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QZSS初号機「みちびき」でサブメートル級の高精度測位、箱根町で周遊バスのGPS補完実験
(2015/3/12 06:00)
2010年9月に打ち上げられた準天頂衛星(QZSS)初号機の「みちびき」。GPS衛星の電波を補完・補強するQZSSは2018年から4機体制での運用が予定されており、それに向けてみちびきを利用した実証実験がさまざまな研究機関や企業によって各地で行われている。そんな中、QZSSの設計や運用、利用拡大を請け負う準天頂衛星システムサービス株式会社(代表企業は日本電気株式会社)が、神奈川県足柄郡箱根町にて3月6日に実証実験を行った(3月13日にも実施予定)。今回はこの実証実験のレポートをお伝えする。
QZSSを利用した高精度測位と既存のバスロケを併用
今回の実証実験は、箱根町にてQZSS対応の受信機を搭載(仮設)したバスを周遊させて、十分な位置情報が得られるかを検証するというもので、バスの位置情報をモニター観光客に提供する。周遊させるバスは計8台。このうち2台が東京や三島から出発する大型観光バス、残りの6台が中型バスだ。バス停の数は計9カ所で、ひと回りで約100分の行程を、左右両周りで4台ずつ循環させる。
実験にあたっては、バスの位置情報を取得するため、バスの屋根上にQZSSに対応したGPS受信機を取り付けて測位を行う。受信機は、昨年9月に提供開始したNEC製のQZSS受信機「QZ1」の内部を取り出してプラスチックケースに収納したもので、この機器によりL1-SAIFによるサブメートル級の高精度測位を行う。受信機からはBluetoothで電波を飛ばし、バス車内のAndroid端末に送信する。Android端末からは携帯電話回線を使ってサーバーにリアルタイムの位置情報を送信し、ウェブ地図上に現在地をリアルタイムで表示する。ちなみにウェブ地図の背景地図はYahoo!地図を使用している。
これとは別に、今回はNECネクサソリューションズ株式会社が提供するバスロケーションシステム(バスロケ)の実証実験も行っている。同システムはバスの位置をリアルタイムに配信するシステムで、2001年に提供開始し、現在は全国で約1万台のバスに搭載されているという。このバスロケは、GPSで位置情報を測位し、携帯電話回線を使ってサーバーに送信するシステムで、通常はバスの乗車ドアが開閉するタイミングで位置情報を送信する。ただし、今回の実証実験は仮設運用で、同システムが搭載されていないバスを一時的に利用するために、乗降ドアと位置情報の送信を連動させることはできず、そのためバス停周辺に直径30メートルのジオフェンスを設定し、そのゾーンから出る時を“発車”のタイミングとして位置情報をサーバーに送信する仕組みにした。
全9カ所のバス停を設置、伊豆箱根鉄道公式アプリでスタンプラリーも
今回はこれらの位置情報サービスを提供する“入口”として、伊豆箱根鉄道公式アプリ「得ッパコ」を利用している。参加者は当日の朝、品川駅または三島駅および小田原駅に集合し、大型バスに乗って出発した。箱根に向かう途中に車内でガイダンスを受け、今回の実証実験に利用するアプリをインストールした。
得ッパコは今回利用するアプリの中でも中心となるもので、通常は伊豆箱根鉄道駿豆線沿線の観光情報を提供しているが、今回の実証実験では参加者限定のコーナーが設けられ、その中でバスロケやスタンプラリーのコンテンツ、リアルタイム位置情報(バス位置情報)のコンテンツを提供した。ただし、バス位置情報についてはウェブアプリで配信し、得ッパコに掲載されたリンクをタップすることでアクセスできるようになっている。
巡回バスを走らせるコースは、芦ノ湖のほとりにある「箱根園」を起点として、「湖尻」「仙石原」「宮ノ下」「小涌園」「芦之湯」「元箱根」「関所跡」「箱根峠」と全9カ所の仮設停留所を設置し、その周辺にある見どころをめぐれるようになっていた。スタート地点の箱根園を出て、バスが一周して戻ってくるまでの時間は、約1時間40分。各停留所には青色のコーンが置かれ、QZSSのマークとともに「実証実験中」と大きく張り紙がある。また、運営スタッフが常駐する停留所もいくつか用意された。
コーンの下にはスタンプラリーのスタンプを押すための電波を発信する送信機が透明なプラスチックケースに収納された状態で隠されており、参加者がバス停に着くと、得ッパコが反応して電子スタンプを押す仕組みになっている。ただし丸一日の実証実験ということで電池の消耗を抑えるため、送信電波の出力を控えめにしたせいか、近づいてもアプリが反応しない場合がけっこう多かった。
すべてのバスの現在位置をリアルタイムに把握
実証実験中は、バス位置情報の地図を見れば、何号車がどの位置にいて、どの方向へ走っているのかがひと目で分かる。バス位置の更新は30秒に1回なので、頻繁にリロードするとアニメーションのようにバスが動いているかのように見える。各バスの出発時刻については時刻表が配られているが、これは大まかな目安であり、渋滞などで遅れる可能性もある。例えば美術館や博物館、土産物店などの施設の中にいる時にも、リアルタイムのバス位置情報が分かれば、あとどれくらいでそのスポットを出ればいいのかが分かるのでとても便利だ。
また、このシステムのおかげで、状況に応じて臨機応変にバスを乗り降りできるようになったことも大きい。この日、筆者は最初は右回りのバスに乗っていたのだが、途中、バス位置情報を見ると、次に到着するバス停の先から左回りのバスが少し遅れて同じバス停に到着しそうだったので、すかさずそこで降りて逆戻りしてみた。
実はその次のバス停でも、やはり逆方向のバスにすぐ乗り換えられそうな感じで反対方向からどんどんバスが近づいていたのだが、残念ながらほんの少しの差で向こうが先に着いてしまい、再び方向転換することはできなかった。が、地図を見ながらそんなハラハラ感を楽しめるのもこのシステムの面白いところ。バス位置情報のシステムがなければ、こんな風に気まぐれに反対方向のバスに乗ってみようなどとは思わなかったろう。これから向かう先が渋滞でなかなか進まないような状況に陥った時に、あきらめて逆方向に乗り換える時にも便利だし、気に入った景色を何度も見たい時などにも同じことができる。
「バスロケ」では停留所へのバスの到着予想時刻を配信
しかし、このバス位置情報の実験もすべてがうまくいったわけではない。地図を見ていると、ときどきバスの位置が表示されなかったり、バスが移動しているにもかかわらず地図上のアイコンが動かなくなってしまったりする場合が見られた。この原因についてはまだ正確には分析されていないが、山間部でGPSおよびQZSSからの電波が受信しづらくなった場合と、受信機と車内のスマートフォンとのBluetooth接続が不安定になった場合、そしてスマートフォンからサーバーへ位置情報を送信する際の携帯電話網が山間部で不安定になった場合と、3つのケースが考えられるという。ちなみに実験は10時から開始されたが、この日は正午付近にQZSSが天頂部に位置し、夕方になるにつれて測位環境が悪くなるという状況だ。日が傾くにつれて、山間部などでGPSが捕捉できない状況も十分に考えられる。
このようにバス位置情報がうまく取得できない時に役に立ったのが、バス位置情報と併行して搭載されたバスロケーションシステム(バスロケ)だ。こちらは地図に位置を示すのではなく、利用したいバス停を選ぶと、そのバス停のバスの到着予想時間を表示することが可能で、目的地を指定することで目的地への予想到着時間も分かるようになっている。バスロケの位置情報送信端末はQZSSに対応してはいないが、長年の実績を持つこのシステムは今回の実証実験でもうまく稼働し、大きなトラブルもなくバスの到着予想時間を淡々と配信し続けた。バスに乗車中、自分が乗っているバスの到着時刻と、バスロケが示す到着予想時刻を比較してみたが、けっこう正確で驚いてしまった。バス位置情報のシステムにトラブルが起きても、地図上にいくつかのバスの位置が表示されない時でも、バスロケの方で正しい状況を確認できるので、ストレスは少なかった。
この点について、バスロケを提供しているNECネクサスソリューションズの足立和義氏(流通・サービスソリューション事業部グループマネージャー)は、「今回は仮設運用ということでいろいろと難しい面もありましたが、全体的にはうまく運用できたと思います。バスロケの次期バージョンはQZSSにも対応予定で、路線バスだけでなくスイミングスクールや塾の送迎のようなライトな用途にも対応可能なものとなります」と語る。新しいバスロケでは、地図上でバスの位置を確認できる仕組みも提供する予定だという。
実証実験に参加できる「QSUS」会員
このほか、今回の実証実験では、スマートフォンのディスプレイの上にスタンプ型のデバイスを乗せて電子スタンプを押せる「Plus Zone for STAMP」アプリや、非可聴音を利用して情報配信を行う「Plus Zone for Sound」アプリなどを利用したスタンプラリーや情報配信を実施した。また、ソフトバンクモバイルが提供する街ガイドアプリ「ふらっと案内」を利用したエヴァンゲリヲンとのコラボ企画「箱根補完計画ARスタンプラリー」などの同時利用も参加者に呼び掛けた。
今回の実証実験について、NEC準天頂衛星利用推進室の神藤英俊氏は、「準天頂衛星が天頂付近にいない時などは精度が落ちたり、バスの位置が表示されなくなったりすることもありましたが、全体的にうまくいったと思います。やはり稼働しているバスの位置がすべて表示されるというのは利用者にとっても便利だし、バス会社にとっても、運転手がバスの位置情報を一覧できるため、センターと運転手とが無線でバスの位置についてやりとりする必要もなくなります」と語る。
L1-SAIFによる高精度測位を利用したバス位置情報配信サービスと、既存のバスロケとを併用しているため、利用者にとっては少し煩雑なインターフェイスとなったが、準天頂衛星システムサービスでは今回の実証実験を踏まえて、秋にもQZSSの実証実験を行う予定だ。その時は2020年開催の東京五輪を見据えて、訪日外国人向けの観光支援サービスの実験を行うことも検討している。
なお、今回の実証実験の参加者は、準天頂衛星システムサービス株式会社が運営している会員組織「準天頂衛星システム利用者会(QSUS)」のメンバーに呼び掛けて募集を行った。参加者は同組織のメンバーが中心となっている。QSUSは、QZSSに興味のある人ならば誰でも入れる会員組織で、登録料および利用料は無料。これまでは会員向けにQZSSの説明会などを開催してきており、QSUS掲示板にて会員同士の情報交換を行うことも可能だ。
また、今回のようなQZSSを利用した実証実験の応募が可能になることもメリットの1つ。今回の実証実験ツアーは完全無料ではないが、東京や三島、小田原からの送迎バスに現地の周遊バスを合わせて、1人1000円という手ごろな値段で参加できる。また、今回の実験では、QZ1とAndroid端末をセットで貸し出し、QZSSの受信状況を確認することも可能で、このような最新機器を試してみることができるのも、測位衛星が好きな人にとっては大きな魅力となるだろう。QSUSの会員は現在、500名に達しており、神藤氏によれば、その2倍の1000名を目標に会員を募集中だ。QZSSに興味のある人は入会を検討してみてはいかがだろうか?