時代に合った新しい映画を出していきたい(後編)
アスミック・エース エンタテインメント 豊島雅郎社長


アスミック エース エンタテインメント豊島雅郎(てしま・まさお)社長

ゲーム事業での成功と撤退

 1980年代後半当時は、会社的にはゲーム事業の方が儲かっていました。スーパーファミコンが売れていて、売り上げが良かったのです。1989年に、米国でもスーパーファミコンが発売されるのに合わせて、現地法人アスミック・オブ・アメリカを設立し、米国市場向けにソフトを売ることにしました。うちだけではなく、エニックスなど各社も米国現地法人を作り、米国市場に参加していましたね。

 ところが、1989年から1990年に出荷したタイトルが、1991年1992年に大量に返品され、撤退することになってしまいました。日本国内はソフトは買い切り制で販売店からの返品はありません。ところが、米国は商習慣がまったく違っていて、販売店はノーリスクでいつでも返品できるのです。

 米国市場参入時には、予想以上に多数の店が仕入れてくれたものの、それが一気に返品されてしまったのです。どの会社も大赤字でした。そこで、それ以降は地元企業にライセンスする印税方式にし、人も在庫も抱えなくていいようにしました。本当は地元で直接販売できたら利益率が高いのですが、リスクの軽減を優先させたのです。

 その後アスクが資本を引き上げたため、1993年から、当社は住友商事メインの会社になりました。そこから、手堅く経営を続けています。

 1990年代はゲーム事業には波があり、任天堂は今ひとつだった代わりに、ソニーのプレイステーションが人気で儲かっていました。1990年代後半には、プロレスゲーム「バーチャル・プロレスリング64」にWWFの冠をつけたところ、米国市場でかなり売れました。

 そのようにゲームでも利益は上がっていて、プレイステーション2まではよかったのですが、2000年代からは開発に数億単位のお金がかかるようになってしまいました。それまでのようにニッチに開発しているのではダメだと判断し、2003年くらいからゲーム事業は縮小していったのです。その後、ニンテンドーDSがここまで普及するのがわかっていたら、残ったかもしれませんけれどね。

合併、映画の買い付け

1996年製作のイギリス映画「トレインスポッティング」。本国イギリスはもちろん、アメリカや日本でも大ヒットし、主演したユアン・マクレガーの出世作となった。10年以上経った現在も、DVDやサウンドトラックCDが販売されている

 1998年4月、アスミックはエースピクチャーズと合併して、アスミック エース エンタテインメントとなりました。アスミックは英語圏の映画を輸入して単館上映したり、ビデオのパブリッシングとゲームソフトの事業も行っていた会社で、エースピクチャーズは非英語圏の映画などアート系を中心に輸入したり、邦画の製作をしたりしている会社でした。ちょうど、互いにないものを持ち合わせた同士が合併したというわけです。

 現在は、映画製作、配給、宣伝、二次利用のDVD発売やテレビ局などに放映権を販売するほか、TVアニメなど映画以外の映像コンテンツも伸ばしています。

 1987年以降、当時は小さい会社だったので配給や買い付けの仕事もしたり、輸入映画に関することは、ひととおり経験させてもらいました。上司の椎名さんは商社出身なので買い付け担当として海外によく行っていて、僕も年1、2回はそれについて行きました。

 映画の買い付けは、完成前から値段の交渉を始めます。企画や脚本を読んで、監督やキャストで目星を付けて、ほしい映画を当たるのです。欲しくない作品までセットで購入しなければいけない供給側に有利な展開でしたが、それでも十分商売になっていました。マーケットが伸びていたので、成り立っていたんですよね。

 当時、自分で買い付けに関われた作品では、「トレインスポッティング」が印象深いですね。映画が完成する前に買い付けをした作品です。

 ダニー・ボイル監督の1作目は日本で公開されていなかったのですが、レーザーディスク・マニアの社員が海外から輸入して観ており、高く評価していました。また、海外の若い女性業界関係者が「ダニー・ボイルはいい。才能があるし次もきっといい」と噂していたのも判断の一因でした。僕の好きな音楽、イギー・ポップやアンダーワールドをがんがん使う映画だったこともあります。

 ちょうど、ポール・スミスや、ブリットポップのムーブメントを作ったオアシスやパルプが流行っている時で、ファッションや音楽の面で英国がきており、そろそろ映画でも英国がくるのではと直感したのです。

 もっとも、当初は他の作品を買い付け予定だったのですが、たまたま買えなかったんですよ。「トレインスポッティング」は買いたかった作品より安いし、この際買ってしまおうということになって購入しました。最初に買い付け予定だった作品を買っていたら、きっと「トレインスポッティング」は買わなかったことでしょうね(笑)

社長就任、ビデオオンデマンドへ

 社長就任は2006年です。普通なら住友商事の人がなるところですが、ソフト会社なので現場の主体性や感性に任せた方がいいと考えてくれたため、きっと、第1期生だった僕に白羽の矢が立ったのだと思います。当初、「私でいいんですか」とは言いました。けれど、ソフトビジネスをしたことがない人が社長を務めるより、自分がやった方がいいのかもしれないと考えたのです。そもそも、学生時代のあだ名が「社長」でしたしね(笑)

 2008年は、年間で先進国ではダントツで最多の洋画・邦画合わせて800本以上の映画が公開されましたが、DVDが売れなくなったり、洋画の独立系配給会社がつぶれたり、激動の年でした。しかしながら、今後はプレイヤーが減ったり作品数が減ったりすることが予想されるので、長年培った実力を発揮することができれば荒波にもまれずに安定的に事業がやれるだろうと考えています。当社ではすでに「DVDは売れない」という前提で仕込みをしています。向かい風に負けず、みんなで頑張っていきたいですね。

 これから、伸びるマーケットに着手するつもりです。たとえばビデオオンデマンド。レンタル店で借りるのではなく、家にいながら映画や映像を有料で見られる仕組みです。そういうサービスはこれから増えてくるだろうし、その時代に向けていかに準備ができるかが大事だと考えています。

 そのためにはある程度魅力的な数多くの作品の権利を持っていないといけないので、新時代に向けて作品を蓄えたいですね。まとめて権利を持っていることは、時代にうまく乗り、財産をうまく運用する上で大事なことなのです。

生き方を問われる「わたし出すわ」

わたし出すわ
http://watashi-dasuwa.com/

10月31日封切の映画「わたし出すわ」の公式サイト。森田芳光監督のオリジナル脚本作としては、1996年に公開された「(ハル)」以来13年ぶりとなる

 2006年5月に公開した「間宮兄弟」はヒットしました。「次は森田芳光監督のオリジナル企画がやりたい」と出てきたのが、『わたし出すわ』です。原作付きの多い中、オリジナル脚本はチャレンジですが、やる意義があると思って、製作にゴーを出しました。この時代に、お金について考えさせられる映画はいいのではないかと考えたのです。

 2007年に「椿三十郎」と「サウスバウンド」を終えた後、森田監督は2008年2月に2週間くらいで一気に脚本を書き上げました。構想はずっと前から温めていたそうです。深津絵里初主演作の「(ハル)」に次ぐ、監督13年ぶりのオリジナル脚本です。

 世界的金融危機「リーマン・ショック」は2008年9月に起きたので、それ以前に立てた企画だったのですが、偶然にも時代に合った作品となりました。さすが、監督は時代を読む力と嗅覚をお持ちだなと思いましたね。

 森田監督は、大好きな監督です。「家族ゲーム」は僕が大学生の時の作品であり、監督は当時は映画界のみならず、カルチャー・ヒーローでした。そういう憧れていた方と20数年経った今、仕事をご一緒できたのはとても光栄ですね。監督はお若くてテンションが高く、我々の方が刺激を受けています。

 主演の小雪さんは、「カムイ外伝」の撮影時期が重なっていたので、当初は出演NGだったんですよ。しかし、ご本人が脚本を気に入ってくれて、スケジュールの調整がついたということで、何とか撮影することができました。共演者の方々も、小沢征悦さん、黒谷友香さん、小池栄子さん、仲村トオルさん、北川景子さんなどの顔ぶれが揃い、良い演技をしてくださいました。皆さん森田監督の大ファンで、「森田映画ならぜひ出たい」と集まってくださった方ばかりです。

 「わたし出すわ」の登場人物は30代ですが、主題歌は若干19歳のミュージシャン辻詩音が担当しています。ソニーミュージックの協力を得て複数のアーティストを推薦してもらい、できた音楽を監督に聞いてもらったところ、「これしかない」と決まったものです。「主人公の高校生の頃の気持ちを歌っている歌」なんですよ。歌が映画に必然かつ新たな息吹を吹き込んでいると思うので、ぜひ歌詞にも注目していただきたいですね。

 1980年代、「マルサの女」などの伊丹十三監督の社会派エンタテイメント作品が一世風靡しましたが、その時の感覚を思い出させてくれるような、社会風刺がきいた映画です。

 小雪さん演じる主人公・摩耶は、東京から故郷に戻ってきて高校時代の友人と再会して、友人たちの欲しい“もの”や“こと”、かつての“夢”や“希望”に大金を差し出します。お金の本当の使い方とは何だろう。人として、愛とは何か、自分とは何かを考えさせてくれる作品です。

 これまであまり世の中に提示されていないタイプの、いまの社会に一石を投じる作品ですので、お客様ひとりひとりに新しい生き方を見つけていただけるのではないかと考えています。気になった方は、ぜひ劇場に足を運んでいただければ幸いです。

間宮兄弟
http://www.mamiya-kyoudai.com/

アスミック エース エンタテインメントが製作した森田芳光監督作品。2006年に公開され、封切時には立ち見も出る大ヒットとなった
ブラック企業に勤めているんだが、もう俺は駄目かもしれない
http://black-genkai.asmik-ace.co.jp/

2009年11月21日封切。アスミック エース エンタテイメントが共同テレビジョンと共同製作した、2ちゃんねる発の映画。監督:佐藤祐市、脚本:いずみ吉紘。母の死をきっかけにブラック企業に就職して奮闘するプログラマーの主人公を小池徹平が演じる

(おわり)


関連情報

2009/10/30 06:00


取材・執筆:高橋 暁子
小学校教員、Web編集者を経てフリーライターに。mixi、SNSに詳しく、「660万人のためのミクシィ活用本」(三 笠書房)などの著作が多数ある。 PCとケータイを含めたWebサービス、ネットコミュニケーション、ネットと教育、ネットと経営・ビジネスなどの、“人”が関わるネット全般に興味を持っ ている。