インタビュー

WordPressの生みの親マット・マレンウェッグ氏インタビュー

コミュニティを支えに、モバイル対応、APIの充実へ

 オープンソースのブログツールWordPressの創始者の1人であるマット・マレンウェッグ氏が、6月6日に来日した。現在同氏は、WordPressのホスティングなどのサービスを行うAutomatticのCEOとしても活動中だ。

 当日6日は東京で開催されたWordPressのイベントWordBenchで、翌7日は大阪で開催されたWordCampで、それぞれ講演を行うのに合わせ、インタビューの機会を得た。来日した理由、日本に対する思いのほか、WordPressの現状や将来像についても話を伺った。

他国とかなり違う日本市場の性質

WordPressの創始者の1人であるマット・マレンウェッグ氏

――まずはAutomatticという会社について教えていただけますか。

 Automatticは、将来を見通して設立した会社です。Webで活動し、オープンソースを生み出し、1000人、1万人と社員数を増やしても信念を曲げないという考えをもっています。我々のパッションは、地理的なものは関係なしに世界中で人を雇用し、ベストなWebにおける情報発信を実現するためのプロダクトを作ること。

 WordPressは非営利で、Automatticは利益を追求する企業として設立しています。一般消費者向けの無料のブログサービスも提供していますが、エンタープライズ企業やプロのブロガー、より本気で取り組みたい人々に向けた商用サービスを提供していて、優れたWebサイトを手軽に持てるようにしています。

――5月末からアジア各国を歴訪しているそうですが、その目的は?

 これまでのアジア地域における市場の大きな成長と、その地域のコミュニティがWordPressを盛り上げてくれていることに対し、感謝の気持ちを伝えたいと思いました。韓国、シンガポール、インドネシアなどアジア5カ国を周り、この後オーストラリアとニュージーランドにも行きます。

 アジアの国の中には、ユーザー自体は多くても、WordPressのようなオープンソースにおける考え方といったところで伝え切れてないところもあるので、直接ユーザーにお話ししたいという思いもあります。

 もう1つ、Automatticとして、アジアのさまざまな国、さまざまな言語の人材の雇用を増やしたいという狙いもあります。現在世界190都市に分散する形で250名ほどのスタッフがいますが、今年中には合計100から150名は増やしたいところです。

――アジアの印象はいかがでしょうか。

 5年前にもアジアに来たことがありますが、その時と比べると特にモバイル分野の変化が著しいと感じます。WordPressの貢献者や翻訳者が大きく成長していることも印象的です。

――その中でも日本に対してはどのように見ていますか。

 日本は特別な場所だという気持ちがあります。というのも、WordPressが最初に他言語に翻訳、ローカライズされたのが日本語だったから。それがグローバル化を意識するきっかけにもなりました。

 WordPressのミッションはパブリッシングというものを民主化すること。言語やコスト、場所などにかかわらず、フリーでオープンなWebサイトを通じて、みんなが気軽に世界に向かって発信できるようにしたいと考えているんです。

――他の国と違う、日本市場ならではの特徴はありますか?

 かなりいろんなところで違いますね(笑)。ソフトウェアを翻訳しようとすると、どんな風に人々がコミュニケーションしているのかなど、その国の文化も理解しようと努めなければなりません。日本はその点でいい例かもしれません。米国版を日本版にローカライズする時、ただ機械的にメニューを日本語化したというだけではだめだと思っています。我々は日本のコミュニティと協力して作りました。

 たとえば、日本公式キャラクターの「わぷー」のように、日本では広告に用いる絵や表現を柔らかいものにした方がいいというのも、他の国と違うところです。もう1つ、かなり重要なこととしては、“すべてを日本語化(full Japanese experience)”すること。これは日本の顧客や企業に対して、とても重要です。

 ですが、他国と同じところもあります。情報発信することや、Webサイトを扱うこと、柔軟なカスタマイズ性については、どの国の人も好きなんです。これは人間の普遍的な性質なんだと思います。

――他に日本ほどカスタマイズしているような国はあるのでしょうか。

 今のところ他の国ではそこまでのカスタマイズはしていません。日本の他に中国や韓国でも、全てローカルの言語に翻訳されていることが重要になりますが、同じアジアでもよりアメリカナイズされているのが好まれる国もあります。

コミュニティが最大の強み

インタビュー中、マット・マレンウェッグ氏は繰り返しWordPressを支えるコミュニティとオープンソースであることの重要性を語った

――他にも多くのブログツールがありますが、そういった状況でもWordPressが選択されることが多いようです。WordPressにはどういった強み、アドバンテージがあるのでしょう。

 やはりコミュニティです。そして、簡単に使えて、コーディングなしでパワフルなWebサイトを構築できることです。

 機能だけを見れば、それをコピーして誰でも別のバージョンを作ることができます。でも我々のコミュニティはコピーできるでしょうか。世界中にある各地域のWordPressのコミュニティはボランティアで運営されていて、3万を超えるそれらのコミュニティをコピーするのは不可能だと思います。オープンWebや物を作ることを好み、オープンソースを信じているという点でつながっているWordPressのユーザーらは、すばらしいものだと感じています。

――現在のコミュニティはどのくらいの規模に?

 前回のWordPressの新バージョンリリースでは、これまでで最大となる250以上のコントリビューターが関わってくれました。これはAutomatticの社員より多い人数です。また、何千人、何万人という人がドキュメントの執筆、フォーラムのサポート、イベント運営などに関わっています。WordCampというイベントは年に100回近く開催されるようになっています。

――Automatticは世界26カ国で分散型開発を行っているそうですが、そういった体制で開発することにおいて重要なこととは?

 WordPressはこれまで順調に成長してきましたが、我々はもっともっと大きくなれると思っています。日々よりよいソフトウェアを書いて、もっと多くの人が情報発信できるよう、より簡単にアクセスできるようにしたい。そのための対応力も、経験も、我々には十分にあると思っています。

 分散型開発においても、その他のあらゆる企業においても、大量のコミュニケーションを行うにあたって一番大事なことは、どのようにコミュニケーションするか、何を使ってコミュニケーションするかです。

 そのために我々が使っているツールの1つに「P2」というものがあります。互いの会話に便利なブログみたいなもので、社内での連絡にメールはほとんど使っていません。P2は世界中のスタッフと1つのシステムでつながっていて、お互いに英語でコミュニケーションをとっています。

――他の営利企業と付き合うと、オープンソースに対してネガティブな影響を与えることもあると思います。そういった面で、難しいこと、気を付けていることはあるでしょうか。

 それはAutomatticという会社を作りたいと思った理由の1つでもあるんです。ネガティブな影響を与えている例は枚挙にいとまがありません。そういうことも考えて、我々はコミュニティファーストを心がけています。Automatticにとってマイナスになるようなことでも、長期的にコミュニティにプラスになることであれば、そうします。我々にとってはそれは困難なことではありません。すごく自然に(そうしたいと)思えることなんです。

PHPからJavaScriptへのシフトを進める

――アジア地域で新たなデータセンターを設立する計画があると伺っています。

 今や(通信の)スピードが、とりわけモバイルにおいて重要であることは明らかです。今年中にシンガポールをはじめ、全世界でデータセンターを19箇所設立し、アジアユーザーのアクセス速度も高速化します。

――1億6000万ドルの増資をされたとのことですが、その使い道の1つがデータセンター設立ということになりますか?

 たしかにそれもあります。増資などによって資金が得られることのメリットの1つは、これから獲得するユーザーを見越して重点的に投資できるということです。日本ユーザーの利用状況はすでに非常に大きなものになっていますが、将来的にさらに巨大なコミュニティになった時のために備えることができるでしょう。

――WordPressやAutomatticで、今後力を入れていく部分はどんなところでしょう。

 3つあります。1つ目はより高速で応答性が高く、パワフルなツールなるようWordPressを見た目も根幹も再構築すること。2つ目はモバイル対応です。ほとんどのユーザーがこの先5年間で期待するのは、もっぱらモバイル向けのWebサイトを利用できること、モバイル向けのWebサイトを作ることだと考えています。そのためにモバイルバージョンのWordPressを準備していきます。

 3つ目はJetpackです。Jetpackは、WordPressを自身でホスティングして利用する際に便利な機能を詰め込んでいて、分析・検索機能や、ページ内に関連する投稿を表示する機能、通常は難しいビデオコンテンツの投稿機能など、さまざまな機能を実現するツールです。モバイル版のJetpackも準備しています。

――Windows Phoneへの対応についてはいかがですか。

 やりません(笑)。Windows Phoneは今のところ公式にサポートしていません。AndroidやiOSの分野ではファンタスティックな端末やエクスペリエンスが生まれているので、この2つに注力します。将来的にはあらゆるデバイスに対応するかもしれません。ですが、クオリティを重視するために、今はAndroidとiOSにフォーカスしていきます。

――具体的な今後の発展の方向性について、何か言えることがあれば教えてほしいのですが。

 まず、あらゆる部分についてのAPIを整備します。アプリやWebサイト、他のクライアント向けに、優れたAPIによるインタラクションを実現できるようにします。2つ目に、フロントエンドの機能追加をPHPからJavaScriptへシフトします。あともう1つ、ランゲージパックによる言語対応も強化します。各国版で別々に提供するのではなく、インストール時に使用言語を選べるようにする、といったことを検討しています。HTML5にも順次対応していきます。

――Automattic社がすでに他国で提供している他のサービスも含め、日本に対して今後どう展開していこうとお考えでしょうか。

 それを今考えているところです。今はまだ答えを出せませんが、今回日本に来て、日本のユーザーとの対話の中で要望を聞き、学んで、何を求めているのかを把握したうえで、他のサービスやツールをどのようにローカライズしていくか考えたいと思っています。

 あと、最近Simplenoteというサービスを買収しました。メモを取るためのツールで、見た目もシンプルでわかりやすく、日本のユーザーにもなじみやすいのではないでしょうか。このツールの技術を使って、WordPressに何らかの形で反映していくこともあるかもしれません。

――日本市場と日本のユーザーに期待することがあれば教えてください。

 「わぷー」みたいなことでしょうか(笑)。日本のコミュニティのポテンシャルはとても高いと感じています。日本は教育も技術的な部分も、デザイン面においても水準は高い。誰もが携帯電話で情報発信するという文化が米国より先にあり、オンラインについての深い見識もありますから、そういった日本とWordPressとをミックスすると、何かが生まれるんじゃないかという意味で、日本はとても重要だと思っています。

Node.js、IoTにも関心

――WordPressのように多くの人に受け入れられ、成功するサービスを作るには何が大事だと思いますか?

 本当に大切なことが2つあります。1つは自分の好きなもの、個人的に必要だと思っている事柄に取り組むこと。旅を楽しむ、そのプロセスをエンジョイすることが重要です。

 もう1つは、最高のチームを作ること。あなたが雇った人々は、成功の可否を大きく左右します。その他に判断すべきデザインやマーケティングなどはそれほど問題になりません。正しい、信頼できるチームを作ることができれば、あらゆることに適応できるはずです。

――WordPress以外に、ご自身が今関心をもっていることがあれば教えていただけますか。

 サーバサイドスクリプトとしてのNode.jsですね。信じられないくらい高速で、パワフルで、よりリアルタイム性の高いWebサービスを提供できるので、これを利用すればWebがもっと面白くなるんじゃないかと思っています。

――IoT(Internet of Things:モノのインターネット)の動きも活発化しています。このあたりの分野についてはいかがですか。

 個人的にも今パッションを感じている分野です。たとえばこのNFC内蔵の指輪ですが(指にはめている指輪を見せる)、WordPressのロゴが入っています(笑)。この指輪は2つのNFCチップを内蔵していて、Android端末を持っただけでロック解除したり、手を離せばすぐロックできたりします。すでに個人的にIoT関連の数社に対して出資してもいます。

指にはめていたNFC内蔵の指輪を見せてくれた
WordPressのロゴ入り

――最後に日本のユーザーにメッセージをいただければ。

 さまざまな面でサポートしてきてくれたことに、ありがとうと言いたいです。が、まだまだWordPressは始まったばかりです。野球で言えばファーストイニング。日本のユーザーがWordPressに与えることも、逆にWordPressが日本のユーザーに与えることも、まだたくさんあるでしょう。日本の仲間がもっと増えればうれしいですし、今後も次のステップにつなげる手伝いをお願いできれば。

――ありがとうございました。

日沼 諭史