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NICTら、量子暗号ネットワークの試験運用開始〜世界で初めて動画伝送を実現


 独立行政法人情報通信研究機構(NICT)量子ICTグループは10月14日、NICTの委託研究機関である日本電気株式会社(NEC)、三菱電機株式会社、日本電信電話株式会社(NTT)とともに、NICTのテストベッドJGN2plusu上に量子暗号ネットワーク「東京QKD」を構築し、試験運用を開始すると発表した。実験には東芝の欧州研究所も欧州プロジェクトチームとともに参加している。

 大手町で行われた試験運用開始式典には総務大臣政務官の森田 高氏も出席。NICT理事長の宮原秀夫氏とともに、運用開始のボタンを押した。

 なお、10月18日から20日までANAインターコンチネンタルホテル東京で「電子暗号・量子通信国際会議2010(UQCC 2010)」が開催され、今回運用を開始した東京QKDの展示やデモも行なわれる。

世界初、敷設光ファイバーを用いた量子暗号化動画伝送に成功

 量子暗号ネットワークはきわめて高度な技術で、理論上どのような技術でも盗聴できない究極の暗号技術とされているが、伝送速度の高速化や長距離での利用が難しく、これまでは米国国防総省や欧州連合のプロジェクトが、量子暗号の音声伝送に成功しているが、量子暗号の動画伝送ネットワークの構築は世界初となる。

量子暗号における操作の概要

 また、伝送距離的でもこれまで敷設光ファイバーを用いた実験では20〜30km圏で1kbpsの速度が限界だったが、今回大手町から小金井まで50km圏で100kbpsの距離と速度を実現。NTT先端技術総合研究所所長 萩本和男氏は発表会で、「今回敷設光ファイバーで大手町―小金井間の往復90kmを実現したことは非常に大きい。90kmというのは重要な数値で、NTTの局間というのは80kmあればほぼカバーできる」と述べた。

 今回の技術の改善のいちばん大きい要因としては、「すぐれた光子検出器を持っているチームが必ずいい成果を出す」として、NICTが開発した摂氏マイナス270度で光子を検出する超伝導光子検出器が長距離化と高速化、安定動作化に大きな貢献をしたと説明。さらに、欧州プロジェクトで開発された装置の規格にも上位互換で対応するインターフェイスまで持っているのは大きいとした。

 

運用開始直後の動画伝送のもよう。小金井―大手町間で、小金井からのテレビ会議映像。伝送速度は100kbps
量子暗号ネットワークでは、ビットエラーの増加により盗聴の検知が可能。盗聴を検知すると自動的に経路を変更。経路変更による映像の乱れなども生じない

 

大手町、小金井、白山、本郷の4つの拠点を結んだ東京QKD

 絶対安全な暗号化技術といわれる量子暗号では、まず送り手と受け手に量子鍵配送装置を用意し、光回線を介して盗聴を完全に排除した絶対安全な秘密鍵を共有。伝送された暗号鍵を用いて送りたい情報をワンタイムパッドにより暗号化する。

 ワンタイムパッドを用いて暗号化されたデータはは完全にランダムになることが数学的に証明されており、特定のアルゴリズムによる解読は不可能とされている。また、盗聴されるとビットエラーが発生するため、ビットエラーの監視により即座に盗聴を検知でき、盗聴されていない経路に切り替えることで盗聴を完全に排除できるという。

 今回運用を開始した東京QKD(Quantum Key Distribution)ネットワークは、NICTの研究開発用テストベッドネットワークである「JGN2plus」を元に構成。その中で大手町、小金井、白山、本郷の4つの拠点を結ぶネットワークとなっている。伝送距離は、大手町拠点を基点に、小金井拠点間約45km、白山拠点間約12km 及び本郷拠点間約13km。

東京QKDネットワークの構成
経路切り替えによる秘匿通信の維持の仕組み

参加企業の役割と実用化に向けた2011年以後の実証実験

 今回、NECは高速量子暗号システムの開発を担当し、光子伝送部の高速化や鍵抽出(蒸留)処理を行うハードウェアエンジンによる高速化など高速量子暗号通信装置の要素技術を開発した。

 三菱電機は量子鍵配送装置、安全性評価、アプリケーションの技術開発を担当。量子暗号のスマートフォン用アプリケーションも開発した。

 NTTは基礎となる差動位相シフト量子鍵配送プロトコルをスタンフォード大と2002年に開発。この技術により、盗聴されるとエラーが検出されることで盗聴対策が可能なほか、受信者側の装置がシンプルで鍵生成効率が高いなどの特徴をもち長時間にわたり安定した鍵生成の実現を可能にした。

 東芝は量子暗号鍵配信システムを担当。1GHzで暗号化された単一光子を生成する小型回路を開発し、装置を標準ラックサイズに小型化。また、高速検出器とアクティブ安定化回路を合わせて開発した。

 今回運用を開始した量子暗号ネットワークの試験運用には、東芝および欧州の研究機関も参加し、標準化に向けた相互接続実験も行う。2010年度は、現在に近い形で運用を続け、2011年度以後は2〜3年試験運用を行ない、2014年頃の実用化を目指す。

 実用化の分野としては、国家レベルの機密通信、電力・ガス・水道網などの重要インフラを監視する通信保護や金融機関の秘匿通信などに順次適用できるよう取り組んでいくという。

 NICTらはこうした実用化に向け、「2011年以後は利用を希望する組織に使っていただいたり、見学していただく形で運用していきたい」としており、今回実験に参加したNEC、三菱電機、NTT、東芝以外にも実用化に向けた実験参加組織を募っていく考えだ。

 NICT理事長の宮原秀夫氏は発表会で、「産業界やユーザーのみなさんのご支援とご協力がなければなかなか進まないので、今後具体的にどういうサービスができるかというみなさんのお知恵をいただいて取り入れていきたい。実用化に向け、コストや小型化についてもそうした中から目標地点を決めて技術革新をしていくというサイクルを作っていきたい」と述べ、広く協力を募る考えを示した。

スマートフォンへの応用

 三菱電機は、量子暗号を用いたスマートフォンの通信実験の機器を展示。量子鍵配送装置と乱数転送用PCがそれぞれ1台のスマートフォンに1台必要で、量子鍵配送装置は現在は1台あたりおよそ数千万円という高価格な機器のため、現在のところ2014年以後の実用化時点でも、首相や大臣など国家首脳や企業のトップなど限られたVIPの利用を想定しているという。

 展示機のスマートフォンはHTCのWindows Mobile端末で、量子暗号通信専用の独自アプリケーションが搭載されている。量子暗号技術では、発行済みの乱数化された量子鍵はタイムラインを合わせる形で通信データに合成するため、あらかじめ発行された量子鍵は、通話時間と同じだけの時間長を消費する。

 このため、長時間にわたる通話などでは量子鍵の残り時間がなくなった時点で通話が終わり、あらためて量子鍵を発行する形となるが、今後の実用化に向けて量子暗号で通話を開始し、その後AESなどの既存のブロック暗号に切り替えるなど、既存技術の組み合わせでの利用も実験していくという。

三菱電機が開発したワンタイムパッド携帯電話端末。ベースはHTC製のWindows Mobile端末 画面下に暗号鍵の残量が表示されている
三菱電機が開発した携帯電話ソフトウェアのシステム概要図

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(工藤 ひろえ)

2010/10/14 18:05