ひろゆき氏&夏野氏が講演「日本のネットは決してダメじゃない」


慶應義塾大学大学院政策メディア研究科特別招聘教授の夏野剛氏(左)と、ニワンゴ取締役の西村博之(ひろゆき)氏(右)

 「Interop Tokyo 2009」で12日、慶應義塾大学大学院政策メディア研究科特別招聘教授の夏野剛氏と、ニワンゴ取締役の西村博之(ひろゆき)氏による対談形式の基調講演「インターネットの未来像:ポストインターネット」が行われた。

 事前の告知では「CGC(Consumer Generated Contents)の台頭」「動画コンテンツの普及に伴うサーバー容量の増加」「IPv6の意義」といったテーマが掲げられていたが、実際にはインターネットの新しい潮流を夏野氏が紹介。ひろゆき氏とともにざっくばらんに語りあう形式で進行した。

 夏野氏はNTTドコモ時代にiモードを育てたことで知られ、一方のひろゆき氏も匿名掲示板「2ちゃんねる」の管理人という、いずれもユニークな経歴の持ち主。現在は両名とも動画コミュニケーションサイト「ニコニコ動画」の運営に携わって特に高い知名度を誇ることもあってか、会場は満席。立ち見が出るほどの盛況だった。

 夏野氏は冒頭「この2人の講演が満杯になるのは、ある意味で日本経済の危機。つまりほか(のテーマ)がつまらないってことでしょ? 特にケータイは……」と奔放発言。ひろゆき氏も「本来の講演テーマを知ったのは10分前」と、関係者を慌てさせるような発言で聴講客の笑いを誘つつ、対談はスタートした。

テレビ不調の理由とは?

著作などを通じ、2ちゃんねるを手放したと公表しているひろゆき氏。夏野氏からツッコまれると「そういう体になっている」とかわしていた

 夏野氏がまず話題に挙げたのが、政治家のインターネット利用。その最たる例がバラク・オバマ米大統領のTwitter活用だ。「公式ホームページやブログを政治活用する例は多いが、秘書をはじめとした関係者が更新できてしまう。しかしTwitterは本人ないし非常に近い人物でなければバレてしまう」とし、親近感やライブ間を感じてもらいやすいと分析。政治家に限らず、著名人のTwitter利用には、Webを通じた従来型情報提供との差があることを指摘する。

 夏野氏は、ニコニコ動画の生放送番組に政治家が出演している最近の事例を紹介。「政治家なんて、今までならネットと最も縁遠い人たちだったはず」と語り、時流の変化を感じるという。ひろゆき氏も「『オバマがネットを使った。じゃあ俺もやってみようという』という程度で、政治家本人も意味のわからないまま出演しているのでは。ネットの怖さを知らず、仮に『炎上』しても気付かなさそう」と付け加えたが、その程度の気軽さで使えることがネットの良さでもあると夏野氏は話した。

 2つめのテーマになったのが、テレビや出版といった既存メディアの不調ぶりだ。夏野氏は、テレビ局や出版社の売り上げが落ちている現状を図示。また、Googleが絶版書籍のコピーをネット公開する施策に対して日本国内の著作権者らが反発を示している例にも言及。絶版書籍に収益化の道が開かれたにも関わらず、「絶版にまでなった本を読みたいと言ってくれる殊勝な人がいるなら、(了承しても)いいじゃん!」と主張する。

 ひろゆき氏は「テレビの生放送は限られているし、新聞は1日遅れ。リアルタイムなものを知りたい人がネットに来てしまっているのではないか」と発言。最新情報を伝えてくれるはずのテレビや新聞が、真のリアルタイム性という観点ではネットに遅れをとっていると指摘する。

 とは言うもののテレビ生放送の限界も見える。TBSが4月の番組改編で生放送主体のタイムテーブルに変えたところ、視聴率が激減したことを夏野氏は説明。ひろゆき氏も「1日の放送で最も視聴率が高かったのが再放送の水戸黄門らしい」と茶化していた。

 夏野氏はテレビ業界の課題について、「出演者を徹底的に選び込んで美男美女があんなにも登場する贅沢なドラマを作り込んで、ただの1回しか放送されないのはやはりおかしいのでは」とコメント。ネットのオンデマンド配信と比較した場合、露出機会が少なすぎること、放送関係者が「電波」というメディア特性にとらわれすぎているという私見も披露している。

米国の動画配信サービス「Hulu(フールー)」。多くの番組が無料で、テレビ放送とほぼ同時に楽しめるのが特徴だ

 ここで夏野氏は、米国で2008年3月にスタートした動画配信サービス「Hulu(フールー)」を紹介した。米国内の大手放送局による共同サイトであり、ほぼすべての番組をテレビ放送と同時に無料オンライン配信、広告料収入で稼ぐビジネスモデルだ。夏野氏によると、米国内ではYouTubeに続く動画サイト第2位の規模をすでに確立。広告料収入は6500万ドル、粗利益1200万ドルという。

 このデータを受け、ひろゆき氏も「テレビはまだまだ良いもののはず。しかし忙しい時代にあってお茶の間に集まって見てもらうというのは……」「見てもらうための手段は、電波でなくてもいいんじゃね?という話になる」と印象を語っていた。

 3つめのテーマは、ネット利用の世代間格差だ。大量退職した団塊の世代が、果たしてネットを使いこなしてくれるのだろうか。夏野氏は「女性であれば世代をまたいで集まるケースが多く、メールで連絡を取り合っている例も多いようだ」と分析。聴講者の多数を占める男性陣に奮起を呼びかけた。また、ネットの一層の発展にはあらゆる年代の参加が望まれるが、その観点からはWindowsはまだ使いづらいとし、ユーザーインターフェイスのさらなる改良を促していた。

ネット生放送で何が変わるのか

夏野氏は近ごろ、本人の名前を冠した「夏野剛事務所」を設立。当初はこの命名センスを否定したかったようだが、他社からの支払いを受ける場合に信用されやすいというメリットあるのだとか

 4つめのテーマになったのが、インターネットでの生放送だ。夏野氏はニコニコ動画内でオフィシャルに行われたソフトバンク対オリックスの野球生中継に言及。「シーズン終盤の消化試合でカードとしては悪いのだが、(字幕コメントの飛び交う様子が)ヤジが飛びまくっていた、かつての広島球場を思い出した」と、ある種独特の空気感が生まれていたと振り返る。

 これまでならテレビの独壇場であった生放送だが、技術や通信回線の面からもネットに親和しつつあるというのが夏野氏の論調だ。さらにユーザー間のコミュニケーションを巻き込むことで、全く別種の価値が生まれていると説明する。

 またニコニコ動画では、一般ユーザー自身が行う生放送機能「ニコニコ生放送」が用意されている。ユーザー自身による応用も進み、刑事事件の現場や話題のショップなどに足を運んでマスコミの往来などを中継する事例が登場。加えて、一切の編集が加わらないまま視聴できることも、「リアリティ好き」な一部のユーザー層に受け入れられているとひろゆき氏はみる。

 夏野氏は「ひろゆきが言う『100万人が満足する番組より、1000人が満足する番組を1000コ』ではないが、30人位を対象にした生放送なら簡単。しかも出演者と視聴者がコメントを通じて関わり合うこともできる」と、「ニコニコ生放送」の意義を強調。これらを踏まえ、既存メディア、特にテレビ放送業界に対し「インターネットと対決するのではなく、あくまでもツールとして使いこなす道を選んでは」と提案した。

屈指のIT先進度を武器に、世界へ挑もう

 最後のまとめとして、夏野氏から「日本のプレゼンスを上げよう」というスライドが示された。「日本人は『日本ってダメだから』と言うのが好きな人が多い。特に自分の会社がダメだと喜ぶ会社員って多くないですか?」という素朴な疑問を挟みつつ、「そんなことはなく、日本はきわめてITが先進的な国」だと評する。海外出張をこなすほどその差を厳然と感じるといい、「米国のブロードバンドは1Mbps。日本のようにFTTHがここまで普及しているところはない」とあらためて強調した。

 ネットサービスの面でも、FacebookなどのSNSが存在感を高めている米国に対し、日本ではブログを使ってより積極的に意見主張するケースが多いのだという。さらに、2ちゃんねるをほぼ模倣したと思われる匿名掲示板「4chan」が現在になって米国で登場、注目を集めたという逆輸出的な事例もあった。

 ひろゆき氏は日本国内のプロフサイトを例に挙げ、「語るべき主張が少ない若者層でも、質問に答えていくだけで主張をカタチにでき、さらにコミュニケーションもできる」と評価。アイデアの面でも決して劣っていないと補足する。

 そして「インターネットの発展は発祥地である米国から始まり、日本はその次と言われるが、決してそんなことはない。自動車輸出以上に潜在的能力を秘めている分野なので、私たちアホ2人の話ばかり聞かずに、自分たちが日本から(人気サービスを)生み出すという気概で頑張ってほしい」「金曜の15時になるとオフィスから人が消える国に負けてたまるか!」と夏野氏がアピール。講演を締めくくった。


講演の最後に示されたスライド多くの参加者が耳を傾けた

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(森田 秀一)

2009/6/12 18:57