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TPPは農業だけじゃない、著作権分野でも議論を――福井弁護士らが呼びかけ


 著作権保護期間の延長問題を考えるフォーラム(thinkC)、一般社団法人インターネットユーザー協会(MIAU)、ニコニコ動画などの5者が共同で7日、TPP(環太平洋戦略的経済連携協定)と著作権をテーマにしたシンポジウムを開催し、ニコニコ生放送で中継した。

 シンポジウムは全2回。第1回には知的財産面でのTPPの影響を指摘している弁護士の福井健策氏やジャーナリストの津田大介氏、慶應義塾大学大学院准教授のジョン・キム氏、国際大学GLOCOM客員研究員の境真良氏、メディアアーティストの八谷和彦氏が出演し、「著作権の保護期間延長」「著作権の非親告罪化」「法定損害賠償金制度」をテーマに議論した。

 以下、出演者の主な発言をまとめる。

 なお、TPPが知的財産面に与える影響については、福井氏の寄稿記事が詳しいので参考にしてほしい。

◇TPPで日本の著作権は米国化するのか〜保護期間延長、非親告罪化、法定損害賠償
http://internet.watch.impress.co.jp/docs/special/fukui/20111031_487650.html

左からジョン・キム氏(慶應義塾大学大学院准教授)、福井健策氏(弁護士、日本大学芸術学部客員教授)、津田大介氏(モデレーター・ジャーナリスト)、境真良氏(国際大学GLOCOM客員研究員)、八谷和彦氏(メディアアーティスト)

著作権の非親告罪化について

福井氏:日本の著作権侵害には「懲役10年または1000万円以下の罰金」などの罰則がある。ただし、現在は親告罪であるため、著作権者が告訴する必要がある。著作権者に警察から「告訴する意志はありますか?」と連絡があり、その都度著作権者が判断している。

 警察からすると、個別に告訴してもらわなければならない現状は不便。2007年ごろも非親告罪化が国内で議論されたが、著作権者は怒っていないのに逮捕者だけが増え、パロディや同人誌のクリエイターが萎縮するという指摘もあり、結論が見送られた。

 この問題の根底にあるのは、権利者やクリエイターが望んでいないのに国が処罰するのかということ。「著作権は誰のためのものか」が問われている。権利者からすると「許可を与えた」とはおおっぴらには言いにくいが、取り締まりはしたくないというグレーな領域がある。

著作権の非親告罪化に関するニコ生アンケートの結果

境氏:同人誌の市場規模は1200億円と言われている。それがどうワークしているかというと、中堅作家が補完的な収入としてやっている。同人誌から産業に入る人もいて、作家のインキュベーションのような役割がある。

 「学びは真似び」というように、創作は真似から入る部分がある。それが一様に禁止されてしまうとどうなるか。著作権者の中には、クリエイターに自分の作品を使ってもらって「乗っかりたい」という人もいる。

 そうなると非親告罪化は本末転倒。同人誌の市場規模が減るかどうかということよりも、クリエイターのエコシステムにも影響が出る恐れがある。日本には「パロディを認める」という法律がないため、クリエイターが萎縮してしまう可能性がある。

津田氏:TPPの議論で重要な事は、米国が日本に「著作権を厳しくしろ」と要求している一方で、米国にはフェアユースをはじめとした消費者保護の仕組みがあることが大きい。

八谷氏:フェアユースの事例として、クリスチャン・マークレーの作品に「the Clock」というものがある。映画の中で時計が映っているシーンだけを抜き出して、24時間のムービーを作っている。この作品はだいたい3000本の映画を編集したものだが、確証はないけれど、3000本のすべての映画の使用許諾は取っていないと思う。クリスチャン・マークレーはフェアユースの概念に合致するから、許諾を取らずに使っていて、この作品はヴェネツィア・ビエンナーレの金獅子賞受賞も取っている。

法定損害賠償制度について

著作権での法定賠償金に関するニコ生アンケートの結果

福井氏:通常の損害賠償は、著作権侵害で権利者がこうむった実損害分しか賠償を求められない。そのため、たいした金額にならず、弁護士費用も足りないことがある。現実問題として訴訟の手間と得られる賠償金がアンバランス。よって日本の制度だと大半は訴訟に至らず、権利者の立場から言うと、多くの侵害は泣き寝入りに終わってしまう。

 これに対して法定損害賠償制度は、実損害の証明が無くても、裁判所がペナルティ的な要素を含んだ賠償金額を設定できる。米国は1作品あたり750ドルから15万ドルの賠償金となっていて、米国で知財訴訟が頻発したり、賠償請求金額が跳ね上がっている要因になっている。

 面白い事例が、日経が原告になった訴訟。同じようなネット上の著作権侵害について、日経が日米両国で同時に訴訟したところ、賠償金額に100倍近くの差があった。法定損害賠償制度が導入されれば、よかれあしかれ日本でも知財訴訟が激増する可能性がかなり高くなる。短期・中期的にはTPPの案件の中でこの問題の影響が一番強いといえる。

キム氏:懲罰的な賠償金も含めると言うことで、TPPのその他の案件に比べると日本政府が受け入れるハードルは高そうだが、韓国では受け入れた。

 日本では、法定損害賠償制度のアンケートをとれば8〜9割が反対するかもしれないが、TPPのほかの案件と比べて政策的な優先順位が低ければ飲まざるを得ないこともある。利用者は声を出していくことが大事だ。

著作権の保護期間延長について

著作権の保護期間延長に関するニコ生アンケートの結果

キム氏:保護期間が現在の「著作者の死後50年」から「死後70年」になると、著作権が100年以上保護されるケースが出てくる。ほとんどの著作物は、発表して20年後にはほとんど価値が消えている。(価値が残る)1%の作品のために99%がパブリックドメインにならなくなることに懸念している。

 持論としては、著作権保護期間を「作品の公表後20年」にした上で、著作権を登録制にすればよい。20年が経過しても保護期間を延長したい人は、例えば1万円払えばもう20年伸ばせるような制度が考えられる。そのかわり、登録しない99%の作品はパブリックドメインとなり、我々が利用できるようになるし、それによって二次的な著作物も生まれる。

 しかし、米国政府はこの分野はかなり優先順位が高いので、日本はよっぽど理論武装して周りを巻き込んでいかないと通されてしまうだろう。

福井氏:欧米の「死後70年」への延長はネットの本格普及前でした。米国も同様で、EUとの対抗軸と映画産業のロビー活動で延長した経緯がある。ネットが普及した時代にあって20年延長にどう決着つけるか、日本は米国に対して「死後50年で統一するのが世界のコンテンツ流通にとってベスト」という議論があってもいい。

キム氏:(保護期間を他国に合わせる)「国際標準」というのは胡散臭い言葉。保護期間延長がほとんどの国でなされているが、一度70年に延長したら50年には戻らない。「死後50年」は(著作権分野で)日本が世界に誇れる数少ない制度。周りの国が保護期間を70年に延長すればするほど、世界の文化に対する日本のコンテンツのプレゼンスが高まるので、守るべきだと思う。

福井氏:先進国で「死後50年」というのは日本とカナダだけ。TPP交渉国ではニュージーランドも含まれているが、GNPを考慮すると日本は圧倒的に大きく、世界でも第2位のコンテンツマーケット。日本が「死後70年」になったら一気に流れる。仮に「死後50年」を守ったからといって交渉上の地位が高まるだけで、不利にならない。

ニコ生アンケートも実施

 17時半にスタートしたシンポジウムは、ニコニコ生放送でも配信。平日夕方という時間帯にもかかわらず、のべ3万5044人が視聴するなど、TPPが著作権に与える影響への関心の高さが伺えた。

 放送中には、TPPが影響を与える知的財産面の項目について、視聴者に対してニコ生アンケートを実施。「著作権の非親告罪化」については賛成が4.7%、反対が80.0%、わからないが15.3%、「法定賠償金」については賛成が8.9%、反対が68.4%、わからないが22.7%、「保護期間延長」については賛成が4.4%、反対が78.6%、わからないが17.0%、「TPP交渉参加すべきかどうか」については賛成が6.9%、反対が56.2%、判断するには政府の情報開示が足りないが36.9%。著作権の分野に絞ってTPPの問題点を説明するシンポジウムだったため、視聴者も軒並み反対意見が多かった。

ニコニコ生放送にはのべ3万5044人がアクセスした

シンポジウム出演者のTPPに対する意見は

 シンポジウムの最後は、出演者がTPPに対する意見を表明して締めくくった。

八谷氏:僕自身はTPPの交渉テーブルに着くことすら反対。あまりに影響が大きいのに、悪影響がよくわかっていない状況。参加した時を考えると、TPPの24項目の要求の中には優先順位があり、生活に密着しているものから日本は抵抗するので、「知財は泣いてよ」という方向になるのを危惧している。一番大きいのは政府内部の検討が公開されないこと。我々が優先順位を判断できるような状態にしてもらいたい。

堺氏:TPPに乗るか反るかはともかく、日本でワークする仕組みを作らなければいけない。

キム氏:日本は、TPPの場を戦略的にどう使いこなすかという、したたかさが必要。知財をめぐる要項については、個人的に非親告罪化や法定損害賠償制度は飲んでもいいが、保護期間延長だけは軽々しく飲んではいけないと思う。米国との交渉材料や取引材料にする問題ではない。ある時代の文化の所産の99%が消えて行くということを考えると、これは死守しなければいけない。

福井氏:以前、TPPに関する別のシンポジウムに出たときに、別の登壇者から「TPPの本体は貿易・関税であって、その中心は農業。知財は小さな部分」と言われました。しかし私は全くそう思わない。知財・コンテンツは最大貿易品目の一つだからだ。日本はコンテンツ立国を目指すのであれば、この産業政策は大事。青空文庫のようなすばらしい活動の恩恵に与かれるかどうかは、ここが天王山。

 日本人は「米国側にいれば安全」「グローバルスタンダードに乗ればOK」と発想しがち。でも、同じ舟に乗っていることに何の意味もない。自分の足で立つことに意味がある。それには、知財やコンテンツ、情報政策の重要性をしっかりわかった上で、「こんな制度が最善だけど、この交渉のためにはここを譲歩する」といった判断をすべき。そのためには情報開示が足りない。政府は我々を信頼して、もっと情報を示してほしい。

第2回シンポジウムは11日開催、衆議院議員の川内博史氏も出席

 なお、第2回シンポジウムは、11月11日18時30分に開演。漫画家で株式会社Jコミ代表取締役の赤松健氏、民主党経済連携PT副座長で衆議院議員の川内博史氏、株式会社二ワンゴ代表取締役の杉本誠司氏らが出演する。


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(増田 覚)

2011/11/9 06:00