イベントレポート
第21回東京国際ブックフェア
ネット時代におけるリアル書店の活路は「地域性」
(2014/7/10 13:00)
東京ビッグサイトで行われた「第21回東京国際ブックフェア」で7月5日、「これからの書店ビジネスを展望する リアル書店のネット時代への対応策」と題した特別講演が、東京国際ブックフェア実行委員会・リードエグジビションジャパン株式会社と、特定非営利活動法人本の学校の共催で行われた。登壇者は以下の通り。
株式会社紀伊國屋書店 代表取締役社長 高井昌史氏
株式会社ふたば書房 代表取締役社長 洞本昌哉氏
株式会社ブックスタマ 代表取締役社長 加藤勤氏
「本の学校」副理事長/「文化通信」編集長 星野渉氏(司会)
講演はまず高井氏から、紀伊國屋書店の沿革と活性化への取り組み、出版業界の現状と課題が述べられ、その後、登壇者全員によるパネルディスカッションが行われた。
紀伊國屋書店における、地域に根ざした試み
紀伊國屋書店の創業は昭和2年、設立は昭和21年。年商は国内1100億円、海外170億円。従業員は国内4000名、海外1000名。国内拠点は64店舗、外商部門で30営業所。海外は26店舗5営業所。大企業だ。外商売上が全体の4割を占め、そのうち8割が大学・大学図書館向けだという。
書店運営という面では、まず海外店舗の事例が紹介された。ニューヨーク本店は在留邦人や親日ローカル・コミックオタク層が主な顧客で、井上雄彦氏が直接壁に描いた宮本武蔵の絵が記念撮影スポットになっていたり、コスプレイベントが開催されていたりするそうだ。
シンガポール本店は1フロア1500坪という、新宿本店の全床1400坪より広大な店舗。紀伊國屋書店全店舗で4番目の売上とのこと。シンガポールには出店してから30年経っており、現地の方々からは「キノ」と呼ばれ地元の本屋だと思われているという。
ドバイには紀伊國屋書店からの意向で出たわけではなく、シンガポール本店を見たアラブの富豪がいたく感動して「これの倍のお店をドバイに作ってくれ!」という依頼を受けて出店することになったそうだ。さすがに倍は無理だったが、1フロア1800坪の店舗で、シンガポール本店に次ぐ世界5番目の売上になっているという。
在庫は英米書が主体で、アブダビ、カタール、オマーン、サウジ、イランからも来店があり、「大人買いではなく、王様買い」をしていくとか。従業員の国籍もバラエティに飛んでおり、数えてみたら20カ国になっていたそうだ。
シドニー店ではコスプレイベントが頻繁に開催されていて、多くの方々が集まるそうだ。他にも、「千羽鶴を折ろう!」というチャリティや、自画像を描いてもらい壁に貼ってFacebookへ投稿したり、書籍の紹介POPを顧客に書いてもらうような試みが紹介された。
サンフランシスコ店は、ジャパンタウンのジャパンセンター(今は紀伊國屋書店が所有している)にある。ジャパンポップフェスティバルに出て神輿を担いだり、寺田克也氏にライブドローイングで壁に絵を描いてもらったりしたそうだ。
日本の事例もいくつか紹介された。ユニークなのは徳島店。オープン当初からずっと、地元の方々が発行している同人誌コーナーを設置し、販売しているという。地元出身の著名人や、地元の名所にスポットを当てたコーナーというのはよくある話だが、地元のインディーズ作品を集めているというのはユニークだ。
高井氏は基調講演の最後で、出版業界の現状と課題について触れ、出版市場規模の縮小、読書離れ、ネット書店・公共図書館の隆盛、ブックオフに代表されるいわゆる「新古書店」、万引き問題、電子書籍の消費税、再販価格維持制度などを問題点として挙げた。
本を並べて待っているだけではダメ
パネルディスカッションはまず、登壇者の紹介から。ふたば書房は京都の書店で、創業は昭和4年。書店以外に、輸入雑貨屋「アンジェ」を10店舗持っている。本は委託販売で、返品可能だからリスクがない。だけど、ノーリスクのままでは、出版市場の縮小とともに縮小してしまう。
だからふたば書房では、書店の開いたスペースを利用して「書店で売れる雑貨」を売ったり、輸入雑貨を取次を通じて他の書店へ卸したりしているそうだ。アンジェは東京にも出店しているが、「書店で売れる雑貨」を知るために、書店の隣への出店を条件にしているという。
ブックスタマは、多摩地区を中心として展開している書店。加藤氏が親から譲り受けたのは12年前。厳しい店舗もあり一時期は6店舗まで減っていたのを、1店舗ずつ増やして現在は12店舗。これからの世の中にも「街の書店」は必要だが、後継者問題などもあり、都下でも駅前から書店がなくなりつつあるのが現状。立地が良ければ、まだまだやれる商売だと考えているという。
ブックスタマでは、車で5分程度しか離れていない店でも、売れるものが違うという。だから地域のニーズに合わせ、棚はお店ごとに変えなければならないそうだ。ブックスタマはスーパーマーケットが母体だが、書店は安売りできないしチラシを入れるわけでもない。スーパーに比べると、「売る努力」が足らない気がすると述べた。
司会進行役の星野氏は、ネット書店が勢力を強めていく中、ユーザーにリアル書店までわざわざ足を運んでもらう意味が問われていると指摘。地域コミュニティに密着したサービスが重要だという観点から、紀伊國屋書店徳島店の同人誌コーナーは本部からの指示なのかと尋ねた。
高井氏は、本部からの指示ではないと否定。このように、その地域の特色を知っている現場が自発的に始めた工夫の方が成功していると答えた。1990年代はお店を構えて待っていればなんとかなったが、今は自分からお客さんを呼び込むための創意工夫が必要だと語った。
地域の特色に合わせた在庫や施策を
洞本氏は、単価の高いものはいろいろ調べて遠くまで足を運ぶ可能性もあるが、本のように単価の低いものは近くにあれば近くで買うと指摘。本当はちょっと足を伸ばしてスーパーで買った方が安いのに、近所のコンビニや自動販売機で売れるのはそういう理由だという。だから、まずは地元。足元の商圏を獲りにいかねばならないと語る。
加藤氏は来店促進の工夫として、1000円購入ごとに1枚抽選券を1カ月間配布した事例を紹介。レジの横で色を塗った割り箸を引くという簡素な形で、大吉でも商品券500円という程度の抽選会、しかも当日は雨が降っていたにもかかわらず、かなりの来店があったという。
来店促進という意味では、著者を招いたイベントが増えていると星野氏。井上雄彦氏や寺田克也氏に絵を描いてもらった事例を引いて、ああいった仕掛けを日本ではやらないのか?と高井氏に尋ねた。高井氏は、あそこまで大掛かりなのは、海外ならではだとやんわり否定。洋書は自由に安売りできるが、日本は再販価格維持制度の中でやらねばならないため、派手なことができないそうだ。
書店からの情報発信
星野氏は次に、最近は書店から仕掛ける賞が増えていると指摘。例えば加藤氏は「料理レシピ本大賞」を、洞本氏は「京都本大賞」「京都ガイド本大賞」にかかわっている。「本屋大賞」がうまくいっているので、違ったジャンルやテーマで、自分たちだけでもできることをやろう、という動きが増えているそうだ。
加藤氏は、本屋大賞の成功要因として、書店側からの仕掛けなので態勢が作れる点を挙げた。本屋大賞は、発表直後に全国書店で受賞作品を並べられるが、受け身になってしまう他の賞では準備が難しいという。
高井氏は、こうした書店発の情報発信を、最近は気にしている作家が多いと指摘。作家が販売促進のため書店に来てくれるようになったので、サイン会やトークショーが増えているのだという。
業界全体の構造改革と「読書離れ」対策を
高井氏は根本的な問題として、市場の縮小は「読書離れ」にあると指摘。読書をする国民性を取り戻すために、例えば小学校で行われている「朝読」は素晴らしいと称賛、中学でも高校でも大学でも、会社に入っても朝読を続けて欲しいと語った。
また、出版業界は、構造的な問題を解決しなければダメだとも指摘。このままでは、書店の中にカフェがある“BOOK & CAFE”が、カフェが主体になった“CAFE & BOOK”になったり、おもちゃ屋や雑貨屋の中で本を売るという時代になってしまうと嘆いた。事実、「遊べる本屋」をコンセプトとするヴィレッジヴァンガードは、「書籍」の売上構成比は10%未満、「雑貨」が80%以上を占めている。
加藤氏は、堀江貴文氏が講演で「出版業界には、マーケティングがない」と語ったことに触れ、書店のマーケティング戦略に特に重要なのはプロモーションとプレイスだと指摘した。今このタイミングでこの本があれば売れるのに、在庫切れだったり、注文しても入庫が遅い点を問題点として挙げた。
高井氏は「本が来ない」問題に関して、取次がたくさん本を出したとしても、返品が多くなれば出版社が困ってしまうと指摘。返品40%の業界は、どう考えても異常だと述べた。つまり、返品率が高いからこそ、欲しい商品が来ないというわけだ。
また、紀伊國屋書店ではウェブストアでネット通販もやっているが、送料タダなんて商売にならないと指摘、これはダンピングだと看破した。フランスでは送料無料を禁止する法律ができたことに触れ、消費税問題と同様に、政府が動くべき点もあると述べた。
最後に星野氏は、全体のマーケットが縮小している中で、少し前までは雑誌が悪いが書籍は堅調だったのが、雑誌も書籍も悪いになってきたと指摘。ネット対リアルの対立ではなく、他の余暇と可処分時間の奪い合いになっている点を忘れてはならないと述べた。また、大きな構造を変えなければいけない点もあり、業界全体として考えていかねばならないと締めくくった。