福井弁護士のネット著作権ここがポイント

著作権法改正でこう変わる――DVDリッピング規制、元・日本版フェアユース

ただ今国会審議中


 春だというのに多重債務者。原稿の。なぜ原稿というものは、引き受ける時にはすぐ書けそうに見えるのだろうか。

 そんな折に国会では著作権法改正案。これが結構一筋縄ではいかない。さらに別口で議員立法のうわさ。加えて、遠くから激論必至の条約の足音。

 という訳で今回は編集部のご所望で、「ただ今国会審議中/著作権法はこう変わる」の駆け足解説を。

 まず、今回の改正案だが、大きな柱は3本ある。

改正案の柱1:「元・日本版フェアユース」

 もうこの規定、長い航海の果てに出発時とは見違えて何と呼んだらいいのかわからないので、こう呼ぶことにする。

 そもそも「日本版フェアユース」とは何か。世の中には法令の原則通りに著作権者の許可を求めていると、かえって社会が混乱する領域がある。たとえば個人で楽しむための複製(私的複製)などがそうだ。そこで著作権法に例外を設けて、一定の条件を満たした利用は無許可でやっても侵害ではないことにする。これを制限規定といって、前述の「私的複製」や「非営利の上演演奏」など、今は28種類ある。

 ところがこの制限規定、個別のケースごとに細かい条件が書かれており、それを満たさないと許されない。しかも立法までかなり時間がかかるので、新しいビジネスやメディアへの対応が難しい。という訳で、「目的や規模に照らして、権利者に実害がないような公正な利用は許す」といった、一般的な規定(バスケット規定)を置く国もある。「フェアユース」といい、米国・台湾・シンガポールなどにあり韓国も導入を決めている。

 日本にも取り入れようと内閣の知財戦略本部が「知財推進計画」で「包括的な権利制限規定」をうたったのが2008年。文化審議会に下りてきて、「権利制限の一般規定」と呼ばれた。

 しかしこれに異論が出た。「そんな曖昧な包括規定を入れても悪用する輩の口実に使われるだけ」というのだ。

 なるほど。フェアユースは法律で大枠だけ決めておいて各自の自己責任で作品は使い、それで意見が割れたら裁判で判断しようという発想。部分的とはいえ「事前規制型」から「事後の司法救済型」への転換だ。「そもそもあまり裁判を活用しない日本人に使いこなせるのか」という懸念にも一理ある。

 関係者の協議が続き、どうなったか。

 悪用されないよう、実際にいま困っている領域を個別特定して条件を細かく定めた。
え? 「条件を細かく定めるならそれはもうフェアユースではないのでは?」

 その通りだ。だからもう「権利制限の一般規定」とは呼ばれない。つまり、新しく4つの、まあ控え目な個別規定が出来たのだ。見てみよう。

[1]付随的利用:1)「写真撮影・録音・録画」の場合に限り、2)対象物から分離困難な付随物や音を、3)軽微な構成部分として複製・翻案しその後利用することができる。
※4)著作権者の利益を不当に害してはならない。

 いわゆる「写り込みOK」の規定。確かに、現場でもよく判断に困る領域だ。

 写真や映像を取る際に、建物や公園の彫刻などが写り込むことがある。でも大丈夫。現行の著作権法には「公開の美術等の利用」という制限規定が既にあって(46条)、建物とパブリックアートの写り込み・写し込みは基本的に適法である。

 では、背景に映画のポスターが写ったらどうか。室内の撮影でバックに絵が掛っていたり、友達の写真を撮ったらキティちゃんのTシャツを着ていたらどうか。こうした「その他の写り込み」をOKにする規定である。

 ただし、上の条件が付いた。1)があるので、たとえば絵画やマンガに背景として映画ポスターを描くといったことは対象外。他方、4)の「著作権者の利益云々」はほかの制限規定にも見られるセーフガード。

 問題は2)の分離困難性・付随性だ。背景の映画ポスターや絵画はどうなのだろう。「外せばよいから分離困難ではない=違法」となるのか? Tシャツは「脱げばよい=写り込み違法」か? とすると、分離困難な物とは何だろうか。まあ、通行人の写真を撮る時に「脱いでください」とも言いづらいだろうから、その場合に服のキャラクターが小さく写り込むのはOKなのだろう。他方、「写り込み」でなく「写し込み」と言えそうなケースは大半、この規定では難しく見える。

 基準としてはまだ曖昧で、現場では「分離困難性」で迷いそうだ。……ん? ちょっと待て。フェアユースでは曖昧で結果が予測できないから個別の規定にしたような気が。

[2]適法利用の検討過程での利用:1)権利者の許可などを得て作品を利用しようとする場合、2)その検討過程に、3)必要な限度で作品を利用できる。
※4)著作権者の利益を不当に害してはならない。

 たとえばポケモンの商品化を企画する過程で、企画書にポケモンを描くといった利用だ。

 なるほど、これが侵害だと言われたら、許可をとって商品化しようという話自体が進められないので、納得できる。まあ、誰かそれで困っていたのか、という意見もあろうが。

[3]技術開発等のための試験での利用:1)公表作品は、2)著作物の利用のための技術開発・実用化のための試験に、3)必要な限度で利用できる。

 たとえば映像・音楽の再生機器や録音・録画機器の試験のための利用だ。新技術を開発する側には、確かに安心な規定だろう。なお、目的はあくまで試験なので開発後のプロモーションや営業のためのデモに作品を使うことはできない。念のため。

[4]情報通信の準備のための情報処理:1)ネットワークで情報を提供する場合、2)その円滑化・効率化の準備に必要なコンピューターでの情報処理に、3)必要な限度で作品をメディアに記録・翻案できる。

 これでもかなりわかりやすくかいつまんだ。だいたい条文にはコンピューターなんて書いていない。「電子計算機」である。

 想定しているのはネットの分散処理のためのキャッシングなどらしいのだが、審議会の検討過程ではあまり具体例が挙がっておらず、どこまでが守備範囲かは実はよくわからない。ただ、あくまでも「準備のため記録・翻案できる」であって、「公衆送信・上映できる」ではないので、公衆の目に触れるようなデジタル利用がこれで許されることはないだろう。

 以上、いわば形式的な侵害はOKというものが多い。「教育・研究」「パロディ」「アーカイブ」「リバース・エンジニアリング」などフェアユースの適用が取り沙汰された分野は、今後、個別の権利制限規定を議論することになった。

 意地悪くいえば、今現在あまり人が心配していないことを、「大丈夫だよ!」と確認するための規定が残ったといえるか。写り込みOKや試験開発のための利用は重要だが、前者の基準はやや曖昧だ。今後現場で実例を積み上げて、血肉を付けていく作業が必要だろう。

改正案の柱2:国会図書館の所蔵絶版本等の全国図書館での配信閲覧

 地味に映るかもしれないが、これは侮れない改正である。国会図書館は日本のほとんどの書籍・雑誌等を所蔵している。すでにそのうち210万部をデジタル化済みという(デジタル化自体は無許可でできる法改正が済んでいる)。

 今度はそれを全国の公共図書館・大学図書館等に配信し、利用者が閲覧できるようにするのだ。調査・研究のためなら部分プリントアウトもOK。対象は、「絶版やこれに準ずる理由で一般に入手困難な書籍等」。ご存知の通り、過去の書籍・雑誌はかなりの部分がもはや市場には回っていない。つまり、この改正で全国の図書館は、(態勢さえ整えば)もとの所蔵図書の何十倍もの、市場にない書籍等を読むことができる一大情報ターミナルに発展する可能性があるのだ。

 対象は「入手困難な書籍等」なので、その点が適正に運用されれば作家・出版社の収益への悪影響も少ないはずだ。仮に復刻出版や電子出版などされれば、図書館での配信閲覧の対象からははずされるのだろう。その意味では、民間が提供困難な情報を公共セクターが提供しようという、「ダークアーカイブ」の発想も感じる。

 先日、官民ファンドの150億円の出資を受けて発足した出版デジタル機構との連携など、新たな「知のオアシス」の誕生に期待したい。

 なお、今回は「公文書等の公衆への提供利用」という大事な改正条文もあるがスキップ。

改正案の柱3:「暗号型技術」回避規制(DVDリッピングなど)

 最後に、かなり話題になったこれである。

 現行法には「技術的保護手段」という長たらしい名前が登場する。DRM(デジタル著作権管理)の中でも、「コピーガード」などを指す。身近なものでは音楽CDのSCMSや映画ビデオテープのマクロビジョン方式。つまり、著作権を守るセキュリティなので「技術的保護手段」。これをはずすソフトを売ったりすると違法で、刑事罰もある。また、はずした上で複製すれば、仮に個人的な使用の目的でも私的複製とは認められずアウト。

 ところがこの規制、対象は「コピーガード」だけで「アクセスガード」には及ばないとされてきた。つまり「視聴したりプレイできなくするためのプロテクション技術」は、はずしても著作権法上は違法ではないという理解。たとえば、DVD系に利用されるCSSやCPRM、ゲームのセキュリティのような暗号型技術だ。

 最近話題になった「魔法のB-CASカード」をご存知だろうか。台湾の業者が5万円弱の価格で売っているというカードで、これを通常のB-CASカードの代わりにデジタルチューナーに差し込むと、WOWOWやスカパー!を半永久的に無料で視聴できる、というのだ。

 こういうアクセスガードはずしを売る行為も、「不正競争防止法」という他の法令には違反し、差止・損害賠償や(昨年からは)刑事罰の対象である。今回は、暗号型の技術も「技術的保護手段」の定義の中に入れてしまい、著作権法でもアクセスガードはずしの提供を規制しようというもの(その結果、対象行為が若干広がる)。

 なお、こうしたアクセスガードをはずして作品を視聴すること自体は、今回の改正で違法になる訳ではない。ただ、アクセスガードをはずした結果、作品の録音・録画も可能になるケースが多いだろう。そういう録音・録画を行うと、たとえ個人的な目的でも違法になる。

 ざっくりまとめれば、こうだ(黄色が今回の改正案)。

著作権法不正競争防止法
差止・損害賠償等刑事罰差止・損害賠償等刑事罰
コピーガード回避をともなう私的複製あり×××
回避装置の公衆への譲渡等ありありありあり
アクセスガード回避をともなう私的複製「あり」へ×××
回避装置の公衆への譲渡等「あり」へ ※「あり」へ ※ありあり

※回避しても複製ができないようなアクセスガードはずしは対象外

 この改正案、ネット等では「誰得」と評判が悪い。が、「アクセスガードはずし」規制自体については、筆者はやむを得ないかなと思う。

 魔法のB-CASを買って、他の人が払っている視聴料を払わずに観て、しかも録画までする。それはやはり不正以外の何者でもない。WOWOWもスカパー!も加入料で作品の製作費・買い付け費を賄っているのだ。皆が同じことをすれば、彼らは番組を提供できなくなるだろう。何より、真面目に払っている人に対して不公平だ。

 実際、批判は主にDVDリッピングができなくなる点に集まって見える。CDではできるリッピングが、そもそもDVDではできない。利用者本人による個人的なコピーさえできず、自分の携帯端末に映像を入れて持ち歩くこともできない。おかしいじゃないか、それをはずすくらい当然だ、という不満だ。つまり、今回の法改正以前に、そもそもDVDなど特定のDRMが強すぎることへの不満なのだろう。

 この点は、もっともな部分がある。

 誤解がないようにいえば、筆者はDRMをすべて否定するつもりは毛頭ない。DRMフリーは、今後ビジネスとしては広がるだろう。ただ通常、コンテンツの市販価格は個人使用を前提に設定されるので、その範囲を超えて無限にコピーされたり流通しないようにプロテクションをかけたい事業者がいるのは理解できる。

 ではあるが、やはりDRMで私的複製を完全に不可能化してしまうのは疑問だ。無料のデジタル放送でも10回までコピー/ムーブできるのに、購入した市販DVDがただの一度もコピーできなくてよいのか、という指摘には理がある。

 拙著『著作権の世紀』(集英社新書)でも書いたが、私的コピーをどこまで、どの規模で許すかは一国のコンテンツ政策の根幹である。過度なDRMに対するガイドラインなど、市場が最適解を示せないなら、なにか公的な基準が必要になるのかもしれない。

 不公正なアクセスガードはずしの規制はやむを得ないが、それが同時に「強すぎる」と見られるDRMへの不満を高める。そんな課題も、今回の改正案は残した。

 さて、紙面が(ウソ。根気が)尽きた。今国会のもうひとつの話題、「ダウンロード処罰化」は別な機会に譲ろう。ワクワクさせる部分、考え込ませる部分、無味乾燥に見える今回の改正案にもさまざまな問いかけがある。皆さんは、どんな感想を持たれただろうか。

【お詫びと訂正 18:40】
 記事初出時、不正競争防止法においてコピーガードおよびアクセスコントロールの回避装置の譲渡等は、刑事罰の対象にはならないと記載していましたが、昨年12月より刑事罰の対象です。お詫びして訂正いたします。


関連情報



2012/4/11 12:38


福井 健策
HP:http://www.kottolaw.com Twitter:@fukuikensaku
弁護士・日本大学芸術学部客員教授。骨董通り法律事務所代表パートナー。著書に
著作権とは何か」「著作権の世紀」(ともに集英社新書)、「契約の教科書」(文春新書)ほか。最近の論考に「全メディアアーカイブを夢想する」など。