第139回:最大108Mbpsの高速無線LAN技術「MIMO」製品の目指す先は何か?
MIMO技術を採用したルータ「WZR-G108」を発売したバッファローに聞く



 以前、本コラムでMIMO技術を採用したバッファローのM製品「WZR-G108」をレビューしたが、やはり気になるのは、その技術、そして製品の将来性だろう。特に、我々一般消費者にとっては、まだ規格が正式に固まっていない段階で、MIMO技術を採用した製品を購入していいものかどうかが大いに気になるところだ。MIMO技術の今後の展開についてバッファローに伺った。





IEEE802.11gの時とは異なる状況

ブロードバンドソリューション事業部 マーケティンググループリーダーの石丸正弥氏

 今回、バッファローやプラネックスからMIMO製品が登場した時、一昨年(2003年)の状況が頭をよぎった。IEEE802.11gの規格が正式に策定される前に、いわゆるドラフト版と呼ばれる製品が次々と登場した状況だ。

 しかし、今回のMIMOに関しては少々状況が異なる。IEEE802.11gの時は、製品登場時点でドラフト版の規格がある程度固まっており、ハードウェア的な変更をしなくても、ファームウェアの対応のみで正式な規格に対応できるという見込みがあった。

 しかし、次世代の高速無線LAN規格であるIEEE802.11nに関しては、MIMO技術を採用する見込みではあっても、規格の策定自体が始まったばかり。しかも現状はWWiSEとTGn Syncという2陣営の規格が対立の様相を呈している。ドラフト(1.0)の登場は2005年の7月あたりと予想されているが、現段階では、将来の展望は未だ不透明だ。

 つまり、現状製品化されている「WZR-G108」が、IEEE802.11nとなるかどうかはわからないわけだ。この点について、株式会社バッファロー ブロードバンドソリューション事業部 マーケティンググループリーダーの石丸氏に伺ったところ、「海外では同様のMIMO製品を“プレn”として販売しているベンダーもあるが、弊社の現状の製品に関しては、そのままIEEE802.11nとなるとは言い切れない」とのことだ。

 実際、今後のIEEE802.11nのスケジュールは、2006年の3月あたりにハードウェアが仕様が固まり、正式な規格となるのが2007年の初頭と予想されている。これほど先のこととなれば、ベンダーとして慎重になるのも当然だろう。石丸氏によると、今回のWZR-G108は「MIMOの技術を採用してはいるが、あくまでも独自規格の製品で、今までの製品の中でもっとも高速で通信範囲の広いIEEE802.11g製品という位置付け」ということだそうだ。

 IEEE802.11nの前倒しというよりは、どちらかというと現状の「フレームバースト」や「Super A/G」といった高速化技術と同様の付加価値を備えた製品としてとらえるべきだろう。





現段階でMIMO製品を投入する意味とは?

MIMO技術を搭載した無線LANルータ「WZR-G108」と無線LANカード「WLI-CB-G108」

 そうは言っても、今の段階でMIMO製品を市場に投入することは、ベンダーとして非常に勇気のいる決断だと言える。なぜバッファローは今の段階でMIMO製品を市場に投入したのだろうか? これについて石丸氏は興味深い話をしてくれた。

 バッファローでは、昨年あたりから無線LAN製品のマーケティングについての見直しを図り、市場の調査を綿密に行なっていたという。その結果、無線LANの導入をためらっているユーザーの多くが、「電波が届くかどうかが心配」という理由をあげたと言うことだ。

 これを受けて、同社ではハイパワーモデルの投入や実際の建物での調査などをホームページ上で公開してきたが、さらに決定的なソリューションとして、今回のMIMO製品の市場投入を決めたという。

 確かに本コラムでレポートした通り、MIMO技術を搭載したWZR-G108の真骨頂はその最大速度ではなく、遮蔽物のある環境でも良好な通信状態を維持できる点にあると言える。この点を考えれば、MIMO製品を前述したように「もっとも高速で通信範囲の広いIEEE802.11g製品」という位置づけで市場に投入するマーケティング的な意味は確かに大きい。

 ユーザーにとっても、正式なIEEE802.11nの規格策定まで2年間あることを考えれば、将来的には独自規格になろうとも、それまでの期間は快適に無線LANを使えることを選ぶメリットは十分にあるだろう。現状でさえ、フレームバーストやSuper A/Gといった独自規格があるのだから、そのひとつとしてMIMOを考えればいい。





今後の高速化も期待できる

ブロードバンドソリューションズ事業部 無線応用グループリーダー エキスパート・エンジニアの松浦長洋氏

 このように、既存のIEEE802.11gの高速化技術のひとつとしてMIMOをとらえるとそのメリットも見えてくるが、正直なところ、性能としてはまだ物足りない印象だ。現状のWZR-G108でも実効速度で40Mbps(FTP計測)、筆者宅の1Fと3Fの間でも30Mbpsの速度を実現できているが、それでもまだ有線にはおよばない。理想を言えば実効で70Mbps前後の速度は実現できて欲しいところだ。今後、さらなる高速化は期待できるのだろうか?

 その前に、WZR-G108で採用されている技術についておさらいしておこう。同社 ブロードバンドソリューションズ事業部 無線応用グループリーダー エキスパート・エンジニアの松浦氏によると、「WZR-G108では送信系の回路を2つ、受信系の回路を3つ搭載しており、送信に2本、受信に3本のアンテナを利用し、高速化を実現している」とのことだ。

 具体的にデータをやり取りする場合の例を考えてみよう。データを送信する場合、2つの送信系回路によって同時にデータが変調される(変調速度54Mbps×2=108Mbps)。そして、その信号がそれぞれ別々のアンテナ(WZR-G108の場合は両脇の2本)によって送信される(時空間符号化により、時間と空間との両方で情報が組み替えられ送信される)。

 一方、受信する場合だが、これは前述したように3本のアンテナを利用する。複数のアンテナから送信された電波は空間中のさまざまな経路を通って送信されてくる(マルチパス)。これをそれぞれのアンテナで受信後、受信系の回路に渡して分離・合成(送信の逆プロセスとなる時空間復号化により、混在した複数の信号から干渉を除いて個々の信号を分離・合成)し、元のデータを取り出すというイメージだ。


MIMOのデータ伝送イメージ

 ここで不思議に思うのは、2つのアンテナを利用し、同じ周波数の電波を利用しても干渉が発生しないかという点だ。松浦氏はこれについて「そういう意味では確かに干渉します。同じ周波数を使って異なるデータを送っていますので、2つの送信出力の電波が混じり合う(重なり合う)ような感じになります」とした上で、MIMOの特徴はその受信系にあるとコメント。「MIMOのポイントは、混じり合った形の送信電力の中から、うまく2つの送信電力を分離できるという点にこそあります」とのことだ。

 つまり、MIMOでは基本的にアンテナ(および送信系回路)の数を増やせば増やしただけ速度を向上させることが可能というわけだ。もちろん、それだけ機器のサイズは大きくなり、高い処理能力も要求されるわけだが、さらなる高速化も理論上は実現可能というわけだ。





さらなる機能向上と低価格化を期待

 同社は、今後もMIMO対応製品をリリースしていく予定だということだが、既存の製品を置き換えるものではなく、あくまでも既存製品のハイエンドと位置づけているとのことだ(石丸氏)。IEEE802.11aに関しては、周波数変更の問題があるためにリリースは先だと予想されるが、PCカード以外のクライアント向けの製品の登場も期待できるだろう。

 とは言え、現段階では、やはり特定の用途向けの製品であることに変わりはない。前述したようにフレームバーストやSuper A/Gといった高速化技術の一種だと考えれば、今のところ最も高速で、通信範囲も広いため、同社の石丸氏の言葉通り、無線LANの電波が届くかどうか不安を持っているユーザー、すでに無線LANの電波状況が悪くて困っているユーザー、さらにはビデオ伝送などの高速な用途に使いたいというユーザーにはおすすめできる製品だと言える。しかし、まだまだ進化する余地の残された技術であり、価格もまだ安いとは言えない。

 今年の半ばにIEEE802.11nのドラフト1.0がリリースされれば、今よりも将来的な展望がもっと予想しやすくなり、製品もさらに進化する可能性がある。個人的には更なる機能向上と低価格化を期待したいところだ。


関連情報

2005/3/15 11:11


清水 理史
製品レビューなど幅広く執筆しているが、実際に大手企業でネットワーク管理者をしていたこともあり、Windowsのネットワーク全般が得意ジャンル。最新刊「できるWindows 8.1/7 XPパソコンからの乗り換え&データ移行」ほか多数の著書がある。