第37回:12Mbps ADSLの最新の動向を事業者に聞く
~アッカ・ネットワークス編~



 サービス開始から数カ月が経過した12Mbps ADSL。12Mbpsの効果や安定性がさまざまなところで話題になっているが、事業者側から見た場合の状況はどうなっているのだろうか? 気になる12Mbps ADSLの最新動向、そして今後の展開について事業者に聞いてみた。今回は、アッカ・ネットワークス副社長の池田氏、NWエンジニアリング部アクセス技術担当課長の湯浅氏にお話を伺った。





フィールドデータが物語る12Mbps ADSLの大きな効果

アッカ・ネットワークスの池田副社長と湯浅氏

 11月21日、アッカ・ネットワークスは、同社の12Mbps ADSLサービスのフィールドデータを同社ホームページにて公開した。12Mbps ADSLの効果については、各種メディアでさかんに話題にされているが、現状はサンプル数が少なく、ここから12Mbps ADSLの全体像を把握することは難しかった。しかしながら、1万5000回線ものサンプルを元にしたという今回のデータ公開により、その全体像がしっかりと見えたことになる。

 今回の12Mbps ADSLは、サービス開始前から、「最大速度の向上」、「全体的な速度向上」、「距離の延長」という3つの点が特徴とされていたが、今回のデータでもこれを的確に見てとることができる。距離別にプロットしたリンク速度のグラフを見ると、8Mbps以上でリンクアップしているユーザーがかなり多いことがわかるうえ、5km以上の線路長でもリンクアップしているケースも見られる(6373mで1.5Mbpsというケースもある)。このような傾向は、明らかに8Mbps ADSLでは見られなかったものだ。

 また、8Mbps ADSLと12Mbps ADSLを比較した際の統計情報も非常に参考になる。2~4kmの分布はそれほど大きな変動がないものの、2km以下の環境では6Mbps以上の速度を実現しているユーザーの割合が増えており、4km以上の長距離の環境では1~2MbpsとMbpsクラスの速度を実現しているユーザーが増加している。このデータを見る限り、12Mbpsの導入によって、ほぼ同じ線路長の環境(全く同じ環境ではない点に注意)で比較すれば、8Mbpsよりも12Mbpsの方が有利なのは明らかと言えそうだ。

 ただし、今回のデータからは、個々のユーザーが8Mbpsから12Mbpsに移行した際に、実際にどれくらい速度が向上するかまでは判断できない。しかし、当初ほぼ500kbpsほどの速度向上と言われていたものが、環境次第ではさらなる速度の上積みが見込めるようで、1Mbps以上の速度向上が見られたケースもかなり存在するようだ。

 もちろん、今回、同社が公表したデータは、実際の伝送損失をNTTが公表している線路情報に照らし合わせてプロットしたものであるため、線路長に関しては一部、正確でないケースもある。しかし、統計的に見れば著しく改善されていることがよくわかる。これによって、12Mbps ADSLを導入した際に、自分の環境でどれくらいの速度が期待できるのかを判断することもできるだろう。


公開された統計情報(クリックで拡大)。2km以下の環境では6Mbps以上の速度を実現しているユーザーの割合が多い




DBMフルオーバーラップは1.5km以下のユーザーにのみ提供

 さて、このように公表データによって12Mbps ADSLの効果がある程度は判断できるわけだが、残念ながら、これらのデータからはユーザーがリンクアップ時にどのような方式を利用しているのかが判断できない。本連載でも取り上げた通り、同社の12Mbps ADSLでは、線路長に応じて「DBM-OL」(100%のタイミングでフルオーバーラップ)、「XOL」(FEXT時のみオーバーラップ)、「DBM」(オーバーラップなし)、「FBM-sOL」(FBMモードでのオーバーラップ)の4つのモードを使い分けるという複雑な方式を採用している。速度的には、「DBM-OL >XOL >DBM >FBM-sOL」という図式になるが、これがどのようなケースで使い分けられるのかが不明だった。特に、最も速度向上が見込めるDBM-OLに関しては、その基準がよくわからなかった。


距離に応じてモードを切り替える(クリックで拡大)。これによって通信速度向上と漏洩という相反する問題を回避する

 この点について同社の池田氏に尋ねてみたところ、「DBM-OLは、線路長を基準に1.5kmまでのユーザーに提供しています」とのことだった。これは、技術的な問題で1.5km以上のユーザーに提供できないというわけではなく、漏洩の問題からだということだ。オーバーラップ技術に関しては、いろいろな意見があるものの、同一カッドに収容された他の回線への影響が心配されている。しかし、「1.5km以内で使う限り、漏洩がTTCの基準内に収まる(池田氏)」とのことだ。

 このような漏洩の問題は、現在、各事業者で紛糾の元となっているシビアな問題で、場合によってはNTTの接続約款などにも影響が出てしまう。もちろん、技術的に、長距離に適用すると減衰の問題などもあり、あまり効果が発揮できないということもあるが、やはり漏洩の問題が主な理由のようだ。このような問題を避けつつ、可能な限りユーザーに高い品質のサービスを提供しようという観点から、距離を制限して利用しているのだろう。

 なお、DBM-OLのような技術を利用すれば、近距離のユーザーを中心にもっと速度が出てもおかしくない。特にオーバーラップ技術を採用していない他社と比べたときに、近距離ユーザーの高速化がもっと顕著に見られてもいいように思える。この点については、安定性を重視したからだと同社の湯浅氏は語る。「SNR(ノイズマージン)をもっと少なくとれば、技術的にはさらに高い速度を近距離ユーザに提供できます。しかし、6dB程度のSNRを確保したほうが、より高い安定性を実現できます。これによって、安定したサービスをユーザーに提供しています(湯浅氏)」とのことだった。

 とは言え、他社に比べると速度の向上は実現しやすいようで、筆者宅のように1.3Mbps程度の速度向上が見られるケースも珍しくない。安定性を確保しながら、最大限の効果を得るという意味で、今回の同社の方式は成功を収めたひとつのケースだと言っても過言ではないだろう。また、今回の12Mbpsでは、「リンクアップしなかったユーザーが全体の0.2%ほどしかなかった(池田氏)」という。やはり安定性という点においても8Mbpsよりも高い実績があるようだ。





速度低下に関してはチューニングで改善される可能性が高い

 一部、インターネット上の掲示板などでは、8Mbpsから12Mbpsへの移行によって、速度が低下したという例も見られる。同社でも数千ユーザーに1人くらいの例で速度低下を確認しているようだ。では、どのようなケースで速度が低下する可能性があるのだろうか。

 これについて池田氏は「環境の変化なども考えられる」と語った。12Mbpsに移行する前と後で、回線状況が変化するケースなどもあり、それによって速度低下が発生する可能性も否定できないようだ。また、湯浅氏は「以前の8Mbpsと今回の12Mbpsでは、オーバーラップを利用するなど、技術的な変化があるため、どうしてもチューニング方法が異なってくる」と指摘する。モデム側やDSLAM側のチューニング方法が変化すれば、同じ環境と言えども速度は変化する。このチューニング方法に合わないような環境で速度が低下してしまうのだろう。

 しかしながら、これについては「個別にチューニングすることで状況は改善する(湯浅氏)」とのことだ。実際、移行当初は速度低下が見られた例でもチューニングによって改善された例もあるという。確かに、ごくまれに速度が低下する例があるのも事実だが、技術的に従来の8Mbpsより優れているのは明らかなので、何らかの方法で改善することは可能だろう。また、今後のモデム側のファームウェアアップデートなどでも改善される余地はある。





上りの速度実績も高いレベルを維持

 このように下りの速度はおおむね順調な同社の12Mbps ADSLだが、上りの速度に関してはどうなのだろうか? 当初、オーバーラップ技術に関しては、上りの速度低下が懸念されていたが、実際に速度は低下するのだろうか。

 この点に関しては、「フルオーバーラップ技術を利用する場合、理論上、エコーの回り込みによって、上りの速度が低下すると言われていました。しかし、実際のケースでは上りの速度が低下した例はほとんどありません。特にXOLなどではまったく低下がみられません(湯浅氏)」という。実際、同社から提供された資料によると、全体の約57.5%が上りのフルスピードとなる1Mbpsでリンクアップしており、全体の88.9%のユーザーが800kbps以上でリンクアップしている。

 上りの速度は、これまであまり注目されることがなかったが、家庭へのリモートアクセスなど、今後は上りの帯域が重視されてくると予想できる。この部分での速度低下が見られなかった点も大きな安心材料だろう。





今後の展開に期待

 先日、ADSLチップメーカーの大手Globe Span社から16Mbps用のチップのサンプル出荷が発表されたこともあり、次世代のさらに高速なADSLに期待がされているところだが、同社としては、これに対してどのように対応する予定なのだろうか。

 これについては、まだ未定な部分が多いという。ADSLに関しては、現状、次世代方式の策定がさかんに行なわれている最中となっており、現状の方式をベースに周波数帯を2倍に広げた方式が2003年の1月にある程度固まる方向となっている。Annex Aベースの高速化技術は国際的に先行して承認される予定だが、Annex Cベースの技術もこれを追いかける感じで規格自体は定まってくるようだ。

 とは言え、規格が定まったとしても、それを実装するとなると話は別。帯域が倍になると、それだけ処理するデータ量が増え、DSLAMやモデムの性能が要求されるようになる。このあたりの開発やテストにどれくらい時間がかかるかが問題となるだろう。

 むしろ、同社の今後の動向としては、2003年始めに予定されいてるトレリスコーディングの実装と言えるだろう(モデムの無償バージョンアップで対応予定)。他社ではすでに導入済みのところもあるが、同社のADSLにもこの技術が投入されることになる。これが実現すれば、さらなる速度の向上が望める可能性も高い。

 ADSLに関しては、来年以降、まだまだ技術的な革新がありそうだ。今後の同社の動向に期待したいところだ。


関連情報

2002/12/10 11:17


清水 理史
製品レビューなど幅広く執筆しているが、実際に大手企業でネットワーク管理者をしていたこともあり、Windowsのネットワーク全般が得意ジャンル。最新刊「できるWindows 8.1/7 XPパソコンからの乗り換え&データ移行」ほか多数の著書がある。