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Illustation:青木光恵
小形克宏の「文字の海、ビットの舟」――文字コードが私たちに問いかけるもの


速報
マイクロソフト・プレスセミナー報告
「Windows Vista」におけるJIS X 0213:2004の実装をさぐる(下)

MS書体とメイリオで96字体を変更

 Windows VistaではJIS2004を、どのように実装するのだろう。阿南氏は「MS書体とニューフェイスであるメイリオで、JIS2004字体がサポートされる」と言う。ここで言う「MS書体」とはMS明朝、MSゴシック等のシステムフォントの総称。だからこれらとメイリオでだけ、JIS2004の例示字体に基づく形になる。ということは他の日本語フォントではJIS2004対応は行なわれない。

 となれば次に知りたいのは、これら新フォントで変わった文字数はどのくらいなのかということだ。これについて、阿南氏の示した資料によれば以下の通り。

・第1水準漢字の字体変更:93字
・第2水準漢字の字体変更:3字

 ここで注意すべきは、阿南氏の使った「字体変更」という語だろう。氏はJIS X 0213にある包摂規準と同じ定義で「字体」という言葉を使っている。つまり、上記の数字は比較的大きな変更――「字体」を変更をした文字数ということであり、逆に言えば小さな変更――「字形」を変更した文字も含めれば、この数はもっと大きくなる[*1]

 文字コード規格は、字体を包摂した「包摂の範囲」に対し符号位置を割り当てるものだ[*2]。だから文字コードを対象にするなら、そこで考えるべき最小の文字の単位は「字体」だ。さらに小さな「字形の違い」はタイプフェイス・デザインの問題であり、これと字体のレベルを混同すれば動向を見誤る……おそらく阿南氏はこのような考えに従い、ここではあえて字体を変更した文字数だけを挙げたのではないか。

 セミナーの後、マイクロソフトから資料の提供を受けたので、この96字について変更前後の違いがわかる一覧表を作成してみた。参考にしていただきたい(図1)。

■図1 Windows Vista搭載のMS明朝における字体の違い(PDF、3.9MB)
http://internet.watch.impress.co.jp/www/column/ogata/news4/zu1.pdf

 では、字形も含めて変更された全文字数はどのくらいか? 私も上のような考えに賛成だから深追いはしたくないが、後述するグリフの切り替えのところで、MS書体が内蔵するJIS90字形の文字数が答えになる。つまり122字だ。

 話を戻そう。追加する漢字約900文字はISO/IEC 10646により符号化される。したがってコードページを新設したり、従来のコードページが変更されたりといったことはない。


旧JIS90フォントを、すべてのWindows Vistaユーザーにダウンロードで提供

 最後に阿南氏は、「とはいえJIS2004への移行は、従来のシステムとうまく共存しながら進める必要がある」と指摘する。そしてそのためには「ちゃんとした移行計画が必要である」と。ではマイクロソフトは、どのように移行をサポートするのだろう。これを阿南氏は短中期と中長期の支援策に分ける。以下、追加取材の成果を交えながら、箇条書きでまとめてみよう。

■短中期的な移行支援策

  • ポイントは「システム間の急激な移行を避けつつ、JIS2004への移行準備を進めていただく」というもの。
  • 今稼働しているシステムは、従来からのJIS第1水準、第2水準漢字を実装した「JIS90環境」だ。
  • Windows Vistaを購入したら、希望するユーザーにはJIS90と互換環境を用意してもらい、JIS2004への移行を準備していただこうと考えている。
  • 具体的にはWindows Vistaで旧JIS90のMS書体(ver. 2.5)をダウンロードセンターに用意する。[*3]
  • JIS2004へ移行の準備ができたら、JIS2004のMS書体(ver. 3.2)をインストールしてもらう。[訂正3]
  • これらの提供は、年末を予定しているエンタープライズ向けWindows Vistaの出荷開始と同時に始められるよう準備中。
  • ver. 3.0のMS書体はWindows XP、Windows Server 2003のユーザーには提供されない。代わりにver. 3.2が提供される(中長期を参照)。
  • ver. 2.5のMS書体は、Windows Vistaを使うすべてのユーザーが入手可能。
  • ver. 2.5とver. 3.0ではフォント名は変わらない。したがってインストールは二者択一であり、使い分けはできない。

■中長期的な移行支援策

  • ポイントは、希望者に変更前後の文字の形(グリフ)を切り替え可能なMS書体(ver. 3.2)を提供するもの。
  • これはMicrosoft Updateで入手可能になる。
  • 対象となるユーザーはWindows Vistaだけでなく、旧来のWindows XP、Windows Server 2003のユーザーにも提供される。
  • このフォントは、JIS2004字形がデフォルトだが、122字のJIS90字形を内蔵し、これを新しいOpenTypeのレンダリング技術と、Win FX(API)により、アプリケーションから簡単に切り替えられるようにするもの。
  • もともとOpenTypeフォントには、複数の文字の形(グリフ)を内蔵し、これを呼び出すための「フィーチャータグ」という機能が備わっている。
  • これを使い、さらにデータにXMLで任意のタグを書くことにより、アプリケーションから簡単にグリフを切り替えることができるという仕組みだ。
  • メイリオは最初からver. 3.2で出荷される。つまり、メイリオならグリフの切り替えは可能だ。
  • もっとも、こうした機能を使うためにはOpenType/Win FX対応アプリケーションが必要。しかし現状はまだこれから。だからこれは中長期的な対応になる。
  • とはいえver. 3.2のMS書体提供そのものはなるべく早く、できればver. 2.5やver. 3.0と同じ年末を目指したいと考えている。対応アプリケーションがなければ本格的には使えないが、いろいろと遊んでもらうことはできるだろう。
  • Office製品のWin FX対応は、まだこれからスタート。
  • ただし、OpenTypeやWin FXの新機能を一般のユーザーにも身近に知ってもらえるよう、一種のショウケースとして新しいアプリケーションを開発中。詳細は言えないが、これからは画面で文字を見る機会が増えるように思うので、まずはWeb系かと考えている。どうか楽しみにしてもらいたい。

 以上を表にまとめてみた(表1)。

■表1 マイクロソフトのJIS2004移行支援策

(クリックで拡大)

IT業界や経済産業省と連繋して、JIS2004を促進する動きを作る

 セミナーの終わりに質疑応答のセッションが設けられた。以下は文字コードと文字セットに関する、私の質問とその回答だ。

 ――字体の変更部分が、はたしてユーザーからどのように受け取られるのか不安がある。これについて、これからどのように広報していく予定なのか?

加治佐氏 もちろんユーザーの理解を得た上での話だが、この件については業界として告知していかねば新しい字(JIS2004)が普及していかないと思う。まだ発表できる状態ではないが、これから動きが出てくるというふうに思っていただきたい。

 ――それは業界として、ということか?

加治佐氏 業界や経済産業省も含めて、動きを今作っているところだ。

 ――メイリオについて。これは符号位置を持たない文字の形も含めて全部で20,680グリフとのことだが、この文字セットについて詳細な資料を公開する予定はあるのか?

阿南氏 個人的には、どのフィーチャータグにどのグリフがアクセスできるのかという技術資料を作りたいとは思っている。しかし現在の最大のプライオリティはWindows Vistaにメイリオを搭載し、テストし、それを出荷するところにある。その仕事が終わってから、そういった技術資料を用意していきたいと思っている。


これからも残るマイクロソフト標準キャラクタセットのJIS外字

 以上がプレスセミナーにおけるマイクロソフトのメッセージだ。これまでの取材を踏まえ、Windowsにおける日本語環境の流れを一覧表にまとめてみた(表2)。

■表2 Windowsにおける日本語環境の歴史[訂正1]

(クリックで拡大)

 この表からWindows Vistaにおける日本語環境について、見落としがちな点を指摘しておきたい。プレスセミナーでは、標準を尊重することが強調されたこともあり、これと多少矛盾するので触れられなかったのかもしれないが、注意したいのはマイクロソフト標準キャラクタセットのJIS外字部分だ。これは重複を除いて漢字360字、非漢字86字が収録されている[*4]。このJIS外字はその後、ほとんどがJIS X 0212に収録されたし、全部がISO/IEC 10646(≒Unicode)に収録済みだ。従来からWindows 98やWindows XPでも使えたが、当然Windows Vistaでも使える。もちろん符号位置を持った文字だから情報交換にも使える。

 ただしこの中には、JIS X 0212にもJIS X 0213にも収録されなかった文字が残されている(図2)。例えばハシゴ高、そして作家・内田百ケンのケンだ。「高」についてはJIS X 0208とJIS X 0213ではハシゴ高とクチ高は包摂されており、クチ高が例示されている。話は逸れるが、いささかヘソ曲がりな見方をするとハシゴ高とクチ高を使い分けられるWindowsの文字セットが、どうやってJISに適合できるのかという疑問はある[*5]。それはともかく、OSベンダーとしてのマイクロソフトには、後方互換性を維持する責任があり、これが自覚される限り、これらの文字も将来にわたって使えるはずだ。

■図2 マイクロソフト標準キャラクタセットのうち、JISにないがUnicodeにはある漢字(33字、MS明朝ver. 2.3による表示)[*6]

(クリックで拡大)

マイクロソフトが標準を尊重する意味

 最後にマイクロソフトがこのセミナーで、標準について強調していた意味を考えたい。もしかしたらこれを、建て前とか八方美人などと聞き流す向きがあるかもしれないが、私は違うように思う。彼等は本気なのだし、それは彼等なりに切実な必要に迫られてのことなのではないか。

 同社は今まで、熾烈な市場競争を勝ち残ってきた。それは守りに徹してきたからではない。それまで高いシェアを誇っていたにも関わらず、同社の参入後、急激にシェアを落とした(ないしは消え去った)製品を挙げてみればわかる。

・CP/Mに対するMS-DOS
・Macintosh OSに対するWindows 95
・NetWareに対するWindows NT
・WordPerfectに対するWord(日本の一太郎もこれに該当するだろう)
・1-2-3に対するExcel
・Netscape Navigatorに対するInternet Explorer

 こうした競争について、同社がOSという「魔法の杖」を独占しているから勝てただけで、これでは不公平であるとして、一時期は広範なネガティブ・キャンペーンにさらされた。1990年代後半のことだ。アメリカにおいては、司法当局により分割寸前までいったことも記憶に残っていよう。

 標準の尊重とは、こういう反MSキャンペーンを受けた経験からくる、彼等なりのサバイバル・テクニックなのではないだろうか。公的な標準はさまざまな利害が調整された後に、公的な機関により制定される。これにより「社会的な合意」が担保される。特に日本のJISのように政府が深く関わっている場合、公的な裏付けという性格はより深まる(国により政府の関与は違う)。つまり公的標準に基づくということは、公平な競争を担保してくれる[*7]。これに拠る限り、誰からの批判でも封殺できるのだ。

 これは文字という感情にとらわれがちなジャンルで、一層の意味を持つ。私はある席でマイクロソフトの社員から「セミナーで日本語について話をすると、なんで外資のお前達が、などと言われてしまう」とこぼすのを聞いたことがある。実際のところ彼等は話すだけの良い仕事をしているし、だから資格もあると思うのだが、これが彼等を取り巻く現実なのだろう。ある種の心ない人々にとって、いまだに彼等は「アメリカの手先」に他ならない。彼等はそういう理不尽なレッテルとも戦わなければならない。とすれば「標準の尊重」は、彼等にとって得がたい武器になるのではないか。今回のセミナーで、私はそんなことを考えた。

[*1]……字形の定義については常用漢字表「明朝体活字のデザインについて」を参照。
http://www.bunka.go.jp/kokugo/main.asp?fl=list&id=1000003929&clc=1000000068

また、字体の定義についてはJIS X 0208、JIS X 0213における「6.6.3 漢字の包摂規準」を参照。オンラインでは以下で読める。
http://www.aozora.gr.jp/hosetsu_kijyun/
[*2]……詳細は本連載の特別編28を参照。
[*3]……3月のPAGE2006では「ビジネスパートナーを経由して配布」と説明されていたが、その後変更になったとのことだ。
[*4]……詳細は前回原稿の注釈[*3]を参照のこと。
[*5]……公平を期しておくとMac OS Xでも同様だ。もっとも個人的には実装の問題と言うより、包摂している規格の問題であるように思う。例えば私の子供が通う公立小学校では、ハシゴ高を区別してクラス名簿を作成している。おそらくこうした例は珍しくないだろう。少なくともこの小学校では、ハシゴ高がないと日々の仕事に差し支える現実がある。阿南氏がJIS X 0213の文字セットを指して「現代の日本語表記に必要な漢字が、“ほぼ”網羅された」(前回参照)と奥歯に物がはさまったような言い方をしたのも、こうした事情と関係があるのではないだろうか。
[*6]……『CJKV』(ケン・ランディ著、小松章・逆井克己訳、オライリー・ジャパン、2002年)p.954所載の、IBM拡張文字のうちJIS X 0212にない文字をまとめた表から、JIS X 0213収録の文字を抜いた残りを一覧表にした。このうち「FA」で始まるCJK互換漢字は、日本IBMがカナダの現地法人を使っ て、正規の提案ルートであるIRGではなくUnicode技術委員会に提案して収録させてしまった、悪名高い「カナダ漢字」だ。これについては『月刊ASCII』2000年7月号、p.169~p.170「カナダに漢字を使う少数民族が!? Unicodeをめぐる不思議なものがたり」(樋浦秀樹)を参照。[訂正2]
[*7]……とはいえ、文字コードにおける公的な国際規格、ISO/IEC 10646に関する限り、すべてが公的とまでは言いづらい。なぜなら他ならぬマイクロソフトも創設メンバーである私的標準、Unicodeと表裏一体の関係だからだ。この二面性については、この連載で追々考察しようと考えている。

修正履歴

[訂正1]……表2「Windowsにおける日本語環境の歴史」でWindows Vistaの製品名が間違っていた。

誤:Vista Premium
正:Vista Home Premium

誤:Vista Uitinate
正:Vista Ultimate

誤:Vista Buisness
正:Vista Business

小熊善之さんのご指摘に感謝いたします。(2006/5/26)

[訂正2]……私は注釈6の最後で、以下のように書いた。

ところで、FA2Dは「鶴」(9DB4)とどう違うというのだろうか?

しかし、以下の図でわかるようにFA2Dは「宀」と「隹」が離れており、9DB4とは字体の違いがある。

そこで上記の一文をそっくり削除することにする。ご指摘いただいたnurseさん、狩野宏樹さん、小熊善之さんに感謝いたします。(2006/5/26)

[訂正3]……マイクロソフトからの指摘により、誤った記述があったことがわかったので、以下のように訂正する。なお、Windows Vistaにおいてver. 2.5をアンインストールした場合、元のver. 3.0に戻るとのことだ。(2006/6/2)

誤:JIS2004へ移行の準備ができたら、再度JIS2004のMS書体(ver. 3.0)をダウンロードし、環境を戻してもらう。
正:JIS2004へ移行の準備ができたら、JIS2004のMS書体(ver. 3.2)をインストールしてもらう。

( 小形克宏 )
2006/05/24
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