現在のIP(インターネットプロトコル)のバージョンは「4」(IPv4)で、アドレス長として32ビットの長さを持ち、理論的には約43億個のアドレスを提供できる。そのIPv4アドレスが枯渇するかもしれないという話題は、どこまで現実味があるのだろうか。「Internet Week 2007」で20日、ワークショップ「IPv4アドレス在庫枯渇問題を見通す」が開催された。
● IPv4アドレス在庫枯渇問題とは何なのか
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ワークショップ「IPv4アドレス在庫枯渇問題を見通す」の会場
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「IPv4アドレス在庫枯渇問題」とは、大本でアドレスを管理しているところに新しく分配できるアドレス(=在庫)が無くなってしまうということである。IPv4アドレスそのものが無くなってしまうわけではなく、「新しいIPアドレスをください」という要求に応えることができなくなってしまう状態を考えてみていただくほうがわかりやすいかもしれない。
IPアドレスというのはICANNから委託を受けたIANA(Internet Assigned Numbers Authority)という組織が管理しており、その下にARIN(American Registry for Internet Numbers)やAPNIC(Asia Pacific Network Information Centre)、RIPE NCC(Reseaux IP Europeens Network Coordination Centre)といったRIR(Regional Internet Registry:地域インターネットレジストリ)や、JPNICなどのNIR(National Internet Registry:国別インターネットレジストリ)という組織が存在する。
IPアドレスが必要な場合は、これらRIRやNIRに対して申請を行ない、必要分のIPアドレスをブロックで割り振ってもらう形になるわけだが、各RIR自体もIANAに対して必要分のIPアドレスをブロックで割り振ってもらっている。すなわち、IANA→RIR→NIR→利用者という構造でIPアドレスが分配されてくるわけだ。このことから、最初にIPv4アドレスの在庫が枯渇するのがIANAであり、続いて、すでにIANAから割り振られたIPアドレスの備蓄を消費する各RIRが枯渇に向かうという形になる。
現在での議論の多くは、この、IPアドレスを管理している側の在庫が近い将来に底を突いてしまうという事実に端を発している。
● IPv4アドレスの在庫は2010~2011年に枯渇するとの予測
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日本ネットワークインフォメーションセンターの前村昌紀氏(左)
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IPv4アドレス在庫枯渇の現状
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日本ネットワークインフォメーションセンター(JPNIC)の前村昌紀氏が、プログラムの冒頭でこの枯渇問題についてのおさらいをしているが、その内容は概ね次のようなものである。
まず、Geoff Huston氏による「IPv4 Address Report」というものがある。これは、関係者にとっては有名なサイトだが、それによると、未分配のIPv4アドレスの在庫は2010年から2011年に無くなると予測されている。
次に、IANAからRIRへのIPv4アドレスの割り振り状況を調べてみると、「/8」(昔のクラスA、アドレス全体で256個)のブロックが2005年には13個、2006年には10個、2007年はまだ終わっていないが、すでに13個が消費されていることがわかる。そこでさらに今年の分配状況を見てみると、APNICが7個を使用しているが、その半数以上が中国向けとなっている。
続いて、現在のIPv4アドレスがどのように分配されているかを調べてみる。それによると、未分配(在庫として存在している)の/8ブロックは42個しかないことがわかる。一部で言われている「在庫の期待」とは、この中で「企業・組織への歴史的割当」となっている、IANAが直接割り当てた44個のブロックだが、ここに使っていないIPアドレスが眠っているという期待をされている。
IPv4アドレス在庫枯渇が起こると、今までのインターネットはそのまま動き続けるが、新たなサービスやユーザーを追加できないということが起こりえる。企業活動や市民生活におけるインターネット利用は今後も拡大するだろうから、何らかの対策を取らなければいけない。
そこで、これから拡大する部分をどう構築するか。基本的には、IPv6を利用するか、IPv4プライベートIPアドレスとNAT技術を組み合わせていくかだが、それぞれに課題がある。そのための検討は進んでいるが、決定打となるものは存在しない。
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IANAからRIRへのIPv4割り振り推移
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IPv4アドレス/8ブロック256個の分配先
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● この問題に特効薬は存在しない
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総務省データ通信課の高村信氏
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IPv4アドレス在庫枯渇問題については、あちらこちらで散発的に議論が起こっているが、積み上げた議論をしようということで日本国内でいくつかのプロジェクトが作られている。今回のワークショップでは、前半でその3つのプロジェクトから現状が報告され、後半でパネルディスカッションが行なわれた。
その一番手として、総務省データ通信課の高村信氏が「インターネットの円滑なIPv6移行に関する調査研究会」における検討状況を報告した。高村氏は、その冒頭で「タイトルにはIPv6と記してるが、検討自体はIPv6ありきでは進めていない」と断りを入れた上で、次のように述べている。
「10月16日に第1回の会合を開き、まず最初にIPv4アドレスの在庫が枯渇するのはいつかを判断した(この予測には、現状のIPアドレス割り振りのルールや、割り振られたIPアドレスを維持するルール、そして消費動向が変化しないことを前提としている)。これは、いざその時になった場合に次が用意されていないといけないためで、スケジュール感とどれくらいの痛さでそれが来るかをまず見極める必要があるからだ。その上で、いついつまでに何をしないといけないかを決める。来年3月に予定している最終報告に向けていろいろ議論しているが、どうすればいいのかで手こずっているのが実情だ。」(高村氏)
その調査の中には、割り振り済みのIPアドレスを他者に移管する話や、最後のIPアドレスの割り振りの話など、実に多様なものが含まれている。もし、世界的にIPv4アドレスの再配分をしようとしたら、日本は今持っているアドレスの半分近くを返さなければいけなくなるという可能性や、市場取引でIPv4アドレスを流通させた場合の課題など、頭を悩ませそうな内容も多い。そうしたさまざまな洗い出しを行った上で、影響波及を考える。中には“不可能”というものも出現するし、多大な困難を伴うものもあるという。
困った状況にあるのは世界的に共通だが、その温度差や利害関係が一致しないことにより、「世界的に意見が一本化することは絶対にない」(高村氏)。このことは、国内事情だけを見て判断することの危うさの一端だろう。例えば、世界で10億台と言われる携帯電話がすべてIPアドレスを持つようにすると、/8のIPアドレスブロックを10個も消費してしまうことになる。それを許すか否か、どのように扱うかといったことは、もはや政治的な世界になってしまうのではないだろうか。
高村氏は最後に、対策として「IPv4アドレスの節約」「IPv4アドレスの市場取引」「IPv6への移行」の3案を比較した表を使い、そのメリット、デメリットを説明した。
基本的には、いずれの案でも実施着手や運用に相当のコストを要する。市場取引となった場合、その対象となるIPアドレスの登記や価値の正当性をどうするかや、IPアドレスブロックの細分化が進むと経路情報が膨大になりルータがパンクするなど、さまざまな課題が述べられている。
● JPNICとしては「鋭意検討中」
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在庫枯渇対応における議論の焦点
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続いて、前村氏による「JPNICにおけるIPv4アドレス在庫枯渇対応の検討状況」が報告された。JPNICは、NIRとしてIPv4アドレスの割り振りを行なっている。そのため、IPアドレス管理政策面として枯渇期の分配ポリシーや、分配済みのIPアドレスの回収と再分配に対する考え方などが注目されるところだが、現状では結論が出ておらず、中間報告的なものとなっている。
基本的には、枯渇期の分配ポリシーは仕事の1つとして検討していく。また、Geoff Huston氏による予測とは別に、独自の調査から枯渇時期を予測してその結果に大きな差がなかったことが報告された。
分配済みのIPアドレスの回収と再分配に対してどれくらい期待していいのかという点については、そもそも「黎明期における取り決めが曖昧な割り当てには強制力を及ばせづらい」(前村氏)こともあり、現状では、過去の実績から“中古の”IPv4アドレスの供給はそれほど多くないと予想されることが示された。
IPアドレスの取引に関しては、もともとIPアドレスはレジストリが持っていて貸し出しているものなので譲渡することができないという前提をどうするかという問題にもなる。また、仮に市場取引を認めるにしても、登記の厳密化や、経済価値を生み出すことによる資産化、課税の問題、国際取引の際の扱いなど問題が山積みとなっているという。
また、克服策については、まず困ることを挙げ、それを整理してさらに考えるということをしているが、現状では事業者においては次の3つの対応策が考えられるとした。1つ目は何らかの形でIPv4アドレスを調達すること、2つ目はプライベートIPアドレスを利用して新規顧客を収容し、NATを介してインターネット接続を提供すること、3つ目はIPv6を利用して新規顧客を収容することである。
最初の案は、効果が限定的・時限的だが、調達できれば技術的問題が無い。2つ目の案は、大規模な事業者での適用に難があり、サービスに制限が生まれる。3つ目の案は、課題は多いが、全体的・永続的な適用が可能になるとしている。
今後は、12月7日に開催さえれるJPNIC総会で成果を報告し、その報告書の公表とプレスリリースを行なうとしている。
● IPv6への移行課題は周辺環境にもある
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ぷららネットワークスの土井猛氏
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前村氏に引き続き、ぷららネットワークスの土井猛氏による「IPv6普及・高度化推進協議会 IPv4/IPv6共存WGの検討状況」が報告された。IPv4/IPv6共存WGとは、その名の通り、現状のネットワークにIPv4とIPv6を共存させることを検討するワーキンググループである。
土井氏によれば、「以前にあった移行WGでは回線レベルでの議論が終わっていて、IPv6は徐々に浸透していくでしょう。機械レベルではリプレースをすればよい」ということになっているが、例えば「サービスとして連続性があるか」という面では議論が進んでいないという。実際、IPv6に対する不安があるというコメントが数多く寄せられており、システム全体として移行をどのように進めればよいかがはっきりとしていないという状況にあるとしている。
例えばファイアウォールでは、「IPv6を通します」といった言葉を信用すると、ただスルーしているだけの装置もあると聞く。しかし、それではファイアウォールとしての役目を果たさない。また、内部アプリケーションがIPv6に対応していない場合はどうなるのか。具体的には、スパム対策などでうまくサービスを維持できるのかといった具合だ。
そうしたことが、既存のIPv4サービスとうまく連携を取れるのかといった不安に結び付いている。したがって、IPv4/IPv6共存WGでは、個々の技術ではなく、複合的な疎通性の確認や、システム単位での共存技術についての議論や整理、そしてIPv4アドレスが新たに配布されない状況を想定した既存システムの増強やIPv6利用者からのアクセスを想定したシステムを検討する動機になっているようだ。
その意味から、まず、不安感がどこにあるのかを洗い出す。その上で解決策を探るというのは正しい方法だと言える。事例紹介では、メールやIP電話でIPv6に対応する場合の例や課題が示され、確かに複雑な問題であることが示された。また、継続中の議論の1つとして、ルートDNSサーバーがIPv6にきちんと対応していないことなど、DNSに関する話題もあることが説明された。
● もっと情報と自由な環境を
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日本インターネットプロバイダー協会の立石聡明氏(右)
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報告が一通り終わったところで、日本インターネットプロバイダー協会(JAIPA)の立石聡明氏が加わりパネルディスカッションに移行した。立石氏は最初に、情報流通の少なさを問題の1つとして採り上げている。地方にいるからという前置きながらも、必要な情報が流れてこない、どこに何があるのかわからないというのは確かに問題だろう。
パネリスト全員が発言を終えたところで、コーディネーターである前村氏が「ユーザーの意見が不足している」として会場に発言を求めた。会場からは、何人かの参加者がその要請に応え意見を発している。
ここでの意見としては、まず情報が少ないこと。もっと情報を豊富に流通させてほしいという要望に加え、技術者教育にも積極的に取り組んでほしいという要望も出された。また、自由にいじれる環境が不足しているため、実際に試す機会が著しく制限されていること、それがために進捗が悪くなっていることもあるという。なんとかそういった環境や場を提供してくれないかという要望も出た。情報提供に関してはJPNICが、自由にいじれる環境については総務省のほうでも検討したいということでこの場は終了した。
IPv4アドレスの在庫枯渇問題は、利用者にすぐに影響が出るという性質のものではなく、長期的に見なければいけない問題だと捉えた方がよい種類のものだ。重要なのは、楽観視することなく、その時に本当に何が起こるのかを考え、可能な限りスムーズな移行ができるように準備をすることだ。どのような方法を採ろうとも、必ず何らかのコストがかかるため、その結果とコストを十分に吟味することを欠かしてはならないだろう。
関連情報
■URL
Internet Week 2007
http://internetweek.jp/
Geoff Huston氏のIPv4 Address Report(英文)
http://www.potaroo.net/tools/ipv4/
IPv4アドレスの在庫枯渇に関して
http://www.nic.ad.jp/ja/ip/ipv4pool/
インターネットの円滑なIPv6移行に関する調査研究会
http://www.soumu.go.jp/joho_tsusin/policyreports/chousa/ipv6/index.html
■関連記事
・ IPv4アドレス在庫の枯渇、JPNICが具体的対応策を検討開始(2007/08/09)
・ 総務省、「インターネットの円滑なIPv6移行に関する調査研究会」を開催(2007/08/07)
・ ISPの多くは2011年頃にIPv6対応か? 総務省調べ(2007/03/30)
( 遠山 孝 )
2007/11/21 12:39
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