Chrome OSにみるGoogleのねらいとは?
Google社のクラウド戦略とChrome OSの使命(1)
本連載は、3月25日に発売されたインプレス・ジャパン発行の書籍「Google Chrome OS -最新技術と戦略を完全ガイド-」から、序章「Chrome OSにみるGoogleの狙いとは?」を著作者の許可を得て公開するものです。序章には小池良次氏の「Google社のクラウド戦略とChrome OSの使命」、中島聡氏の「なぜGoogleはChrome OSを無料で提供するのか」の特別寄稿2本が収録されており、INTERNET Watchでは、その特別寄稿2本の全文を6回に分けて日刊更新で掲載します。
本稿では経営戦略から見た“Chrome OS”のポジショニングとゴールを分析します。まず、ポジショニングの前提となるGoogle社の経営像を押さえてみましょう。
●すでに大企業となったGoogle社
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日本ではGoogle社をいまだベンチャー企業と見る向きもありますが、設立10年を越えた同社はすでにシリコンバレーの古参企業に入ります。実際、同社の経営戦略はAppleやHewlett-Packard、Oracleといったシリコンバレーを代表する大企業と同様、複数の事業部と多数のサービスや商品から構成されています。
経営戦略を分析する場合、大企業とベンチャーでは視点が大きく違います。ベンチャーは、新市場や新サービスに挑戦するため、その事業構成はシンプルで目標も簡単に把握できます。
たとえば、米国のLifeSize Communications社は低価格のHD(高精細)ビデオ会議システムを開発することを狙って2003年に設立されました。製品開発は成功し、コンピュータ周辺機器の大手Logitech社に2009年買収されています。同社の場合、低価格のHDビデオ会議市場を開拓するというシンプルな目標を達成し、大手企業に買収されることで創業者は利益を手にして、ベンチャー・ビジネスを完結させたことになります。
一方、大企業は複数の収益事業を継続的に運営しながら、各事業部間の相乗効果を高め、継続的な成長を続けなければなりません。そのため、社内的にも社外的にも色々な競合関係や依存関係が生まれ、商品やサービスとその経営戦略は錯綜してゆきます。
大企業の事業を分析する場合、ベンチャーのような単純明快な答えは出ません。特にGoogle社は、事業内容やその目的などを多く語ろうとしないため分析しにくい会社です。そこで本稿では、筆者流にGoogle社の事業を区分整理して、それを土台に市場との相関関係や戦略分析を行ってゆきます。
●商品サービスから見た事業区分
私は、Google社のビジネスを大きく「検索事業」「クラウド事業」「その他(付帯)事業」の3つに分けて考えています。
Google社の事業 | ||
事業 | サービス部門 | 商品群 |
検索事業 | 検索サービス | Web Search、Google Blog Search、Google Custom Search、Google Dictionary、Google Earth(含:Google Sky)、GOOG-411、iGoogle、Google Maps(含:Street View)、Google News、Google Patent Search、Google Product Search、Google Trends、Google Images/Videos Searchなど |
広告サービス | Google AdWords、Google AdSense、DoubleClick、Google Merchant Center、Google Local Business Centerなど | |
クラウド事業 | アプリケーション | Google Calendar、Google Docs、Google Groups、Knol、Gmail、orkut、Picasa、Google Reader、Google Sites、SketchUp、Google Talk、Google Translate、Google Mobile、Google Voice、Google Waveなど |
エンタープライズ | Google Enterprise Search、Google Checkout、Google Apps(企業版)、Postini Servicesなど | |
プラットフォーム | Google Gears、Google App Engine、OpenSocial、Android、Chrome/Chrome OS、Google Public DNS 、Google Goなど | |
その他事業 | ニュービジネス | Google Health、Google Books、Google WiFi、Google PowerMeterなど |
その他プロジェクト | White Space、海底ケーブル整備、Google Energy LLCなど | |
注意:上記分類はGoogle社が証券取引委員会に提出している公式財務資料の分類とは無関係。本稿のために製品群から独自に分類整理を行った。各商品・サービスは米国における名称であり、日本ではサービス提供されていないものも含まれる。 出典:各種資料より筆者作成 |
同社の主収益源である検索事業は、検索サービス部門と広告サービス部門に分かれます。前者は、無料の検索サービスを充実させることでユーザー数を拡大することが主な目的です。一方、検索連動広告などを販売し、広告手数料を稼ぐ広告サービス部門はここ数年DoubleClick社やAdMob社などの買収でビジネスの拡大に努めています。
一方、Google社のクラウド事業はアプリケーション、エンタープライズ、プラットフォームの3部門に分かれます。アプリケーション部門は“Google Docs”“Picasa”のような典型的なSaaS(Software as a Service)ばかりではなく、“Google Talk”や“Google Voice”といった通信サービス・ソフトなども含んでいます。
幅広く商品群をそろえている理由は、同事業部が“個人向けクラウド環境の整備”を目標にして、オンライン・ベースで様々なパソコン・アプリケーションを提供するためでしょう。大型データセンターによる集中処理により、クラウド・アプリケーションの提供コストを下げ、広告の受け皿として利用していることが同ビジネスの特徴といえます。
同社のクラウド・アプリケーションは現在、個人向けには無料で提供されています。これは検索事業の補完サービス的な役割を担っているためですが、エンタープライズ部門はその有料化を狙っています。
プラットフォーム部門は、クラウド事業における3番目の柱にあたり「クラウド環境の整備」に必要な各種プラットフォームやツールを提供します。
ブラウザーの付加価値機能を担う“Google Gears”やSaaSアプリケーション開発環境を提供する“Google App Engine”、独自のプログラミング言語を目指す“Google Go”など多岐にわたっています。独自ブラウザーのChromeもここに属します。また、携帯OS“Android OS”は同部門でもっとも活発な事業を展開している商品といえるでしょう。
これらのプラットフォームやツール群を見るとわかりますが、Google社は一貫してブラウザーを事業の基盤と考えています。これは後で述べるマイクロ・パッケージ・アプリケーション(MPA、たとえばiPhoneアプリケーション)事業に対して、同社が慎重な姿勢をとっていることにも一致しています。
検索事業とクラウド事業がGoogle社の主たるビジネスを構成していますが、同社は電子書籍や健康医療IT、スマート・グリッド(送電・給電近代化市場)など様々な新市場開拓も続けています。また、再生利用エネルギー事業や海底ケーブル建設などの基盤整備・周辺事業にも手を出しています。こうした部分は、それぞれ目的も事業規模も違うので、その他の事業としてまとめると良いでしょう。
Google Waveのスクリーンショット(提供:Google) |
●Google社の中での位置づけ
こうしてGoogle社の事業全体を俯瞰してみると、今回登場するChrome OSはプラットフォーム部門の戦術ツールという位置づけになるわけです。
すでに述べたように、Google社はビジネスの基盤をブラウザーに置き、その上で検索事業やクラウド事業を展開しているため、2008年に登場したChromeは非常に重要な役割を担っていました。つまり、Googleの目指す検索サービスやクラウド・アプリケーションを最適化する環境を提供し、ユーザーを囲い込むという使命です。
実際、同製品ではクラウド・アプリケーションを高速で処理するため、新たな処理エンジンや機能拡張をおこなっています。逆に、アプリケーション処理に力を注ぐあまり、Microsoft社のInternet ExplorerやMozilla ProjectのFirefoxなどのような豊富な表示機能を十分に追求していません。その意味でChromeは、明確な設計のもとに明確なメッセージを提供するブラウザーだったのです。
しかし、その普及状況を見ればわかるとおりChromeはその使命を十分に達成していません。Google社としては、自社クラウド・アプリケーションの利便性を向上させるためにChromeビジネスのてこ入れを行う必要があります。そのために投入するのがChrome OSで、ノートパソコンに標準搭載することでChromeブラウザー環境の普及とユーザーの囲い込みを狙っています。つまりChromeをOSと抱き合わせることで、Googleは「数(普及数)を取りに来た」といえるでしょう。
(つづく)
筆者:小池 良次(こいけ・りょうじ) 米国のインターネット、通信業界を専門とするジャーナリスト/リサーチャー。「小池良次の米国事情(日本経済新聞社ウェブ)」「映像新聞」「ウイズダム」などで連載を持つほか、インターネット白書、ケータイ白書、などに特別レポート多数。各種技術動向調査レポートも執筆。サンフランシスコ郊外在住。早稲田大学非常勤講師、早大IT戦略研究所客員研究員、国際大学グローコム・フェロー。 主著:「電子小売店経営戦略」、「第二世代B2B」、「クラウド」(いずれもインプレス社刊)
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2010/4/2 06:00
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