イベントレポート

日本インターネットガバナンス会議

インターネットの未来を確保するための議論がスタート、JPNICが国内会議発足

 一般社団法人日本ネットワークインフォメーションセンター(JPNIC)が7月24日、「日本インターネットガバナンス会議(IGCJ)」を発足したことを正式発表するとともに、その次回会合を8月19日に開催することを明らかにした。

 JPNICによると、「インターネットがより快適に利用され、円滑に運営されるために、インターネットに関わるさまざまな関係者によって、インターネットガバナンスの諸課題が良く理解され、検討されることが今までにも増して求められている。IGCJは、この検討のための基盤を目指していく」ということだが、IGCJではいったい何が行われているのか? 発足に先だって6月18日に開催された「インターネットガバナンスを検討する会」を振り返りながら、その目的と背景を整理する。

6月18日に開催された「インターネットガバナンスを検討する会」

大きく動き出したインターネットガバナンス

 IPアドレスやドメイン名といったインターネットの資源およびDNS機能は、インターネットにとってとても重要な要素である。歴史的に見れば、インターネットが米国で産声を上げ、米国国防総省の予算で開発が進められたことは事実である。そして、その事実を背景に米国政府はインターネットの管理権限を手放さずに来ている。

 そのため、古くからその管理権限や責任の所在については数多くの議論が重ねられてきた。特に、国際電気通信連合(International Telecommunication Union:ITU)がインターネットのガバナンスへの関与を強めようとする動きはしばしば発生し、国連主導によるインターネットの管理を主張している。

 そのような中、今年3月14日、米国商務省電気通信情報局(National Telecommunications and Information Administration:NTIA)は、インターネットのドメインネームシステム(DNS)に関して担っていた役割を、グローバルなマルチステークホルダーコミュニティに移管する意向を明らかにした。これを分かりやすく言うと、NTIAが持っているIANA機能に関する監督権限を民間に移管する用意があると発表したということになる。IANA(Internet Assigned Numbers Authority)とは、ルートDNSの管理と、IPアドレスやAS番号資源の管理・分配、技術的プロトコル番号の割り当て調整などを行う機能のことである。

 その最初のステップとしてNTIAは、ドメイン名とIPアドレスの割り当て管理を行うICANN(Internet Corporation for Assigned Names and Numbers)に対し、DNS機能の調整において現在NTIAが担っている役割の移管提案の策定に向け、グローバルなステークホルダーとの検討を開始するよう依頼している。それを受けて、日本でもマルチステークホルダーおよびインターネットガバナンスに関する話題が多くなってきた。6月18日に開催された「インターネットガバナンスを検討する会」も、その流れに乗ったものである。

 「インターネットガバナンスを検討する会」の時点では、まだ「(仮称)日本インターネットガバナンス会議」という形だったが、JPNICが会議の名称を掲げ、検討だけでなく、提言を作っていくことまでを視野に入れて引っ張っていく意志が示され、それが出席者の合意と支持を得ることとなった。

 それを受け、JPNICではさらにアウトリーチ活動を活発化させ、議論できるメンバーを増やすことも考えているという。また、IGCJは今後とも継続的に開催するとのことで、できるだけ多くのステークホルダーの方々に参加して欲しいとも述べている。そうした積極姿勢を含め、今後のガバナンスのあり方を検討する国内のステークホルダーの話し合いの場として、この会合はとても重要なものになるだろう。

 長年、米国政府によって保持されてきたインターネットの管理権限が大きく動くかもしれない。変わることに対する期待と不安は紙一重だが、そこに積極的にコミットし、より良い方向を目指すことは重要である。

世界でただ1つのインターネットをどうやって維持・発展させていくか

Skypeのビデオ通話でリモート参加した村井純氏

 「インターネットガバナンスを検討する会」において司会を務めたJPNICの前村昌紀氏は、冒頭で会合の目的を「インターネットガバナンスに関して、適切な状況確認の上で充実した検討ができる基盤を日本国内に構築する」こと、「インターネットガバナンスに関する提言を行い、グローバルな方向性への反映と日本国内での実装を準備する」ことであると説明し、全体のおさらいのあと、ゲストに自己紹介を含めて発言を求る形でスタートを切っている。

 最初にマイクを渡されたのは、総務省総合通信基盤局データ通信課の山口修治氏。IANA機能に関する監督権限移管について、以前のように再びインターネットに関する議論が盛り上がって欲しいと希望していること、この会合がそのための場として役立つこと、監督権限移管の話は期限があることなのでそれに向けて取り組んでいただきたいとの意向を述べた。

 続いて、ビデオ通話でのリモート参加となった慶應義塾大学教授の村井純氏から今回の議論のポイントおよびインターネットガバナンスに関するレクチャーが行われた。NTIAからDNS機能の管理権限を移管する意向が表明されたが、このことは、実は1997年にICANNができる以前から決まっていたことなどが説明され、インターネットガバナンスとは何か、何が期待されているかの説明が続く。

 そこでの重要なポイントは、「昔は、インターネットというインフラを手に入れるためにガバナンスがあり、話題の中心は、いかにしてインターネットを動かすかにあった」ということから、現在では「インターネットを運用するためのインターネットではなく、人類のあらゆる活動と生活のためのインターネットになったことがこれまでと一番違う部分である」と述べた部分だろう。

 村井氏が特に意識していたのは「世界でただ1つのネットワーク」としてのインターネットをどのようにして確保していくかであり、その根源はIPアドレスとDNSにあるとしている。したがって、これが動かない、何かが起こるということだけは絶対に避けなくてはならないと述べ、その上で「今は経済活動が発展していて、それがインターネットで支えられている状態である。それを、どうやって維持・発展させていくか。そのことは、あらゆるエコノミー、あらゆるネーション(国民とか国家の意味)、あらゆるセグメント、あらゆるステークホルダーの関心事であるべき」とし、「だからこそマルチステークホルダーが重要である」「TCP/IPという技術でつながっている世界でただ1つのネットワーク、これをどうやって人類が維持・発展させていくかがこれからのインターネットガバナンスである」とした。

 再び前村氏にマイクが戻され、IANA機能監督権限の移管に関するレクチャーが行われた。そこでは、移管提案に必用な要素として、

  • マルチステークホルダーモデルの発展
  • インターネットにおけるDNSのセキュリティ、安定性の維持
  • IANAサービス受益者の要請に合致
  • インターネットのオープン性の維持
  • 国や政府間組織主体の仕組みは受け入れない

の5つがあること、それらを考慮しつつ、現在のIANA機能契約の有効期限である2015年9月30日までに、ステークホルダーがICANNの開始するプロセスを通じ移管計画の策定に取り組み、何らかの移管提案を承認してもらうことが重要であることなどが説明された。スケジュール感としてはかなりタイトで、米国における政治情勢にも影響を受けるであろうこと、あらゆるステークホルダーが協調して移管案の作成に臨むことの大切さについても述べられている。

ガバナンスが失敗するとインターネットが止まる?

 レクチャーに続くディスカッションに入る前に、JPNIC理事長の後藤滋樹氏より挨拶と各ゲストの自己紹介が行われた。今回のゲストは、会津泉氏(ハイパーネットワーク社会研究所)、石田慶樹氏(日本インターネットエクスチェンジ)、市川麻里氏(総務省情報通信国際戦略局国際政策課)、江崎浩氏(東京大学)、木下剛氏(インターネット協会)、橘俊男氏(Internet Society日本支部)、立石聡明氏(日本インターネットプロバイダー協会)、ジェイムス・フォスター氏(慶應義塾大学)、堀田博文氏(日本レジストリサービス)、前出の山口氏、村井氏、後藤氏、前村氏。

 ディスカッションは、休憩時間中に集められたアンケートからの質問に答えるという形で始まった。

 最初の質問は、IANA機能の監督権限移管とインターネットガバナンスとの関連に関するもの。いくつかの似たような質問があったが、特に「インターネットガバナンス=IANA機能監督権限と考えていいか。もしくは、インターネットガバナンスの1つのアジェンダなのか?」という問いに対し、会津氏が「IANAの話は1つのイシューであり、議論の始まりである」と答え、「ただ、そこでは全く終わらない。セキュリティやプライバシーなど幅広い話がある」とした。

 続く質問は、これによって起きる変化が各分野に与える影響や、例えばWCIT(世界国際電気通信会議)との関連などについてであった。それには江崎氏が「この話に来る前に、WCITのルール変更、ITUの動き方とインターネットの動き方の不整合が関連していると思う。国連を表に出す話と、きちんとグローバルな観点からガバナンスを考えるという話である。その時に、グローバルに動くということをどの程度意識した形で作るか、これが重要で試されると思っている」と答えた。

 WCITとの関連については、市川氏が「発展途上国が米国に懐疑的。加盟国が数多く入っている組織体で議論すべきというのが彼らの主張。今回の動きはそれに対抗するものになっていくのではないか」と答え、「WCITが大きく話題になったのは、国際電気通信規則が議論され、改正にあたってインターネットに関する条項を入れようという動きがあったため」であることなどが説明された。この辺りの情報については、総務省のウェブサイトに掲載されているという。「総務省 WCIT」などで検索してもらえればとのことであった。

 ここで、会場から「米国商務省は、国が管理するのは嫌だよと言っている。ドキュメントにも書いてある。ITUがどうこうというのは、今回のディスカッションの外側にあるのか? ITUが管理すべきとは絶対ならないし、そのような話になった場合は、米国は今の契約を更新すると?」との問い掛けがあった。それに対して前村氏は「そういう理解だと思う。米国政府はそういう提案は受け取らない。(引き続きNTIAによる)契約更新になると思う」と答え、後藤氏が「今回の枠組みはそうである。NANOGなどでは、政府の監視がどうこうと言ってる国が一番監視とか規制とかをしていて、言ってることと現状が合わないといったことが指摘されている」と続けた。

 そのような形でディスカッションが進んだが、興味深かったのは「想定されるワーストケースが知りたい」という質問に関するものであった。つまり、今回のIANA機能の監督権限移管がうまくいかなかった時に何が起こるかを最悪のケースで考えてみたいということである。それに対する答えとして気になったのは、堀田氏の「インターネットが上手く動かなくなるのではないか」である。つまり、現在のルートを頂点とした1つのインターネットという形が崩れ、自国の都合で自分勝手に運用するところが現れたり、国を通過する回線にフィルタリングをかけたりして、パケットが自由に流れなくなる可能性などを指摘したものである。

 詳細には触れていないが、他のゲストの発言、例えばフォスター氏の「中国がインターネットを捨てることも考えないといけない」というコメントなども含めて考えると、例えばITUが強行に出てくるとか、そもそも国家が管理すべきとしている国々が勝手にやり始めてインターネットが分断されてしまうことなどが十分に考えられる。そうならないようにするためにも、今回の移管を成功させるためにあらゆる関係者(マルチステークホルダー)が協力し、協調して事に当たる(ガバナンスを成功させる)ことが重要なのだということなのだ。

理想は、米国政府管理下ではないマルチステークホルダーとしてのICANNが責任を負う形

 このような形で他の質問についても議論が続いたが、では、ベストケースはどのようなものなのだろうか。これについては、前村氏が「安定的な運用が継続されること。今まで通り、IANAの機能が保全されることだろう」と発言している。「現実としてICANNという組織が15年かけて、やっと動くガバナンスを作ってきたので、ICANNがやるのが一番良いと思う」という意見はその通りだろう。すべてをリセットして一からやり直すというのは現実的ではないからだ。ここでのポイントは、「米国政府管理下ではないマルチステークホルダーのICANNが責任を負う形がベストであろう」という点である。

 フリーディスカッションに移り、最初に発言したのは石田氏である。石田氏は「インターネットガバナンスのあり方についてワーストとベストの話が出たが、その一方で、フォスター先生の話はガバナンスというよりもインターネットそのものががどうなるかという話だと思う。その2つの面を見ながら移管の話を進めないといけない。移管が失敗して、ITUというか背後の人たちが乗っ取りに来る、そういうのには気を付けないといけないだろう」と述べた。

 また、フォスター氏は「自分が心配してるのは、マルチステークホルダーを強調しているが、1つのインターネットが壊れること。中国は、現実的に自分のインターネットを持っている。ほとんど、外資系の企業が中国で活躍していない、中国の独占市場である。そして、中国の企業は世界に出ている。その中で、マルチステークホルダープロセス、みんな仲良くしましょう、というのはあまり現実的ではない」とも述べ、「何が出てくるのか。これからの成り行きについては、世の中の動きも考慮する必要がある。イラクのことを考えても、ロシアとの対立も、そういうことを考えると、インターネットだけは影響が無いとかいうのは現実的ではない。そのような背景を無視して議論することも非現実的だ」とした。

 山口氏は、「政府としては、インターネット上の情報の自由な流通を維持することで、インターネットの便益を最大限に活用できると信じている。政府が関与し始めると、それが損なわれるのではないかと懸念している。グローバル空間の便益、さらなる成長を阻害してしまうのではということだ」とし、「IANAの管理下の話になった時に、今は米国政府でマルチステークホルダーに移管する方向だが、そこには政府がなるべく関与しないほうが良いと思っている。政府もマルチステークホルダーの一員だが、全面的に関与しているわけではないというのが重要。管理権限の移管がうまく成功しないと、政府関与という視点にシフトしてくる可能性がある。なので、まずはマルチステークホルダープロセスを成功させる必要がある」と続けた。その上で「政府も大枠は見られるが、テクニカルな細かい所は分からない。そこは、こういったところに集まっている人達で議論に貢献してもらいたい。今回の移管の話は、誰が絵を書いているのかも全く見えない。IANAなので、特に技術コミュニティの貢献を期待している」と述べた。

 少し前後するが、市川氏も「(今後の)大きいイベントは、ITUの全権委員会議。最高意思決定機関であり、ITUの基本的文書について話される。恐れているのは、ITUの目的、権限を規定している部分を大きく変えることで、ITUがインターネットガバナンスに大きく踏みこんでくること。現状で上手く動いているところにITUが入ってきて、国が関与すべきと言っているそういう国の意向を受けて、今までのシステムは上手く機能していくのか? インターネットは、電話などとはネットワークの仕組みが違うと考えているが、そういう管理形態をインターネットに導入して本当に回るのか?」と述べている。村井氏の発言にもあったが、ITUのインターネットへの関与への動きと、インターネットの分断が何よりも気になっているというのも1つの事実だろう。

日本の声を代表する「日本インターネットガバナンス会議」

 こうして振り返ると、「インターネットガバナンスを検討する会」では実に多くの話題が扱われたことが分かる。JPNICが設定した3時間では、とても消化しきれないほどの内容が含まれていたと思う。

 あらためて整理すると、この会合を通じて分かったことのいくつかは、以下のようなことである。

  • インターネットガバナンスとは、誰を代表にするかとか、誰の利益を優先すべきといったことではなく、今のワールドワイドで自由なインターネットを守るために何をすべきかということである
  • そのために、これからのインターネットをどのように維持・発展させていき、その上で起こるさまざまなことが健全に動き続けるかどうかについて、あらゆるマルチステークホルダーが協調し方向付けていかなければならない

 言われてみればもっともなことなのだが、意外と普段から意識することは少ないのではないだろうか。

 こうして見ると、日本における本格的な議論はまだ緒に就いたばかりである。とはいえ、国内のステークホルダーの話し合いの場として明確な場所が決まったことで、これからの方向性はここから生まれることが見えてきた。7月2日にIGCJのページが開設され、「インターネットガバナンスを検討する会」での約束でもあったメーリングリストも開設されている。また、「インターネットガバナンスを検討する会」で使われた資料や質問、アンケートも以下のページで公開されている。さらに冒頭で述べたように、8月19日にはIGCJの第2回会合も開催される。興味のある方は、公開されている資料に目を通すとともに、会合に参加されてみてはいかがだろうか。

 JPNICは、インターネットの黎明期から活動をしてきた人々が作った組織であり、欧米とは異なる言語を使うことなどからインターネットを国際化していく上でさまざまな試みを行ってきた経験もある。そのような歴史的経緯も含め、これからのインターネットをどうしていくかをこの場で議論していくのは特別な意味があると感じる。現行のIANA契約が満了するのは、2015年9月30日。あと1年と少しの期間ではあるが、これからの議論はますます重要になるだろう。

(高橋 悟)