インタビュー
インプレスR&Dが刊行する「NDL所蔵古書POD」の狙いとは?
採算ラインは18部。これまでの経験が活きた古書のビジネス化
(2014/6/30 06:00)
インプレスR&Dは4月21日に、国立国会図書館(NDL)所蔵の古書を印刷・製本して販売する事業を開始した。「NDL所蔵古書POD」という名称で、NDLがデジタル化・一般公開している約35万点の書物コンテンツから厳選したタイトルをAmazon.co.jp、三省堂書店オンデマンド、大日本印刷「ウェブの書斎」にて販売している。
インプレスR&Dがもつプリント・オンデマンド技術を用いており、4月21日には第1弾として20タイトルが販売され、6月20日には第2弾としてさらに20タイトルの販売が開始された。
すでにNDLによってデジタル化されている書物を印刷・製本すると聞くと、ごく単純で簡単な作業しか必要ないのではないか、と思われるかもしれないが、そこにはさまざまな困難があったと、同社の井芹昌信氏と福浦一広氏。古書をプリント・オンデマンドで販売する狙いや苦労などについて、お2人に話を伺った。
独自のノウハウで、採算ラインを現実的なレベルに
――NDLの古書を扱うことになったきっかけは何だったのでしょうか。
井芹氏:
古書をデジタルスキャンするという国の事業が、そもそもNDLによって以前から行われていて、Webで公開している「近代デジタルライブラリー」上で閲覧できるようになっています。その活動の中で著作権が切れたかどうか、といった仕分け調査も行われてきました。
デジタルアーカイブされている公開書物は、誰でもWeb上で閲覧したり、ダウンロードすることが可能です。そういう意味では、誰でも“本”にすることはできたわけです。インプレスR&Dがまったく初めてやり始めたというものではないんです。
ただ“本”にするには、NDLにどの書物を扱うのか申請してOKをもらわなければなりませんでした。また、ダウンロード自体にも手間がかかります。建前上は誰でも使っていいという風になっているのに、商慣習的なルールが形作られていないという状況なんです。
そんな中で、1年くらい前からAmazonが古書を販売したいという希望をもって調査されていたそうです。その結果、間に日本の出版社が入る方なら始めやすいということで、インプレスR&Dに打診がきて、調査、プランニングを進めて実現にこぎ着けることができました。
――なぜインプレスR&Dだったのでしょう。
井芹氏:
他の出版社にも声はかかったんじゃないかと思いますが、細かいグラフィック処理が必要だし、プリント・オンデマンドの技術が必要だし、その枠組みで商売するためのノウハウも不可欠です。これが実際に何部売れるのか、ちっともわからないでしょう?(笑)
福浦氏:
特にプリント・オンデマンドを積極的に推進していた、というのがインプレスR&Dに話があった理由の1つだとは思います。
井芹氏:
弊社は2年前からプリント・オンデマンドを新刊から使っているのですが、当時、少なくとも日本中、もしかしたら世界中見てもインプレスR&Dだけだったかもしれません。他の出版社は絶版になったものだとか、重版できなくなった書籍をプリント・オンデマンドを利用して再販する用途がメインなんです。
――売れるかわからない、それでも扱う決断をされた理由は。
井芹氏:
35万点ものデジタルスキャンされたアーカイブがすでにあるわけです。Webで公開されてはいるけれど、ほとんど人の目に触れていないこういうものを、我々が持っている電子出版の技術で商品化できるのは、すごいことじゃないかと(笑)。アーカイブされた点数も多いから、販売できるタイトル数も多いので、我々としてもNextPublishing技術のいいデモンストレーションになります。
商売的にいうと、これまでプリント・オンデマンドで新刊を出してきた経験から、何部売れれば採算が取れるのか、という計算もしやすかった。それが、かなりリーズナブルなところで設計できた。初回の20タイトルについては、1タイトルあたり18部売れれば赤字にならない、という計算です。
――かなり少ない部数ですね。
井芹氏:
それでもまだ高いんです。今進めている第2弾以降についてはもっとコストダウンを進めて、それ以下でも採算を取れるようにしていますが、とりあえず初回は18部で設計しています。18部だったらどうにかなる、商売として成り立つだろう、と考えました。
18部で採算設計ができたのは、なによりこれまで新刊でプリント・オンデマンドを経験してきていたから。それに尽きると思います。1タイトルの利益はたしかに小さいですが、こういう古書は間違いなくロングテールに効いてくる。1年で回収できなくても、ずっと商品として置いておけます。18部さえクリアできれば、以後は利益が出るわけですし。
――現時点で、18部という目標はクリアしていますか。
井芹氏:
最初の20タイトルを平均すると、まだ18部には届いていないですが、クリアできるんじゃないかと思っています。
――何十万点という中からまず20タイトルを販売しましたが、これらのタイトルを選んだ基準は?
井芹氏:
Amazon.co.jpからは、すでに販売している本の中で「こういう図書が人気がある」というような視点からのアドバイスをいただいています。近代デジタルライブラリーでも“資料あれこれ”としてお勧めしているものがあるので、それらを参考にしています。
また、我々としては最初に20タイトル用意する時に、なるべくバリエーションを出したいという考えもありました。今回の取り組みを広くみなさんに知ってもらうためには、さまざまな分野のものが揃っていた方がいいのではないかと。あとは、グラフィックの加工のしやすさも考慮しています。あまりに汚かったり、表紙がなかったりしているものは選定から外しました。
無料だが、使い勝手にまだ難がある近代デジタルライブラリー
――プリント・オンデマンド用にデータ化する際に苦労した点は?
福浦氏:
1つはスキャンデータそのものの問題です。NDLでデジタルスキャンされたデータは、本を開いた時の立体的な状態ではなく、見開きがすでに全部平面化された状態になっています。この状態だと、どこが見開きのセンターなのか(2ページ分の見開きをどこで分割すればいいのか)がわからないんです。コストを下げるには、センターを考慮して見開きを2ページに分割する処理を自動化できないといけません。
これを半自動化する技術を我々は持っていました。ホワイトバランスを取ったり、ゴミのように残っている部分をきれいにする処理の目途もついていた。現在もこのあたりの技術は開発を進めているところで、ほぼ自動化できそうなところまで効率化できています。
さきほど話のあった赤字にならない18部というのは、半自動化で若干手作業が加わるレベルでの設計です。自動化が進むことによって、さらにコストダウンにつながると見ています。
――元々のデータは、そのまま読むのにはあまり向いてなさそうですね。
井芹氏:
近代デジタルライブラリーで公開されているデータを見るとわかるんですが、センターがどこになるのかわからないし、たとえわかったとしても、単純にそこで分割すればいいというものでもない。そのままではノドの分が足りなくなって読みにくくなることもあるし、元のデータが斜めになっているものもあったりして、それも補正しなきゃならない。ページの前後が入れ替わっているものもありました。
福浦氏:
1回目のスキャンに失敗したページがそのまま残っていて、その後にスキャンし直したページも収録されているようなケースもあるんです。そういう失敗ページは当然省略しなければなりません。どうやって機械的に見分けるのかというのは、非常に難しい課題でもありました。
そのあたりをうまくクリアして、あとは1ページずつJPEG化してプリント・オンデマンド用にデータ化する、という作業を行っています。実際に入稿する段階で、Amazonと三省堂書店のそれぞれで若干レギュレーションが異なるところがあったので、それに合わせるのにも少し手間がかかりました。
――そう考えると、かなり手間がかかっているわけですね。
井芹氏:
そういったいろいろな苦労をして、それでもできるだけ安く入手できるようギリギリの値段に設定したつもりなんです。値付けは全てページ数で決めています。コンテンツについては値踏みしていない。
ですが、「もともとデジタルなんだから、もっと安くなるのでは」という意見もありました。さまざまな努力、試行錯誤の末に、このように読みやすくなっているということが、なかなかイメージされにくいのかな、と。おそらく他社が同じことをしようとすると、たぶんこの値段では出せないと思いますよ。
福浦氏:
それともうひとつ、近代デジタルライブラリーではすでにお話したように誰でもデータをダウンロードできるんですが、20ページずつのPDFでダウンロードできるものは低解像度なので印刷には使えません。
ですので、印刷にも耐え得る高解像度のJPEGデータを使っていますが、おそらくサーバーに負荷がかからないようにするために、見開き1つ、つまり2ページしか一度にダウンロードできない仕組みになっているんです。しかも、1回リクエストすると30秒経過しないと次のダウンロードができない。100ページ(見開き50ページ)ある本だと、単純計算で30秒×50、1冊分ダウンロードするのに25分以上かかることになります。
井芹氏:
つまり、すごく不親切にできている。せっかくアーカイブを残すという法制度ができてデジタルスキャンもしたけれど、それが多くの人にとって利用しやすいサービスになっていないんですよ。実はここが今最も本質的な「問題」でもあると思います。
今回制作にあたっては、自動で連続的にダウンロードできるようにするプログラムを開発して余計な人的コストがかからないようにしました。ただ、一般の方はそういう技術を持ち合わせているわけではないですから、普通に読みたいと思っても細切れでしかダウンロードできないので、使い勝手は良くないですね。
福浦氏:
NDLとのやり取りをしている間に、改善された部分もあります。以前はアーカイブを書籍化する際にあらかじめ必要だった申請が、一部で不要になりました。今回の取り組みの影響かどうかはわかりませんが、少なくとも著作権の問題がクリアになっているものについては、今では誰でもダウンロードして本などに加工できます。
「女哲学」と広告素材集がお勧め
――第1弾の販売開始から2カ月ほど経ちましたが、反響はいかがですか。
井芹氏:
一般の方からも、次はこれがほしいという要望がメールで来ていたり、Twitterでもポジティブな反応をいただいています。特に研究者や出版関係者、図書館関係者など、そういう業界の方からの反響が大きいですね。
福浦氏:
三省堂書店の神保町本店では、20タイトル全てを店頭に並べて、POPまで付けてくれたんですよ。神保町は古書好きの方がたくさんいらっしゃいますから、古書について熱く語るファンの方も来店されたりして、すごく盛り上がったと聞いています。
井芹氏:
Amazonも、販売面でしっかりコミットしてくれています。「国立国会図書館 古書特集」という特設コーナーを最初から作ってくれました。「NDL所蔵古書POD」で検索してもらえば、全タイトルを一覧できます。
――今後、古書を新たに選定して発刊していくペースはどのように考えていますか?
井芹氏:
第2弾は20日にリリースしたところですが、その後についてはいま検討中です。
今は我々が全て選んで1つ1つの作品紹介まで書いているわけですが、今後作品を選んでいく中でだんだん専門性が高くなると、インターネット上に情報がほとんどない書物でもありますし、作品紹介自体書きにくくなってしまうことも考えられます。
そうすると時間的なコストもかかって、いずれ手詰まりになる。だから、我々が選ぶのではなく、それぞれの分野における知見者にセレクトしてもらう参加型の企画を考えています。もちろんビジネスとして成立しなければいけないので、どういうプランにすれば採算が取れるのか、というのもシミュレーションしています。
――最後に、お2人のお勧めする1冊を教えていただけますか。
井芹氏:
「女哲学」(1643円)かな。第1弾の20タイトルの中で、最初から最後までじっくり読んだのは「女哲学」だけです、正直(笑)。もちろん他のタイトルも全部めくって目を通してはいますが、手書きの毛筆で書かれた本などは専門家でないと読めないですから。中身をしっかり読んだのはこれで、「女とはどういう生き物か」というのを男目線で名言集的に書かれているものです。社内では、意外にも女性の方のウケが良かったですね。
福浦氏:
僕は「意匠文案満載必ず利くチラシの拵らへ方」(2352円)ですね。昔も今も変わらないなと思ったんですが、前半が広告の作り方みたいな内容で、後半がテンプレート集になっているんです。ここに文字を入れるだけで自社のチラシになる、というように、けっこういろいろな型があったりして、それだけ見てても面白い。インプレスジャパンが出している素材集みたいなものですね。
――ありがとうございました。