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カシオトロン、G-SHOCK、データバンク……次なる発明はGPS電波時計「GPW-1000」

樫尾俊雄発明記念館に腕時計ヒストリー展示

 6月10日は、時間を尊重する意識を持ってもらうための「時の記念日」と定められている。これを前に5月末、“時”に関連したスポットを巡りながら、時計の進化を追う報道関係者向けのツアーをカシオ計算機株式会社が開催した。同社は今年4月、GPSと標準電波の両方式で時刻を補正する機能を持ったコンセプトモデルとして、G-SHOCKハイブリッドGPS電波時計「GPW-1000」を発表している。同製品の開発者にもお話をうかがった。

NICT本部。上部中央の電光掲示板にJSTが表示される

18台のセシウム原子時計で「日本標準時」を生成

 最初に向かった先は、独立行政法人情報通信研究機構(NICT)内の組織である日本標準時グループ(電磁波計測研究所・時空標準研究室)。同グループは「日本標準時(JST)」を決定・維持・供給する役割を担っており、東京都小金井市にあるNICT本部内では、JSTを生成するためのセシウム原子時計18台と、短期間の周波数安定度に優れた水素メーザー4台が4つの原器室の中で稼働している。

 このセシウム原子時計の基準信号をもとに、コンピューターによって標準周波数信号や時計信号を生成しているのが時刻信号管理室だ。その様子は一般の人にも見学可能になっており、ガラス越しに見ることができる。当日はこの見学コーナーにて、NICTの岩間司氏(電磁波計測研究所・時空標準研究室・研究マネージャー)に話をうかがった。

NICTの岩間司氏

 「4つの原器室内に設置してあるセシウム原子時計と水素メーザーは、計測システムによって相互の時刻差が毎秒計測されており、この時刻差データをもとに各原子時計の時刻を加重平均することで『協定世界時UTC(NICT)』が生成されています。この『協定世界時UTC(NICT)』を9時間(統計135度分の時差)進めた時刻が『日本標準時(JST)』となります。」

 JSTの生成はコンピューターによって制御されており、すべて自動的に行われる。また、冗長性を持たせており、現用・予備用の3系統で運用されているため、機器の故障によって途切れてしまう可能性は少ない。原器室はメンテナンス時を除いて、普段は人が入ることはほとんどない。

 セシウム(Cs)原子時計とは、セシウム原子(Cs133)が放出する電磁波の周波数を利用した時計のこと。商用のCs原子時計で誤差は30万年に1秒だが、NICTで運用しているものはそれ以上の高精度を実現している。ちなみにCs原子時計で使われるCs133は、原発事故で話題となった放射性セシウム(Cs137やCs135など)とは異なる安定セシウムである。

時刻信号管理室
現在使用中のセシウム時計
歴代のセシウム時計
原器室は常にモニタリングされている

 「このようなCs原子時計を使った時刻の生成は世界各国で行われていて、これら各国の原子時計を加重平均して生成された『国際原子時(TAI)』をベースに“うるう秒”を加えたものが『協定世界時UTC』となります。時刻というのは、長さや重さと違って常に動いているものであり、絶対的な基準もありません。そこで、各国で生成した時刻を合成することでTAI、そしてUTCを決めているわけです。この『協定世界時UTC』は、日本で生成された『協定世界時UTC(NICT)』へとフィードバックされて、両者の時刻比較や調整が行われます。」

 TAIを生成する際は各国が所有する原子時計の時刻を単純平均するのではなく、国によって信頼性が異なるため、重み付けを変えて加重平均を行う。NICTの原子時計によって生成する時刻は、各国の国際時刻比較の参加機関の中でも機器の運用・管理において信頼性が高く、全世界の中で8%以上の寄与率を誇るという。

「協定世界時UTC」と「日本標準時(JST)」の違い
各国の国際時刻比較参加機関

 このようにして決定されたJSTは、さまざまな手段で社会に提供される。電波時計を補正するための標準電波のほかにも、電話回線による提供「TEL-JJY」やインターネットによる提供サービス(公開NTP)などさまざまな形で時刻配信を行っている。

TEL-JJYの装置

 標準電波の送信については、福島県田村市の「おおたかどや山標準電波送信所」と、佐賀県佐賀市・福岡県糸島市境界の「はがね山標準電波送信所」の2カ所で行っている。

 「おおたかどや山の送信所については、原発事故直後にしばらくスタッフが不在となり、そのために標準電波が送信されない不具合が起きたことがありましたが、現在はNICT本部から制御することが可能になっています。電波を送信するだけならば無人でも運用可能だと思われるかもしれませんが、無人にすると落雷などでトラブルが起きる可能性があります。また、NICT本部に設置されているCs原子時計とは別に、標準電波送信所でもCs原子時計が稼働しており、NICT本部で生成される時刻との比較などに利用しています。これらの監視も必要となるので、人の手による管理は欠かせません。」

 岩間氏自身も、原発事故の後におおたかどや山の送信所に行ってメンテナンスなどを行ったことがあるそうだ。正確な時刻を生成し、それを配信するまでには、さまざまな人の苦労があることが実感させられる。

標準電波の送信所
「おおたかどや山標準電波送信所」の模型
標準電波のタイムコード

GPSと標準電波によるハイブリッド方式

 このような標準電波による時刻補正と並んで最近注目されているのが、GPS衛星から送信された電波を利用した時刻補正だ。ハンディGPSやカーナビではGPSを使った時刻補正が行われているほか、最近では標準電波ではなくGPSからの電波で時刻合わせを行う時計も発売されている。GPSが配信する時刻情報(GPSタイム)は、米国海軍天文台が生成している「UTC(USNO)」と同期しており、厳密にはJSTと比べてわずかにズレがあるが、一般的な使い方ならば電波時計とほぼ同じ精度で補正できる。

 このGPS時計と電波時計の両方式を組み合わせたのが、カシオ計算機が今年4月、時計の世界的イベント「BASEL WORLD 2014」にて発表したG-SHOCKのコンセプトモデル「GPW-1000」だ。このGPW-1000の企画にかかわったカシオ計算機の岡本哲史氏(羽村技術センター時計事業部モジュール開発部モジュール企画室)に、東京都世田谷区にある「樫尾俊雄発明記念館」でお話をうかがった。

GPW-1000
カシオ計算機株式会社の岡本哲史氏

 樫尾俊雄発明記念館は、カシオ計算機の創業者メンバーの1人である樫尾俊雄氏の生前の家を改装し、同氏の発明品などを展示している(見学は予約制)。同記念館内に6月10日、「時の部屋」が新設され、カシオの歴代時計を紹介するコーナーが一般公開される。カシオの時計の第1号機である「カシオトロン」や、G-SHOCKの1号機「DW-5000C」、計算機を搭載した“データバンク”(CD-401)、世界初のGPS搭載腕時計となったPRO TREK「PRT-1GP」など、カシオの時計の歴史において、節目となるような時計やユニークな時計などを数多く紹介しており、カシオファンには見応えのある内容となっている。いずれはGPW-1000がこのコーナーに飾られる日も来るかもしれない。

樫尾俊雄発明記念館
歴代のカシオの時計が並ぶ
カシオトロン
DW-5000C
CD-401

カシオトロン以来培ってきた技術が詰まった「GPW-1000」

 GPW-1000の特徴であるGPSと標準電波によるハイブリッド方式は、どのようなコンセプトから生まれたのだろうか。

 「GPW-1000で目指したのは、あらゆる環境下において安定的に時刻を取得できるシステムです。GPS衛星の電波は、屋外であれば、都市部以外で標準電波を受信できないような場所でも受信できますが、反面、電波時計に比べて消費電力が大きい。標準電波を受信できるエリアでは電波時計として、それ以外の地域ではGPS電波で時刻を取得するというハイブリッド方式にしたのです。つまり、双方のメリットとデメリットを補い合うことにしたわけですね。そのために、世界地図を2600メガピクセルの解像度で区分けして、ピクセルごとにタイムゾーンやサマータイムの設定を設けました。」

竜頭を押すことにより測位

 1ピクセルはおよそ500m四方に相当する。GPSで緯度・経度を測位することにより現在地を判別し、そこが標準電波を受信できるエリアならば電波時計として機能し、それ以外のエリアならばGPSによって時刻補正する。こうすることにより、GPSだけを使って時刻補正する時計よりも低消費電力を実現している。前述したように、GPSによる時刻補正は電波時計に匹敵するほど正確だ。

 「アナログ時計の場合は文字盤のデザインなども重要です。文字盤の下には太陽光で蓄電するためのソーラーセルを内蔵しているのですが、電力を得るためには文字盤を薄くしなければならないし、装飾も省かなくてはなりません。電波時計とGPSのハイブリッドならば、低消費電力のため、文字盤もある程度、色を付けられるし、G-SHOCKならではの多彩な文字盤の表現が可能となります。」

低消費電力のため多彩な文字盤の表現が可能に

 この低消費電力を支えているのが、ソニー製のGPSチップ「CXD5600GF」である。同チップはスマートフォン向けの測位チップで、GPW-1000にはこれを時計用にカスタマイズしたものが使われている。低消費電力を突き詰めるため、GPSによる時刻補正を行う場合は、通常3~4衛星の電波を受信しようとするところを1衛星のみの受信にとどめるようにした。

 実はカシオは、1999年にGPSを搭載した腕時計「PRT-1GP」を発売しており、樫尾俊雄記念館の時計コーナーにも展示されている。この製品はGPS搭載の腕時計としては世界初だという。PRT-1GPでは、GPW-1000と異なり、時刻補正のためではなく緯度・経度情報を取得するための手段としてGPSを用いている。同製品を含め、カシオ計算機ではこれまで3台のGPS搭載時計を発売しており、今回のGPW-1000にはそのようなGPS関連のノウハウも詰まっている。

PRT-1GP

 「GPSを時計に搭載する技術に加えて、G-SHOCKで培った耐衝撃性を実現する技術、アナログ時計の技術、電波時計の小型化技術など、GPW-1000には、カシオトロンからG-SHOCK、電波時計へと続く、これまで培ってきた数々の技術が詰まっています。スイスの時計メーカーが機械式腕時計で精度を追求してブランドを確立したように、クォーツ時計でもGPSや標準電波などエレクトロニクス技術を生かすことで精度を追求することはできると考えています。我々としてはそれに並ぶようなものを作っていきたいですね。」

 コンセプトモデルとして発表したGPW-1000だが、年内には一般モデルとして発売する予定だ。カシオ計算機が培ってきたさまざまな技術が詰まったGPW-1000は、G-SHOCKファンはもちろん、世界中を飛び回るビジネスパーソンにも人気が出そうなモデルとして注目される。

樫尾俊雄発明記念館に展示されている昔の計算機
樫尾俊雄発明記念館には今回、「時の部屋」(左)のほか、「音の部屋」(右)も新設。音楽キーボード「カシオトーン」を展示している

(片岡 義明)