電子書籍の(なかなか)明けない夜明け
第9回 電子書籍で組版の何が問題になるのか?
シンポジウム「電子書籍の組版を考える」報告(1)
●リフローは電子書籍の「夢」である
電子書籍にはどんなメリットがあるのだろう? その答えとしてよく言われるのが「リフロー」だ。これは画面表示の方法の1つ。旧来の紙の書籍は1冊を通じて1ページの行数と1行の文字数を揃えるのが普通だ(厳密には文字サイズや字送り、行送りも。以下、これらを一括して「基本レイアウト」)。ちなみに、こうした紙の書籍のやり方を電子的にシミュレートしたのが固定レイアウト型であり、PDFはその代表例だ[*1]。
他方で電子書籍の次世代フォーマットであるEPUB3はリフロー型だ。紙の書籍やPDFのように基本レイアウトが固定されておらず、デバイスの画面サイズが変わるのに従って基本レイアウトを変更してくれたり、自分の好みに合わせてフォントや文字サイズを自在に変更できる[*2]。
そんなリフローの威力が発揮されるのが、スマートフォンなど比較的小さな画面のデバイスだ。リフロー型では、画面サイズに合わせて自動的に基本レイアウトを変更してくれるから、固定レイアウト型のように自分で左右にスクロールさせたり、画面をズームさせる煩わしさから解放される。リフローこそが電子書籍の夢なのだ。
●自動組版によってリフローは実現される
そんなリフローを考える上で、見落とされがちなポイントが2点ある。まずリフローはソフトウェアの自動処理による組版、つまり自動組版で実現されるということ。自動組版というと、XML(XSL-FO)技術を使い、データベースと連動してカタログなどを制作する大規模な自動組版システムを思い出す人も多いだろう。電子書籍とは無関係と思うかもしれないが、XML組版も電子書籍リーダーも出力先が紙かスクリーンかという違いだけで、自動処理による組版という意味では一緒なのだ。
もっとも自動組版が一般化しているとは言えないのが現状だ。普段目にする紙の書籍、雑誌、新聞は、DTPソフトを使って制作されるのが一般的で、多かれ少なかれ人手を介したやり方で制作されている。自動化すればコストも削減できるのになぜ? それは組版作業にはうんざりするほど多くの例外処理がともなうからだ。
例えば文字のオーバーフロー(規定部分から文章があふれる)や図版の配置のずれ(ページや段をまたいでしまう)への対処、ルビの調整(行をまたいでしまう)、欧文が多い場合に和文と調和するよう和欧間隔や欧語間隔、字送り等を調整すること、あるいは禁則文字(後に詳述)の出現による字間割れへの対処等々。こうした例外処理は、そのまま自動組版の難しさにつながっている。
リフローが自動組版を前提とする以上、DTPで人手により解決しているこうした例外処理も自動的に解決できる必要がある。そのために以下のようなアプローチが考えられるだろう。
・ソフトウェアを改良して例外処理に対処できるようにする
・スクリーン上の組版では不要な例外処理がないかを洗い直す
前者は電子書籍リーダーに関わり、後者は組版ルールに関わる問題だ。両者は密接不可分に関係し合っているが、特に後者を考えるにあたって問題になるのが、紙とスクリーンとでどのように特性が異なるのか、そうした違いがどのように組版ルールに影響するのかという点だ。これはリフローをめぐるもう1つのポイントとも関係する。
●リフローとは、基本レイアウトを自動組版によって可変にすること
そのポイントとは、リフローで可変となるのは、基本レイアウトであることだ。ときおりリフローを複数の画面(ページ)サイズに対応した表示方法と解説しているのを見かける。リフローがPCやスマートフォンなどで複数の画面で快適な読み心地をもたらすことを考えれば、これは決して間違いとは言えない。しかし本質でもない。
リフローにおける核心部分は、基本レイアウトが可変となることだ。例えばスマートフォン向けに最適化されたPDFファイルを、パソコンのモニターで閲覧する場合を考えてみよう。固定レイアウト型のPDFは、大きな画面に合わせてリサイズすることができる。しかし基本レイアウト(フォントの種別や字詰め、行数)は変更できず、そのまま拡大するしかできない。一方でEPUBのようなリフロー型は、基本レイアウトを画面に合わせて変更することができる(図1)[*3]。
図1 リサイズとリフローの違い |
リフローの本質が基本レイアウトにあるとするならば、次に必要とされるのが組版ルールの洗い直しだ。リフローでは基本レイアウトの変更が頻繁に発生する。それなのに紙の組版ルールを墨守していてよいのか? 紙とスクリーンの違いを整理し、もしもスクリーンでは不要な処理があるなら廃止する必要がある。これほど差し迫った課題も珍しいと思えるが、現実には議論されることはごく稀だ。
●珍しい「電子書籍の組版を考える」シンポジウム
そんな中、電子書籍と組版をテーマとするシンポジウムが開催された。昨年8月6日の「文字の学校」主催シンポジウム「電子書籍の組版を考える」だ[*4]。今回はこのシンポジウムの内容をお伝えしよう。筆者の怠惰により1年近くも報告が遅れてしまったが、(幸か不幸か)現在に至るまでこの時ほど深く電子書籍の組版について討議されたことはないように思う(写真1)。
写真1 シンポジウム会場の様子。左から村上真雄、本間淳、前田年昭、高瀬拓史、そして主催の道広勇司の各氏。 |
この日のパネリストは村上真雄、本間淳、前田年昭、高瀬拓史の各氏(登壇順)。このうち、村上真雄氏(写真2)はXML自動組版システム『Antenna House Formatter』[*5]の、本間淳氏(写真3)はAndroid端末用の電子書籍閲覧ソフト『縦書きビューワ』[*6]の開発者だ。どちらも同種アプリケーションの中では老舗といえる存在であり、実際に電子書籍の組版ルールを実装してきた人達でもある(繰り返しになるが、彼等が実装した自動組版技術は、リフローのキーテクノロジーだ)。
写真2 村上真雄氏 | 写真3 本間淳氏 |
高瀬拓史氏(写真4)は村上氏とともに電子書籍の次世代標準として期待されるEPUB3[*7]の規格開発に携わってきた。ブログやTwitter上で高瀬氏のEPUBエバンジェリストとしての発言に触れた人も多いだろう。
写真4 高瀬拓史氏 |
前田年昭氏(写真5)は活版・写植の時代から印刷物の編集/制作に携わる中で、組版を見つめ続けてきた人だ。写植からDTPへの交代期であった1990年代後半、「日本語の文字と組版を考える会」[*8]の世話人の一人だった経歴も持つ。現在盛んに喧伝されている出版における紙から電子への交代劇も、この人にとっては何度か繰り返されてきた入れ替わりに過ぎないのではないか。そうした前田氏の目に、現在の電子書籍はどのように映っているのだろう。
写真5 前田年昭氏 |
シリーズの構成として全体を5回に分けることとする。まず1回目の今回は、議論の前提として代表的な組版ルールを1つ取り上げ、その解説を通して電子書籍の組版で何が問題になるかを説明したい。その後、シンポジウムでの発表を2回に分けて紹介した後、4回目として全体討議の様子をお伝えする。そして最後に、シンポジウムでの議論を踏まえて、私なりに電子書籍の組版についていくつかの選択肢を示そう。続き物といっても、それぞれ一応独立したものとして書くつもりなので、興味のある回をお読みいただければと思う。
●日本語組版で最も頻繁な調整――行頭禁則
まず、電子書籍で問題になる組版ルールの例として「行頭禁則」を取り上げる。電子書籍の組版というと、とかく縦組みが話題になる。しかし行頭禁則は縦組み・横組みに関係なく最も頻度の高い調整の1つであり、そこには組版の本質が現われる。では、この行頭禁則とはなんのことだろう? 下図を見ていただきたい。これは日常よく目にする、ありふれた日本語組版の例だ(図2)。
図2 ごく一般的な日本語組版の例(例文は『蜘蛛の糸』芥川龍之介、青空文庫所収、以下図8まで同)[*9]。 |
ここでは水色の枠に1文字ずつ収まっており、不自然なところはない。この隙間なく並べられた仮想的な枠に文字が収まった状態を「ベタ組み」と呼ぶ。漢字や仮名など日本語のほとんどの文字は正方形に収まる。もしも日本語がこうした正方形の文字だけなら、日本語組版はすごく単純なもので済む。正方形の倍数だけで処理ができるからだ。しかし、いつもこのように安定しているわけではない。1行の文字数(字詰め)を1文字減らしただけで、正方形でない文字が、悪さを始める(図3)。
図3 字詰めを減らしてみると…… |
2行目と最終行の冒頭に句点が来てしまった。おそらく大半の人はこの状態を不自然と感じるはずだ。このように多くの人が一致した反応を示すところに、組版ルールの持つ影響力が確認できる。さておき、このままでは読みづらいので調整が必要だ。ここで注意してほしいのは、きっかけとなった句点は正方形ではないこと。こうした文字も、行の中程にある限りはまるで正方形の文字のように振る舞うが、特定の場所(上図では行頭)や特定の組み合せで正方形でない本来の性質があらわになる。じつは日本語組版の多くは、こうして出た半端を自然に見せる調整が占めている。
行頭に特定の文字が来ないようにする調整を「行頭禁則処理」と呼ぶ。具体的な方法は数種類あるが、最も手っ取り早いのが句点とその前の1文字をそっくり次の行に送り出すことで[訂正]、これを「追出し」と呼ぶ(図4)。この調整ではベタ組みが保たれるので都合よい。ただ1つ、非常に気になるところが出てしまう。行末を注目してほしい。
図4 句点が行頭に来ないように、句点の前1文字で改行してみる |
1行目と2行目の行末が揃わず、デコボコになってしまった。行頭と行末が一直線に揃うことを「行頭行末揃え」と呼ぶが、これができていない。この状態を多くの紙の組版ルールは嫌う(出版社や印刷会社ごとに組版ルールは細かく異なる)。ここで注意してほしいのは、それにもかかわらず現在のウェブブラウザー(一部のテキストエディターも)のデフォルト動作としてこのレベルの行頭禁則、つまり「行頭行末揃えをしない追出し」が採用されているということだ(図5)[訂正]。
図5 ブラウザーにおける追出しによる行頭禁則(Safari ver.5.1.5での表示)[*10] |
実際のところ行頭行末揃えをしなくてよいなら、行頭禁則の種類は上記の追出し1つでよい。しかしそうはいかない。前述のように多くの紙の組版ルールは行頭行末揃えにこだわる。そこで行末を揃えたまま行頭禁則をするため、3種類の調整が考え出された。
まず図4と同じ追出しだが、1行あたりの文字数が足りなくなった分を、文字と文字の間隔(字間)を少しずつ空け、行長を延ばして行末を揃える方法(図6)。あえて図4と区別すれば「行頭行末揃えをする追出し」だろうか。
図6 追出しによる行頭禁則処理 |
2つめは図6とは逆の考え方だ。2行目にはみ出してしまった句点を前行に詰め込み、文字数が増えた分は字間を詰めることで行末を揃える方法。これを「追込み」と呼ぶ(図7)。ここでは読点の後の空きを詰めている[*11]。
図7 追込みによる行頭禁則処理 |
最後は、句点だけを行末からはみ出させる方法だ。これを「ぶら下げ」と呼ぶ(図8)。この調整方法では行末が少しだけデコボコになるのと引き換えに、ベタ組みが維持されやすい。それに句読点がはみ出したとしても、遠目には揃って見えるだろう。紙の書籍の多くもこの方法を採用している[*12]。
図8 ぶら下げによる行頭禁則処理 |
以上、行末の句点の調整を通して行頭禁則と行頭行末揃えを簡単に説明した。これらの処理は日本語組版でも最も頻度が高いものだ。逆に言えばこの辺りさえ分かっていれば、組版の大筋はつかめる[*13]。
●なぜ行頭禁則は必要か
「行頭禁則」とは改行に関わる処理だ。前述したとおり、整然としたベタ組みを乱す最大の要因は半端の調整だ。そして改行は、半端を出現させる最大の動機でもある。だから正しい改行位置の発見こそが組版の核心ということになる。これは日本語に関わらず、どの言語、どの文字体系の組版でも同様だ。
話を戻そう。同じく改行に関わる処理として、他に「行末禁則」(行末に〈「〉等が来ることを許さない)があるし、他に「分離禁止」(改行時に〈――〉や〈……〉等が分離することを許さない)もある。その中でも特に行頭禁則に焦点をあてた理由は、リフロー表示では行頭禁則の影響が大きくなるからだ。
前の方でも述べたが、漢字や仮名をはじめ日本語のほとんどの文字は、ベタで組まれた場合に一番読みやすくなるように作られている。多くの場合、日本語組版はレンガ積みのように、正方形の同じ大きさの文字を隙間なく並べることで成り立っている。ところが、禁則文字が出現することで均質なレンガ積みが崩れて半端が生まれ、それでも行頭行末揃えを維持しようとするために調整が必要になる。
ここでいう禁則文字とは禁則処理の対象となる文字のこと。上では行頭禁則の例として句点〈。〉を使ったが、当然読点〈、〉も同じ禁則文字だし、横組みの場合はカンマ〈,〉やピリオド〈.〉も行頭に来てはいけない。加えて終り括弧類〈』)]}〉》】”’〉も同様だ。
行頭禁則とは、これらの文字が行頭に来るのを禁じることだが、これは黎明期のワープロソフトでも最初に実装された日本語組版処理の1つだった。このことからも分かるように、多くの人はこれらの文字が行頭に来ることに強い違和感を抱く。ここでは、これらの禁則文字を仮にAグループと呼んでおこう。
しかし行頭禁則の対象となる文字はこれだけではない。例えば拗促音などに使われる〈ぁぃぅぇぉゃゅょっァィゥェォャュョッヵヶ〉等の小書きの仮名、長音記号(音引き)の〈ー〉、〈ヽヾゝゞ々〉などの繰り返し記号、〈・:;〉の中点類、〈‐ ~〉などのハイフン類、そして〈!?〉などの区切り約物も対象となることがある。以上の禁則文字を仮にBグループと呼んでおこう(なお、ここでの文字の分類は、基本的に『日本語組版処理の要件』での文字クラス[*14]に従う)。
ところで、なぜこれらの文字は行頭に来てはいけないのだろう? これらは前の文字と一緒でないと発音できなかったり(小書きの仮名、長音記号、繰り返し記号)、前の文字と一緒に使われることで特定の役割を果たす(句点類、読点類、中点類、ハイフン類、区切り約物)という性質を持つ。ところが改行によって禁則文字が直前の文字と切断されると、その役割を果たせなくなる。行頭禁則の目的はこれらの文字を切断されないようにして、読みやすさを確保するところにある。
ただし、これらが常に行頭禁則になるわけではない。どれを禁則とするかは組版ルールごとに異なる(繰り返すが組版ルールは出版社や印刷会社ごとに異なる)が、前述Bグループの扱い、特に小書きの仮名と長音記号を入れるか否かに大別される[*15]。小書きの仮名は主として拗促音に、長音記号は外来語によく使われ、どちらも使用頻度がとても高い。だからこれらを行頭禁則にするか否かは組版にとって大問題だ。
●行頭禁則と行長の深い関係
禁則文字の多少により組版がどのように影響を受けるか、実際の例を見てみよう。禁則文字(ピンク)をなるべく多く含むような文章を作成し組んでみた(図9)。ここでポイントになるのは、禁則文字が2文字以上続いた場合の調整だ。
図9 行頭禁則の違いの比較(字詰め34字) |
(1)は一切禁則処理をしていない。だから水色の枠に1字ずつきれいに収まっている。2行目でピンクの感嘆符「!」が行頭にあることを覚えておいてほしい。
(2)は禁則文字のうち、長音記号と小書きの仮名を除外した組版例。(1)では2行目の行頭にあった「!」が禁則になって2文字目に送り出されている。しかし禁則文字から除外された長音記号「ー」が行頭に来てしまっている。具体的な調整としては「!」が行頭に来ないように1行目から「ー」を持ってきて、減った分は少しずつ字間を空ける調整をして目立たないようにしている(枠線を見ると文字がずれているのが分かる)。
その左、(3)は小書きの仮名と長音記号を禁則文字に加えた組版例。(2)では2行目行頭にあった「ー」が禁則になったので、1行目からさらに「ロ」を持ってきている。その影響で1行目の字間はもっと空くことになり、1行目は通常35字詰めのところ2文字も少ない33字詰めとなった。最後に(4)は、(3)の水色の枠を取り去ったものだ。1行目が通常より2字も少ないことに気付く人は、ほとんどいないのではないか。
あれ? ちょっと待って。気付く人が少ない程度の影響なら、「小書きの仮名と長音記号を行頭禁則にするか否かは組版にとって大問題」と書いたのと矛盾するのでは?
そのとおり。正確に言うと、行長によって影響の度合いが変わる。図9のように比較的行長が長い場合、禁則文字の多少による影響は少ない。ところが行長が短くなるにつれ、目に見える形で影響は大きくなる。ここで注意してほしいのは、この行長の問題こそが電子書籍のリフローに大きく関わるということだ。次の図を見てほしい(図10)。
図10 行頭禁則の違いの比較(字詰め9字) |
これは図9と同じ文章を、うんと短い1行9字に変えて組んだもの。並び方も同様で、(1)は全く禁則処理をしていない例。水色の枠に1文字ずつ収まってはいるが、行頭に〈?っ々〉が来ている。次の(2)は禁則文字から小書きの仮名と長音記号を除外して行頭禁則をした例。図9より行長が短くなった分だけ1行あたりの禁則文字の数も増えたので、1文字くらい禁則せずに済んでも、続く文字が禁則対象になってしまう。まるでモグラ叩きのようだ。
こうした過酷な状況において、(3)では行頭禁則の対象に小書きの仮名と長音記号を加えてみた。(2)では1行8字になったのは3行で済んだが、小書きの仮名と長音記号を加えたことで5行に増えてしまった。(4)は、(3)から水色の枠を取り去ったものだが、字間が割れてパラパラして読みづらい。図9の(4)と比べると、行長が短い方が禁則文字が多い影響をより強く受けることが分かるだろう。
●では、リフローに対応した組版ルールとは?
思い出してほしい、電子書籍におけるリフローとは、基本レイアウトを自動組版により可変にした表示方法であったことを。これを組版から見ると、画面サイズの変更に従って行長が可変となる組版にほかならない。つまり、リフローに対応した組版とは、禁則文字をなるべく減らし、行長が変わっても字間があまり割れないようにする組版、例えばグループBの小書きの仮名や長音は行頭禁則にしない等が考えられる。
付け加えると、これは人間の手を介さない自動組版では、より切実な要求となる。ただし禁則文字を少なくしても読みやすさは確保できるのか、よく検討する必要はあるだろう。前述したように、禁則文字にするにはそれなりの理由があるのだから。
ところでリフローを容易にするには、禁則文字を少なくする以外、もう1つ別の方法がある。それは行頭行末揃えをスッパリあきらめることだ。図10で字間が割れてしまったのは、いずれも禁則文字を追い出したにも関わらず、行頭行末揃えを維持しようとしたからだった。揃えるのを行頭だけにすれば調整の量も減って組版処理の負荷が減り、字間も割れない(図11)。ちなみに、これは図5で紹介した大半のウェブブラウザーの組版と同一方式だ。ただし、このように改行位置がバラバラだと、リズムが崩れて読みづらくて仕方ない。つまり、調整を減らすといっても読みづらくなっては元も子もない。
図11 上は小書きの仮名と長音記号を行頭禁則とし、行頭揃え(行末不揃え)で組んだ例(字詰め9字)。下はそのまま枠線や背景色を外したもの |
以上をまとめると、リフローに適した電子書籍の組版とは、以下の2つの課題をクリアしたものとなる。
(a)調整量が少ない組版
(b)自然な読みを妨げない組版
このうち(a)は、デバイスの処理能力が向上することにより数年後には問題とならなくなるはずであり、つまり相対的な問題と言える。それでも「今」読みやすい環境を提供できなければ、電子書籍はいつまでも市場の信頼を得られないだろう。その反面、(b)はどんなに時代が変わっても議論が尽きない永遠の課題だ。100人いれば100通りの答が返って来るだろう。しかし基準がバラバラでは実装はできない。「今」合意が必要なのだ。この問題を考えるにあたっては、こうした課題の質の違いも考慮に入れるべきだろう。
次回以降に語られるパネリストの発表は、まさに上記2点を実現するためのヒントとなるもののはずだ。以上、いささか先走った解説を試みた。次回は、高瀬氏と本間氏の発表を報告する。
●注釈
[*1]……なお、PDFは字詰めを可変にすることも可能であり、これによってPDFファイルがリフローに対応しているという声も聞く。しかしフォントや行送り、文字サイズを変えることはできず、そうした主張は少し無理があるように思える。
[*2]……ただしEPUB3においても、固定レイアウトの規定が追加されようとしている。“EPUB 3 Fixed-Layout Documents”(http://idpf.org/epub/fxl/)
[*3]……リフロー型と固定レイアウト型の本質的な違いが基本レイアウトにあることは、前田年昭氏のご教示による。記して感謝します。
[*4]……文字の学校シンポジウム「電子書籍の組版を考える~新たな組版ルールを求めて」(http://moji.gr.jp/gakkou/kouza/ebook-typo/index.html)
[*5]……『Antenna House Formatter V6』アンテナハウス(http://www.antenna.co.jp/AHF/)
[*6]……『縦書きビューワ』(https://play.google.com/store/apps/details?id=org.example.android.npn2SC1815J.VerticalTextViewer)
[*7]……International Digital Publishing Forum, “EPUB 3” (http://idpf.org/epub/30)
[*8]……1996~1999年、DTPにかかわる様々な立場の人々が集まってできた団体。単なる勉強会にとどまらない深みのあるセミナーを、安価な会費で開催した。全17回のセミナーの概略は以下を参照。「公開セミナー各回のテーマ」(http://www.pot.co.jp/moji/semikore.html)
[*9]……芥川龍之介『蜘蛛の糸』(http://www.aozora.gr.jp/cards/000879/files/92_14545.html)
[*10]……使用したXHTMLとCSSの内容は以下のとおり。
◆XHTMLファイル
<?xml version="1.0" encoding="UTF-8"?>
<!DOCTYPE html PUBLIC "-//W3C//DTD XHTML 1.0 Transitional//EN" "http://www.w3.org/TR/xhtml1/DTD/xhtml1-transitional.dtd">
<html xmlns="http://www.w3.org/1999/xhtml" xml:lang="ja">
<head>
<title> 蜘蛛の糸</title>
<link rel="stylesheet" href="./test2.css" type="text/css" />
</head>
<body>
こら、罪人ども。この蜘蛛の糸は己のものだぞ。<br />
</body>
</html>
◆test2.css
@charset "UTF-8";
body {
font-family:"@IPAMincho","IPAMincho";
font-size: 500%;
line-height: 175%;
letter-spacing: 0px;
}
[*11]……字間を空けて追出すにしても、詰めて追込むにしても、1行あたりの文字数(行長)がある程度長さが確保されていることが前提となる。行長が短いのに追出し処理をすれば、延ばし量が多くなり字間が割れてしまうし、同様に追込み処理をすれば字間がくっついてしまう。つまり、行長があまりに短い場合は調整そのものができない。余談ながら、そうした短い行長に特化したのが新聞の組版だ。
[*12]……ちなみに組版の規格であるJIS X 4051では、ぶら下げを規定していない。これについては「解説」に次のような記述がある。〈(前略)処理系がオプションでぶら下げ処理を採用することは、行の調整方法の一つで、許容範囲と考えられる。〉(P.200)他にもぶら下げは欧文組版ではない考え方(正確には、欧文にもハイフンをぶら下げる組み方がある)なので和欧混植に馴染みづらいこと、および往時の活字組版での処理である点が挙げられている。つまり、正式に規格として採用するほどの処理ではないということのようだ。
[*13]……無用の誤解を避けるために書いておくと、図6~8で述べた3つの調整方法は、あくまで図3の状況に対応して生じた選択肢にすぎない。通常は追出し処理、追込み処理それぞれの中でぶら下げをする・しないが選択される。また追出し処理、追込み処理は二者択一ではなく、一方を優先として両者を組み合わせて使う方が、良い結果が得られる。
[*14]……『日本語組版処理の要件(日本語版)』(W3C技術ノート、2012年4月3日)「3.9 文字クラスについて」(http://www.w3.org/TR/2012/NOTE-jlreq-20120403/ja/#about_character_classes)を参照。ただし、これは日本語版の名称。文書として正式なのは英語版で、名称を“Requirements for Japanese Text Layout”という(http://www.w3.org/TR/jlreq/ja/#notes_a3)。
[*15]……正確にはもう少し複雑だ。組版ルールごとの行頭禁則の違いについては以下の拙稿を参照。「1975年以降に出された15冊の組版規則書における行頭禁則の違い(追記あり)」『もじのなまえ』2012年3月11日(http://d.hatena.ne.jp/ogwata/20120311/p1)
●修正履歴
[訂正]……記事初出時、以下の部分に誤りがありました。お詫びして訂正します。(2012/7/2)
誤:最も手っ取り早いのが読点とその前の1文字をそっくり次の行に送り出すことで、
正:最も手っ取り早いのが句点とその前の1文字をそっくり次の行に送り出すことで、
誤:それにもかかわらず現在のウェブブラウザー(一部のテキストエディターも)は、このレベルの行頭禁則、つまり「行頭行末揃えをしない追出し」を採用しているということだ(図5)。
正:それにもかかわらず現在のウェブブラウザー(一部のテキストエディターも)のデフォルト動作としてこのレベルの行頭禁則、つまり「行頭行末揃えをしない追出し」が採用されているということだ(図5)。
2012/6/29 11:00
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