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「源ノ明朝」、デジタル向けだが「手の軌跡から生まれる骨格を探し出した」デザイン
2017年4月17日 17:19
スマホの中国語/韓国語メッセージが文字化けしない
「源ノ明朝」は、アドビがGoogleと共同開発し、4月4日より提供を開始したフォント。2014年にリリースされたサンセリフ書体「源ノ角ゴシック」のフォントファミリーとなる。Googleからも「Noto Serif CJK(源ノ角ゴシックはNoto Sans CJK)」の名称で提供されているが、いずれもフォント名と一部のウェイト表記を除き、すべて同一となる。
源ノ明朝には、ExtraLight/Light/Normal/Regular/Medium/Bold/Heavyの7ウェイトが用意され、日本語に加え、中国語簡体字、中国語繁体字、韓国語に対応する。CJKは「China、Japan、Koria」の略で、東アジア地域を指している。
OpenTypeの上限となる16bit(6万5535)の字形(グリフ)を含む4万3027文字がコード化され、中国語の康熙部首、韓国のハングル文字など、CJKの異体字すべてがUnicodeでカバーされている。
アドビシステムズ日本語タイポグラフィシニアマネージャーの山本太郎氏は「CJKで使われる文字の起源はすべて中国語の漢字で、どの国でも共通して用いられるものが、かなりの程度ある」とし、「パンフレットや広告などで、異なる言語を混ぜて使う必要がある場合には、バラバラな言語用フォントを選んで混ぜて使う。そうしたときには、文字の大きさや太さにどうしてもバラツキがある」とした。
さらに、「いまはスマートフォンなどで各国語共通のUnicodeが使われている。他国語のメッセージを受けたとき、表示されなかったり化けてしまっては困るわけで、国際的な環境で使えるフォントが必要とされていた」とした。
源ノ明朝は、東アジア地域で汎用的に使用できるスタンダードなマルチリンガル書体として、こうしたニーズに対応したという。そして、日本語、中国語、韓国語を掲載する書籍や広告、ウェブの制作物を一貫性のあるデザインで制作できることを大きな利点として挙げ、「源の角ゴシックと対になるフォントで、両者を使って多様な用途に対応できる」とした。
また、源ノ角ゴシックの提供を開始した2014年との違いとして、アドビが提供している「Typekit」が2015年に日本語をサポートしたことを挙げた。これにより「Typekitのフォントブラウザーを検索して利用すれば、自動的にデスクトップフォントに登録される」環境が整ったという。なお、Adobe Creative Station公式ブログによれば、Windows 10 Creators Updateでは、各国語を単一のフォントファイルで利用できる「Super OTCフォント」のインストールに新たに対応したという。
一番怖いのは、開発段階で必要なグリフの数が分からないところ
アドビシステムズ日本語タイポグラフィフォントディベロパーの服部正貴氏は、源ノ明朝の制作過程について「日本語フォントであれば、文字セットを作ることが目標になるが、それがない。このプロジェクトで一番怖いのは、作っている段階で必要なグリフの数が分からないところ」と述べた。
Adobe Creative StationブログへのKen Lunde氏の投稿によれば、源ノ明朝の開発がスタートしたのは、源ノ角ゴシックのリリースから2~3カ月後の2014年末。アドビが漢字に対応する大部分の日本語グリフを微調整することからスタートし、2015年初めには、株式会社イワタが追加の漢字と少数の韓国語漢字のグリフデザインを開始。その後、2015年中ごろに、中国のChangzhou SinoTypeが中国語グリフをデザインを始めた。
日本語や中国語フォント用のエレメントライブラリは、すでに小塚明朝の開発などのために用意されていたが、韓国語では、韓国Sandoll CommunicationsのデザイナーSoohyun Park氏が数カ月をかけてハングル文字、記号、音節のグリフデザインの基礎となるエレメントライブラリをいちから制作したという。
デジタルデバイスを念頭に、先端が飛ばないよう、入りの部分をやや強め、切り角も太めに
アドビシステムズ日本語タイポグラフィチーフタイプデザイナーの西塚涼子氏によれば、源ノ明朝は、「デジタルデバイスを念頭にしたデザインコンセプト。光っている画面での表示でも、先端が飛ばないよう、入りの部分をやや強め、切り角も太めにし、抑揚は抑えめにしている」という。
さらに「日中韓の各国で使った場合に、気持ちよく使えることを念頭にした」と述べた。さらに「明朝は、ゴシックと違い、コンテンツというより本文に使われることが多い。長文が読みやすくなるよう、筆の入りをしっかりして、少しクラシック目に作ってある」という。
アドビが制作した小塚明朝との比較では、源ノ明朝のかな文字は約98%小ぶりだという。「かな文字が大きいと読みやすくはなるが、グリフの形にもモダンとトラディショナルの差があり、小説などは伝統的フォルムの方が読みやすいので、それを採用している。大柄だけどトラディショナルなのが大きなコンセプト」とした。そして、「小塚はモダンの代表、リュウミンは小説の代表的な書体で、源ノ明朝は両者の間に位置して、いいとこどりをしたイメージ」と語った。
縦書きへの対応については、「フォントデザイン自体が、横より縦組の方が大きく見える」ことから、「縦書き用のグリフを別に持ち、自動的に切り替わるようにしている」とのこと。
実際にグリフのデザインを行うにあたっては、手書きでスケッチを起こし、最終的にパスのデータに変換してフォントを制作している。その過程で、手書きのデッサンをPCに取り込み、ワコムのタブレットとPhotoshopで精度を上げていくそうだ。「デジタルのためでも、手書きで何度も書き直して、手の軌跡から生まれる骨格を探し出した」という。
一方、中国語では日本語よりも手書き感を重視しているとのことだ。6万5336個のグリフはすべて、187のエレメントから構成されている。デザインの基本となったのは日本語で、まず日本で漢字のデザインを作成し、中国のパートナーがこのエレメントを使って漢字のデザインを行っている。同時にかな文字のデザインが見えてきた段階で、韓国語のハングル文字を作成し、その後で欧文の太さや大きさを合わせたという。
文字を構成するエレメントを中国のパートナーと共通化することでデータ量を削減している。エレメントからフォントを構成する仕組み自体は、小塚明朝の開発時に用意されたものを使っており、「1つのエレメントを変えると、これを使っているすべての漢字のデザインを変えられる」ようになっている。
しかし、源ノ明朝の文字デザイン自体は、「小塚を流用したと言い切れないほど変えている」とのこと。ただし、「フルスクラッチするよりは早く作れる」のだという。
中国語と日本語で、どちらがどのようなエレメントを採用するかについては、「多くのグリフを共有化すればデータは軽くなるが、日本でも中国でも受け入れられなければならない」とした。その鍵になるのが、文字のデザインを1文字ずつチェックする作業。フォントは開発の過程で6つのビルドが制作され、グリフと機能が追加されていったため、チェックもアップデートのたびにやり直す必要もあり、最も大変だったという。ただ、「中国で受け入れられる跳ね上げや払いの形について、作業を進めるごとに判断のニュアンスが分かっていった」という。
全角文字の存在が「源ノ明朝」欧文フォントの開発でデザイン上の問題に
源ノ明朝には、かな文字や漢字だけでなく、欧文も新たにデザインされている。これを担当した米Adobe Systems Digital Media BU Type DevelopmentのFont DeveloperのFrank Griesshammer氏は、欧文と和文におけるデザインの決定的違いとして、全角文字の存在を挙げた。
Griesshammer氏は、「?」の文字を例に、「文字ごとに字幅が違うプロポーショナルフォントの和文では、空間を埋める必要がある」とし、さらに日本では特有の「キログラム」「キロカロリー」「HP」などの文字デザインについて、「それぞれの文字固有の字幅があり、単純に半角にすると1文字1文字が歪曲することが大きな妨げになった」とした。
このほか、欧文の文字が日本語の中にあると、小さく見えてしまうという問題もあったという。「この問題を回避するために、グリフを自動的に切り替えるアイデアを用いた」とのこと。数字についても、大きめのグリフと、欧文用フォントの小さめのグリフを収録しているという。