趣味のインターネット地図ウォッチ
第196回
ゼンリン製の街並み3Dデータ「Japanese Otaku City」がUnityに降臨するまで
ゲーム開発者向けに無償提供した狙いとは
(2014/9/11 06:00)
9月2日~4日にパシフィコ横浜で開催されたゲーム開発者向けカンファレンス「CEDEC 2014」。このイベントの展示会場の一角に、地図会社のゼンリンがブースを構えた。展示していたのは、同社が8月27日に発表したばかりのゲーム開発者向け「3D都市モデルデータ」。この3D都市モデルデータは、カーナビ向けにこれまで整備してきた3D地図データを基にしたもので、国内外の主要都市の街並みを再現したリアルな3Dデータである。
ゼンリンはこの3D都市モデルデータの提供に伴い、ゲーム開発プラットフォーム「Unity」が提供するオンラインストア「Unity アセットストア」にて、秋葉原の街並みを再現した「Japanese Otaku City」をクリエイティブ・コモンズライセンスにて公開した。
提供開始した3D都市モデルデータとはどのようなもので、ゼンリンは今後、地図会社としてゲーム業界にどのようにかかわっていくのか。このプロジェクトの担当者である株式会社ゼンリンICT事業部の永江裕之氏に話をうかがった。
ゲーム開発者が集うハッカソンに3D都市モデルデータを提供
ゼンリンが“ゲーム”というジャンルにかかわったのは、実は今回が初めてではない。同社は2006年4月、ソニーのポータブルゲーム機「PlayStation Portable(PSP)」向けに「みんなの地図」というソフトを発売しており、その後、「みんなの地図2」「みんなの地図3」とシリーズ化した。この時はコンシューマー向けにパッケージのゲームソフトを提供するという形だったが、今回はゲーム開発者向けに3D都市モデルデータという素材を提供し、それをもとにゲーム開発者に自由にゲームを開発してもらうという形を取っている。このサービスを提供しようと思ったきっかけは、いったい何だったのだろうか。
「今回のデータ提供のきっかけは、ゲーム開発プラットフォーム『Unity』のエンジンを使っている開発者が増えており、そのプラットフォームにアセットストアという素材提供の場が用意されているので、そこを活用して何かできないかな、というのが出発点です。そこでまず、2013年9月に福岡工業大学短期大学部が主催した学生向けのゲーム開発のハッカソンに協賛し、2014年1月に開催された『Global Game Jam(GGJ)』というハッカソンで、3D都市モデルデータを提供することにしました。GGJはゼンリンの主催ではありませんが、協力という形で『お台場会場』を提供しています。この2つのハッカソンでは、福岡市博多区の都市モデルデータを提供しました。」
GGJは2009年から開催されているハッカソンイベントで、ゲーム系のエンジニアや学生が集まり、3日間かけて作品を作り上げる。データの提供にあたっては、ゼンリンがカーナビ用に整備した独自フォーマットの3D地図データを、汎用フォーマットであるFBX形式に変換して提供した。
「GGJで提供したことによって、多くのゲーム開発者の方から『テクスチャがバラバラで扱いづらい』『3Dモデルのパーツごとにデータが複雑に分かれているので分かりづらい』といった声をいただき、ゲーム開発用のデータとしてどのような形で提供すればいいのか、課題が浮き彫りになりました。独自フォーマットをFBX形式に変換するツールの開発は、子会社である株式会社ジオ技術研究所が行っており、このハッカソンで得られた開発者の声やこれまでの営業活動で得られた情報がツール開発にフィードバックされています。」
特殊調査車両を使って全国の政令指定都市を撮影
提供されるデータは、日本国内では東京23区および政令指定都市(20都市)、海外では欧州・北米の主要都市の中心部。ゼンリンがカーナビ向けに3D地図データを整備している地区であれば、どこでも必要な範囲を切り出してFBX形式に変換した上で提供できる体制はすでに整っているという。
「もとになっているカーナビ用の3D地図データには、建物の施設情報やルート案内用ネットワークデータなどの属性が付いていますが、FBX形式として提供する際は、これらの属性データを付けない背景データとして提供します。」
カーナビ用の3D地図データは、ゼンリンが保有する特殊調査車両「タイガー・アイ」によって収集した景観や建物の画像情報や形状情報、緯度・経度情報をもとに制作される。タイガー・アイは社内で計2台を保有しており、その2台で全国各地の政令指定都市を1年間かけて撮影して回り、収集した画像をもとに3D地図データが年1回のペースで更新される。
タイガー・アイには側面方向へ5台、真上方向に1台と、計6台のカメラが設置されており、それぞれ広角レンズを使って景観や建物を撮影する。撮影は普通の自動車と同じ程度の速度で移動しながら行うことができるが、周りに大型車両などがある場合は景観が遮られるため、同じ場所を何度か撮影し直すことになる。雨や雪が降っていると撮影は行えないので、例えば冬は晴天の多い太平洋側、梅雨時は北海道など、エリアによって撮影時期を変えているという。
「カーナビ用データということで、タイガー・アイによる撮影は主に交差点を中心に行われます。細かい路地については2Dの地図データをもとに汎用のテクスチャで描かれており、この2D地図データには、全国で活動するゼンリンの調査員が収集した情報が反映されています。つまり3D地図データには、タイガー・アイが収集した画像と調査員が収集した情報の両方が反映されていることになります。」
「Unity アセットストア」で秋葉原の3Dモデルデータを無償公開
今回のゲーム開発用3D都市モデルデータ提供にあたり、ゼンリンはUnityのアセットストアにて、ゲーム開発用アセットデータ「Japanese Otaku City」を無料で公開した。このアセットデータは、ゲーム制作会社の株式会社ポケット・クエリーズとゼンリンが共同制作したもので、秋葉原の中心部の3D都市モデルデータを収録している。また、3Dデータだけでなく、雨や風、晴れ・曇りなどのエフェクトデータや、自動車およびキャラクターの3Dモデルデータ、キャラクターのボイスデータなどもセットしている。収録しているキャラクターはポケット・クエリーズのオリジナルキャラクター「クエリちゃん」だ。
Japanese Otaku CityはUnity アセットストアで入手できるほか、ウェブブラウザー上で動くUnity Web Player用のデモも用意されている。このデモでは秋葉原各所から見た風景データや、自動車が秋葉原の街を駆け抜ける様子が収録されているほか、ユーザーがクエリちゃんを操りながら秋葉原の街並みを浮遊することも可能だ。クエリちゃんを操る場合は、画面上で「MENU」をクリックして、メニュー画面の「Move Control」から「Fly Through」を選択するとキャラクターが現れる。この状態で、「x」キーを押すと前方に進む速度が速くなり、「z」を押すと速度が遅くなる。また、カーソルの上下で高さを調整可能で、右左で進む方向を変えられる。
Japanese Otaku Cityは、クリエイティブ・コモンズの「CC-BY」というライセンスで提供される。CC-BYというのは、原著作者を表示すれば、商用・非商用にかかわらず利用可能で、改変も可能というオープンで自由なライセンス形態だ。秋葉原の一部エリアに限られてはいるものの、ゼンリンが誇る高精度な3D都市モデルデータを無料で自由に使えるというのは、ゲーム開発者にとって大きな魅力といえる。
「Japanese Otaku Cityをこのような形で提供したのは、ゼンリンの3D都市モデルデータの認知を高めたかったこともありますが、無料で公開することで多くのゲーム開発者に使っていただき、その感想を今後のデータ提供にフィードバックしていきたいという思いもあります。公開にあたっては、秋葉原なのでキャラクターを同梱すればインパクトがあると思って『クエリちゃん』をセットしました。秋葉原は世界的にも有名な都市なので、海外のゲームエンジニアへのアピール効果も期待しています。」
ゲーム以外の分野への活用にも期待
このデータを使った作品として、秋葉原の街中で暴れるクエリちゃんに弾を打ち込み、巨大化したクエリちゃんを小さくしていくというゲームがポケット・クエリーズによって開発されており、CEDEC 2014のゼンリンブースで公開されていた。このゲームはXbox One用のゲームで、クエリちゃんが暴れることで街の各所が炎上しているものの、その街並みは紛れもなく秋葉原そのもので、ゲームで遊んでいると、まるで本当に秋葉原で戦っているような気分に浸れて面白い。
このほかゼンリンブースでは、東京工芸大学の学生が作ったという渋谷を舞台にしたゲームが展示されていた。Japanese Otaku Cityは、不特定多数に公開するということで看板などが実際のものと違っていたが、渋谷のデータは3D地図データから変換したデータそのままのものが使われており、看板なども現実通りのリアルな画像が使われていた。こちらについても、見慣れた風景を舞台に架空のキャラが動き回っているので、実に不思議な気分になる。
「現実の街をゲーム開発者向けに3Dモデルとして提供している例は日本初で、世界的に見てもほとんど例がありません。弊社としては、このデータをもとにいろいろなゲームを開発していただきたいと思っていますし、どんな活用の仕方があるのか未知数の点もあるので、今後はハッカソンなどを通じて、ゲーム開発者さんと活用法を一緒に考えていきたいと思っています。また、今回の3D都市モデルデータは『Oclus Rift』などヘッドマウントディスプレイ(HMD)との親和性も高いので、ゲームに限らず、シミュレーションや医療分野など、ほかの分野にもご活用いただけるのではないかと思います。」
ゼンリンは2015年1月に開催予定の「GGJ 2015」にも協賛する予定で、ほかにもゲーム開発者に向けてワークショップ開催などの支援を行っていく考えだ。Japanese Otaku Cityをはじめ、各地の3D都市モデルデータを利用して今後どのようなゲームが生まれるのか実に楽しみである。