特別企画

「Internet Week」の20年を関係者が振り返る座談会/「Internet Week」で伝えたいインターネットコミュニティの精神

 「Internet Week 2016」が11月29日から12月2日まで、東京・浅草橋のヒューリックホール&ヒューリックカンファレンスで開催される。

 インターネットの技術研究・開発や構築・運用などに携わる人々がリアルで集い、最新情報を共有・議論し、交流を深めるためのこのイベントは、前身となる「IP Meeting」が1990年にスタート。その後、1997年よりInternet Weekという名称で開催されるようになってから、今年で20年目となる。

 今回、同イベントを主催する一般社団法人日本ネットワークインフォメーションセンター(JPNIC)で「Internet Week 2016」実行委員会メンバーによる座談会を実施。Internet Weekの20年を振り返りながら、その目的や今後のあり方について語り合った。


「Internet Week 2016」実行委員会メンバー

  • 砂原秀樹氏(WIDEプロジェクト/慶應義塾大学大学院)
  • 高田寛氏(JPNIC理事)
  • 藤崎智宏氏(JPNIC理事/Internet Society Japan Chapter(ISOC-JP)/日本電信電話株式会社(NTT))
  • 法林浩之氏(日本UNIXユーザ会(jus))
  • 山賀正人氏(CSIRT研究家)

  • 前村昌紀氏(JPNICインターネット推進部部長)

「Internet Week」の始まり

――Internet Weekが今年で20周年ということで、本日は「Internet Week 2016」実行委員の皆さまにお集まりいただきました。インターネットそのものやInternet Weekの20年の歩み、また、これからの展望などをうかがいたいと思います。よろしくお願いします。

砂原氏:
 Internet Weekの始まりは1997年だけれども、その前身は、1990年から開催されていた「IP Meeting」というミーティングなんだよ。IP Meetingは、インターネットの円滑な運用と順調な発展のため、中立な立場から技術的な調査検討を行って、必要な事項を勧告するグループであるJEPG/IP(Japanese Engineering & Planning Group/IP)が、WIDEプロジェクトやTISN(Todai International Science Network:東京大学理学部国際理学ネットワーク)などといった学術系を中心としたいわゆる「ネットワークプロジェクト」と協調して、情報交換を目的に始めたものなんだ。

法林氏:
 さすがにその時代は、私も経験していないのですが、確かIP Meetingは7年間続いて、1997年にInternet Weekになったということですよね。きっかけって何だったんですかね?

砂原氏:
 きっかけは今となっては判然としないところもあるけれども、1990年代半ばになると、ネットワークもアカデミックなネットワークということだけではなくて、いわゆるビジネスでインターネットを提供するISPも立ち上がってきていて、ネットワークオペレーションに携わる人が増えてきていた。インターネットはその人の間での合意なども取りながらつないでいく必要があったし、実際にいろんなイベントも立ち上がり始めていたけれども、実際に手を動かしている人は一緒だったりして、そうなると「個別具体のイベントを別々にやっていくのはあまりに大変なので、必要なことは全部聞けて、いっぺんで分かるようにしたいよね、ということでInternet Weekをやるような方向性に話がぐいっといったと思う。

砂原秀樹氏(WIDEプロジェクト/慶應義塾大学大学院)

山賀氏:
 また、ネットワークのオペレーションに携わる人が増えて、教育もしていかないといけないという流れも強かったですね。コンピュータ緊急対応センター(JPCERT/CC)が立ち上がったのは前年の1996年ですが、次の年の1997年にそれまでのJEPG/IPに加えてJPNICが共同主催者となり、WIDEプロジェクト、日本ソフトウェア科学会、日本UNIXユーザ会、日本インターネット協会、JAVAカンファレンス、JPCERT/CC、電子ネットワーク協議会などの参加を得て実行委員会が結成され、パシフィコ横浜にて「Internet Week 97」が行われたと記憶しています。

――なるほど、情報共有と教育が同時にできる場としてInternet Weekがしつらえられたと?

砂原氏:
 そう。そして20年経った今も、そういうInternet Weekの目的はそう変わっていないと思うけれども、しかし、やはり20年も経つと違ってきている部分もあるよね。

――20年経って、どんな部分が変わってきていますか? 引き継がれているものと引き継がれていないもの、もしそんなものがあれば教えてください。

砂原氏:
 初めは、やっぱりインターネットの資源管理やルーティングを中心に、ネットワークの運用をどうやるか、そのために何が必要か、という観点がほとんどだったし、それしかなかった。でも今は、ネットワークの運用という切り口だけでは全くダメで、プロとしてセキュリティをやっている業界の人もいるし、アプリケーション業界の話も聞かなければならない。だからこそ、たくさんの専門的に分けられた業界の人がInternet Weekのプログラム委員にもなっているし、そういう専門的なプログラムが提供されていると思う。

法林氏:
 そうですね。プログラム委員の顔ぶれはかなり変わってきていますね。

砂原氏:
 オレなんか、プログラム委員会に来ると知らないヤツがいっぱいいる。でもそれは「ああ、ちゃんと健全に新陳代謝がされているのは、いいことだな」と思って見ている。

 例えば「情報セキュリティ」ひとつ取ってみても、こういう言い方は語弊があるかもしれないけれども、簡単に言えば、以前は一部の人が取り組んでいてくれればよかった。つまりは、山口英(故人)と歌代和正に任せておけばよく、その時代は「インターネットセキュリティ」というコマがInternet Weekにも1つあればよかった。しかし今は、10本くらいセキュリティトラックが必要でしょ?

 これは、今は守るものがたくさんできたということ。インターネットがあって当たり前の社会基盤となり、その上で「財」が扱われ、下手をすると人の命までかかわってくるようになった。これが一番大きく変わったことなんじゃないかな。

藤崎氏:
 確かに、最近はセキュリティのセッション、すごく多くなっていますよね。こんなふうになったのは一体いつ頃からでしょう?

山賀氏:
 これはInternet Weekの開催地がそれまで定例だったパシフィコ横浜から、秋葉原に移った2007年ごろからではないですかね?

 当時は情報セキュリティをやっているところというとJPCERT/CCとJNSA(日本ネットワークセキュリティ協会)くらいで、2003年からはInternet Weekの中で「Security Day」という枠を設けて1年間のセキュリティ動向を振り返るセッションをやってました。2007年までのInternet Weekは、実行委員会の下で多くの団体が共催して開催するという格好だったので、JPCERT/CCやJNSA、Telecom-ISAC(現:ICT-ISAC)はそういうセッションを担当していたわけです。

 2007年に主催がJPNICに一本化されて、それまで共催していた団体はプログラム委員会には入るけれども、後援という形になって、プログラムの形も変化しましたね。

高田氏:
 2007年にInternet Weekにそういう体制的な変更があったのには、どんな理由だったんだろう?

前村氏:
 Internet Weekが1997年に始まってから、ブロードバンド化の隆盛に伴い、オペレータの数も増え、参加者数もどんどん増えていったけれど、10年くらいそういう傾向も落ち着きましたね。また、レイヤーをまたいだ、より専門的な知識が必要になっていく傾向が見られたのですが、共催という形だと、団体によって方向性も違うし、最終的な収支などの責任を、いくつかの社団法人や財団法人という公益法人が分担して負担するという形に無理が出てきたんですよね。

 そのため、各団体はプログラムの立案と実行には今まで通りにかかわっていくけれども、収支などの最終責任はJPNICで持つという体制的な変更をやったんです。

前村昌紀氏(JPNICインターネット推進部部長)

インターネットコミュニティの精神を伝えていかなばならない

藤崎氏:
 そうはそうと、先ほどインターネットは財とか命を扱っているって話になりましたけれど、今、IoTが大流行ですが、IoTこそ人の命がかかわってくるんじゃないですかね?

山賀氏:
 そうですね、IoTは本当に怖いですよね。IoTを基盤にしたボットネットも流行っているし、Telnet空きっぱなしとか、認証のIDとパスワードもハードコードされていて、admin-adminで入れるなどという話もよく聞きますね。

高田氏:
 そういうのって、昔のルーターでもあったよね。そういう知見が、我々から新しくIoTをやっている人たちにきちんと継承されていないことが問題だよね。

法林氏:
 かかわる人は増えているけれども、レベルが上がっているわけではないと。

山賀氏:
 重要インフラのセキュリティについては、本当に危機感を覚えますね。彼らはITを業としているわけではなく、会社の事業に必要だからIT利用しているわけで、ITについてのスペシャリストを数多く抱えているわけではない。例えば何かのセキュリティインシデントが起こったとして、そういうインシデントが、もしかしたらテロかもしれない。それをどう察知するか、そしてもちろんどう防ぐのか。大きな問題だと思います。

山賀正人氏(CSIRT研究家)

高田氏:
 そういう意味で、Internet Weekに来てもらいたい、聴いてもらいたい人の層というのは広がっているけれども、Internet Weekがそういう人たちに十分にアウトリーチできているかどうかは考えないといけないな。

 「それはネットワーク業界が対応すればいい」ではなしに、自分たちのことだと思ってやってもらえるように、興味を持ってもらうことが重要だけれど、それがなかなか難しい。

高田寛氏(JPNIC理事)

山賀氏:
 電力系事業者は、身近に感じて対処しているところも多いですね。でも、一般論として、重要インフラ事業者さんにはもうちょっとがんばってほしいなと思うことはあります。

高田氏:
 ソリューションを使えればいいだけではなくて、本当は、要素技術や基礎を知ってもらわないと対処できないことも多いんだよね。

法林氏:
 企業の文化に、インターネットの精神を受け継ぐ「コミュニティ文化」というものがそもそもない上、それどころか「コミュニティで決めてる、何それ?」的に、それがなんだか想像すらつかないというのが、これが大きな問題かもしれないですね。

法林浩之氏(日本UNIXユーザ会(jus))

砂原氏:
 それは“歩くインターネットコミュニティ”である法林の責任じゃないか!?(笑)

 それは冗談だが、インターネットにおける「自律・分散・協調」という精神、それを支えるために皆が集まってコミュニティを形成し、そこで物事を決めていく、そしてそれをトラストしていくというそのモデルは、企業や組織、そして国家などのある種の中央集権的な集まりとは異なるコンセプトであり、本当に理解されにくいもののように思う。サーバーとクライアントのようなモデルは理解されやすいと思うんだけれど。

藤崎氏:
 だから、第二の、そして第三の法林さんをどう育てていくのか?が重要になりますよね。コミュニティのメンバーをどう育てていくのか、つまりは次の世代をどう育てていくのか、ということ。

 30歳台前半がこういう精神を理解して自分のこととして取り組める下地を作らないといけない。その上で自由に好きなことをできるようにようにならないといけない。Internet Weekや我々が、踏みつけて、その上で上がっていけるような基盤にならないといけないと思います。

藤崎智宏氏(JPNIC理事/Internet Society Japan Chapter(ISOC-JP)/日本電信電話株式会社(NTT))

前村氏:
 インターネットにおける「トラスト」はある種、哲学的ですよね。今はルール作りのプロセスをオープンでボトムアップなものに整えることで皆にトラストしてもらっているわけですが、junet adminがJPドメイン名を最初に登録し始めた時代、どうやってそのjunet adminを、皆がトラストすることができたんだろう?という疑問が湧きました。

砂原氏:
 携わっている人の顔が見えていたので、トラストできたということだと思うよ。しかし今は、顔が見えない中でトラストできるメカニズムが必要とされている。そしてそのメカニズムを動かすにあたって、プロセスだけを信じているとどこかで矛盾が起こる。だから、難しい。

藤崎氏:
 今って顔が見えるどころか、海外まで考えないといけないですよね。日本人ばかりだったら思考パターンが分かりやすいのに、と考えることがあります。

砂原氏:
 確かに。グローバルになると言葉の壁もあるし、「なんで約束を守らないの!?」などといったにわかに受け入れがたい文化の壁にぶつかることもあって大変だとは思うけれども、世界を相手としてやっていかないと、そして共感をつなげていかないといけないんだよね。

 そんな中で、今までインターネットを作ってきたとしてリスペクトされている人たちは、これがグローバルなものであるということを忘れないでやってきたからこそ、今のいろいろな活躍があるんじゃないかな、と思っている。法林だって、日本だけで戦ってちゃダメだ!!

教えることを教えられる場に

――海外つながりで話すと、海外で行われるインターネットに関するカンファレンスやセミナーなどの資料を見ることがありますが、海外、特にアジアでのマテリアルはベーシックなものが多い印象です。一方、Internet Weekのマテリアルは本当に具体的で、レベルが違うな、やっぱりすごいなと思うことがあります。こういうのは日本というコミュニティの成果として、海外でもっとアピールできるといいのですが。

砂原氏:
 そういうことを聞くと感慨深いな。INTEROPだって、当初は半分以上、海外からのスピーカーが講師だった。今はどこに行っても日本人だけでやれるようになっている。

藤崎氏:
 Internet Weekの国際化が必要になっているんですかね?

前村氏:
 そうかもしれないですね。Internet Weekの話を海外ですることがあるのですが、「英語でのセッションはあるの?」と聞かれて、「ない」と答えると、「そうか、残念だな」と言われることがあります。

藤崎氏:
 フェローシップとか、そういう支援制度を設けてもいいのかもしれませんね。あるいは、マテリアルを英訳して公開するとか。

砂原氏:
 海外の人は言語を覚える力も強いし、必死に覚えたい人はどんなものでも吸収するから、そこまでしなくても今のようにマテリアルが公開されている、という状態でもいいのかもしれない。

 それよりも必要とされているのは「教え方を教える」ということではないかな。こういうことは、日本のコミュニティが連携して、そしてJPNICやAPNICなどが連携して進めていけるといいことだとは思う。

――「教え方を教える」のは良いことだと思いますね。Internet Weekの参加者も徐々に年齢層が上がっています。これはインフラ基盤を支える技術者の現役時代が長い、ということだとも思いますが、適切な世代交代もしていかねばならないですし。

砂原氏:
 会議をやると年齢層が上がっていくのは、この業界、どこでも言えることだよね。年齢が上になるほど、外に出やすい一方、こういうところに若い人材を出していこうという余裕がなくなっているのは事実だと思う。今は20代の社員に「こういうところで1日勉強して来い」というのは無理だったりすることもある。昔はバブルだったし、経済状態も良かった。

高田氏:
 昔は今のように「ネットで検索」なんてこともできなかったし、外部の知識や知見を共有してもらえなければ、ISPなんて作れなかった。だから、何としても必然的に外に出ざるを得なかった。

砂原氏:
 「ネットで検索」、これにすることによって一番良くないのは、外に出る機会が減ったこと、そして全体像を見ようとする力が衰えてきていることじゃないかなぁ。

 検索すれば何でも出てくる。それをコピーしてペーストすれば形になる。この間、関係ある部分だけのJavaとPerlのソースコードを持ってきて「これらはどうしてくっつかない?」と騒いでいるヤツを見たが、本当にくっつけたいんだったら工夫が必要。本来くっつかないものをくっつけたり、関係ない業界と一緒にやっていくのか面白いことに気付いて欲しいのだけれどね。

理想の「Internet Week」とは?

――今まで意見が出ましたが、今まで20年、そしてこれから20年もInternet Weekを続けていくためには、何が必要だと考えますか?

高田氏:
 一口に20年とは言うけれども、継続とは、ただただ続けることではなく、その時代に即したものを伝えられるかということ。Internet Weekを毎年ちゃんと開催しているのは伝える使命があると思っているから。今までもこれからも、継続するけれどもマンネリにはしないということを重要視してやっていきたいね。

法林氏:
 先ほどの話にもありましたが、2007年に転換期があって、秋葉原に会場が変わり、プログラムの組み方が結構変わったと思う。そこでコンパクトな仕様にはなったけれども、その後、参加者はゆるやかに伸びており、いいコンテンツさえ作れば人は来てくれるという手応えが、僕自身がプログラム委員会を長年続けるモチベーションになっています。まだこれからどのくらいやれるかわからないけれど、がんばりたいですね。

山賀氏:
 20年同じフォーマットを継続しているのではなく、その時々に形を変え、新しく生まれ変わりながら続けてこられたのはすごくすばらしいことだと思いますね。今回は会場も新しくなるし、2007年から10年だし、今年のInternet Weekも転換のInternet Weekになるかも。

 今どき「Internet Week」というネーミング自体が、何かこう、広すぎるというか、もやっとしたタイトルだと思うんですよね。でもこのもやっとしたところが気に入っています。だからこそ、何でも取り込めるし、そういう風に何でも取り込める基盤的なものが他にないからこそ、存在価値があると思いますね。

藤崎氏:
 Internet Weekの過去のプログラムを見ると、低いレイヤーのものが中心でした。今は「Internet Weekというからこそ、アプリケーションなどの高レイヤーの主題も取り上げないと」という雰囲気がありますが、それでいいのかな、という思いが強いですね。下のレイヤーが薄くなっていくという傾向は良くないと思う。

 アジアもがんばっている中で、日本から教えていける人が少ないという現状もある中で、低レイヤーに興味を持ってもらうことを促進していくことが重要かな、と思います。

山賀氏:
 それから個人的には、10代のセキュリティ犯罪をどう防ぐか、こういうのはInternet WeekやJPNICでかかわって取り組んでいくのがいい気がしますね。

 本当は高校生くらいからではなく、もっと初等教育で、コミュニティ文化を教えられるといいんだと思います。その過程において、先ほどのトラストの話ではないですが、人が見えているということは大きな信頼につながるので、Internet Weekをみんなで動かしていることを見せながら、法林さんが体現するようなインターネットのコミュニティをもっと許容できるような社会を広げていきたいですよね。

砂原氏:
 やっぱりインターネットは、「コミュニティが動かしている」というところが、肝だと思うんだよね。人の結びつきや協調によって社会の効率性を高める、そうしたソーシャルキャピタルを上げるよう、海外も含めたいろんな人に、インプットしていかないといけない。

 今日の話にもあった通り、今まではIT系だけをカバーすればよかったけれども、国内の異業種とか、海外とか、裾野の広がりに伴って、さまざまな分野にインターネットコミュニティの文化を広げていかないといけない。

 そのためには、僕らの世代じゃない人が、いろいろなものを動かしたほうがよく、人が主役である限りにおいては、若い人にいろいろなことをやらせるべきだと思う。今回のInternet Weekプログラム委員会みたいに、若い人ががんばれる土壌を作り、Internet Weekにいろんな人を投入できるようして、インターネットをつなげていきたいね。