清水理史の「イニシャルB」
「思考」の道具としてのペン
マイクロソフト Surface Pro 3
(2014/7/28 06:00)
マイクロソフトから、Surfaceシリーズの最新機種「Surface Pro 3」が発売された。サイズや画面など数々の改良が施された一台だが、注目はやはりペンによる操作がより簡単にできるようになった点だ。ペンの用途について考えてみよう。
「手書き」とは何なのか?
直近で、手書きで何かをメモしたのはいつ、どんな用途のためだっただろうか?
ペン上部のボタンを押し、画面に表示されたOneNoteのページを目の当たりにして、ふと、そう考えさせられた。
先日、筑波や大阪に行ったときのインタビューの記録。期末試験前、娘に回路の問題の解き方を教えたとき。ここ数週間ということであれば、そんなところだろうか。意外に少ない。
確かに、スケジュール管理に手帳を使っても長続きせず、忘れたら困ることは紙にメモするのではなく自分宛にメールするので、普段はあまり、紙にペンで何かを書く機会は少ない。
しかし、よく考えてみると、手書きでないと困るシーンもいくつか存在する。
前述したインタビューの例がまさにそうだ。同業者の方に多いが、インタビューのとき、ボイスレコーダーで音声を記録するものの、後で聞き直すことはほとんどないという人が多い。
筆者もそうで、インタビューのときは、話を進めながら、ポイントとなりそうな言葉を紙のノートに書き留めつつ、丸く囲ったり、矢印でつなげたりして、その場で頭の中でストーリーを組み立てていく。もちろん、細かな数字や言い回しを正確に表現する必要があるときは音声を聞くこともあるが、ほとんどの場合は、このメモだけ、もしくはメモすら見ずに頭の中で構築したストーリーをテキスト化していくことが多い。
要するに、筆者にとって「手書き」とは「思考」そのものなのだ。多くの情報を整理し、それを理解した上で、自分流に構築し直す。手書きは、単なるメモなのではなく、そのための作業なのだ。
周囲では、今やこの作業をキーボードからの入力とテキストエディタでやっている人が圧倒的に多いが、個人的にはどうも文字だけでなく、何か図を書かないと頭の中が整理できない。そのためには手書きの方が効率的というわけだ。
冒頭で挙げた、娘に回路の問題を解説する例も同様で、「思考」そのものだが、こちらは主体が自分以外になるケースだ。
回路図に電流や抵抗などの必要な情報を書き込み、オームの法則で値を筆算するという作業、つまり問題を解くところまでは、まさに自分の中での思考そのものだ。しかし、これを娘に説明するという場面では、思考する主体は説明相手となる。自分の思考を相手にもトレースさせるために、手書きで必要な情報を回路に書き込んだり、流れを説明したり、必要な値を筆算するという作業を目の前で再現し、相手に考えさせ、最終的に納得させていく。
前半の問題を解くまでが自分の思考、後半の教えるという場面は相手に思考させるための作業というわけだ。
もちろん、「そんな目的で手書きをしたことはない」という人もいるだろうし、手書きだろうと何だろうとメモはメモと割り切ることもできるだろう。しかし、筆者にとって、手書きというは、機会そのものは減りつつあるものの、仕事や生活に欠かせない重要な思考の場になっているわけだ。
すぐに使える、スムーズに使える
というわけで、Surface Pro 3が発表され、ペンの新機能が公表された時、これはいろいろ考えるときに便利そうだと率直に感じた。
実際、今回のSurface Pro 3の新型ペンはよくできている。ペンを自然に握ったときに親指の近くになるように、2つのボタンが配置され、下側(ペン先側)で削除(消しゴム)、上側で範囲選択が可能になっている。
また、ペンの上部にもボタンが配置されており、1回押すとOneNote(ストアアプリ版)が自動的に起動し、2回押すと画面のスクリーンショットがOneNoteに送られるようになっている。
上部のボタンによるOneNoteの起動は、PCがロック中であっても利用可能になっており、とっさの場合でもすぐに情報を記録できるように工夫されている。
もちろん、押す度に新しいメモが作られること、ボタンの動作をカスタマイズできないこと、ロック画面から起動した場合は前述した下側ボタンの消しゴムなどが使えないことなど、細かな不満もある。
しかし、PCのロックを解除して、OneNoteを立ち上げて……、などという作業をボタン一発でスキップできるのは、なぜか急にひらめいたアイデアを書き留めたり、とっさに大切な発言をメモしたりするときなどに大変重宝する。
同様にすばやくメモができる機器はこれまでにも存在したが、12インチという広大な領域に自由に書き込めるのが、Surface Pro 3ならではのメリットだ。文字の大きさを考えずに書き殴ることができるし、図やイラストで頭の中のもやもやを表現していくことが余裕でできる。
同じペンによる手書きでもスマホサイズでは、どうしても最小限のメモまでにアイデアが留まりがちだが、スペースが広いと、わずかなメモから、どんどんアイデアを展開していくことができる。この体験は、なかなか新鮮だ。
ペン自体の書き心地も慣れればスムーズだ。最初は、ペン先と画面上が少し離れていたり、スベリの良い画面上にペンをカツカツと当てるペン独特の書き心地に戸惑ったりするが、これにはすぐに慣れ、普段通りに文字や図を書き込むことができるようになる。ペン入力の場合、指で画面に触れても線が書き込まれないため、ペンを握った手を画面上に置いて、しっかりと文字を書き込むことができる。
デジタルメモならではのメリットもある。書き込んだ文字を簡単に削除できるのはもちろんだが、何より切り貼りができるのがありがたい。たとえば、頭に「・」を打って、いくつかの情報を箇条書きしたとしよう。後から新しい項目を思いついたとき、紙のメモでは、挿入記号で追加したり、順番を無視して最後に項目を追加したりするしかない。
しかし、OneNoteのメモなら、項目の下半分を範囲選択して、ペンで下にドラッグ。項目と項目の間に新しいスペースを空けて、そこに新しい項目を入れ込むといったことが簡単にできる。
手書きのメモの欠点は、考えれば考えるほど、紙面が汚れていくことだ。それが思考に有利に働く面があるのも確かだが、デジタルの場合、必要以上にメモがよごれていくことがなく、情報を整理しやすい。
おそらく絵を描くような用途には物足りないシーンもあるかと思われるが、絵心のまったくない筆者には、文字を丸く囲ったり、矢印で文字と文字を結んだりする程度。前述した回路図のようなケースでは、画面に罫線を表示すれば、直線や四角も簡単に描ける。必要にして十分という印象だ。
オフィス文書やPDF(リーダーアプリ使用)にも手書きでメモを書き込めるため、さまざまな資料に情報を追加することもできる。発表会や会議の席で、資料がデジタルデータで配布されるケースはまだ希だが、こういったデバイスが増えてくれば、配布された資料にそのままメモすることも当たり前になってくるだろう。
このほか、ペン上部のボタン2回押しの画面キャプチャも結構便利だ。インターネット上のPDFやパワーポイントの資料を表示して、そこに掲載されている図版などを表示した状態でキャプチャ。範囲指定してOneNoteに取り込むことができる。
手書きで情報をまとめつつ、インターネット上のデータなどを使って、メモを補完していけば、そこに説得力が生まれるようになる。これもデジタルメモならではのメリットだろう。
「メモ」からもう一歩先へ
このように、ペンとOneNoteで、さまざまな情報を手軽に扱えるSurface Pro 3だが、個人的には、単なる「メモ」から、もう一歩、先に進んだ機能が欲しいところだ。
前述したように、個人的に手書きは、思考のための手段であることが多いが、この時、メモを後から見たときに、「どうしてそうなった?」のかが明らかになるような機能があるとありがたい。
具体的には、書き込まれた情報を時間軸で追えるようになってほしい。書き込まれたメモの時間をスライダーバーで最初に戻すことで白紙にしたり、そこから少しずつ時間を経過させていくことで、書き込んだ文字や図形が次第に現れたり、削除や書き直しの試行錯誤が再現されると、書き込んだときの思考プロセスをデータとして再現できることになる。
これは、前述した回路を娘に教えるときなどに便利だ。音声付でプロセスを再現できれば、インターネットを介して第三者に解き方を教えてもらうこともできるだろう。そうなれば、QAサイトの複雑な数式と文字による解説から、開放されるかもしれない。
このように、他人のアウトプットから、その人の思考プロセスを追体験できるというのは、それはそれで可能性が広がりそうな話だ。最近では、工場などの巧みのワザをロボットで再現できるようだが、もしかすると小説家や評論家の思考プロセスを追体験できるようになるかもしれない。
ホワイトボードのようにメモを複数人で共有したり、そこに複数人で同時に書き込んだりできるようにしたうえで、その時間軸を追えるようになれるのもよさそうだ。個人の思考プロセスを追えるだけでなく、チームでの思考や意志決定のプロセスを追えるようになれば、文字による議事録から開放されることにもなりそうだ。
もちろん、このような機能を備えたソフトウェアやサービスが個別に登場してもかまわないのだが、大切なのは、やはりハードウェアと一体化されたトータルの価値として、誰もが使える状態で提供されることだ。
世の中、凝ったソフトウェアや複雑なサービスなど山ほどある。しかし、それが誰にでも手軽に使える状態で存在しないと、利用者はなかなか増えない。そういった意味では、ペンとOneNoteで、そのきっかけを作ろうとしているSuraface Pro 3の功績は大きい。
ただのメモマシン、お絵かきマシンではないことをいかに訴求できるか? この点こそが、この製品の価値を決めることになりそうだ。
ちなみに、世間で話題になっている熱の問題だが、確かに連続的に負荷がかかると、かなり熱くなる。
筆者のマシン(Core i7/SSD 256GBモデル)の場合、Office 365のOneDrive同期アプリ(OneDrive for Business)を利用して、フォルダの同期を実行させたところ、この現象に見舞われた。同期するデータ量が9GBほどと多かったためか、同期の設定後、しばらくすると、「Microsoft One Drive for Business」と「Microsoft Office Document Cache」が、それぞれ20%前後ずつ、合計40%の負荷が長時間かかるようになった。
この状態で利用すると、横置きで右上、縦置きで左下の部分がかなり熱くなる。この部分は、縦向きで、ペンを構えたときに、ちょうど手のひらが画面に密着する部分となるため、長時間の利用は耐えられなくなる。
ゲームやベンチマークほど負荷が高くなるわけではないため、クロックが落ちる現象までは見られなかったが、ファンの音もかなり大きくなる。もちろん、同期が完了すれば温度は下がり、音も静かになるのだが、必ずしもゲームやベンチマークだけで発熱の問題が発生するとは言えない点は、購入時に考慮した方がいいだろう。