車椅子の利用者が自力で行ける場所を共有する「Wheelmap.org」のラウル・クラウトハウゼン氏による講演。Wheelmap.orgはベースマップにOSMを利用しており、これまで2年間にわたってクラウドソーシングにより情報を充実させてきた。
自ら障害を持つラウル氏は、ドイツのベルリンからこのプロジェクトを開始し、欧州各地や米国、日本などに広まったとこれまでの経緯を振り返った。現在はモバイルアプリもリリースされており、「外出先が車椅子でも大丈夫かわからないと現地に行って引き返さなければならないこともあったが、アプリのおかげで情報を得ることができた」といった反響も得られたという。情報量についても2011年に急激に登録件数が増えて、2012年には26万5000件に達したと語った。
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「Wheelmap.org」のラウル氏(右) |
●OSM上で二子玉川ライズなどの屋内地図が公開
同じく2日目には、慶應義塾大学大学院システムマネジメント研究科准教授の神武直彦氏による屋内地図および屋内測位をテーマとしたワーキンググループも開催。神武氏は「多くの人々は人生の80%を屋内で過ごすので、インドアLBS(ロケーションベースドサービス)は大きなビジネスターゲットになる」と前置きした上で、屋内測位を実現するための技術「IMES(Indoor MEssaging System)」を紹介。さらに日本のOSMコミュニティにおいて、屋内地図を作成するプロジェクトが立ち上がっていることについても触れた。
OSMのインドアマッピングプロジェクトについては初日に行われたライトニングトークにて、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科の中島円氏による発表も行われており、すでに二子玉川ライズのフロア図と、今回SotM2012の会場となった東京大学・駒場リサーチキャンパスの生産技術研究所の屋内地図については、誰もが自由に使える地図データとしてOSMの編集画面で公開されている。
なお、今回のイベントでは会場にIMESコンソーシアムの展示ブースも設けられ、IMESのデモも行われた。会場内の各所にはIMESの送信機を設置。小型のIMESレシーバーとAndroidスマートフォンを組み合わせることでスマートフォン上の屋内地図に現在位置が表示され、ARナビゲーションのデモも用意された。ちなみにこのスマートフォン上の地図にもOSMの地図が使われていた。
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神武直彦氏 |
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中島円氏 |
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二子玉川ライズの屋内地図 |
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スポンサーの展示ブース |
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会場内の各所に設置されたIMES送信機 |
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IMES受信機とAndroidスマートフォン |
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ARナビゲーション |
●国土地理院がOSMコミュニティと交流
3日目の午後のセッションには、国土地理院の地理空間情報部長である村上広史氏が登壇。村上氏は国土地理院の歴史や基本的な役割や取り組みを紹介した上で、電子地図に情報を重ね合わせて共有できる「電子国土ポータル」など、国土地理院が提供するデジタル地図プロダクトやサービスを紹介した。さらに、OSMなどのVGI(Volunteered Geographic Information)との連携についても言及。GPSログを使った登山道の調査や、東日本大震災におけるSinsai.info、クラウドソーシングを通じて得られた通行可能な道路情報など、これまでの取り組みを紹介した。
また、6月に開催した「G空間EXPO」にて授賞式を行った「電子国土賞」についてもOSMFJと連携したことを紹介。7月にはOSMFJのメンバーが国土地理院を訪れて、地図データの使用などに関して意見交換を行ったことにも触れた。その上で、ハイチ大地震の時の取り組みなどを通じてVGIの価値は国際的に認められつつあり、将来的にもVGIが重要な役割を担っていくと語り、国土地理院とVGIとの対話は始まったばかりだが、未来に向けて相互メリット実現のため、前向きに取り組んでいくと今後の展望を語った。
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国土地理院の村上氏 |
●災害関連のセッションも実施
一方、同じく3日目に行われて注目を集めたのが、OSMFJの理事である井上欣哉氏による「Mapping of historical places in Japan(日本の史跡のマッピング)」。増上寺や靖国神社、鶴岡八幡宮、上杉神社などの地図を作成してきた経験から、歴史的建造物のマッピングのノウハウを発表した。井上氏が作成した会津若松市の鶴ヶ城の地図は、世界中の優れたOSMの地図作品に贈られる「Best of OSM」に選ばれたこともあり、マッパーには有名な地図である。井上氏はこの地図を作成するにあたって、周囲の長さが2.5kmの鶴ヶ城を描くのに23kmも歩いたと語った。
なお、福島市在住のマッパーである井上氏は、初日にも震災をテーマにした講演を行っている。このセッションで井上氏は、福島県内の震災前後の比較写真を紹介した上で、「震災後に日本は世界中からたくさんの支援を受けて、OSMにおいても多くのマッパーが東北の地図を編集してくれました。これらすべての親切な支援に対して深く感謝します」と英語で謝意を伝えた。
災害関連のセッションとしてはこのほか、奈良女子大学の西村雄一郎氏による紀伊半島大水害に関する講演や、東日本大震災被災地の岩手県釜石市や大槌町で行われた復興支援の取り組みについて立命館大学の瀬戸寿一氏による講演も行われた。また、OSMFJの副理事長であるマップコンシェルジュ株式会社の古橋大地氏によるセッションでは、釜石にOSMの活動拠点として「オープンストリートマップ(OSM)ベースキャンプ」が設置されたことも紹介。OSMベースキャンプは現在、釜石のほか東京にも設置されており、今後は全国各地に広げていく方針だ。
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井上欣哉氏 |
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鶴ヶ城の地図を作成するのに使用したログ |
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「Best of OSM」に選ばれた鶴ヶ城の地図 |
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奈良女子大学の西村氏 |
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マップコンシェルジュの古橋氏 |
●秋葉原や高尾山でマッピングパーティーも実施
このほか、アフガニスタンやフランスなどにおけるOSMの状況や、台湾の高雄市でのバスルートシステムにOSMを利用した事例など、さまざまな国から訪れた参加者による発表が行われた。日本も東京や横浜、福島、東海、関西など各地のマッパーが集まり、各コミュニティの活動報告やパネルディスカッションが開催された。
さらに、OSMの編集ツールやデータの活用方法、カーナビゲーションへの応用やルーティングに関する考察など、国内外から訪れた参加者による技術的なセッションも数多く開催された。
また、駒場での本イベントに先立って岩手県釜石市で被災地エクスカーションが開催されたり、開催前日には秋葉原にてマッピングパーティーなども開催されたりしたほか、7日の夜には屋形船によるナイトクルーズ、9日には高尾山で再びマッピングパーティーが開催されるなど、参加者同士の交流を深めるためのイベントも数多く用意された。いずれのイベントも、マッピングをしたい人はGPS端末を持ってきて好きにログを取ってほしいというスタンスで、OSMならではのユニークな会合となった。
2日目の昼には、手軽に空撮をすることが可能なUAV(小型無人飛行機)のフライトデモも実施。参加者一同が集まって記念写真の撮影となった。アジアで初開催となった今回のSotM2012だが、OSMに関する技術的な側面から活用事例、マッピングのノウハウ、災害対応など多彩なセッションが繰り広げられ、海外からの参加者も多く国際色豊かなイベントとなった。
OSMの地図データは世界中に散らばるユーザーひとりひとりの投稿によって作成されたボランタリーな情報であり、SotMはそうした人々が一堂に会して交流を深められる貴重なイベントだ。多くのマッパーが実際に会って活発に議論し、情報を交換することにより、OSMが人のつながりによって支えられているプロジェクトであり、そのコミュニティそのものが宝なのだということを実感できる。今回の東京での開催が、日本でのOSMコミュニティの活性化につながることを期待したい。
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高雄市のバスルートシステムの紹介 |
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日本各地のコミュニティによるパネルディスカッション |
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UAVのフライトデモ |
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飛行中のUAV |
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イベント用に作られた旗 |