Chrome OSにみるGoogleのねらいとは?

Google社のクラウド戦略とChrome OSの使命(2)


 本連載は、3月25日に発売されたインプレス・ジャパン発行の書籍「Google Chrome OS -最新技術と戦略を完全ガイド-」から、序章「Chrome OSにみるGoogleの狙いとは?」を著作者の許可を得て公開するものです。序章には小池良次氏の「Google社のクラウド戦略とChrome OSの使命」、中島聡氏の「なぜGoogleはChrome OSを無料で提供するのか」の特別寄稿2本が収録されており、INTERNET Watchでは、その特別寄稿2本の全文を6回に分けて日刊更新で掲載します。

 

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スクリーンサイズから見た新モバイル市場

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 それにしても、なぜGoogle社はChrome OSとAndroid OSの両方を、近い時期に市場投入するのでしょうか? それを知るには、両OSが投入されるモバイル市場の概況を知る必要があります。

 Google社のエリック・シュミット会長がクラウド構想を温めていた1990年代、その主戦場はデスクトップやノートパソコンでした。だからこそ、クラウド・ビジネスの基本をブラウザーとSaaSアプリケーションにおいたわけです。この点は現在も変わっていません。

 しかし、クラウドの戦場はいまや大きく広がっています。デスクトップは成長力を失い、ノートパソコンやネットブックへと移行が進む一方、パソコン業界は新市場を求めています。新市場とは、携帯電話業界が切り開いてきたモバイル端末分野ですが、携帯電話そのものではありません。電話会社がユーザーと端末を押さえている同市場は、パソコン事業者にとって参入しにくく、しかもAppleやMicrosoftなどが既に地場を築いているからです。そこでパソコン各社は、現在隙間となっているサブ・ネットブック・サイズのモバイル端末市場<注1>をねらっています。

 この隙間市場については、下図を参考にしていただけると分かりやすいと思います。

スクリーン別商品構成(出典:小池良次作成)

 まず、情報端末をスクリーン・サイズ別に並べてみました。デスクトップは19インチなどの大型画面が普及し、ノートパソコンも10インチから15インチ前後が好まれています。(特に米国では大きめのディスプレーを使う人が比較的多いですね)また、最近増えているネットブックは、10インチ前後がもっとも多いため、ここではノートパソコンの一部としておきます。

 一方、携帯電話やGPS端末などは比較的大きなスクリーン・サイズでも4インチ前後までです。つまり5インチから10インチのスクリーン・サイズを持つ情報端末は主役が存在しません。これを隙間市場と呼びます。

 Intel社は、この部分を埋める端末をMID(モバイル・インターネット・ディバイス)と呼び、Qualcomm社はスマートブックなどと称しています。本稿では仮にモバイル・スクリーン市場(5インチから10インチ)と呼ぶことにしましょう。

 2010年に入って、同市場にはいくつかの役者が出現しています。まず、Amazon社の“Kindle”やBarnes & Noble社の“nook”といった電子ブック・リーダーです。また、Plastic Logic社が2010年1月に発表した“QUE”は電子メール機能なども持つハイエンド端末で、ネットブック的な使い方を模索しています。

 一方、Apple社の“iPad”やMicrosoft社の “Slate”<注2>といったタブレット・パソコンも同市場を狙っています。電子ブック端末やタブレットPCは、モバイル・スクリーン市場でも10インチに近いサイズの商品群を構成することになるでしょう。

 逆に、比較的携帯電話に近い「両手のひらサイズ」の端末ではIntel社のMIDやQualcomm社のスマートブックが台頭してくると予想されます。これらは電車や車の中で映画やテレビ、音楽やゲームを楽しんだり、電話やソーシャル・ネットワーク・サービスを利用するといった娯楽系端末<注3>としての役割を担います。

Google社のモバイル挟み撃ち戦術

 Google社はこのモバイル・スクリーン市場を押さえるために、Chrome OSとAndroid OSで挟み撃ちにしようとしています。その背景には、Apple社やMicrosoft社が得意とする「マイクロ・パッケージ・アプリケーション・モデル(長い名称なので以下MPAモデル<注4>と略します)iv」が同市場で急速に台頭していることにあります。

 MPAモデルというと聞き慣れませんが、これはApple社のiPhoneが切り開いた高機能携帯向けのパッケージ・ソフト・ビジネスを指します。MPAモデルではiPhoneのように、自社の携帯OSと専用の開発ツールを開発者に提供し、アプリケーションを自社のオンライン・ストアーを通じて販売します。これはパソコンOSと開発環境を提供してきたパッケージ・ソフトウェアのビジネス・モデルを携帯端末にそっくり移植したもので、各アプリケーションは携帯ブラウザーよりも、携帯OSに大きく依存して動いています。

 つまり、携帯データ網やインターネットを経由していますが、アプリケーション自体は1980年代から連綿と続いてきたパッケージ・ソフトと全く変わらないのです。

 では、iPhone以前の高機能携帯を見てみましょう。それはNTTドコモの“iモード”に代表されるように、携帯ブラウザーをベースにしてきました。これはパソコン用とは若干違いますが、ホームページ製作のルールや手順に大きな差はありません。また、ブラウザー・ベースなので、誰でも自由にホームページを書いてホスティングするだけでサービスや情報を提供できます。MPAモデルのように端末メーカーや電話会社の了解を得る必要はありません。その意味で、従来の高機能携帯アプリケーションはまったくオープンな世界だったのです。

 一方、低価格機種では、専用OSと作り込みアプリケーションをベースとした閉鎖的な携帯電話の世界が広がっていました。それと比較すれば、電話会社と端末メーカーだけが独占してきたアプリケーション開発を一般デベロッパーに開放した点でMPAモデルはオープンです。しかし、低価格機種におけるMPAモデルの普及はこれから数年かかることを忘れてはなりません。

 つまり、Apple社のiPhoneは、ブラウザー中心のオープンだった“高機能”携帯電話の世界に、MPAという排他的な収益モデルを確立してしまったのです。一方で、閉鎖的な“中低機能”携帯電話の世界をMPAモデルである程度オープン化するには、あと3年から4年の歳月が必要だと言われております。しかし、優れた収益モデルであるMPAモデルは携帯電話の主流になりつつあり、すでに大手端末メーカーのNokia社やRIM社、大手電話会社のVerizon WirelessやAT&T、Vodafoneなども独自のアプリケーション・ストアーを構築して追従しています。

 Google社から見れば、これらのMPAモデルは好ましいものではありません。なぜならば、結局は特定の端末メーカーと電話会社が携帯アプリケーションを牛耳る閉鎖市場にほかならないからです。また、同社がノートパソコンやネットブックなどで展開しているクラウド・アプリケーションの世界との親和性も低いものです。

 そこで、Google社はハードウェア層から上に向かうAndroid OSと、ブラウザー層から下に向かうChrome OSという2方向からモバイル・スクリーン市場を挟み撃ちにして、この市場のオープン化においても主導権を握る戦略を展開しているのです。

Microsoft Steve Ballmar氏と「Slate(スレート)」(撮影:小池良次、CES2010にて)
Intel社のMID(撮影:小池良次、CES2010にて)
話題の英Plastic Logic社製 QUE proReader

注1正確に述べると、パソコン業界は27インチ以上のテレビジョン市場にも参入を狙っていますが、本稿では関係ないので触れません。

注2Slate(石版)はWindows 7ベースのタブレット・パソコンの俗称です。そのほかにもslate deviceなどの呼び名があります。基本的にはWindows 7のタッチスクリーン機能を使ったタブレット・パソコンを指します。

注3デスクトップやノートパソコンなどは、仕事に使うことを前提としていて、プロダクティビティー・ディバイス(生産性端末)と呼ばれます。一方、モバイル・スクリーン市場を狙う端末は生活を楽しむための端末でエンタテイメント・ディバイス(娯楽端末)と呼ばれます。

注4MPAモデルは一般的な用語ではありません。このタイプのアプリケーションはiPhoneアプリなどと呼ばれますが、米国のメディアなどを探しても一般的に総称する言葉が見あたりません。そのため筆者が解説用につくった造語です。

(つづく)


筆者:小池 良次(こいけ・りょうじ)
 米国のインターネット、通信業界を専門とするジャーナリスト/リサーチャー。「小池良次の米国事情(日本経済新聞社ウェブ)」「映像新聞」「ウイズダム」などで連載を持つほか、インターネット白書、ケータイ白書、などに特別レポート多数。各種技術動向調査レポートも執筆。サンフランシスコ郊外在住。早稲田大学非常勤講師、早大IT戦略研究所客員研究員、国際大学グローコム・フェロー。
 主著:「電子小売店経営戦略」、「第二世代B2B」、「クラウド」(いずれもインプレス社刊)

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2010/4/5 06:00