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在庫リスクゼロのストア型プリント・オンデマンドで機会損失を防ぐ

 株式会社インプレスR&Dは7月27日、「プリント・オンデマンド(POD)による新出版流通ビジネスモデル説明会」を同社セミナールームにて開催した。登壇者は、株式会社インプレスR&D代表取締役社長の井芹昌信氏と、同取締役の福浦一広氏。

ストア型PODは電子書籍の販売モデルと同じ

 まず福浦氏が、基本的なことから改めて説明。PODとはデジタル印刷機、すなわちプリンターを利用することにより、「必要なとき」に「必要な冊数」を「印刷・製本」できる仕組み。最小1冊単位で製造可能だが、数千冊単位で印刷するオンデマンド印刷に比べると、1冊当たりの単価は高い。これまでも、出版社が少部数の書籍を製造する際には用いられてきた。

 これに対しインプレスR&Dが行っているのは、読者の発注に基づき1冊単位で印刷・製本・販売を行うという、いわば「ストア型」のPOD。出版社は、PDFデータをストアに預けるだけ。印刷・製本・販売はストアが行う。これは電子書籍の販売モデルとほぼ同じだ。

株式会社インプレスR&D取締役の福浦一広氏

 インプレスR&Dは2012年2月に新刊雑誌「OnDeck monthly」を、2012年5月に新刊書籍をPODで発売して以降、Amazonと共同で日本のPOD市場を開拓してきた。経済的に発行が困難な専門書のPODを中心としてビジネス化した「NextPublishing」が代表例だ。

 Amazon PODストアでの販売実績は、2015年6月末時点で約200アイテム3万9000冊。一番売れた本は5400冊、入金ベースで1013万円。2015年4月から6月はAmazon PODストアで35%オフキャンペーンがあったおかげで、3カ月間で9345冊という高パフォーマンスだったそうだ。

Amazon PODストア

PODサプライチェーンを構築

 Amazon PODのポイントは、在庫をいっさい持たずに販売できること、注文が入った分だけ出荷されること、そして、出荷分の印刷費のみ負担すればいいこと。つまりデータさえ制作すれば、初期の印刷・製本コストゼロ、在庫管理不要、返品リスクゼロということになる。インプレスR&Dはこのモデルで、十分採算ベースに乗っているそうだ。

 重版しづらい書籍があるならストア型PODを活用しない理由はないはずだが、相手がAmazonということで遠慮しがちな出版社も多いと福浦氏。ただ、インプレスR&Dとしてもビジネスモデルを特定の1社に依存するのはリスクが大きいため、サプライチェーンを構築することにしたという。

インプレスR&Dが構築したPODサプライチェーン

 三省堂書店は神保町本店にPOD設備を導入しており、全国の支店や楽天市場内のネット書店で注文できる。大日本印刷は楽天市場内に「ウェブの書斎」という直営PODストアを持っており、そこから派生して丸善ジュンク堂やネット書店「honto」でも注文できる。また、京葉流通倉庫との提携により、「NextPublishing特約書店」として紀伊國屋書店、有隣堂、八重洲ブックセンターでの取り扱いも始まった。

 先日始まった楽天ブックスとの協業は、これらの事例とは少し異なる。必要最小限のPOD書籍を数冊だけ在庫として楽天ブックスが保有し、POD対応ストアとして販売する。いわば「擬似PODストア」的なモデルだ。これは、世界最大手の書籍取次会社であるイングラムグループの子会社、ライトニングソース社が採用しているのと同じモデル。これにより、POD設備を持たない書店がPOD書籍を販売できるようになった。

販路はここまで拡大した

 また、楽天は、楽天ブックスの在庫から卸価格で取り寄せ可能な「楽天ブックス 迅速配達サービス」を一般書店向けに提供している。ここに擬似PODストアモデルを追加し、一般書店でもPOD書籍が販売できるモデルを構築中とのこと。今後、販路はさらに拡大していくことだろう。

課題は「できない言い訳」

 ストア型PODの課題は、コンテンツがまだまだ不足している点。出版社から見たPODには、以下のような問題点があるそうだ。

  • 底本と同じ装丁や仕様にならない
  • 製造原価が高いため、価格変更が伴う
  • 業者との交渉が面倒
  • PODにしても売上はわずか
  • PODに適したデータが存在しない

 ただ、「こんなのは全部『できない言い訳』に過ぎない」と福浦氏。できるところからやればいいと提案する。例えば、あるIT関連の資格試験対策書で、対象時期が過ぎたので重版せずにいたものを、実験的にAmazon PODストアで販売したところ、数十冊売れたそうだ。つまり、出版社が「もう売れない」と判断した書籍でも、売れる可能性があるということ。いつ、どこでニーズが発生するかは、分からないのだ。

 経済的理由で重版できず絶版になった文芸系新書の事例では、著者が講演会で利用したいと要望。PODにして販売価格を上げ新装版の別商品として販売開始したところ、100冊単位の著者購入が発生した。つまり、原本と同じ装丁や同じ価格ににこだわらなければいいだけだ、と福浦氏。

インプレスR&Dは、POD取次会社に

 多くの出版社は面倒がって「PODで出すのを著者が許さない」みたいなことを言うが、実際には販売価格が原本の2倍くらいまでなら著者は「売らないでくれ」とは言わないとのこと。つまり、販売を妨げているのは出版社自身だという。PODを活用すれば、著者に対する出版責務を果たせるではないか、と提案する。

 インプレスR&Dには、3年間PODに取り組んできたことにより、各種トラブルの解決策がノウハウとして蓄積されている。PODに特化したPDF作成ノウハウもある。そこで、出版社向けにPODの取次会社をやることにしたそうだ。従来は、Amazon PODストアに出版社と直接応対できる体制がないため、ニーズがあっても応えられない状態だったという。インプレスR&DがAmazonからPOD取次をやって欲しいと頼まれたのは、3年間の経験値があるからだと福浦氏。

インプレスR&DはPOD取次に
流通業務をインプレスR&Dが代行

「売れない本」を出さずにいると、いずれ出版業界は自滅する

 井芹氏はまとめとして、出版社がPODで売上を上げる3つの方法について解説。既存書籍の重版対策にPODをそのまま使おうとする出版社が多いが、オフセット印刷版と仕様を合わせられない問題がある。インプレスR&Dもこの方法はまだ実験段階。また、PODを前提とした新製品を発行するのも、制作フローを変えなければならないのでハードルが高い。

 比較的すぐに実現可能なのは、既存書籍のPOD版を新たに作って販売すること。インプレスR&Dの「出版社向けPOD流通」は、この方式で出版社からアウトソースを受けるサービス。品切れによる機会損失は、一説には3割とも言われている。PODはその穴を埋められる。ロングテールが効く(検索で売れる)そうだ。

株式会社インプレスR&D代表取締役社長の井芹昌信氏

 米国の昨年の出版市場は、すでに15%がPODになっているという。日本は十数年前からPODに取り組んでいるが、当時まだ未成熟な技術だったため「PODはダメ」というイメージを持っている人が多く、なかなか払拭できていないのが現状だという。

 井芹氏はいまの出版業界の問題として、「売れる本」しか出版企画が通らなくなっている点を挙げる。専門書など「売れない本」を企画として持ち込まれても、営業部門から「こんな本は売れない」と言われると出せなくなってしまう。そうしているうちに多様性を失い、出版業界は自滅していくのではないかと危惧する。

 「出版不況」は流通の整備不良。従来型の「大量印刷・大量配布・大量返品」ではなく、時代に合ったエコで効率的な新しい出版流通モデルを築きましょうと呼び掛け、説明会を締めくくった。

(鷹野 凌)