電子書籍の(なかなか)明けない夜明け

第10回 電子書籍の組版を妨げるもの/おもてなしの技術としての組版

シンポジウム「電子書籍の組版を考える」報告(2)


「電子書籍の組版を妨げるもの」(高瀬拓史氏)

 前回に続き、「文字の学校」主催シンポジウム「電子書籍の組版を考える」での発表を報告する。なお、ここで電子書籍というのはEPUBをはじめとするリフロー型の電子書籍フォーマットを指す。また、ここでの掲載順は当日の登壇順(第9回参照)とは異なることをお断わりしておく。

 最初に紹介するのはイースト株式会社の高瀬拓史氏(写真1)の発表。EPUBエバンジェリストとして知られている現在からは想像しにくいが、数年前まで出版とは無関係な金融系SEをしていた経歴を持つ。つまり、電子書籍の組版を考える際には旧来に囚われないフレッシュな視点を期待できる。そんな高瀬氏の発表タイトルは『形のない本をデザインする』。発表の全文は主催者サイトの記事を参照してもらうとして[*1]、ここでは電子書籍と組版に関するものに絞って紹介することにする。あえてタイトルを付ければ「電子書籍の組版を妨げるもの」となろうか。

写真1 高瀬拓史氏

 まず発表の中で高瀬氏が指摘したのは「紙と電子書籍における見栄えの違い」だった。紙の本の場合は、制作者が意図した見栄え(レイアウト)を、ほぼそのままの形で読者が目にすることができる。ところが電子書籍、特にEPUBのようにリフロー表示がメインとなるフォーマットでは、大きく事情が異なる。

図1 本の体裁を決定する要因


「EPUBのようなオープンフォーマットの場合、読む環境によってディスプレイのサイズがバラバラでしょうし、そこでサポートされるフォントも異なるでしょう。それだけでなく環境によってスタイルシート(CSS)のサポートが全く違ったりもする。あるビューアーだとフォントの指定ができるけど、このビューアーでは指定できない、あるいは文字が太くできない、そういった環境による違いが出てくる。」(高瀬氏)


 つまり、制作者が体裁すべてをコントロールできないことこそが、リフロー型電子書籍の特徴なのだ。だからこそ……と高瀬氏は言葉を続ける。


「制作者が意図した形で読ませるだけならPDFでいいじゃん、EPUBを推進しているにもかかわらず、そう言っちゃうことがあります。」(高瀬氏)


 とはいえ、この問題が電子書籍を制作する上で難しい問題をもたらすのも確かだ。例えば紙の書籍では、版面を設計する際、たいていの場合は文字サイズや行長、1ページの行数を決めて、版面を確定するところから始める。ところがリフロー型の電子書籍の制作では異なる。文字サイズ・行長は可変だし、1ページの行数は環境に依存する。そもそもページの概念がないから、最初の一歩となる足場がない。

図2 文字から出発する組版、文字が不定のリフロー本

紙では当然の手法が通用しない電子書籍の制作

 紙の書籍では、できて当然なのに……という問題は他にもある。特に文字に関する実装の問題。例えば紙では制作者が指定したフォントがそのまま印刷されるが、リフロー型ではこれができない。閲覧環境によってインストールされているフォントが異なるからだ。

図3 文字の問題


「欧文フォントだったら、WindowsとMacである程度共通のフォントがインストールされています。だからOSの違いをあまり気にしなくて済みますが、日本語フォントでは違う。例えばウェブサイトでMacに入っているヒラギノを表示させようとすると、画像にするしかないんですね。Windowsには入っていないからです。WindowsでもMacでもAndroidでも、なんでも共通で使える日本語フォントが欲しいなと、個人的に思っています。」(高瀬氏)


 つまり日本語フォントに関して大きな問題なのは、実装されている文字セットがバラバラということ。特にAndroidスマートフォンに標準でインストールされているフォントでは、第3・第4水準の漢字が満足に使えない[*2]

図4 フォントの持つ情報がバラバラ


「常用漢字を全部表示するにはJIS X 0213:2004の第2水準だけではなく第3水準まで必要です。仕事によってはこの字体でないと意味がないということもあるでしょうから、こういう状況では困ります。もっともEPUB3ではフォントの埋め込みが可能になりますので対応は可能ですが、せめて第3、第4水準までは、何もしなくても表示できる環境が整って欲しいなと思っています。」(高瀬氏)


 他にEPUBで体裁を指定するスタイルシート(CSS)が、基本的に英語圏の人達を前提とした仕様で、日本人が指定しやすいものにはなっていない問題がある。これも紙の書籍では当然のことが、電子書籍を作ろうとした途端難しくなる例の1つだ。例えば、紙の書籍では一般的な「字取り行取り」[*3]と同じことを、ウェブのレイアウト手法の1つであるエラスティックレイアウト[*4]で実現しようとすると、大変な手間が必要になってしまう(図5)。

図5 CSSの指定が面倒

 上図のように、字取り行取りでは簡潔に「本文9pt、行頭1字下げ、行間8pt。見出し12pt、2行取り、本文手前1行空き」と自然数で記述できるものが、CSSで実現しようとすると、小数点以下3桁を使わないと指定できない。これではとても実用にはならない[*5]

紙の組版ルールを捨てるのももったいない

 このように、紙の組版ルールをそのまま電子書籍に持ち込もうとしても、現実には手間がかかることが多い。こうした高瀬氏の指摘は、夢や憧れではない、実際に電子書籍を制作する上での現実を踏まえたものと言える。高瀬氏の指摘するとおり、電子書籍に紙の組版ルールを、そのまま取り入れようとしても、現状ではまだ相性の悪さが目立つ。その高瀬氏が、ここまでのまとめとして掲げたのが以下のスライドだ。

図6 まとめ

 紙の組版ルールに囚われるべきではないけれども、完全に捨てるのももったいない。優れた過去の蓄積はなるべく取り込んでいくのが効率的という、これまた現実的な判断と言える。さて、そこで問題になるのは、どのようにして、電子書籍は紙の組版ルールを取り入れるべきかということだ。次に紹介する本間淳氏の発表では、その問題に踏み込む。

「おもてなしの技術としての組版」(本間淳氏)

 次の本間氏(写真2)の発表タイトルは、『電子書籍における組版の何を考えるべきか』。彼はAndroid用閲覧ソフト「縦書きビューワ」[*6]の作者でもある。

写真2 本間淳氏

 自己紹介代わりに、まず本間氏は「縦書きビューワ」の画面を示した(図7)。見ると分かるように、行頭行末揃えや、追出し・追込みによる行末禁則だけでなく、連続する約物を詰める処理までサポートしている。これは同種の閲覧ソフトの中ではかなりハイレベルな実装と言える。

図7 縦書きビューワ

 本間氏は聴衆に、自分は組版の素人だがと断わった上で「組版とはなんだろう」と問いかけた。彼は「縦書きビューワ」の開発経験から、次のようにまとめる。


「組版というのはおもてなし、もしくは気遣いの技術なんだなあと思ったんですね。事前にどうやれば読みやすくなるだろうかとか、どうやったら分かりやすくなるだろうかとか、さまざまな気遣いをした上で、かつ美しく見えるようにする。そういうことのバランスをとる作業ということですね。」(本間氏)


 ところが2010年の「電子書籍元年」では、本棚風の操作画面や、本が飛んできてページをめくったり開いたりするようなアニメーションなどが紹介されるばかりだった。それらは紙の模倣であっても、気遣いやおもてなしとは全く関係ない。


「そういうところではないところで組版としてできる気遣い、読みやすさを高めるような気遣いというものがあるんじゃないか、それが素人の素朴な疑問でした。紙の書籍の単なる模倣から電子書籍の特質を生かした組版の探求へと向かう、今日はそのことを考えてみたいと思います。」(本間氏)


 そこで本間氏が基本方針として提示したのが「解決したい課題」を明確にすることだ。


「解決したい課題を、紙の上でどう解決するかということをいろいろ考えた末に紙の組版ルールは生まれているので、同じ課題に立ち戻って、それが電子書籍の特質を生かした環境ではどう解決されうるのかを考えると、電子書籍の組版ルールというものが導けるんじゃないかと思います。」(図8)

図8 電子書籍における組版とは

 その上で本間氏は組版へのさまざまな考察を展開する。以下ではそのうち禁則処理に絞って紹介しよう。それは「禁則処理の脱構築」とも言うべきものだった。

意味のまとまりによる区切り


「禁則処理というものがなぜ発生したか、それは何を解決したかったのかを考えると、意味としてひとまとまりのものが離れて置かれると分かりにくくなる。それで、これを解決したいというのが元々の起こりだと思います。この課題に対して他にも解決策がないだろうかと考えてみます。」(本間氏)


 一般に書き言葉は文字→単語→文節→文のような階層に分かれる。一方で、従来行われてきた禁則処理は、そのうち最下層の「文字」だけを対象にしたものと言える(禁則の詳細は第9回参照)。これをもっと上の階層、例えば「単語以上の意味のまとまり」に対して禁則をしてもよいのではないか(図9)。

図9 単語以上の意味のまとまりに対する禁則処理

 上図では実際にある「畜産物価格安定法」という法律名を取り上げている。このように漢字が連続すると、意味の区切りが分かりづらくなる。上段では〈ちくさん・ぶっか・かくやす・じょうほう〉(畜産・物価・格安・定法)と読めてしまい、意味が通らなくなる。しかし次の行に「価」を回しただけで(下段)〈ちくさんぶつ・かかく・あんていほう〉(畜産物・価格・安定法)と素直に読める。つまり、語のつながりを正しく把握するために、「畜産物」と「価格」の間で改行したわけだ。


「意味としてひとまとまりの部分は、なるべく離さず、意味の切れ目で改行されるようにできないか。電子書籍になって禁則処理は緩くなる方向性もありますが、ここでは、こういった、むしろ逆に禁則処理を今まで以上にやるんだという方向性について考えてみたいと思います。」(本間氏)


 このように考えていくと、意味のまとまりとしては単語よりも上の階層、つまり文節を対象とした禁則処理も考えられる(図10)。

図10 文節に対する禁則処理


「一番上の段、〈~~と話をしていた〉という部分、ぼくは〈を〉という助詞が行頭にあるのは、なんかこう、すんなり読めないなあという気がするんですね。で、次の行、〈を〉をぶら下げても、〈話を〉どうしたんだ、という気がしてしまいます。それで、三つ目のこの行、〈話を〉までを行頭に回してしまえば、ああすんなり読めるなあと思えます。これはもう非常に些細な話なんですが、こういう文の構造に基づく改行位置決定も自動処理できるんだったら、やってもいいんじゃないかと思います。」(本間氏)


 ここまでは「行」を単位としているが、その延長線上に「ページ」を単位としても禁則処理が考えられる。


「ページが変わるというのは、行が変わるだけよりも強い分断が発生するものなので、これをどう扱うかという課題が含まれています。例えば作家の京極夏彦さんは、文の途中でページをまたがないように自分で手を入れているそうです。ここには文がページをまたがないという彼なりの“禁則”ルールがあるわけですが、こういうものも電子書籍の中に組み込もうと思えば組み込んでいくことができるでしょう[*7]。」(本間氏)


 そのほかに電子書籍特有の処理として、視覚上の見づらさを自動的に回避する処理が考えられる(図11)。

図11 意図せず発生した、見づらいアキを回避する禁則処理


「例えば上図のように句読点が並んでしまったりすると、意図しない視覚上のリズムが発生してしまって、別に詩として表現したいわけじゃないのに、なんかこれいやだなあと[*8]。そういうものも、これはこの文字を次行に送ってしまえばズレるわけで、解消できる。こういうことも、まあやろうと思えば、自動的に解消できます。」(本間氏)

「意味のまとまり」による改行と行末不揃え

 以上、本間氏の発表の中で禁則処理にかかわる部分を抜粋してお送りした。いずれも従来からの流儀に囚われず、禁則処理という調整を根底から考え直そうとしたものだ。

 中でも注目したいのが「意味のまとまり」による改行だ。この方法は今までも見出しやリードでは使われてはきたが、長い本文ではまず使われてこなかった。しかし人が文章を読む際は、個々の文字よりもその連なりである文脈を認識しているとはよく指摘されることだ[*9]。だとすれば、この「意味のまとまり」を改行の単位にすることにはメリットがある。電子書籍という新しい技術でこれをどう使うのか、考えてみるのも面白そうだ。

 ただし、この種の改行をした際に気になるのは、行末が揃わなくなることだ。無理に揃えようとすれば字間が割れ、行長が短ければひどく見づらくなってしまう。本間氏の発表でも図9を見る限り行末が不揃えになっている。もっとも、本間氏自身の意図としては、すぐに「この画面ではラグ組み(不揃え)になっていますが、ラグ組みにするのがよいとかジャスティファイ(行末揃え)にするのがよいとかを主張したものではありません」と言い添えており、眼目は「意味のまとまり」で改行することによる禁則処理の機能向上だけで、行末を不揃えにしてよいとする意図はなかったようだ。

 とはいえ、この種の改行に言及するなら、できれば行末の問題とセットで論じてもらいたかった。なぜなら行末の処理によって組みの体裁が急変し、読みやすさも大きく変動するからだ。興味深いことに、次回紹介する村上真雄氏も「意味のまとまり」による改行に言及するが、読みやすさの問題にも立ち入って検討することになる。そしていよいよ真打ち、前田年昭氏も登場する。どうかお楽しみに。

 なお、今回紹介した本間氏の発表では、他にもルビの積極利用や3Dディスプレイの強調表示、組版によるアクセシビリティ向上なども提起された興味深いものだった。関心のある向きは、ぜひ公開されている発表全文をお読みいただきたい[*10]

追記

 シンポジウムでの発表や討議を発展させた例として、最近「縦書きビューワ」(Ver.0.9.6.6)で実装された、本文を長押しするとルビを含んだ親文字がポップアップする機能を紹介したい。本稿では取り上げる余裕がなかったが、本間氏の発表ではルビについても多くの考察が展開されていた。

図12 「縦書きビューワ」におけるルビ文字列のポップアップ(テキストは『草枕』夏目漱石、青空文庫所収)

 これは長いルビ文字列が読みづらくなる対策として考えられた機能。一般にルビ文字列が長い場合、親文字の字間を空けて、語長をルビに合わせる。しかし「縦書きビューワ」ではベタ組みを優先するためにこの方式をとらないので、長いルビが連続した場合にルビ同士が重なってしまう欠点があった。それを解決するのがこの機能だ。

 本間氏の説明によると、この機能の背後にはシンポジウムでの討論や、前田氏とのブログのコメント欄での会話があったとのことだ[*11]。長いルビ文字列が続く場合の読みづらさは、紙でも電子書籍でも同じだが、これはベタ組みを維持したまま電子デバイスならではの特徴も生かせる解決方法だ。電子書籍の可能性を開くものとして、もっと広く知られてもいいように思った。

注釈

[*1]……文字の学校シンポジウム「形のない本をデザインする 高瀬拓史さん」(http://moji.gr.jp/gakkou/kouza/ebook-typo/takase.html)なお、本稿の掲載にあたっては発表者による修整が入っており、必ずしも主催者サイトの記事と同一ではないことをお断りする。これは本間氏の発言も同様だ。

[*2]……詳細は以下の拙稿を参照。ありがたいことに、高瀬氏の発表でも引用していただいた。『Androidは電子書籍端末として使えるのか?』(http://internet.watch.impress.co.jp/docs/column/yoake/20110722_462158.html

[*3]……最初に基本版面を設定し、その中で文字数や行数を単位にレイアウトする手法。活字組版に端を発する、書籍の伝統的な指定方法。

[*4]……閲覧環境の違いに対し柔軟に対応できる手法。具体的には指定の単位として、pxや%ではなくemを使用するのが特徴。これにより全体のレイアウトをあまり崩さず文字サイズの変更に追従できる。

[*5]……この問題を解決するために現在審議中なのが「CSS3 Values and Units Module」(http://www.w3.org/TR/css3-values/)と、「CSS3 Line Grid Module」(http://dev.w3.org/csswg/css-line-grid/)だ。ただし、前者はWorking Draft、後者は初期段階のEditor's Draftであり、まだ先は長そうだ。

[*6]……『縦書きビューワ』(https://play.google.com/store/apps/details?id=org.example.android.npn2SC1815J.VerticalTextViewer)。なお、同アプリの使い方は「窓の杜」の次の記事が分かりやすいだろう。「「縦書きビューワ」を使ってAndroid端末をどこでも読める“文庫本”に」長谷川正太郎、2010年5月12日(http://www.forest.impress.co.jp/docs/serial/androidlab/20100512_366281.html

[*7]……京極夏彦氏の「ページを単位として禁則処理」については、自身がその意図を語っている次のインタビューを参照。「ほぼ日刊イトイ新聞 京極夏彦はいつ眠るのか。第6回 こだわらない主義。」(http://www.1101.com/suimin/kyogoku/2007-12-24.html

[*8]……欧文組版における「river」「street」などと呼ばれる現象と似ている。これは語間の空白が行をわたって連続してしまい、まるで川や道のような余白を生むことを指す。高岡昌生『欧文組版』(美術出版社、2010年、P.94)などを参照。

[*9]……例えば『不実な美女か貞淑な醜女か』米原万里(1997年、新潮文庫、P.204)

[*10]……『「電子書籍における組版の何を考えるべきか」本間淳さん』(http://moji.gr.jp/gakkou/kouza/ebook-typo/honma.html

[*11]……「縦書きビューワ Ver.0.9.5.15を公開しました(印刷字体置換)」『2sc1815jの日記』2010年8月18日(http://d.hatena.ne.jp/npn2sc1815j/20100818/1282077031)2011年1月29日付コメント欄を参照。


2012/7/6 11:00


小形 克宏
文字とコンピューターのフリーライター。2001年に本誌連載「文字の海、ビットの舟」で文字の世界に漕ぎ出してから既に10年が過ぎました。知るほどに「海」の広さ深さに打ちのめされる毎日です。Twitterアカウント:@ogwata