地図と位置情報

首都圏2500万人の移動需要データから電車の混雑予測、田園都市線は準急の時間帯に混雑が平準化、小田急線は……

「第2回 交通ジオメディアサミット」講演レポート<その2>

 “IT×公共交通”をテーマとしたカンファレンス「第2回 交通ジオメディアサミット」(主催:東京大学生産技術研究所瀬崎研究室、東京大学空間情報科学研究センター)が19日、東京大学駒場第2キャンパスのコンベンションホールにて開催された。「スマートフォンが作り出すモビリティを考える」をメインテーマに、「新しいモビリティ」「地図と行動」「交通データ分析」「モビリティの可視化とアプリケーション」「バスデータの世界」などさまざまなセッションが用意された。2回に分けて、このカンファレンスの模様を紹介する。

地図上に列車やバスの動きと観光情報を表示する「FLOWMAP4D」

 「モビリティの可視化とアプリケーション」セッションでは、オギクボ開発株式会社の川島和澄氏が登壇し、「魅せる!4D地図で鉄道・バスの全て」と題した講演を行った。

オギクボ開発株式会社の川島和澄氏

 川島氏が考える“4D地図”とは、“時間の概念が存在する地図”であり、それを具体化した地図として、同社が開発・提供しているAndroid/iOSアプリ「Tokyo | Ogiqvo」を紹介した。同アプリは、東京駅を発着する列車の動きを、時刻表データをもとに表示できるアプリで、円形スライダーを操作することで自由に時間を前後させることができる(2016年3月3日付関連記事『東京駅を発着する列車の動きを3D地図上に表示するアプリ「Tokyo|Ogiqvo」』参照)。

 さらに、この4D地図技術に“公共交通機関”と“観光”を組み合わせた新しい技術「FLOWMAP4D」を、株式会社インセクト・マイクロエージェンシーとともに開発したと語った。

「Tokyo | Ogiqvo」

 FLOWMAP4Dとは、列車やバスなどの公共交通機関の動きを表示できる4D地図に、沿線のさまざまな名所や飲食店などの観光情報を掲載し、列車・バスの移動とともにそれらの情報を写真とともに表示するコンテンツ。「次の列車(バス)はこのように動く」ということをイメージしやすく、これを駅前やバス停に設置したデジタルサイネージなどで配信することにより、公共交通機関の利用を促進させる効果が期待できる。地図上に表示する情報としては、あらかじめ用意された観光情報に加えて、Instagramの投稿内容などを表示できるほか、Instagramの投稿の多さを可視化した「賑わい表示」機能も搭載している。

 今回の講演では、湘南モノレール沿線の観光情報を配信するタッチ式デジタルサイネージを大船駅に設置したという想定で作成されたコンテンツでデモンストレーションを行った。OpenStreetMapの地図データを使って作成した立体地図上で、モノレールが大船駅を時間通りに出発し、行く先々の駅の周辺にあるスポットの写真が次々と表示される様子が紹介された。

「FLOWMAP4D」
湘南モノレールの動きを時刻表に沿って表示
沿線の観光スポットをアイコンで表示
Instagramの投稿写真を表示
「賑わい表示」機能

 FLOWMAP4Dは、「まず目的地を決めて、そこへ行くために交通情報を調べる」という従来の観光スタイルが抱える「交通情報から目的地を見つけるのが難しい」「目的地の状況をイメージするのが難しい」といった問題点を解決することを目的としており、旅行が計画通りに進まない場合でも自由度と柔軟性の高い旅程計画が策定可能となる。現在の時間や状況をもとに目的地を探さなければならない場合や、移動途中の駅の近くにある店の広告をインターネットで見て行きたいと思ったときなど、さまざまなシーンにおいて利用が期待できる。

 川島氏は今後の展望として、駅やバスターミナルのデジタルサイネージ、観光ウェブサイトなどへのFLOWMAP4Dの導入を目指している。「国内だけでなく海外からの観光客にも、『この地図に何が書いてあるのかよく分からないけど、面白そうだから行ってみよう』と思ってもらえるようなコンテンツを目指しています。従来のガイドブックに加えてFLOWMAP4Dを提供することで、観光の新たな導線が作れるのではないかと思います」と語った。

首都圏の約2500万人の移動需要データをもとに電車の混雑を予測

 「交通データ分析」セッションでは、株式会社ナビタイムジャパンからトータルナビ事業開発メンバーの担当者が登壇し、ナビゲーションサービス「NAVITIME」や、乗換に特化した「乗換NAVITIME」などにおいて3月に提供開始した電車混雑予測サービスについて解説した。

「電車混雑回避ナビゲーション」紹介サイト

 電車混雑予測とは、時刻表に掲載されている1つ1つの電車に混み具合を示すアイコンを表示し、空いている電車をひと目で探せるサービスで、現在のところ首都圏のみで提供している。乗車する電車が停車する各駅の混み具合もグラフで一覧表示することが可能で、どの駅で混むのかを簡単に確認できる。経路検索の結果画面に、経路ごとに平均的な混雑度が表示され、経路一覧の中から最も空いているルートを簡単に調べられる。

 この電車混雑予測は、国交省の調査による「大都市交通センサス」から得られた通勤者の定期券利用状況のデータに、ナビタイムが独自に調査したデータや各駅の乗降人員数を組み合わせることによって、首都圏約2500万人分の発駅・着駅・時刻などの移動需要データを作成し、独自エンジンを使ってクラウド上で並列処理による分析を行う。

 この結果、各人員について「この経路が○%選ばれるだろう」「この駅を使うだろう」という予測を導き出し、乗車中の人員数やひと駅ごとの混雑度の予測を集計する。さらに、乗車中の人員数を電車の定員数で割った値を混雑係数として、これをもとにアイコンが表示される。

電車ごとの混雑度をアイコンで表示
駅ごとの混み具合も分かる
経路検索にも混雑度を表示
混雑度を示すアイコン
混雑度予測サービスの仕組み

 開発時はナビタイムの担当者らが、混雑度について地道な調査を行い、計算結果が正しいかを検証した。混雑係数を出すのに必要な列車の編成長についても、実際に駅の時刻表を見て、それぞれの列車が何両編成なのかを確認した。また、今回のサービスを提供するにあたっては交通工学への理解も不可欠だったため、スタッフは交通分野の論文を読んだり、自ら論文を執筆したりして、交通工学を学んで取り入れた。

7%のユーザーが混雑回避ルートを選択

 これらの分析結果をもとに、一般的なダイヤグラムに混雑予測データを重ね合わせた「電車混雑ダイヤグラム」として可視化することで、「田園都市線では、準急が走っている時間は混雑が平準化されているが、急行が走り出すと各停と急行の差が付いて混雑する」「小田急線は各停も急行も混んでいるので、複々線化による混雑緩和に期待」といったさまざまなことが分析できる。精度については、国交省が年に1回発表している、鉄道の最混雑区間における混雑率の調査結果と概ね一致したという。

ダイヤグラムに混雑予測データを重ね合わせて表示

 さらに、このような混雑予測をアプリで提供したことにより、一定数のユーザーが混雑を回避していることも判明した。ナビタイムの経路検索は通常、4つの経路をユーザーに提示するが、特に空いているルートがある場合はこれに加えて「混雑を避けるルート」として特別に5つめの経路を提示している。この5つめの経路が選ばれたかどうかを、ユーザーによるメモやカレンダーの登録操作をもとに判定したところ、7%のユーザーが電車混雑回避ルートを選んだことが分かった。

 また、1カ月・3万件のデータをもとにユーザーの経路選択の傾向を分析したところ、混雑アイコンが1段階違うと、ユーザーは到着時間が0.6~2.2分遅くなってもいいと考えていることが分かった。このほか、混雑予測を導入したことで、路線別利用人員がどのように増減したかという点についても分析を行ったところ、影響が大きい区間では±1%程度の人員数の変化を確認できた。

一定数のユーザーが混雑回避ルートを選択
利用人員増減のシミュレーション結果

 ナビタイムは、同機能が首都圏鉄道の混雑緩和に役立ち、快適で安心な移動の実現に貢献できたとして、今後は鉄道事業者と連携することで車両別の混雑度の測定を検討しているほか、混雑路線を回避するとポイント(ナビタイムマイレージ)が得られるようにして混雑緩和にインセンティブを与えるといった取り組みも考えているという。また、鉄道事業者アプリとの連携や、行政との連携なども模索している。

本連載「地図と位置情報」では、INTERNET Watchの長寿連載「趣味のインターネット地図ウォッチ」からの派生シリーズとして、暮らしやビジネスあるいは災害対策をはじめとした公共サービスなどにおけるGISや位置情報技術の利活用事例、それらを支えるGPS/GNSSやビーコン、Wi-Fi、音波や地磁気による測位技術の最新動向など、「地図と位置情報」をテーマにした記事を不定期掲載でお届けしています。

片岡 義明

フリーランスライター。ITの中でも特に地図や位置情報に関することを中心テーマとして取り組んでおり、インターネットの地図サイトから測位システム、ナビゲーションデバイス、法人向け地図ソリューション、紙地図、オープンデータなど幅広い地図・位置情報関連トピックを追っている。測量士。インプレスR&Dから書籍「こんなにスゴイ!地図作りの現場」、共著書「位置情報ビッグデータ」「アイデアソンとハッカソンで未来をつくろう」が発売。