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歩行者自律航法技術による屋内ナビを実現、「ドコモ地図ナビ」サービス開始

 株式会社NTTドコモと株式会社ゼンリンデータコムは、両社が提供している地図サービス「ドコモ地図ナビ powered by いつもNAVI」(以下、「ドコモ地図ナビ」と表記)において、歩行者自律航法(PDR)技術と地図情報を組み合わせたルートマッチングにより、屋内での歩行者向けナビゲーションサービスを提供開始した。

 屋内でのナビゲーションについては、以前からGoogle マップをはじめさまざまな地図アプリや施設案内アプリで提供されていたが、その多くは無線LAN測位を使ったもので、PDR技術を使った地図アプリが提供される事例は珍しい。今回はこの「ドコモ地図ナビ」のスマートフォンアプリ「地図アプリ」に実装された屋内ナビ機能の概要ともに、そこに使われている技術について両社の開発担当者に詳しく話を聞いた。

「ドコモ地図ナビ powered by いつもNAVI」で提供される屋内での歩行者向けナビゲーションサービス。端末は、同サービスの対応機種の1つである「GALAXY S3α(SC-03E)」

全国300カ所以上の屋内施設でナビが可能に

 「ドコモ地図ナビ」は、スマートフォンおよびPCで利用できる月額300円の有料(一部無料)地図サービスで、iPhone/Androidの両OSに対応した専用の「地図アプリ」が用意されている(dメニューまたはGoogle Playからダウンロード可能)。今回の屋内ナビ機能はAndroid版のみで、PDR技術を利用できる機種に限られている。同技術を利用できる機種は現在のところ33機種で、「ドコモ地図ナビ」のウェブサイト(http://dmapnavi.jp/stc/enabled_device/)にて確認できる。今後も対応機種を増やしていく予定だ。

地図アプリ

 屋内ナビが利用可能なのは、全国で約320カ所の地下鉄構内や地下街など。「地図アプリ」では以前から地下街や地下鉄構内の屋内地図を提供し、目的地を設定してルート探索を行うことが可能だったが、今回のアップデートにより、探索したルートをもとに屋内でのナビゲーションが行えるようになった。GPSの測位情報が取得できる屋外でアップデートした「地図アプリ」を起動すると、地図上に現在地が表示されるので、そこから施設検索などをして目的地を設定する。施設検索のリストで、「屋内・地下街」のマークを目安に、行きたいお店を目的地に設定することで、ナビゲーションが可能だ。

 例えば駅前で「地図アプリ」を起動して地下街の施設検索を行い、地下街のレストランを目的地に設定してルート検索を行うと、複数の階層にまたがるルートが表示される。この時、地上のルートは緑で、屋内のルートはピンクで表示される。また、表示中の階にルートが引かれている場合は太い線で、違う階を表示している場合は細い線で描かれる。エスカレーター/エレベーターを利用したり、階段を使ったりして違うフロアに移動する必要がある場合は、それを示すアイコンがルート上に表示される。

横浜駅の地下街
ルート検索結果
地上部分のルートは緑、屋内のルートはピンクで表示
現在いるフロアのルートは太く、違うフロアのルートは細く描かれる

 ナビゲーションを開始し、階段やエスカレーターを使って地下街へと降りていくと地図が自動的に屋内地図へと切り替わる。従来はGPSの電波を受信できない状態になるとナビゲーションが中断してしまう仕様になっていたが、屋内ナビ機能が追加されたことにより、地図上で自分の現在地を表す矢印のマークはそのまま変わらず、ナビゲーションが継続されるようになった。

ナビゲーションを開始
屋内モードへ自動的に切り替え可能

 探索したルートに沿って進むと矢印マークもその動きに追従して動き続けて、歩くのをやめると矢印マークの動きも止まる。曲がり角や階段に近付くとバイブが作動して画面に案内メッセージが表示され、曲がると矢印の方向がきちんと回転し、右左折して進んでいく。目的地となる店に近づくと「目的地に到着しました」というメッセージが出る。これらは屋外ではGPSによって当たり前に実現できることだが、「地図アプリ」ならば屋内でも同じように実現できる。

次の案内ポイントまでの距離と到達予測時間が上部に表示される
目的地に到着

地図情報と組み合わせることでPDRを実用化

 この屋内ナビ機能を実現している歩行者自律航法(PDR)と呼ばれる技術は、国立研究開発法人産業技術総合研究所(産総研/AIST)の基礎研究がベースとなっている。PDR(Pedestrian Dead Reckoning)とは、端末に内蔵されている加速度センサーや地磁気センサー、ジャイロセンサーなどから得られるデータを解析して歩幅や移動速度、移動方向などを検出し、「ある地点からどの方向へどれくらいの距離を移動したか」という相対位置を推定する技術である。

 「ドコモは以前からPDRに注目し、産総研と共同で研究を進めていました」と語るのは、PDRの開発を担当したNTTドコモ移動機開発部の橋誠氏。

 「iモード端末の時代はまだ加速度センサーや地磁気センサーしか端末に内蔵されていませんでしたが、スマートフォンの時代へと移り、人の回転などを検知できるジャイロセンサーや、高さを検知できる気圧センサーなどの搭載が進んできたので、それらを活用して測位に使いたいということで実用化を模索していました。コアな部分は産総研の技術を使っていますが、そのままでは商用サービスとしては少し足りない部分もあるので、旭化成やゼンリンデータコムと共同で、商用化に向けた取り組みを数年がかりで行ってきました。」(橋氏)

 PDRを使えば端末を持った人間の移動距離や方向を推定することはできるが、一方でPDRは、使用していくにつれて誤差が累積するという課題もある。

 「最初はPDRだけでなんとかできるかとも思ったのですが、安定的な測位精度を実現するためには地図情報との連携が必要と考え、ゼンリンデータコムが保有する地図情報と組み合わせたルートマッチング技術により、精度を上げていこうということになりました。今回、商用化を実現できた理由は、どちらかといえばPDR自体の精度向上に加えて、地図情報と組み合わせて精度を向上させたことが大きかったと思います。」(橋氏)

(左から)NTTドコモマーケットビジネス推進部の福間友児氏と移動機開発部の橋誠氏、ゼンリンデータコムモバイル開発本部の小野寺宜宏氏と進藤大介氏

フィールドテストとログ解析で歩行者用の独自ロジックを構築

 ルートマッチングとは、自律航法によって検知した実際の歩行状態に応じて、推定する現在位置を適切な位置へ補正する技術だ。カーナビでは、GPSで測位した位置をそのまま地図上に表示するのではなく、測位した地点に近い道路へ位置を補正して表示する「マップマッチング」という技術が使われている。「ドコモ地図ナビ」のルートマッチングでも、同じように地図に引かれたルート上に位置を補正して表示する。

 ただし、今回のアプリ開発ディレクターであるゼンリンデータコムモバイル開発本部の小野寺宜宏氏によれば、「カーナビのルートマッチングとは比較にならないほど多くの独自ロジックを取り入れている」という。

 「歩行者の場合は人によって移動するスピードが違うのはもちろん、同じ人でも歩き方や靴の種類で移動量が全く変わってしまいます。また、通路を歩いていて進む向きが変わった時に、通路内の曲がり角を曲がったのか、それとも人を避けたのかも区別しにくい。さらに、スマートフォンの位置を固定してディスプレイを見ながら歩くか、手に持って腕を振りながら歩くか、ポケットやカバンに入れた状態で歩くかといった、移動する時の状態によってもセンサーデータが異なるので、複雑な解析が必要となります。」(小野寺氏)

 移動中のユーザーがスマートフォンをどのように保持しているかの判別は、旭化成株式会社の融合ソリューション研究所および旭化成エレクトロニクス株式会社と共同で開発した。産総研が開発したPDR技術は、端末を身体に固定した状態で使うことを前提としており、そのままでは実用性が薄いため、旭化成の技術を組み合わせることによって利用中のスマートフォンの状態をパターン分類している。パターンは「画面を見る」「腕を振る」「ポケットやカバンに入れる」「耳に当てる」などの複数のパターンがあり、センサー情報をもとに持ち方を推定する。

 複雑なロジックを追究するために何回も繰り返したのがフィールドテストだ。

 「フィールドテストは、さまざまな体型・年代・性別の人を多数集めて繰り返しました。人によってはナビの結果が大幅にズレてしまって全く成立しないこともあり、誰かが成立すると誰かが成立しないという事態の繰り返しでした。そのような事態が起きた場合、両者の中間を取るのではなく、どちらもきちんと吸収して成立させられるよう、そこで得られたログの解析と、その確認のためのフィールドテストを繰り返し、ロジックをブラッシュアップしていきました。」(小野寺氏)

ルートマッチング技術により、小さく迂回する場合でもしっかり追従する

ユーザーごとの移動スピードを学習

 ルートマッチングでもうひとつ重要となるのが、ユーザーごとに異なる歩幅や移動スピードを学習する機能だ。PDRのモジュール開発を担当したシステムエンジニアであるゼンリンデータコムモバイル開発本部の進藤大介氏は、この学習機能について、「ルートマッチングにおいて、曲がり角や階段など、歩行状態が大きく変わるポイントを基準にして移動距離を割り出し、その距離とセンサーデータを組み合わせて学習させています」と語る。学習機能が搭載されているおかげで、「地図アプリ」では使い始める時に歩幅や移動スピードなど人によって異なるデータを設定することなく使用開始できる。

 筆者が今回、「ドコモ地図ナビ」を試してみたところ、最初のうちは矢印マークの移動スピードが実際の歩行スピードに比べて遅かったのだが、しばらく使っているうちに矢印マークの移動スピードのズレが少なくなっていき、そのうち実際とほとんどズレがないように変化していった。

 この学習機能でポイントとなるのは、学習するための基準となる位置について、無線LANなどほかの測位方式によって絶対位置を割り出しているわけではないことだ。これはGPSで絶対位置を測位して自律航法の補正を行うカーナビとは大きく異なる点である。

 「今回、最も誇れる点は、相対位置だけで正確なナビゲーションを実現している点です。無線LANやビーコンで高精度の測位を行おうとすれば、インフラの整備が必要になるし、エリアによって測位精度に偏りも生じてしまいます。『ドコモ地図ナビ』にはもともと300以上のルートが引ける屋内地図が用意されていて、今回は最初からそのすべてで屋内ナビが可能となりましたが、それはPDRだけで完結しているからこそ実現できたことです。」(小野寺氏)

 一方で、初期位置から歩き出す時に、いきなりルートとは逆の方向に進んだりすると現在位置が狂ってしまうことがあるなど、ほかの測位方式と組み合わせないことで生じるデメリットもある。また、屋内でアプリを起動した場合はGPSによる測位ができないため、ルート検索を行う場合はスタート地点を手動で指定しなければならない。携帯電話の基地局情報をもとに大まかな現在地の把握はできるものの、無線LAN測位ほどピンポイントに示してくれるわけではないので、細かい場所は周囲を見渡して自分で判断する必要があるのだ。

 ちなみに屋内ナビの使用中に現在地が大きくズレた場合は、地図をスクロールさせて中央のカーソルに現在地を合わせて下部のボタンをタップすることで、現在地を簡単に修正できる。また、左上の「迷ったら」というボタンをタップすることにより、最寄りの店のリストが表示されるので、その中から最寄りの店を現在地に指定する方法もある。

「迷ったら」をタップすると施設リストが表示
カーソルで位置を直接指定することも可能

BLEビーコンとの組み合わせでさらに高精度化

 このように使いやすい屋内ナビを実現した「ドコモ地図ナビ」の「地図アプリ」は、今後どのように進化していくのだろうか。

 「オリンピックが開催される2020年に向けて、屋内の高精度化を進めるための実証実験がいろいろなところで行われていますが、BLEビーコンなどの仕様が統一化されたり、それらの機器に対応した端末が普及したりした段階で、この自律航法技術を組み合わせれば、さらに高精度なシステムになる可能性があります。」(小野寺氏)

 「実はPDR技術は屋内ナビだけでなく、地上での歩行者ナビにも採用されています。地上でも、トンネルやビルの谷間などGPSの電波が取れないエリアでは、以前だとナビゲーションが止まってしまいましたが、PDR技術を導入したことにより、トンネル内でも止まらずナビゲーションできるようになりました。『地図アプリ』としては屋内ナビだけではなく、屋外の徒歩ナビやカーナビなど総合的にユーザーへ提供しているので、今後は屋外のナビゲーションも充実させていきたいと思います。」(NTTドコモマーケットビジネス推進部の福間友児氏)

 「PDR技術そのものについては、法人案件でいくつか声をかけていただいている状況で、例えば特定の施設向けに屋内測位・ナビゲーション技術を提供し、ライセンス料をいただくといった形も検討していきたいと考えています。」(橋氏)

 現状でも条件が良ければかなり精度の高い屋内ナビが行える「地図アプリ」だが、PDR技術とほかの屋内測位技術との組み合わせによって今後、さらなる高精度化が期待できそうだ。同サービスは初回申し込み後、31日間の試用期間が設けられているので、対応機種のユーザーは一度試してみてはいかがだろうか。

片岡 義明

IT・家電・街歩きなどの分野で活動中のライター。特に地図や位置情報に関す ることを中心テーマとして取り組んでおり、インターネットの地図サイトから法 人向け地図ソリューション、紙地図、測位システム、ナビゲーションデバイス、 オープンデータなど幅広い地図関連トピックを追っている。測量士。インプレスR&Dから書籍「位置情報ビッグデータ」(共著)が発売中。