「iPadやiPhone登場が電子出版事業を後押しした」デジタル東洋経済


 「週刊東洋経済」、「会社四季報」といった媒体で知られる東洋経済新報社では、オンラインで提供している「Toyokeizai Online」(http://www.toyokeizai.net/)の内容を拡充。会員登録を行うことで、週刊東洋経済の特別編集版「デジタル東洋経済」を、パソコン、iPhoneからも読むことができる電子雑誌としてのトライアルを開始した。

「Toyokeizai Online」トップページ
http://www.toyokeizai.net/

 多くの出版社が電子出版に取り組み始めた中、東洋経済はどのようなスタンスで電子出版事業に取り組んでいるのか。同社で電子出版事業を担当する株式会社東洋経済新報社 取締役 編集局長 兼 Web事業室長の山縣裕一郎氏、Web事業室 Web事業部長の田中大雅氏にその取り組みを聞いた。

週刊東洋経済の強みをデジタルの世界で提供する

株式会社東洋経済新報社 取締役 編集局長兼Web事業室長 山縣 裕一郎 氏

――この時期に従来から提供している「Toyokeizai Online」を拡充し、「デジタル東洋経済」を提供開始したのは何故ですか?

山縣:
 当社では2006年5月に、それ以前にも提供してきたWebの内容を充実させ、週刊東洋経済の記事の一部を掲載してきました。ただ、これはあくまで週刊誌の記事をそのまま写しただけで、「オンラインならでは」といった部分は追求していませんでした。

 しかし、今年になり、出版社を巡る環境は大きく変化しました。真剣に電子書籍に取り組むところも増えています。

 当社も電子書籍、電子出版に取り組むべき時期が来たと考えています。そこで電子出版事業を開始するにあたり、我々の強みとは何かを改めて考えました。すると、「通信社とも新聞社とも違う、経済情報に特化したニッチとディープさ」、つまり「週刊東洋経済」という雑誌の個性こそ、我々の強みであるという結論に至ったのです。

 それをそのまま活かしたいという狙いで2010年7月にスタートしたのが、「デジタル東洋経済」です。無料で登録できる「スタンダード会員」になって頂くと、週刊東洋経済の特別編集版をパソコン及びiPhoneで読んで頂くことができます。

――週刊誌を発行する出版社にとって、無料で記事を購読できるデジタル版は競合となりませんか。雑誌の売り上げを浸食するのではないかという心配はないのでしょうか?

山縣:
 デジタル東洋経済で提供しているのは、特集を違う側面から取り上げたものです。例えば特集記事は少ないページ数でも40ページ程度、多い時には70ページ以上あります。作りは週刊誌ですが、ほぼ新書1冊分のボリュームがあるんです。その全てを無料で提供しているわけではありません。特集で取り上げたテーマを違う形で読んだことで、逆に特集全体に興味を持ち、雑誌を購入される方も出てくるのではないかと思っています。

 また、雑誌には特集以外にもコラムもあれば、ニュースもある。いわばフルコースで提供しているわけです。デジタル東洋経済で提供しているのはいわばアラカルトですから、フルコースとは違う味わいがあると思っています。

 また、発行形態も週刊東洋経済は月曜日に発行していますが、ニュースは毎日起こっています。スケジュール的な問題でカバーしきれないニュースをオンラインで補完することも可能でしょう。

――これまでのところ、読者層に違いはありますか?

山縣:
 週刊東洋経済の場合、定期購読よりも、店売りの比率が高いんです。そのため、正確に読者プロフィールがつかみにくいところはあるのですが、調査を行うと30代から60代まで、どの年代にも均等に読者がいて、女性の割合も年々増えているようです。経済の勉強になる特集を組むと女性読者の比率がさらに高くなる傾向があります。

 対してオンラインの登録者を見ると、やはり少し雑誌と違うようです。法人のマーケティング担当者が多く、およそ8割が男性です。


株式会社東洋経済新報社 Web事業室 Web事業部長 田中 大雅 氏

――デジタル東洋経済では、週刊媒体にはないこんな年代の、こんな読者を獲得したいといった希望はありますか?

田中:
 経済誌は難しい、敷居が高いと思っていた人たちが誌面に触れるきっかけになればとは思っています。ただ、「こんな年代層の、こういった性別の人に……」といった詳細なターゲティングはあえてしていません。詳細なターゲティングをしてコンテンツを作りすぎると、逆に読者を限定してしまう恐れがあるからです。

――「Toyokeizai Online」の会員に特徴はありますか?

田中:
 無料会員であるスタンダード会員と有料会員のアドバンス会員がいますが、月間数千人に登録していただいています。無料のスタンダード会員でも、氏名、住所、職業など登録しなければならない項目数が多いので、登録したものの利用しない幽霊会員は少ないと考えています。アンケートの有効回答数やキャンペーンなどの反応を見ると、アクティブな読者数の割合は高いことがわかります。

コンテンツプランナーに徹し端末は選ばない

――先ほど、今年になって電子出版を巡る環境が大きく変わったという指摘がありました。環境を変える要因となったのは、iPadの日本での発売やiPhoneをはじめとしたスマートフォンの普及ですか?

山縣:
そうですね。スマートフォンの普及で我々のコンテンツが提供できる土壌が出来てきたと感じていたところに、iPad登場で確信に至ったわけです。

――スマートフォン普及以前から、日本の携帯電話は情報端末としてかなり進化していたと思います。ビジネスマンがメールやインターネット閲覧に利用してきました。コンテンツを提供する側にとって、スマートフォンと従来の携帯電話を比較するとどんな違いを感じましたか?

山縣:やはり、画面サイズと解像度、それから機能ですね。携帯電話の画面では表現しきれなかったことが、スマートフォンの画面サイズとなれば実現できます。おそらく、文庫本のテキストを表示するだけなら携帯電話で十分でしょう。しかし、雑誌をデジタルコンテンツとする場合には、テキスト情報だけでなく、カラーの写真などトータルな良さを提供するために、従来の携帯電話では足りない部分があるということです。

 2009年秋からiPhoneで「四季報」の提供を開始しました。ご存知の通り、四季報といえば上場企業、公開企業の情報を掲載しているもので、株式投資をされる方が利用することが圧倒的に多かったわけです。ところが、iPhone版になると、営業担当の方が、自分が訪問する会社の情報を取得する際に利用されるようになりました。

 会社情報だけでなく、住所をクリックすれば地図も表示されるので、実用的なコンテンツとなるわけです。
 これがiPadになるともっと色々な情報が掲載できる可能性があります。状況が許せば、その会社のCMや製品の写真、動画情報を提供することも可能でしょう。

 まあ、コストの問題がありますので、すぐに実現できると断言できない部分もありますが、週刊東洋経済の8月7日号の第2特集で、「鉄道輸出ビジネス」を取り上げました。この特集で撮影したが紙面に掲載しきれなかった鉄道写真がたくさんあります。これらを集めると、鉄道写真集として楽しむこともできるわけです。

――経済誌である週刊東洋経済が、鉄道マニアにも楽しめる雑誌になると(笑)。

山縣:
 同じ8月7日号は、格安航空の特集としてアジアLCCの紹介をしているのですが、これも掲載しきれなかった飛行機やCAの写真を紹介して、写真集として作成しました。鉄道もそうですが、乗り物系はどうもウケがいい(笑)。

 そういう副産物というのか、雑誌の発展系のようなものが提供できる可能性があるのが、電子雑誌の可能性であり、面白いところだと思いますね。出版社の営業的な見方をすると、料金が抑えられていたネットの広告が、動画などによって変わる可能性もあります。

――現行では、対応スマートフォンはiPhoneだけになっていますが、Android端末などアップル社以外の端末への対応予定は?

田中:
 現在はiPhoneで利用するための認証の仕組みも含め、トライアル段階だということで、正式版を提供する段階で認証の仕組みや対応スマートフォンも拡大していく計画です。認証の仕組みなど技術的に定番化されていない部分も多いので、様子を見ながら、どこにフォーカスしていくか決めていきたいと思っています。

山縣:
 スマートフォン、電子書籍端末のどちらについても、あらゆるハードウェアの会社の方とお話しさせて頂いています。我々のスタンスは紙の時と同じで、コンテンツプランナーに徹する。紙の場合、コンテンツプランナーが作成したコンテンツが、印刷会社、取り次ぎ、書店さんとの協力で雑誌や書籍になって、読者の皆さんの所に届きます。

 電子書籍、電子雑誌も同じで、我々はコンテンツプランナーとしてコンテンツを作り、色々な会社と協力して皆さんのところに届ける。我々の提供するコンテンツを搭載する端末を限定する予定は現在のところ、ありません。

――複数の端末にコンテンツを提供する場合、製作コストが余分にかかると思うのですが。

田中:
 複数の端末に対応するためには、確かにコストがかかりますが、電子出版用フォーマットが集約される流れがあります。中間フォーマットに対応すれば、例えば日本のソニー製端末、シャープ製端末のどちらにもそれほど大きな負担なく対応できるようになるのではないかと思います。

 ただし、先ほどお話ししたような雑誌の良さを活かしたコンテンツを作るとなると、ひとつのフォーマットで複数端末に対応できるのか・・・という問題はありますが。

山縣:複数の端末が乱立しているというのは、別な視点からすればプラスでもあるんです。一つの端末が圧倒的に強いとなると、コンテンツ提供側は従属的な立場にならざるを得ない。複数端末が競争状態にあると、コンテンツ提供側と端末提供側と対等に話しをすることができます。

 電子書籍端末は海外製のものが先行しているので、「黒船が日本市場を席巻する」と言われますが、海外でも複数の端末が競争している。そのおかげで特定端末だけにコンテンツを提供しなくて済むメリットがあります。

田中:
 日本語の場合、縦書き、ルビといった特殊性があります。海外製端末が苦手なこうした部分も、競争があるからこそきちんとフォローされていくのではないかと思います。

 市場拡大においても、スマートフォンがiPhoneひとつでは十分とはいえません。提案があればAndroidなど複数の端末に対応していきたいと思います。

経済報道の先頭を走るというベースは何があっても揺らがない

ボイジャーが運営する「理想書店」
http://www.dotbook.jp/store/
27日より、東洋経済の電子書籍4点を配信開始した

――雑誌以外の電子化対応の予定は?

山縣:
 まずは、8月27日にボイジャーの理想書店から、『伝説の教授に学べ! 本当の経済学がわかる本』『「1秒!」で財務諸表を読む方法』『「1秒!」で財務諸表を読む方法[実践編]』『戦う石橋湛山』の4点の電子書籍を配信開始します。『戦う石橋湛山』については、正規版の序章を無料で提供するお試し版も配信します。今後、電子文庫パブリなどからも配信していきます。

 これは既存の出版物の電子化です。値付けについては、『戦う石橋湛山』のみ700円、それ以外の3点は紙とほぼ同じ1500円としました(いずれも税込価格)。どういう価格をつけるのかはまだ試行錯誤というところです。

田中:
 電子書籍の製作コストは、明確のようで、明確ではない部分がたくさんあります。「流通コストがかからないから、大幅にコストは下げられる」という見方がある一方、契約形態も新たに作り直さなければならないといったことになると、果たしてそれほど低コストとなるのかなど、まだ見えない部分もたくさんありますね。

――不明瞭な部分が多い中、出版社が電子書籍に前向きに取り組んでいるのは、紙の出版物の売れ行きが伸び悩んでいるという現実があると思うのですが。

山縣:
 業界全体でいうと、この7、8年で雑誌、書籍トータルで25%の市場が失われています。そこに昨年、amazonの電子書籍端末「Kindle」が世界で発売されました。

――それでは電子書籍が、なくなってしまった紙の出版物の25%の市場をカバーしてくれるのでしょうか?

山縣:
 簡単にはカバーできないでしょう。ただ、手をこまねいて市場縮小を見ているのではなく、新しいものにチャレンジした方がいい。チャレンジすべきことがあって、幸せではないかと思っていますが。特に絶版本のように、死んでいた市場を生き返らせる可能性があることも、大きなプラスではないかと思いますが。

――絶版本の場合、改めて契約を行い、電子化する作業も必要になりますよね?

山縣:
 そうです。著者が亡くなっている場合や、連絡が取れないケースも考えられます。電子化作業についても、データが当社には残っていない場合もあります。一つずつ作業を進めなければなりません。

 ただ、紙の出版物が落ち込んでいる一方、当社の事業の中で、この20年間順調に伸びている市場があります。四季報などで提供している経済データを加工してデータベースとして提供する、BtoB事業です。具体的にいえば、証券会社や金融機関などに企業データを販売するといったことになりますが、こうした紙とは違う当社のデータの活用場面は確かに存在するのです。

 最初に、「我々の強みは何かを改めて考えた」とお話ししました。我々の強みである経済報道の先頭を走るというベースがゆらがなければ、色々な場面で活用していくことができるのではないかと考えます。逆にベースである経済報道が揺らいでしまっていては、どんな端末が登場しても利用してもらうのは難しいでしょう。

正式版デジタル東洋経済の提供は体制が整ってから

――現在のデジタル東洋経済は、テスト的部分もあるというお話しでしたが、正式版の予定は?

山縣:
 体制を整えないと対応できませんので、今のところ何時からとお答えすることはできません。まだ実施していない、オンラインでの直販体制を含めて、体制作りをします。

 実際にあるケースなんですが、週刊東洋経済でトヨタ自動車の特集をしたとします。すると、「同じような特集が過去にありませんでしたか?」という問い合わせをされて、バックナンバーを購入される読者の方がいます。

 デジタル東洋経済の役割の1つがまさに、いつでも、どこでも、いかなるデバイスでもそういった読者の要望に応えることです。その場合、無料だけでなく、有料でのデジタル東洋経済の提供ということも成立すると思います。

――現在でも、Toyokeizai Onlineの有料会員もありますが、それとは違うのですか?

田中:
 現在の有料会員は四季報などの情報をオンラインで見ることが目的の方のためのものなんです。東洋経済独自の業績予想を見ることが目的で登録されている方がほとんどです。iPhone、iPadによって現在の有料会員とは異なるコンテンツを必要とする有料会員が出てきたのではないかと思います。

山縣:
 飛行機のファーストクラスとエコノミーのように、提供するコンテンツの内容によって値付けを変えることも可能かもしれません。色々な可能性があると思います。

――オンライン版のシステム開発は外部のものを活用することになりますか?

田中:
 開発は外部にお願いすることになると思います。クラウドを活用し、いかにシステムを持たないというメリットを活かして、開発コストなどを抑えて行ければ考えています。


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(三浦 優子)

2010/8/27 06:00