清水理史の「イニシャルB」

かつて通った道を再び Synology MailPlusで自宅メールサーバーを作る

 DSM 6.0以降が搭載されたSynologyのNASでは、「MailPlus」と呼ばれるウェブメールサービスを稼働させることができる。よもや自宅にメールサーバーを設置することなんて、もう無いだろうと思っていたが、興味もあったので実際に環境を構築してみた。

さみしくはなったが「道」は健在

 かつて、よく通った道。

 少しは整備されているかと期待したが、むしろ草だらけ。

 ところどころ見覚えのある建物もあるが、まばらで活気もない。

 そんな道を抜けたところに、急に姿を現した場違いな真新しい建物――。

 SynologyのNASに搭載されたMailPlus、およびMailPlus Serverを使えるようにするために、いろいろ思い出しながら設定していて思い浮かんできたのは、こんな光景だ。

 「あー、OP25Bか」、「そか、リレーさせないとダメか」、「MXレコードどこで設定するんだっけ?」などと、当時のまま残されたような先人の「メモ」を参照しながら、自分でも少しずつ設定方法を思い出していく様は、まさに懐かしさの塊。

 現代のNASに搭載された機能なんだから、こういったベースの部分も、もう少しスマートになっているのではないか? と期待したのだが、こういったあたりは驚くほど当時のまま。

 道を通る人がゼロになったわけではないが、忘れられた道のように人の手が入らない状態のまま放置されている感じが、なかなか心をくすぐる。

自前サーバー「なんて」と否定もしきれない

 「今時、メールサーバーを自前で?」

 Synologyの担当者からDSM 6.0の特徴として、この機能を紹介されたときは、さすがに「無い」と思ったものだが、台湾では自宅というか、自社(自前)でメールサーバーを持ちたいと考えている中小規模の企業も少なくないという話で、「ほほう」とお国柄の違いに関心したものだ。

SynologyのNAS向けに提供されているMailPlus。自前でウェブメールサービスを運用できる

 独自ドメインのメール環境が必要だとしても、日本なら、間違いなくレンタルサーバーを借りるという選択になるだろうし、ウェブメール環境がいいというならGoogle AppsやOffice 365という手もあり、自前でサーバーを構築しようという気にはさすがにならない。

 ただ、冷静に考えてみると、安いと思っていたクラウドのコストは、今や細かく細かく積みあがっており、使い込むほどに実は「使った分だけ」の敷居が高いまま維持され続けることにも、そろそろ気が付き始めてきた。

 もちろん、管理の手間やコスト、セキュリティの心配がいらないクラウドのメリットは絶大だ。しかし、あふれかえるアカウントを管理する手間と、ユーザーがついていけないほどにUIや機能がガラリと変わるスピード感、ボディーブローのように効いてくる月額課金モデルが、中小の負担になっていないか? と問われるとそれも否定できない。

 であれば、もういっそのこと自前で、という発想に至るのもわからないではない。

 個人的には、メールより先に、グループウェアや業務アプリをNASで、と思わなくもないが、そこは先に触れたお国柄の違いが影響しているのかもしれない。

 というわけで、自前メールサーバー「なんて」と、一蹴するのはやめ、とりあえず使ってみることにしたのが今回の経緯というわけだ。

5ライセンスまで無料

 SynologyのNASで利用できる「MailPlus」は、Gmailに近い操作性を実現可能なウェブメールシステムだ。

 クライアント環境の「MailPlus」とサーバーの「MailPlus Server」の2つのアプリで構成されており、DSM 6.0以降であればパッケージセンターから手軽にインストールすることが可能になっている。

 最近の傾向として、NASのアプリも有料、もしくはライセンスによる課金モデルを採用したものが徐々に登場しつつあるが、MailPlusもそんな新しいタイプのアプリの1つ。

 無料で使えるのは5アカウントまでで、それ以上のメールアカウントを利用したい場合は別途ライセンスが必要となる。国内では価格を明示しているベンダーは見つからないが、海外の例(Amazon.com)を見ると5クライアント用の年間ライセンスで$100。

 $100÷5台÷12か月で、1アカウントあたり1月で$1.66。1$=108円で換算しても179円なので、月200円以下という計算になる。

 Office 365の場合、メールとOneDrive、Skypeが使えるOffice 365 Business Essentialsで540円(1ユーザー/月)、Exchange Onlineプラン1で440円(1ユーザー/月)。Google Appsで30GBまでのプランで500円(1ユーザー/月)となることを考えると、確かに安い。

 もちろん、メールアドレス無制限のレンタルサーバーを借りたほうがコスト的には有利だが、メールをサーバーに保存したまま利用するというウェブメール的な使い方を考えると、サーバー側の容量も問題になる。月額数百円のレンタルサーバーも存在するが、容量10~100GB前後となると、1人あたりの容量を5GBと考えても、無制限にメールアドレスを作っておくほどの余裕はない。上位のプランを契約することを考えると、コスト的にはほぼ互角か、MialPlusのほうが安いと言って差し支えなさそうだ。

 とは言え、NASは管理の負担を承知で、買い取りで使える点が魅力となることを考えると、実質的な負担は大きくないとは言え、この出費はあまりうれしくない。

 スタートアップ企業が急速に大きく成長する前までの段階くらいを想定し、20名前後のユーザーまでは、追加ライセンスなしで使えるようになれば、日本の環境でも受け入れられることだろう。

今時のメール感はしっかりある

 「有料ならいらない」、そう切り捨てる人もいるかもしれないが、ちょっと待ってほしい。

 先にレンタルサーバーではなく、Office 365やGoogle Appsと比較したことからもわかる通り、MailPlusはレンタルサーバーのシンプルなメールサービスと異なり、ウェブGUI、スパムフィルタ、マルウェアチェック、監査機能、スマホ向けアプリなどを備えた、「今時」のメールサービスとなっている。

 まずGUIだが、雰囲気はGmailによく似ている。左上のロゴ、その下に続く「作成ボタン」。左側に並ぶ「受信トレイ」や「アーカイブ済み」、各種ラベルのメニュー。右上のアカウントの切り替えや設定ボタン。受信したメールの前のチェックボックスとスターなど、ほぼ同じなので、Gmailに慣れていれば違和感なく操作できる。

 もしもOutlook的なGUIが好みなら、設定から3列モードに切り替えればいい。メールをプレビューしながら、次々と切り替えていくならこれが便利だ。

Gmailによく似たGUI
3ペイン表示も可能

 Gmailのように「プロモーション」や「フォーラム」など受信メールを自動的に分類する機能はないが、フィルタの設定は可能なので、手動でラベルやフォルダにメールを分類することなども可能だ。

 「作成」ボタンを押して、新規メール画面を表示したまま、件名をどうしようかとしばらく放置していると、自動的に下書きに保存されるあたりも、既存のウェブメールサービスとほぼ同じだ。

フィルタは自分で設定

 スパム対策エンジン(SpamAssassin)やウイルス対策(Google SafeBrowsingデータベースを使用したメール中のURL検出)も可能だが、標準では無効になっているのでNASの設定画面から「Mail Plus Server」を起動して設定を変更する必要がある。

 どこまで有効かは、もう少し長く運用してみないことには判断し難いが、運用当初は広告メールをSpam認定するケースもあり、ある程度学習させないと思い通りの動作をしてくれない可能性はある。

スパムエンジンやウイルス対策エンジンも搭載

 企業ユーザーにとって便利なのは、統計や監査情報を手軽に取得できる点にあるだろう。いつ、だれが、どこにメールを送信したのかというログを詳細に閲覧できるうえ、だれがどれくらいメールを使っているのかという使用量分析も簡単にできる。

 情報漏えいの防止などの目的でメールをきちんと管理したいという場合は、多少の手間を惜しんでも、MailPlus Serverを自前で管理するメリットがありそうだ。

監査情報や統計情報も取得可能。このあたりは企業にとって便利
メールサーバーの状態はグラフでわかりやすく表示される

導入はちょっと手間

 このように、メールシステムとしては、驚くような機能はないものの、必要な機能を備えているうえ、決して使いにくいわけでもないので、個人的には70点以上の及第点を与えてもいい。

 しかし、ネックになるのはやはり導入だ。いや、もちろんMail Plus自体の導入は簡単だ。オンラインでインストールすれば、すぐに利用可能になる。

 問題は、自社ドメインで使うためにMXレコードを登録したり、外部からアクセスできるようにするためにルーターのポートを開けたり、プロバイダーのOP25B規制を回避するためにリレーサーバーの設定をするといった手間だ。

多くの場合リレーサーバーを設定しないとメールを送信できない

 ちょっと冒頭でも触れたように、かつて通った道なので、ちょっと調べれば思い出すことではあるのだが、試行錯誤しながらあっちこっち設定するのは素直にめんどくさい。

 国内で普及させるには、このあたりの手順をきちんと説明するガイドやヘルプを用意するなどの工夫が必要だろう。

 NASは、単なるストレージから、もう少し広い用途を想定したサーバーへとその機能を発展させつつある。実際、グループウェアを導入したり、販売管理や会計アプリを入れたりすることは、決して難しいことではない。

 ただ、だれもその手順を教えてくれないし、日本語や日本の商習慣にあった製品を選ぶ目利きもだれもしてくれないというのが現状の課題となっている。

 個人的には、クラウドの利便性は理解しつつも、何をするにも課金される現状に少し嫌気がさしている。もっと自由に、費用をかけずに、業務系・情報系のシステムとしても活用できる存在としてのNASに期待しているので、もう少し、このあたりをどうにかしてほしい。

 メールという切り口は、その第一歩としては悪くないが、まだまだ実用には難関が残っているという印象だ。

清水 理史

製品レビューなど幅広く執筆しているが、実際に大手企業でネットワーク管理者をしていたこともあり、Windowsのネットワーク全般が得意ジャンル。最新刊「できる Windows 10 活用編」ほか多数の著書がある。