福井弁護士のネット著作権ここがポイント

著作権「死後50年」は本当に短すぎるか? 10分でわかる正念場の保護期間問題

大詰め迎える保護期間延長問題

福井健策弁護士

 6月6日放映のテレビ東京「ワールドビジネスサテライト(WBS)」は、交渉大詰めのTPP知財特集だった。その前には日本経済新聞(http://www.nikkei.com/article/DGXDZO54918090R10C13A5TCJ000/)や東洋経済など、TPP知財をめぐる大型のまとめが続いている。WBSは前半が著作権期間延長などコンテンツ面での危惧、後半は医薬品など特許方面の輸出の期待。概ね、手堅い特集だった。最後のコメンテーター(高橋進氏)の、「短期には日本に損でも知財強化のルール統一のメリットが上」という、大雑把極まりないまとめを除けば。

 待ってくれ。まず同じ知財でも著作権と特許は全く別個な存在で、TPPではそれぞれ多数の条文が参加国の対立を招いている(http://www.kottolaw.com/column/000438.html)。そのうち「著作権の期間延長」ひとつとっても、現代を代表する知性たちが過去に激論を交わして来た問題だ。それを「知財」とひとくくりにして、「どのルールをどう統一するとどんなメリットがあるのか」の具体例もないまま、「統一」の一言でまるで知財は全部OKのようにまとめて終わりなのか。

 恐ろしいのは、国のレベルでもこの程度の認識で方針が決まり、「是々非々で個別メニューごとの交渉→その結果を総合判断して妥結」という、国際交渉では当たり前の前提にすら至らないことだ。

 で、話は変わる。

 先日あるシンポジウムで、司会の方から「盛り上がって来ましたし福井先生、ここで保護期間延長の問題点を3分でまとめていただけますか」とふられ、400名の会場が軽く凍りつく事件があった。なぜか? 権利者団体主催のシンポジウムだったのだ(笑)。豪気な司会もいたものである。まあ、気にするような度量の小さい主催者ではないし答えたが、思えば、2006年以来の保護期間論争、総括のまとめはネット上に少ない。

 というわけで、今回はいよいよ正念場の「著作権保護期間の延長問題」をまとめてみよう。ただ3分はさすがに無理なので、10分ください。日テレ船越さん。

現在のルール、そして過去の歴史を復習する

 まず、著作権の保護期間は日本では原則「著作者の生前プラス死後50年」。以後、作品は誰でも自由に利用できる。仮に生前分を30年と見ればトータルで80年。これは特許(原則20年)と比べても、既に相当に長い。そして、欧米はこの保護期間を1990年代にそろって20年ずつ延長した。「死後70年」だ。

 この際には激論が起きた。というのは著作権の期間は、その誕生以来ほぼ一貫して伸び続けている。「著作権発祥の地」イギリスでは、当初「公開から14年」などだったものが7倍にも伸びた。「このまま永久に伸び続けるんじゃないか。ミッキーマウスが保護期間切れになりそうだと伸ばす『ミッキーマウス保護法』だ」と揶揄され、大規模な違憲訴訟にも発展した(米最高裁でも2名の判事は違憲説)。

 確かに、延長の背景に当時絶大な影響力をほこった、ジャック・バレンティ(MPA会長)率いるハリウットメジャー界のロビイングがあったことは事実。その後、欧米は他国にも延長を強く働きかけ、現在世界は「死後70年国」と「死後50年国」がおよそ拮抗する。死後50年国は日本のほか、カナダ、ニュージーランド、中国、そしてASEANの大半。

 日本でも、悪名高い米国の「年次改革要望書」や国内権利者団体の要望を受け、2006年に保護期間延長論が起こった。この際、日本を代表する100人以上のクリエイター・研究者・実務家(http://thinkcopyright.org/list.html)たちが集って、慎重な議論を訴えたのが今の「thinkC」である(筆者は津田大介とともに呼びかけ人だった)。

 2007年、文化審議会著作権分科会に「過去の著作物等の保護と利用に関する小委員会」が置かれ、そこでは三田誠広氏ら延長論と、中山信弘教授ら慎重論が対立。事実上、延長は見送られ、後継の「基本問題小委員会」は2010年、「今後、関係者による議論の場を設ける必要がある」と結論した。

 そこへTPPである。2011年2月のリーク文書によれば、米国は他国に膨大な知財条項を提案しており、その中で、恐らく最重点目標は「保護期間延長」だ。なぜか。米国は著作権・特許の「知財の使用料」だけで年間12兆円もの外貨を稼ぐ知財の大輸出国(2011年世界銀行調べ。現在のレートによる)。「ミッキーマウス」「くまのプーさん」のように古い作品の割合も高く、保護の「超長期化」を求めるのはある種当然だ。今後、日本はEUとの交渉も控えており、保護期間延長問題はまさに最大の局面を迎えたことになる。
 2012年末、クリエイティブコモンズジャパン、MIAU(インターネットユーザー協会)、thinkCの3団体は「TPPの知的財産権と協議の透明化を考えるフォーラム」を立ち上げる(http://thinktppip.jp/)。

福井弁護士が指摘する「保護期間延長の4つの懸念」

保護期間延長への4つの懸念

 では、なぜ慎重論が巻き起こったのか。第一に、延長で創作者側の収入が増えるか? という疑問である。著作権は死後、遺族に相続される。保護期間を延ばせば遺族の収入が増える、と期待する創作者がいることは理解できる。ところが、国内外の研究から、ほとんどの作品は市場ではごく短命だということが判明している。海外ではLandes and Posnerの研究があまりに有名だが、わが日本でも『著作権保護期間』(田中辰雄・林紘一郎編、勁草書房)など実証的な研究結果が公表されている。特に現役朝日新聞記者、「朝p」こと丹治吉順さんは膨大な書籍の作者死後の刊行状況を調べ、死後50年以後に出版される書籍は全体の2%に満たないと報告している。

 つまりほとんどの作家の作品は売られていない。売られていないなら、いくら保護期間を延ばしても収入増加に結びつかない。こうしたこともあって、米国ではノーベル賞受賞者を含む17名の著名な経済学者が保護期間延長に反対意見を提出した話は有名だ。

 これは個人レベルの話だが、第二に、国レベルで考えた時の著作権収入がある。古いコンテンツで世界的に稼ぎまくる米国に比べて、わが日本の著作権使用料の国際収支(つまり海外に払う印税と受け取る印税の差額)はどうか。実は、年間5800億円超という膨大な赤字である(2012年日本銀行調べ)。赤字幅はほぼ年々拡大しており、その4分の3は北米向けだ。無論、日本もアニメ、マンガ、ゲームといった分野では奮闘している(クールジャパン!)。だが、ご存じのとおりこれらの分野は新しい作品が中心で、世界的に保護期間がいくら延びても日本の収入増は無い。米国などへの支払いが増え、巨額の赤字が固定されるだけだ。

 つまり、ことコンテンツの貿易に関する限り日米は真逆の利害関係にある。この一点をとっても、コンテンツ・知財立国を叫びながら保護期間延長を目指す議論はちぐはぐに映る。時折、「今は大赤字だが、今後日本が逆転するために、未来志向で今から伸ばそう」なんて発言を聞くが、逆転しようって時に自ら不利なルールに変えてどうする。すごい自信だぞ日本。

 第三に、ひょっとするとより抜本的な影響として、死蔵作品が増えてデジタル立国が害されないか、がある。代表例は「青空文庫」だ。自分の好きな作品をみんなに読んでもらいたいとの思いで、ボランティアが手入力で支える著作権フリーの電子図書館。Amazon Kindleオープン時の電子書籍5万点のうち1万点超は青空文庫だったという、「電子書籍元年」の陰の主役だ。海外での知名度も高く、ビジネスや文化への貢献は計り知れない。現在の所蔵点数は1万2000点弱で、そのほとんどが著作権切れ(PD)の作品。保護期間が延びれば当然ながら活動は大きな打撃を受ける。

青空文庫

 青空文庫だけではない。「国会図書館近代デジタルライブラリー」「フィルムセンター」や各種の放送アーカイブなどなど。貴重なアーカイブ活動の前に立ちはだかるのは常に「ヒト・カネ・著作権」の壁である。「権利の壁」といっても、公開のために許可を取るのが嫌だというのではない。権利者が見つからないのだ。権利者不明の「孤児著作物(orphan works)」問題の深刻さ、デジタル立国を目指す欧米各国がその対策でしのぎを削る様子は前回コラムに書いた(http://internet.watch.impress.co.jp/docs/special/fukui/20130312_591351.html)。

 たとえば、脚本家の山田太一さん、吉見俊哉東大教授らを中心に5万冊の放送台本を収集・保存する「日本脚本アーカイブズ」では、1980年以前の放送台本の作家3104名中の約半数、1550名がいずれの権利者団体にも所属しておらず、初期調査では連絡先不明である。団体管理が発達した放送台本で、そうなのだ。

 まして死後50年も経てば相続関係は複雑化して、ますます権利者は見つからず、大多数の作品は死蔵の危機にさらされる。亡きクリエイター達がそれを、果たして喜ぶのか。
孤児著作物利用のためのルール改善は急務だ。そんな時に、逆に保護期間を延ばすという。保護期間を延ばせば、当然孤児著作物は増える。このことは、当の米国の著作権局が認めて現在対策に懸命なのだ(後述)。

 なお、アーカイブやデジタル化促進のために、権利者の情報を集約した権利情報データベースの構築が進んでいる。筆者自身も以前からの持論であり(http://www.kottolaw.com/column/000150.html)、大いに進めるべきだ。ただ、「権利データベースで孤児著作物も解決」というのは短絡的過ぎる。なぜか。「探しても権利者が見つからない」のが孤児著作物であり、見つからない限りデータベースにも載らないからだ。権利データベースの充実で孤児著作物をたとえ半分にでも減らそうと思えば、それこそ気の遠くなるような努力が要るだろう。

 データベース化は進めるべきだが、保護期間を延ばしていい理由にはならない、ということだ。世界共通の、最大かつ最も実効的な孤児著作物対策は、不必要に保護期間を延ばさないことなのである。

国会図書館近代デジタルライブラリー

 第四に、二次創作への影響がある。和歌の本歌取りからコミケ、ボカロに至るまで、日本は世界に冠たる二次創作大国であり、「クールジャパン」の源泉もしばしばここにある。そして、これまた古くは三国志や忠臣蔵から近くは「不思議な国のアリス」「レ・ミゼラブル」「シャーロック・ホームズ」まで、著作権切れのPD作品は世界的に再創造の大きな泉なのだ。期間延長を繰り返してはその泉を枯らしてしまいかねない。これまた真逆だ。「クールジャパン」を売り込もうという時に、なぜその強さの源泉を枯らすのだろう。

 (このほか、「世界標準」「戦時加算撤廃とバーター」「作家へのレスペクト」などの議論もあり、いずれも期間延長の是非とは関係が薄いのだが、時間の都合でまた今度。TPP特有の「秘密交渉性」と「条約の硬直性」という問題もあるが、同様だ。)

「TPPならしょうがない」のか

 「でも、TPPは全体でパッケージだし、対アジア戦略上も貿易立国上も入りたいし、米国が伸ばすっていうならしかたないのでは?」……まあ、そうかもしれないし、筆者は現時点でTPP自体に反対はない。ただ、交渉もしないで何を言ってるのか、である。TPPに異論はなくても、交渉もせず、中身も見ないで同意クリックだというなら大反対だ。そんな中学生国家どこにあるか、と言いたい。

 メニューごとに日本の得失を考えて大事なすべての点を交渉し、必要に応じて反対提案もする。たとえば「孤児著作物での国際的な協力」なんて日本から提案してはどうか。他国の権利者を探すのは特に大変で、国際的な協力の仕組みがあれば強い。
そもそも、知財ではTPPで各国の対立が解けず、米国孤立という報道もある(3月5日付日本経済新聞)。お膝元の米国で、著作権局長マリア・パランテが、逆に孤児著作物を減らしてデジタル化を推進するため「著作権の部分短縮」を提案したのは記憶に新しい(http://www.kottolaw.com/column/000527.html)。5月からは議会で著作権の大規模リフォームをめぐるヒアリングも開始されている。これでも交渉できないというなら、言っては悪いが腕が悪いかやる気がないかだ。

 精一杯交渉して(特定のメニューを落とすための交渉を含む)、我々の交渉担当者が勝ち得た最大限のものを元に、国会で日本の得失を総合的に判断して承認するかどうか決める。それが条約の王道であり、きっと唯一の正解だ。その上で、日本国民が条約全体のために保護期間延長やむなしと判断するなら、その時は筆者も従おう。

 だから日本と、世界と、人々のための「実益と実害」で保護期間延長問題を、他のすべてのTPP知財のメニューを考えよう。「アメリカ」と聞くと急に風向きが代わり、「ルール統一」の一言でまるで知財は全部OKのようにまとめて終わり。恐らく筆者と仲間達が闘いたかった本当の敵は、そんな「空気の議論」なのだろう。

 6月29日にはその仲間達と、ネット公開シンポジウムで「大詰めのTPPと著作権」を問う(http://thinktppip.jp/?p=128)。津田さん、「青空文庫」富田倫生さん、漫画家の赤松健さん、クリエイティブコモンズ野口祐子さんなどなど、ご興味があれば是非。

 最後に、2006年に「中央公論」で最初の延長問題のコラムを書いた時の言葉で終わろう。著作権はひとびとの文化の営みの中から生まれてきた権利である。いわば、文化の子である。使い方を間違えて、「著作権は文化を殺す」などと言わせてはいけない。著作権に「親殺し」の汚名を着せないために、今こそ知恵を絞りたい。

福井 健策

HP:http://www.kottolaw.com
Twitter:@fukuikensaku
弁護士・日本大学芸術学部客員教授。骨董通り法律事務所代表パートナー。著書に「ネットの自由vs著作権」(光文社新書)、「著作権とは何か」「著作権の世紀」(ともに集英社新書)、「契約の教科書」(文春新書)ほか。最近の論考一覧は、上記HPのコラム欄を参照。