イベントレポート
Kindle Unlimitedは独立作家の福音か?それとも悪夢の始まりか?
書籍読み放題「Kindle Unlimited」で作家の稼ぎ方はどう変わるのか? 鈴木みそ氏らが日本独立作家同盟のイベントで討論
2016年8月30日 12:00
NPO法人日本独立作家同盟は28日、緊急討論会「Kindle Unlimitedは独立作家の福音か?それとも悪夢の始まりか?」を都内で開催した。漫画家の鈴木みそ氏ら、セルフパブリッシングの分野で活躍する講師を招き、書籍の定額読み放題サービスの在り方について語り合った。
- 印税70%のKDP作品は必ず「Kindle Unlimited」対象作品になる
- 読み放題作品の収益額は、読まれたページ数によって決まる
- 本の売れ行きは下がったが、実際に読まれる回数は増える
- 「Kindle Unlimited」の登場でランキング表示も変化
- 有料サービスとして、果たして定着するか
- 「買ってもらう」から「読んでもらう」へ
印税70%のKDP作品は必ず「Kindle Unlimited」対象作品になる
Kindle Unlimitedは、電子書籍・通販大手のAmazonが8月3日に日本での提供を開始したサービス。月額980円(税込)の料金を払うと、あらかじめ登録された書籍・雑誌類をPCやスマートフォンで好きなだけ読むことができる。
ユーザーにとって魅力的なサービスである一方、作品を1冊1冊売ることによって収益を上げてきた出版社・著者にとっては根本的に価値観が異なる構造となっており、Amazonの自己出版サービス「Kindle ダイレクト・パブリッシング(KDP)」のプラットフォームを利用して個人レベルで活動する作家にも少なからず影響を与えるとみられる。
今回の討論会には、KDPで2013年に1000万円以上の収益を得た漫画家の鈴木みそ氏がゲストとして登壇した。このほか、文芸エージェントで米国の電子書籍ビジネスの事情に詳しい大原ケイ氏、文芸批評家・フリー編集者で「マガジン航」編集発行人の仲俣暁生氏、フリーライターの鷹野凌氏ら、日本独立作家同盟の理事長・理事ら3氏が討論に参加した。
討論会冒頭、鷹野氏からKindle UnlimitedおよびKDPの現状が解説された。まず大前提として、出版社などと契約していない個人作家がAmazonで自分の電子書籍を販売したい場合、必然的にKDPへ作品を登録することとなる(出版社はKDPとは異なる契約で作品を販売している)。
KDP扱いの作品が売れた場合、作家が受け取れるロイヤリティ(印税)は35%あるいは70%で、これは作品ごとの契約形態によって異なる。ここで鷹野氏が注目するのは、より作者にとって収益が多い70%ロイヤリティを得るには「KDPセレクト」への登録が必須である点だ。
「KDPセレクトへ登録するには、作品をKindleでの独占販売扱いにしなければならず、また、登録解除を希望しても90日間の縛りがある。今すぐ解除したくても90日間は待たなければならない仕組みになっているんです。」(鷹野氏)
自著の電子書籍版を自らKDPで販売する鈴木氏は「私の場合、Kindleで売る作品はすべて70%印税のほう。(中略)ただ90日間縛りの件は最近初めて知って、35%印税に切り換えたりもしました」と明かす。鷹野氏もKDPで作品を販売しているが、Kindle以外のストアに登録しているためにKDPセレクトの要件を満たせず、35%印税の設定にしているという。
そしてもう1つ、KDPセレクトに登録した作品は自動的にKindle Unlimitedに登録されるのも大きなポイントだ。「つまり、KDPセレクトにしないと70%印税にならないし、逆にKDPセレクトを付けるとKindle Unlimitedに強制的に本が載ってしまう」(鷹野氏)。
なお、米国のKindleでは販売価格条件を守れば70%印税が得られるようになっており、必ずしもKDPセレクト登録が必須となっていないなど、やや条件が異なるという。
読み放題作品の収益額は、読まれたページ数によって決まる
Kindle Unlimitedに登録された作品の収益は、実際に読まれたページ数によって決まり、著者に対して支払われる。この際「KENPC(Kindle Edition Normalized Page Count)」というページ計数法・指標が用いられている。
収益配分のための基金はAmazon側でプールしており、読まれたページ数に応じてここから分配を受ける。Amazonのウェブサイトによれば、2016年8月の基金額は約12億円。
ただし、収益配分のルールは、著者の不満などを受けて試行錯誤が続けられているという。「2014年に米国でKindle Unlimitedがまずスタートした際は、本のダウンロード数で収益が決まっていました。しかも本全体の10%が読まれれば1ダウンロードというカウントだったため、これだと短編とか薄い本の著者がすごく有利になってしまう。結果、長編作家からの不満が噴出して、サービス開始から半年で、現在のページ数をもとにした配分法に変更になりました」(鷹野氏)。
Kindle Unlimitedからの利益を最大化しようと、適切・不適切ギリギリの線を突いてくる作者も、米国では多数いる。米国事情に詳しい大原氏は「Amazonはいたちごっこをずっと続けています。例えばKDPが始まったころは、Wikipediaからコピペした内容を有料で売る人がいました。それがKindle Unlimitedになると、当初の『10%読まれたら1ダウンロード』を逆手にとって、もともと長編の作品を小分けにして配信し直したり……。さらにはページ数カウントになったら本の最後に索引を付けるとか、それこそ、いろんな手法があるんです」と話す。
ただ大原氏は、こういったやりとりがサービスを洗練させる効果もあると指摘。また一方で、ユーザーがどんなページを読んでいるかAmazon側が必ずしも把握できていないことの証拠でもあり、胸をなで下ろした側面もあった。
本の売れ行きは下がったが、実際に読まれる回数は増える
Kindle Unlimitedでラインアップされる作品の傾向については、米国と日本で大きな違いがある。中でも、日本ではコミックと雑誌が充実している点が大きいという。
討論会で主に司会進行を務めた仲俣氏は「雑誌と(一般書に比べて相対的に文字の少なくて読み進めるのが速い)コミックがこれだけあると、恐らく月額980円のもとはすぐにとれてしまう。(中略)一方で、タダで本を読めると本を買ってくれなくなるという指摘もあるが……」と、鈴木氏に質問を向けた。
これに対して鈴木氏は「僕の本に限って言いますが、Kindle Unlimitedが日本で始まってほぼちょうど1カ月の現在、その(単品電子書籍の売れ行きが下がる)傾向は間違いなく出てます。Kindle Unlimited開始前と比べて7、8掛けくらい」と率直に明かす。
とはいえ、Kindle Unlimitedには「本を読んでもらう回数」を増やす効果が確実にあるという。
「以前、KDPセレクトのキャンペーン機能を使って、『限界集落(ギリギリ)温泉』の第1巻を無料配布したんです。それまでに売っていたのが約2万1000部で、無料で配ったのが3日間で6000部。かなりの数だけど、第2巻の販売が伸びなかった。それまでは第1巻が読まれれば、それに引っぱられて第2巻を売れる傾向があったんです。」(鈴木氏)
つまり「無料なのでとりあえずダウンロードしたが、実際には本を開いていない」。これは鈴木氏にとって大きな知見だったとしている。
これに対してKindle Unlimitedは、1つのアカウントに対して同時にダウンロードしておける作品が10冊までという制限があるため、ユーザーはダウンロードした以上、自然と本を開くことになる。「なので、Kindle Unlimitedが始まってからは読まれたページ数がグッと増えていた。そして実際に読んでもらったことで、2巻や3巻、それに異なるシリーズの作品まで読んでもらっているようです」(鈴木氏)。
単品としての本の売上が減っても、Kindle Unlimitedで読まれることによる分配金がそれをカバーする。それでいて本が読まれていることを実感できる。そういったメリットがあることもまた事実のようだ。
「Kindle Unlimited」の登場でランキング表示も変化
Amazonの商品売上ランキングは、そこへ登場すること自体大きな露出効果があり、その後の売上動向にも影響を与えることが知られている。人気商品になればランキングに載る、ランキングに載ればさらに売れるという、客が客を呼ぶ好循環の図式だ。
Kindle Unlimitedの開始以降、そのランキングの傾向にも変化が起こっている。単品販売されるKindle本とKindle Unlimited対象本があくまでも1つのランキング軸で集計されるため、結果としてランキング上位をKindle Unlimited対象本が席巻している状況なのだいう。著者側から見た場合、「ディスカバラビリティ(発見のされやすさ)的に言えば、Kindle Unlimitedに参加しないとランキングに入れない」(仲俣氏)。
鈴木氏も経験則からランキングの重要性を指摘。「ランキング上位に入った“売れる作品”がさらに売れるという、ある意味すごい場所。これまでの感じだと、ベスト10に入ればそれだけで宣伝になり、1日で800~900部は売れる」(鈴木氏)。
ただ、鈴木氏は自分の勘違いからちょっと困った事態になっているとも言う。「売上の数値を読み間違ってしまって、そんなに扱いが悪いならと(逆ギレ的に)『KDPやめる』と発言したら、それがものすごくリツイートされてしまって……。それを見た読者の方が『配信が終わる前に買っておこう』と動いてくれたようなんですが、90日縛りがあるから配信をすぐ終わらせられないし、実際数字も上がった。(そもそも勘違いなのだから)KDPは今後も間違いなく続けますが、結果的に“やめるやめる詐欺”になってしまった」と告白すると、会場からもさすがに笑いが起こっていた。
鈴木氏の勘違いの遠因は「KDPで出した本は、Kindle Unlimitedでどれだけ読まれても、ランキングに反映されないのではないか?」という疑問。ただ、この現象については、Amazon側の正確な対応状況がよく分かっていないという。
有料サービスとして、果たして定着するか
Kindle Unlimitedは8月3日にスタート。利用者は初回申し込みから30日間は無料となるため、最初期のユーザーの課金が始まる9月上旬以降、解約者が相当数出ると考えられる。無料・有料関係なく単純にユーザーが減るため、鈴木氏も「(閲覧数は)10分の1くらいになるのではないか」と予測する。
この状況に対する戦略として、鈴木氏はKindle Unlimitedでの配信を一部作品にとどめ、言わば宣伝的に活用し、単品版のKindle本もしっかり売る方針。読み放題で楽しめる作品を確保しつつ、単品電子書籍は従来より値上げし、その影響を見極める計画だ。
「ただ、なんといってもAmazonは他の書店よりも売れる。いつも言っているが『死なばもろとも』でやっていきます(笑)」(鈴木氏)。
一方、大原氏は「米国の事情を見ていると、作家たちがいろいろと分配金の多寡などを議論している中で、Amazonがドーンと分配金を積みましたりもしている。閲覧1ページあたりの収益を(Amazonが勝手に)下げたら、作家側も黙ってないよというスタンス」と発言。各種ルールが必ずしも固定されておらず、良い方向へ変化する可能性も十分にあるとした。
「買ってもらう」から「読んでもらう」へ
Kindle Unlimitedの登場によって、作者の立ち位置はどう変わっていくべきか。鷹野氏は「これまでは、本を買って積んでいる(読んでいない)人も“読者”だった。しかし、これからは“読了者”になってもらわなければ、Kindle Unlimitedの収益に繋がらない。つまり、最後まで読んでもらえる面白い作品作りがこれまで以上に必要になる」と語る。
また、Kindle Unlimitedでは最大で10冊までしか本をキープできないため、たくさんの本を読むユーザーは自然と作品を入れ替えていく。その際に、単品版の電子書籍を買ってもらえるよう、繰り返し読んでもらえるだけの内容へと仕上げる力もまた、求められるという。
「Kindle Unlimitedは、それほど本を読まないライト層への投げ掛けとして使い、いかに“濃い”層まで引っぱってこれるか。これが作家の腕の見せどころになるかもしれない。マンガであれば、例えば絵の美しさが、読者の保有欲をくすぐれるのでは」(鈴木氏)。
「仕事柄、本の好みにはうるさいんですが、映画のほうは『話題の作品が見られればいい』という程度。そういう人にとって、映画の見放題サービスはすごく便利。それがきっかけで映画館に足を運ぶなんて機会もあるでしょうから、本の定額制でもそういう好影響が起こってほしい」(仲俣氏)。
最後に鷹野氏は「配信や収益分配に関する状況を熟知することも当然重要。プラットフォームが決めたルールを後から変えるのは大変だが、それでも米国におけるKENPCのような(好転した)事例もある。不満があるときはしっかりと声をあげていきましょう」と呼び掛けた。