第236回:これからのUIに求められる「デザイン」の重要性とは
EM・ONE採用の「3D Box」で脚光を浴びるヤッパに聞く



今後、数年でインターネット上のサイトや携帯電話、そしてテレビなどの家電のユーザーインターフェイスは劇的な変化を迎えるかもしれない。その可能性をイー・モバイルの「EM・ONE」で見せてくれたのが株式会社ヤッパだ。同社が考える次世代のユーザーインターフェイスについて、同社の伊藤正裕代表取締役社長に話を伺った。



3D技術を応用した事業展開を進めるヤッパ

ヤッパの伊藤正裕代表取締役社長。17歳でヤッパを設立した1983年生まれの23歳

 イー・モバイルから3月末の発売が予定されている「EM・ONE」。その発表会の会場で、「パターン認識」というユニークなプレゼンを披露したのが、株式会社ヤッパの代表取締役社長である伊藤正裕氏だ。

 EM・ONEには、インターネットやローカルに保存された動画などのコンテンツを再生するための「3D Box」というアプリケーションが搭載されている。左右に並んだ3Dの引き出しをタップすると、そこから映像などのコンテンツが引き出され、画面上に展開される。このユーザーインターフェイスのデザインの開発を担当したのがヤッパだ。

 あまり聞き慣れない企業かもしれないが、実は同社の作品は我々の身近にあふれている。自動車メーカーのサイトで見かける3Dモデルによるカスタマイズシミュレータなどの3Dバーチャルモデルなどをよく見ると「YAPPA」の文字が見受けられる。


マセラッティのWebサイト。画面中央にヤッパのロゴが

 3D技術ではすでに定評がある同社が新たに取り組んだ成果が、EM・ONEの3D Boxに採用されたデザイン性重視のユーザーインターフェイスだ。どのような発想の元に、この新しいユーザーインターフェイスが生まれたのだろうか?





3D Boxのデザインに込められた意図とは

 ある会合で偶然に出会ったイー・モバイルの千本会長にヤッパのプレゼンテーションを依頼されたことから、その開発がスタートしたという3D Box。「今や大量の情報が錯綜し、その接点がブラウザになっています。しかし、これはベストではなく、もっとわかりやすく、直感的で良い接点ができるはず」(伊藤氏)という考え方の元に、その開発が行なわれたという。

 伊藤氏によると、3D Boxのコンセプトは「連想」とのことだ。「3D Boxのユーザーインターフェイスは引き出しです。この引き出しというのは、我々が普段洋服や書類などをしまうことから、整理整頓・保管というコンセプトを容易に連想できます」(伊藤氏)。確かに、画面上の引き出しを見れば、ここに動画や画像、音楽などのコンテンツが保存されているというのは直感的にわかりやすい。おそらく、何の説明も受けずにEM・ONEを渡されても、この画面であれば目的コンテンツに到達しやすいだろう。


「引き出し」がコンセプトの3D Box

 伊藤氏によると、このような「わかりやすさ」は、これからの商品に求められる重要な「付加価値」だという。PCやデジタルカメラなど、これまでの製品はスペック主導で開発が行なわれていた。しかし、たとえば数百万画素が当たり前になってきたデジタルカメラなど、スペックがある一定の条件を満たすようになると、スペックだけでは製品は売れなくなるという実情がある。

 このような状況を打開するためには「アナログに訴えかける必要がある」(伊藤氏)という。アナログとは、「わかりやすさ」「使いやすさ」「楽しさ」といった方向性で、このような特徴を製品に与えるものがまさに「ユーザーインターフェイス」であるとのことだ。こういった考え方を理解すれば、同社がユーザーインターフェイスを「デザイン商品」と呼んでいるのも納得できるところだ。

 もちろん、3D Boxの「わかりやすさ」は3Dであることや引き出しというイメージを採用したことだけではない。伊藤氏によると「ユーザーインターフェイスで重要なのは、重力を思い浮かべさせるような表示の加速/減速のしかた、表示の順番、上下左右の軸の使い方など、細部にこだわること」だという。こういった工夫は、人間の脳の中でパターン認識処理が行なわれ、重力などの3D的な感覚を人間に連想させるという。

 このため3D Boxでは、引き出しをタップしてコンテンツが引き出されるという動作の際に、最初に少しためを持たせてから一気に開くという演出がなされている。これにより、重いものが加速するような重厚感を感じることができ、引き出しにコンテンツがギッシリ詰まっているようなイメージを与えられるのだ。


引き出しを開くときに「ため」を作ることで重力を感じさせる

 これまでのユーザーインターフェイスは、単純な使いやすさが重視されがちだったが、3D Boxでは、このような工夫によって、人間の感性によって自然に操作でき、しかも心地良さを感じるようなユーザーインターフェイスが実現されているというわけだ。





複雑な情報をひと目でわかるように

 このように3D Boxは、従来のメニュー形式の操作画面を進化させた例だが、同社のデザイン商品はこれだけにとどまらない。

 その一例が「検索」への応用だ。同社では現在、膨大な数の投資信託の中から、自分の目的に合った投資方法を選ぶためのユーザーインターフェイスなども開発中。3Dの球体の大きさや色でリスクやリターンといった商品の特徴を表現することで、商品の違いをひと目で把握できるようにしている。これにより、たとえば「年金を運用したいなら青くて大きい球を選ぶ」といったように、複雑な選択肢を単純化できる。

 しかも、球体が置かれたトレーごとに取り扱い企業を切り替えられるため、商品の比較も容易だ。検索というよりは、ブラウジングに近いが、多くの情報の中から必要なものを簡単にピックアップすることができるだろう。


球体の色や大きさで商品を視覚的に認識

 さらに、複雑な情報を単純化できる例として、企業の財務データをデザインすることも可能だ。売上高、営業利益、経常利益などのデータを円柱を利用した3Dで表現すると、全体の形を見るだけで企業の状態を判断できるようになる。

 これを使うことで、「健全な会社はきれいな円すいを描くが、そうでない場合は形がいびつになって見える」(伊藤氏)。つまり、これまで細かなデータを見なければわからなかったことが単純化され、誰が見ても、ひと目で「なんとなく形が良い」「直感的にバランスが悪い」といったように、漠然とした印象からでも企業の状態を判断できるようになるわけだ。


円柱型に表示することで企業の状態を判断各項目の円グラフ表示も可能

 これらは用途やデザインこそ異なるものの「多くの情報を整理するという考え方は3D Boxと基本的に変わらない」(伊藤氏)という。つまり、同社の技術やノウハウを利用すれば、これまで難しかった情報を整理し、それをよりわかりやすく再整理することができるというわけだ。伊藤氏によると「証券、保険など、複雑なものほどその効果が期待できる」という。

 なお、伊藤氏によると、情報によっては3Dでの表現ではなく、2Dの表現をそのまま利用した方が良いものもあるという。その代表が「文字」だ。これは3D Boxのユーザーインターフェイスを見れば一目瞭然だろう。3D Boxの引き出しには「新着情報」や「邦画」といった文字がそのまま記載されている。同社では、この文字をアイコン化することなども検討したそうだが、かえってわかりにくくなり、直感的な操作ができなかったのだという。文字によるメニューは見た目が悪い印象があるが、わかりやすさでは有利というわけだ。


3D Boxのカテゴリは文字で表示

 そう言われてみると、Webやカタログなどの世界では、文字の代わりにアイコンを使ってスペックなどを表現しているケースもある。一見わかりやすそうで、実際に使ってみるとどのアイコンが何を示しているのかがわからず、かえってわかりにくいこともある。それを考えると、3D Boxのユーザーインターフェイスにあえて文字を残したあたりも納得できるところだ。





電子印刷物配信でWeb 2.0的な試みも

読売新聞の会員制ポータル「yorimo」で提供されている電子新聞

 このほか、ヤッパでは電子印刷物も事業の柱の1つとなっている。読売新聞や産経新聞などですでに採用されているが、新聞の紙面をブラウザ上に表示し、拡大や縮小などを自由にできるようにしたり、写真や動画などのコンテンツを組み合わせて、新聞上の写真をクリックすると動画が再生されるなどのリッチなコンテンツだ。

 この電子印刷物は、一見、新聞が電子化されただけのように思えるかもしれないが、伊藤氏は「将来的には双方向のコミュニケーションができるコンテンツにまで発展させていきたい」と考えている。

 たとえば、記事に投票機能を搭載して、海外で一般化している「digg」のようにユーザー投票によって一面を決めるといった使い方。さらに、記事に関するコメントを付けるなどといった発展も可能だとしている。いわゆるWeb 2.0的な使い方と言えるだろう。

 もちろん、これが実現するには、コンテンツ提供者の協力と理解が不可欠で、カンタンに実現できるわけではないが、将来的なパブリッシングの形としては注目に値する。本サイトもニュースを扱う媒体だが、将来を考えたときに現状のHTMLによる形態が正しい姿とは必ずしも言い切れない。将来的には、新聞の紙面、雑誌の紙面のような、凝った構成、リッチな紙面というのがウェブ媒体のユーザーインターフェイスとなる可能性もありそうだ。





今後のヤッパが目指す方向性とは

ハードウェア連携のデザイン、特にテレビのインターフェイスに興味があるという伊藤氏

 では、今後、ヤッパはどのような方向を目指して進化していくのだろうか? 現在、伊藤氏が注目しているものの1つとしては、ハードウェア連携型のインターフェイスがあるという。

 「たとえば、ジャイロセンサーを内蔵したリモコンを利用することで、リモコンを上下左右に動かすことでテレビなどを操作できるインターフェイスも実現できます」(伊藤氏)という。伊藤氏によると、現状のカメラ付き携帯電話などであれば、ジャイロセンサーなどを搭載しなくても、携帯電話の物理的な動きとカメラで撮影した映像の解析によって、たとえばブラウザの画面をスクロールするといった操作も不可能ではないとのことだ。同様にデジタルカメラなどでも、カメラからの画像解析とUIをうまく組み合わせれば、の本体を動かすことでズームするといった使い方も可能になると言う。

 似たような考え方は、任天堂のWiiですでに実現されつつあるユーザーインターフェイスの1つとも言えるが、Wiiがあくまでもゲームでの操作にリモコンを利用しているのに対して、メニュー操作などのユーザーインターフェイスにまで拡張したり、ほかの機器に広げようとしているあたりがヤッパならではの考え方だ。

 特に家庭用テレビでは、このようなユーザーインターフェイスが、今後、有力なものとなると伊藤氏は予測する。確かに家庭用テレビは年々高機能化し、すでにリモコンがボタンで埋め尽くされるほど複雑になりつつある。こういったものほど、直感的な操作ができるハードウェア、そしてユーザーインターフェイスが求められるだろう。

 伊藤氏は、このようなユーザーインターフェイスの進化の必要性を「常識の再発明」と表現する。テレビやリモコンといった既存のユーザーインターフェイスは、すでに確立されたこうあるべきという「常識」にとらわれてしまっており、しかもそれが古くなってきている。伊藤氏が説くように「テレビはリモコンで操作して、機能が増えるたびにボタンが増える」という常識はそろそろ改める必要があるだろう。

 以上、株式会社ヤッパの伊藤氏に、イー・モバイルEM・ONEの3D Boxを中心としたユーザーインターフェイスの考え方、そして今後の展開について話を伺った。すでにスマートフォン、ウェブ、電子印刷物など、活躍の場を広げている同社だが、今後はテレビ、セットトップボックス、携帯電話、デジタルカメラなど、さまざまな分野で同社の技術、デザインが採用されていくことが予想できる。同社の技術によって、より直感的で使いやすい製品やサービスが登場することを期待したい。


関連情報

2007/3/13 11:32


清水 理史
製品レビューなど幅広く執筆しているが、実際に大手企業でネットワーク管理者をしていたこともあり、Windowsのネットワーク全般が得意ジャンル。最新刊「できるWindows 8.1/7 XPパソコンからの乗り換え&データ移行」ほか多数の著書がある。