イベントレポート

page2017

デジタル出版で儲けるには? 紙のレプリカの“電子書籍”はいずれ……

 印刷メディアビジネスの総合イベント「page2017」で2月10日、公益社団法人日本印刷技術協会(JAGAT)が「デジタルメディア時代の出版ビジネス最前線」と題したカンファレンスを行った。デジタル時代における出版物のビジネス手法について、出版物のデジタル化支援などを手掛ける“電子取次”、文字モノ中心の電子出版で収益を上げている“出版社”、投稿サイトを軸に新人作家の発掘育成を行っている“プラットフォーム”という三者が、それぞれの立場から現状について語り合ったものだ。

 登壇者は、株式会社出版デジタル機構代表取締役社長の新名新氏、株式会社文藝春秋電子書籍編集部長の吉永龍太氏、株式会社エブリスタ代表取締役社長の芹川太郎氏。モデレーターは、JAGAT研究調査部シニアリサーチャーの上野寿氏。

(右から)株式会社出版デジタル機構代表取締役社長の新名新氏、株式会社文藝春秋電子書籍編集部長の吉永龍太氏、株式会社エブリスタ代表取締役社長の芹川太郎氏

デジタル時代は顧客の時間の奪い合い

 まず、JAGATの上野氏から、現在の印刷・出版業界の概況について。印刷出荷額は1991年と1997年をピークとして暫減、事業所数は1980年代の後半がピークだが、1人あたり出荷額はほぼ横ばいになっている。構成比では、出版印刷が2004年には30%を占めていたのが、2015年には18.8%と大きくシェアを落としている(出典:『印刷白書2016』)。

公益社団法人日本印刷技術協会(JAGAT)研究調査部シニアリサーチャーの上野寿氏
印刷出荷額などの推移
出版印刷の構成比

 2016年の出版市場は1兆4709億円と、12年連続のマイナス。書籍市場が雑誌市場を41年ぶりに上回った。中でも「雑誌」に分類されている紙のコミックスが大きく販売額を落としている。逆に、電子コミックは急激に拡大しており「デジタルへシフトしているのは間違いないだろう」という(出典:『出版月報』2017年1月号)。

2016年の出版市場

 右肩上がりの時代は終焉し、もし再浮上したとしても、そのときにはもうプレーヤーが変わっている。昔のやり方はもう通用しないのだから、「昔はよかった」などと言っている場合ではない。デジタルの世界の競争は「顧客の時間の奪い合い」なのだから、もう「やるしかない」のだと上野氏。

出版社のデジタル化全般を支援する「出版デジタル機構」

 次いで、自己紹介を兼ねた各社の紹介。まず出版デジタル機構の新名氏から。同社の目的は「日本の電子出版のインフラを整備すること」で、「電子書籍フォーマット標準化支援」や「電子書籍取次事業」などを行ってきた。現在の取り扱い点数は41万点以上、電子書店50以上(700サイト以上)、出版社とは1000社以上と取引している。

株式会社出版デジタル機構代表取締役社長の新名新氏
「Publisher’s Service Company」へ

 ところが設立から4年を経て、会社の方向性が「出版社のデジタル化を支援する企業」「デジタルテクノロジーで紙の出版を支援する企業」「ウェブ時代の出版コンテンツビジネスを創出」へと変化しつつある。例えば「Picassol事業」では、紙と電子の同時制作を支援するクラウドサービスを提供している。

 2017年5月に正式オープン予定の「NetGalley事業」では、発売前のゲラを書店員や図書館員、ウェブのインフルエンサーなどへ提供することで、販売促進を図る。米国では1カ月1万円くらいで提供されているサービスであり、日本でも同じくらいの額でやりたいと考えているそうだ。

紙と電子の同時制作を支援する「Picassol事業」
ウェブを活用した販促サービス「NetGalley事業」は2017年5月オープン予定

 なお、新名氏は、中央公論社と角川書店(現KADOKAWA)で文芸の編集をやっていた。米国で「電子書籍」の市場が立ち上がったとき、このまま広がっていったら食われるのはまず文庫やコミックではないかと思っていたそうだ。

文藝春秋、電子は利益率が高いので積極的に推進

 次に文藝春秋の吉永氏から、同社の電子書籍事業の現況について。文藝春秋の電子書籍編集部は制作、交渉、企画、営業、宣伝などすべての業務を担っている。2016年の電子の売上は、2007年の68倍になったという。

株式会社文藝春秋電子書籍編集部長の吉永龍太氏
2016年の電子の売上は、2007年の68倍になった

 特に2013年ごろから大きく伸びており、2015年には『火花』のヒットで大きく数字を伸ばした。2016年はさらに数字を積み上げている。ベストセラー作家が電子版の配信を許諾してくれたのが大きかったという。芥川賞を受賞した『火花』は2週間ほど紙が品切れになってしまったが、その間に電子が1万2000ダウンロードと非常に売れたそうだ。

『火花』電子版は現在17万ダウンロード
電子版を出しても紙が減らなかったので純増に

 電子は利益率が高いので積極的に推進している。売り損じを防ぐために活用できる。話題作りの一環にもなると考えている。「週刊文春」のスクープだけを切り出した1冊や、横山秀夫氏の短編『刑事の勲章』、小松左京氏の短編『アメリカの壁』など、電子オリジナル企画も積極的に行っている。

新人の発掘と育成も行うプラットフォーム「エブリスタ」

 次にエブリスタの芹川氏から。基本は無料で読んだり書いたりできるサービスだが、販売もできる。プロによるコンテンツの有料会員向け読み放題モデルが、現在の一番の収益源だという。登録会員の84%がスマートフォンからの利用で、作品をスマートフォンで書いている人も半分以上。年齢構成では10代が7%と、“ケータイ小説”時代とはかなり印象が異なる状態になってきている。

株式会社エブリスタ代表取締役社長の芹川太郎氏
エブリスタのユーザー属性

 エブリスタへ投稿された作品からの書籍化は、年間約150点にも及ぶ(小説・コミックの合計)。「紙は出版社に任せる」というスタンスだ。出版社と協業で「エブリスタ小説大賞」を行うなど新人の発掘を行う一方、石田衣良氏の「小説家養成プログラム」など育成にも力を入れている。

エブリスタへの投稿から書籍化された点数の推移
新人の発掘だけではなく育成にも力を入れている

 いままでの出版流通では見つけられなかったような作家や作品を見つけること。そしてその作品を最適な形で読者へ届けるのが、エブリスタの最大の価値だと芹川氏は考えている。コミック原作にも注力しているが、それも、面白いアイデアの持ち主が必ずしも文章がうまいとは限らない、という思想からだという。

デジタルは儲かるのか?

 ディスカッションではまず上野氏から登壇者へ、「デジタルは儲かるか?」という根本的な疑問が投げ掛けられた。新名氏は、文字モノを手掛ける出版社の多くから、電子化を勧めても「儲からないから、リソースが投入できない」と言われるそうだ。

 実際のところ、出版デジタル機構の売上の8割は電子コミックであり、コミック業界は電子なしでは成り立たなくなっているという。つまり、コミックをやっている出版社にはすでに、電子での成功体験がある。雑誌も、電子でなんとか収益化を図ろうとしている。

 ただ、そういう出版社は大手ばかりだという。コミックや雑誌をやっていない中小出版社は、まだほとんど電子の市場に来ていない。紙はもちろん重要だが、知的財産権(IP)を活かすには電子も必要。だから出版デジタル機構は、紙と電子を区別せずやろうとしている出版社を、支援する事業を展開しているのだ。

 文藝春秋の吉永氏は「うちは儲かっています」と笑顔。紙を出す前提での電子版制作費は数万円だから、売上のほとんどが利益になるというのだ。もちろん、紙を出さずに電子版だけで編集・校正・イラストなどの費用をまかなうのは難しいが、それもなんとかしようとしているそうだ。

 紙と電子の部門関係は企業によって異なるが、文藝春秋は「いいから勝手に儲けてこい」と、電子書籍編集部がなんでもやる組織になっているのが幸いしているそうだ。「儲からない」と電子化に踏み出せない出版社は、「儲からない」というより、やり方がよく分からないのではないか?という。

 例えば「週刊文春」は紙版はもちろん、「週刊文春デジタル(ニコニコチャンネル)」や「文春オンライン」などで記事を配信したり、一部を切り出してマイクロコンテンツとして販売するなど、1つのものを複数の方法で売っていくというのが、紙・ウェブ・電子の相乗効果になっているそうだ。

 新名氏も、電子書店から「もっと短い本をたくさん出して欲しい。そのほうが競争力がある」と言われていると明かす。いまの普通の本は、他のコンテンツと時間の奪い合いをするには長すぎるというのだ。紙のレプリカである“電子書籍”はいずれ、「昔はそんなのもあったよね」と言われるようになるのではないか、と新名氏は予想している。

 電子コミックに比べ、文字モノの電子書籍市場がまだまだ小さいのは確かだ。文藝春秋のようにしっかり儲かっているところをロールモデルにすることで、市場の拡大が図れるのではないかと思えるカンファレンスであった。