イベントレポート
第20回東京国際ブックフェア
「紙も伸びる」「自己出版の隆盛」電子書籍キープレイヤーが占う未来
(2013/7/5 16:52)
7月3日から5日まで東京ビッグサイトで行われている「第17回国際電子出版EXPO」の2日目に、eBooksフォーラム「緊急特別企画!電子出版最前線2013、そして未来はどうなるのか!? 現場を知り尽くしたプロフェッショナルたちが熱く語る?」と題したセミナーが行われた。
セミナーにはアマゾンジャパン株式会社Kindleコンテンツ事業部長の友田雄介氏をはじめ、株式会社PHP研究所デジタル事業推進部チーフディレクターの太田智一氏らが登壇。ここでは、PHP研究所の太田氏、Gene Mapper発行人の藤井氏らの講演内容をレポートする。友田氏の講演内容はこちら(※1)。
URL
- (※1)Kindle国内責任者が語る「電子書籍の理想郷」、現状と課題は
- http://internet.watch.impress.co.jp/docs/event/20130705_606602.html
電子版だけでなく紙の販売実績も伸びる米国市場
セミナーではまず、モデレーターである株式会社インプレスホールディングス取締役の北川雅洋氏から導入として、「電子出版の日米比較によるこれまでと未来」について、概況が説明された。
株式会社インプレスビジネスメディアが6月27日に公表した調査結果によれば、日本ではスマートフォンやタブレット、電子書籍端末を含む「新たなプラットフォーム向け電子書籍」の市場規模は2012年度で368億円だったが、米国は既に約7.5倍の市場になっているという。しかもこれはセルフパブリッシング市場が含まれていない数字であり、実態としてはもっと大きな差が開いていることが予想されるそうだ。
北川氏が4日朝、Kindleストアの登録作品数を調べたところ、Kindle洋書が191万6694点だったのに対し、日本語書籍は12万108点だったという。米国のKindle StoreでNew Releasesを見ると、「Last 90 days」には22万9636点と表示されており、そこだけで日本語書籍数を上回ってしまうほど作品の数にも大きな差があるのが現状だ。
また、日本では紙と電子の市場を合算しても、十数年来ずっと縮小傾向が続いているが、米国では2010年くらいからトレンドが大きく変化し、電子書籍市場の拡大と同時に紙の販売実績も伸びているそうだ。
出版市場は音楽市場と比較されることが多いが、米国ではiTunesなどの音楽配信が成長するのと反比例してCD売上が急減しており、音楽市場全体としては縮小傾向だという。電子の伸長とともに紙も成長傾向に変わった出版市場とでは、かなり動きが違うと北川氏は指摘する。
セルフパブリッシングが販売ランキング上位に
北川氏が驚いていることとして、「Kindleダイレクト・パブリッシング(以下KDP)」に代表されるセルフパブリッシングの拡大を挙げた。北川氏は「自分が出版者となる著者」という意味で、「自己出版」と呼んでいるという。
米国の電子出版情報サイト「Digital Book World(※2)」のランキングでは、上位の半分がセルフパブリッシングのタイトルになっていたり、出版社別ランキングではセルフパブリッシングの合計数字が4位でMacmillanより上位になっていたりするそうだ。
URL
- (※2)Digital Book World
- http://www.digitalbookworld.com
「ページ数=価格」の制限から解放される「デジタルファースト」
紙は、流通や印刷や部数など、さまざまな問題で制限を持っており、「ページ数=価格」という場合も多いが、そういったすべてのことから自由になれるものが(電子版に注力する)「デジタルファースト」だと北川氏は思っているそうだ。
例えば、角川グループでは「ミニッツブック」や、インプレスでは「クイックブック」などのレーベルを実験的に立ち上げているが、今のところまだ多くの出版社が積極的にデジタルファーストへ取り組んでいる段階ではないという。セルフパブリッシングの場合、紙の印刷が必要ないため参入障壁が低く、「出したい」と思ったらすぐ出せる。注目すべき分野だと考えているという。
「書店の平積み」ができない電子出版が抱えるディスカバビリティー問題
北川氏は自分で電子出版をやってみて、書店の平積みのような形でのプロモーションがどれだけすごいかを痛感したという。Kindleですら、画面に表示されるのはキャンペーン情報ばかりで、普通に新刊を出しただけでは取り上げてもらえない。仮に画面の向こう側に何百万タイトルあったとしても、読者がそれを見つけていくのは相当難しい。いわゆる「Discoverability(ディスカバビリティー)」問題だ。
初日の基調講演では株式会社KADOKAWA取締役会長の角川歴彦氏が、デジタル化によって出版業界には「パラダイムシフト」が起きていると語ったが、実際のところ根本的に考え方を変えないと単純な「出版の電子化」だけではまったく済まないであろうと北川氏は指摘する。
北川氏は「今後の夢」として、出版書籍市場がピークだった1996年前後を超えたいと語った。そのためには「紙の電子版」だけではまだまだ足らず、どうしてもデジタルファーストを作っていかなければならないし、出版社だけでなくセルフパブリッシングやさまざまなプレイヤーが現れて切磋琢磨が生じるだろうと思っているとのことだ。
デジタルファーストの編集は原点回帰が必要
続いて、株式会社PHP研究所デジタル事業推進部チーフディレクターの太田智一氏から、出版社の編集プロデューサーとしての立場からプレゼンが行われた。PHP研究所は電子出版をかなり積極的に取り組んでおり、主要な電子書籍ストアでそれぞれ約2200点を配信、新刊から1960年代に発行されたものまでをラインナップし、デジタルファーストによる独自企画にも取り組んでいる。
「編集」と「営業」というのはよくある境目だが、PHP研究所では権利処理・開発・制作・納品・管理・プロモーションと作業を細分化した上でワークフローを整備し、制販が一事業部に集約されていることによって迅速な動きが可能になっているという。
太田氏は、入社から9年間書籍の編集をやってきてある程度評価をされるようになり、このままずっと編集者をやっていけばいいのかなと漠然と考えていたそうだ。ところが、2007年にそういった意識を大きく変えられたのが、何時間でも見続けられるウェブサービス「ニコニコ動画」と、コンテンツの世界を変えてしまうようなデバイス「iPod Touch」との出会いだったという。こういった多数あるコンテンツやサービスとの可処分時間の奪い合いの中で、どうやって出版社は生き残っていけばいいかと編集者として頭を悩ませたそうだ。
翌2008年には、ネットで人気があるものをリソースとして出版した「ドアラのひみつ(※3)」がヒット。続いて編集者として「紙でなければできないこと」を考え、「ドアラのひみつ手帳(※4)」などのプロデュースなども手がけたという。ただ、2010年になり、もう今後はデジタルファーストをやらねばならないだろうと思っていたが、編集者として「技術対応力の欠如」を感じるようになり、足が止まってしまったという。
現在の部署へ異動し2012年にようやく、「コアラ坂」でデジタルファーストの出版を実現できたと太田氏。この経験を通して、デジタルファーストにおける「編集」という言葉の意味は、変わってきていると感じたそうだ。「開発(コーディング)」から「技術対応(フォーマット)」、「デザイン」までできる人がデジタルの世界では「編集」になっていく、つまり、文字の部分だけ校了して渡すというのは、もう「編集」とはいえないのではないかと考えるようになったという。太田氏はこれを、「編集の原点回帰」と呼んでいるそうだ。
URL
- (※3)「ドアラのひみつ かくさしゃかいにまけないよ」
- http://www.amazon.co.jp/dp/4569698239
- (※4)「コアラ坂」
- http://www.amazon.co.jp/dp/B0081BBGEY/
「Best of 2012 Kindle」に輝いた作品は通勤時間にiPhoneで執筆
続いて、2012年のKindle本1位に輝いた「Gene Mapper(※5)」発行人でセルフパブリッシャーの藤井太洋氏から、デジタルボーン作品の個人出版プロジェクトについての説明があった。「スマートフォンで読める小説」をテーマとし、当時は会社勤めだったので通勤時間にiPhoneで執筆したという。
出版するにあたっては、紙の出版プロセスであるDTPは一切使わず、原稿を直接EPUB 3へファイルするスクリプトを自分で開発したという。紙の書籍から離れているのでいろいろ自由なことをやっており、例えばiPad Retinaのような高解像度ディスプレイで見た場合はルビを小さめに、小さいディスプレイの場合はルビを大きめに表示をするといった工夫を凝らしているそうだ。
URL
- (※5)自己出版バージョンの「Gene Mapper -core-」
- http://www.amazon.co.jp/dp/B008KSN2F4/
オープン直後の「koboイーブックストア」にランクインして話題に
これを、当時始まったばかりの「Kobo Writing Life」を使って販売開始したところ、これまた日本でサービス開始したばかりのkoboイーブックストアで「セルフパブリッシング作品がランキング上位入りしている」と話題になった。
そこからは、Kindleストア、iBookstoreと、マーケットがオープンしたらすぐに販売開始をするという形で展開をしていった。また、エージェントを通じて繁体字中国語への翻訳を行い、台湾・中国でも販売を行なっている(※6)。
電子書籍は「デジタルグッズ」として販売を行うと決めており、プロモーションも「ソフトウェアのダウンロード販売」と位置づけて実施したという。SNSでローンチしてキーワードを発火させ、ショップへの誘導を図るリスティング広告をし、ブログを毎日更新してSNSへ流すといった具合だ。このセミナー時点で、デジタルだけでトータル9300部販売しているそうだ。
最終的に、今年の4月に早川書房から「Gene Mapper -full build-」が商業出版され、セルフパブリッシャーとして始めた活動が1年足らずで紙書籍での出版という1つのゴールへにたどり着くこととなった。こちらも紙書籍版だけではなく、電子書籍版も同時発売(※7)されており、非常にいいプロモーションができていると感じているという。
URL
- (※6)「Gene Mapper 基因設計師 (Chinese edition)」
- http://www.amazon.co.jp/dp/B00A7KRVDC/
- (※7)ハヤカワ文庫JAの「Gene Mapper -full build-」
- http://www.amazon.co.jp/dp/B00CHIFA1M/
0.99ドルは「価格」ではなく、プラットフォームの利用料に過ぎない
続いてのパネル・ディスカッションでは、日本の書籍市場も今後米国のように伸びるのかどうか、セルフパブリッシングと出版社はどう向き合っていけばいいのか、海外マーケットへの展開と翻訳をどうするか、ディスカバビリティー問題をどう解決していくかなどについて、意見交換が行われた。
「電子書籍の価格付けをどうしていけばいいか?」という話題で、藤井氏が「米国での0.99ドルや日本での100円は“書籍の価格”ではなく、プラットフォームの利用料に過ぎない」と考えているというのが印象的であった。あまり安価な価格で販売すると、レビューが荒れてしまう可能性もあるという。
「Gene Mapper」の場合は定価を500円、プロモーション用の期間限定キャンペーン価格は300円としていたが、実際の販売冊数は75%くらいがキャンペーン価格だったという。米国のKindleでも、2.99ドルというのは価格付けの1つのスタンダードになっているという。