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全国のバス情報、どうやってIT化を? 「交通ジオメディアサミット」初開催
乗換案内/ナビ御三家と「バス停検索」「路線図ドットコム」運営者が一堂に
2016年2月18日 06:00
公共交通のIT活用をテーマとしたカンファレンス「交通ジオメディアサミット」が12日、東京大学駒場第2キャンパス(東京都目黒区)のコンベンションホールにて開催された。位置情報サービスをテーマとしたフリーカンファレンス「ジオメディアサミット」のスピンオフとして開催されたイベントで、東京大学生産技術研究所の瀬崎研究室が主催。ITを交通分野に活用している企業やエンジニア、交通事業者、自治体、研究者など、さまざまな関係者が集まった。ジオメディアサミットは2008年にスタートしたカンファレンスイベントで、公共交通情報にテーマを絞って開催するのは今回が初となる。
分散した交通情報データを融合する仕組みがないことが課題
イベントは4部構成で、第1部では東京大学生産技術研究所の伊藤昌毅氏が登壇し、「IT×公共交通のこれから」と題して趣旨説明を実施した。鳥取市などのバスロケーションシステムの開発に取り組んだ経験がある伊藤氏は、雪が降って交通が混乱すると乗換案内アプリが使えなくなってしまうという事例を挙げ、「今の時代はスマートフォンが普及しているにもかかわらず、交通分野は利用者の期待に追いついていない」として、「利用者と公共交通との最大の接点がスマホになった時に、公共交通やその情報はどうあるべきかを考えたい」と問題を提起した。
その方向性として、「利用者の交通行動にスマートフォンが密着」「車両や設備にスマートフォンを搭載して情報発信」「利用者の行動によって得られたビッグデータで交通サービスを改善」という3つを提案。スマートフォンを通じて良い情報を届けることで利用者の利便性が高まり、それがより良い交通サービスを生み出すための情報として返ってくるという循環が生まれて、このような循環を作ることが大事であると述べた。
ところが現在の公共交通情報は、重要なデータが分散しており、交通事業者のシステムや車両、運輸局、コンテンツプロバイダー、スマートフォン利用者などさまざまな場所に役に立つ情報のかけらが散らばっている状態であり、それらを取り出したり融合したりする仕組みがないと指摘。さらに、たとえ良い情報があっても、それを反映させる仕組みやモチベーションがないと語った。
「サンフランシスコでは、利用者からの投票で経路を作る『chariot』という次世代バスサービスが始まっており、バスサービスにおいてもUberのような“黒船”が来るかもしれない。これを恐れるのではなく、それを上回るような良いものを作ろうという方向にしたい。複数の組織にまたがって高度なすり合わせを行ったり、ジャストインタイムで効率化したりするのは日本の“お家芸”。公共交通は可能性のある分野なので、ぜひ未来のことを考えていただきたい。」(伊藤氏)
BLEビーコン利用で東京駅と新宿駅の屋内ナビを実現
第2部は、「都市と地方の公共交通」というテーマで、交通事業者に近い立場のスピーカーが登壇。この中で、JR東日本フロンティアサービス研究所の日高洋祐氏は、リアルタイム列車位置情報や駅構内ナビゲーションを実現する公式アプリ「JR東日本アプリ」を紹介した。同アプリでは、リアルタイムの列車位置情報の提供にあたって、ダイヤ乱れ時に有効な情報表示方法として「知りたい情報だけを提供する」「列車が遅れている時だけ見てもらえるように表示する」「直観的で分かりやすい表現」を追究したと語った。
一方、駅構内ナビについては、駅構内にBLEビーコンを設置し、屋内地図を整備した。iOS/Android両アプリで屋内ナビが可能で、電子コンパスを利用した地図の自動回転機能なども搭載している。現在、東京駅と新宿駅を対象として第2弾の実証実験を実施中だという。
さらに、公共交通情報連携サービスとして、JR柏駅において、公共交通機関4社(JR東日本、東武鉄道、東武バスイースト、阪東自動車)による情報連携の社会実験を実施したことを紹介した。この実験では、鉄道情報とバス情報、一部地域情報を組み合わせたスマートフォンアプリを開発し、2013年10月1日から12月27日までの期間、一般に公開。鉄道とバスのリアルタイム情報を提供したところ、台風などの天災発生時にアクセスが急増し、リアルタイム情報の有効性を確認できたという。
なお、同様のフィールド実験を現在、東京駅周辺エリアおよび武蔵小金井周辺エリアにて行っている。今回の実験では、地域コンテンツをスマートフォン向けに提供したり、スマートフォンと同じ情報をサイネージにも表示したりと、さまざまな試みを行っている。
乗換案内/ナビ御三家におけるバスデータへの取り組み
第3部では、コンテンツプロバイダーからの視点をテーマに、乗換案内/ナビアプリを提供するジョルダン株式会社、株式会社ヴァル研究所、株式会社ナビタイムジャパンの3社が登壇した。
ジョルダンの井上佳国氏(公共交通部部長)は、「当社がバスへの対応を始めたのは2002年3月から。2016年2月時点で、民間の路線バスとコミュニティバス合わせて約540社/2000系統に対応している。バス事業者からの情報収集は簡単なものではなく、その理由としては『バス事業者に人がいない』『データがない』『整備されていない』『他社に出したくない』などさまざま理由がある。バス検索はまだ始まったばかりで、今後社会にとって意味は大きいと考えており、全国すべての路線バスへの対応を目指していきたい」と語った。
ヴァル研究所の諸星賢治氏(コンテンツ開発部バス制作チーム)は、「全国には1374社のバス事業者があり、このほかにコミュニティバスが1000以上もある。これだけの数の事業者に対して、もちろんすべてに対応したいという思いはあるが、現在のようにコンテンツプロバイダーが1対1でバス事業者と話し合いながらデータを提供してもらうモデルでは、すべて網羅するのは難しい。コンテンツプロバイダーとバス事業者、そして利用者の3者からの視点で考えた場合、バス情報をオープンデータ化することで、3者それぞれの課題を解決できる可能性がある。当社が目指しているのはバス全体の利用促進で、利用者が安心してバスに乗れる環境を関係組織と協力して作っていきたいと考えており、公共交通オープンデータの仕組み作りにも全面的に協力したい」と語った。
諸星氏は、オープンデータを公開するにあたってのモデル案も提示した。大手のバス事業者と中小事業者は規模や状況が違うため、分けて考えるべきで、大手事業者については、すでにダイヤ編成システムを利用しており、その出力データを、何らかの“情報のとりまとめ機関”に集約できるような流れを提案した。中小事業者については、システムが入っていない事業者も多いので、無料のダイヤ編成システムや、ウェブ上でバスデータを登録することでGTFS形式に変換できる仕組み「OpenTransit」などを利用するのも有効であると語った。こうしてオープンデータを公開することにより、コンテンツプロバイダーや自治体、大学関係者、国内外の一般開発者、地域のNPOなどさまざまな人たちにデータを活用してもらえると述べた。
一方、ナビタイムジャパンの太田恒平氏(経路探索開発責任者兼交通コンサルティング事業チーフエンジニア)は、「データが明かす公共交通の実態」と題して、同社が行っている交通コンサルティング事業を紹介。同事業は、ナビサービスで培ってきたデータや技術を生かして交通・移動に関するデータ提供や分析を行う事業で、バス網の実態や混雑予報、交差点ごとの信号待ち時間の分析、訪日外国人の動態などさまざまなデータを提供している。また、路線検索アプリで第1経路に表示された場合の利用者の選択率は73%で、ユーザーにとって選ばれやすいことも紹介し、鉄道事業者にとって「早い」「安い」において一番を目指すことが重要となっていると説明した。
「当社はさまざまなデータを使って交通や観光の分析をしており、データを軸に交通改善や地域活性化に取り組んでいる。交通分析のプレーヤーとして、従来は交通関係者だけでなく、ITなどの異分野の事業者や市民も加わり、さまざまなプレーヤーにチャンスが訪れていると考えている。また、公共交通データの整備・活用については、成功事例を作って、測定・共有して標準化していくことが大切だと考えている。」(太田氏)
オープンデータを作ることはコミュニティを作ること
第4部では、「公共交通を支えるコミュニティ」をテーマとしたセッションを実施。ここでは、全国のシビックテックコミュニティを支援する組織「Code for Japan」の関治之氏による講演が行われた。関氏は、西鉄バスにおいて、地元のベンチャー企業が勝手に作成した「にしてつバスナビ」が公式アプリとして採用された事例や、東京メトロのデータ活用コンテストに多くの応募があったことなどを紹介した。
関氏は、「データがあればアプリを作りたい人は多く、バスのデータもぜひオープン化してほしい。そのためにはデータの標準化が必要で、例えばGTFS形式に統一すれば、GTFS形式に対応しているさまざまなアプリでデータを活用できるようになる。オープンデータを作ることはコミュニティを作ることであり、データを作ることをみんなで考え始めると、それがコミュニティになっていく」と語った上で、組織の垣根を越えて日本の公共交通を改善するコミュニティを作ることを呼び掛けた。
続いて、「バス停検索」というウェブサービスを提供している青い森ウェブ工房の福田匡彦氏が登壇。「バス停検索」は、地図上で現在地から最寄りのバス停を探したり、バス停の名前で検索したりすることができるサービスで、国土数値情報の「バス停留所データ」を利用している。福田氏は、同サービスの課題として、バス停情報を最新情報に更新をしきれないため、正確度に問題があることを挙げた。「バス停検索データの更新については全国の皆さんに協力いただいているが、みなさんに本業があり、なかなか追いつかない。広い範囲で最新情報を維持するには無償ボランティアでは限界がある。バス停データをぜひオープンデータ化してほしい」と語った。
最後に登壇したのは、愛知・岐阜・三重を中心としたエリアのバス路線図を収録したサイト「路線図ドットコム」を制作した伊藤浩之氏。伊藤氏は1997年「路線図ドットコム」を開設し、公共交通データの収集・整備を開始。2005年に活動を本格化するため、「公共交通利用促進ネットワーク」を立ち上げて、公共交通のメニュー作りや情報収集、公共交通データの整備などさまざまな活動を行っている。伊藤氏は、バスデータの整備が大変な理由として、「小規模バス会社でも大手の鉄道以上のデータ量がある」「ダイヤ改正の頻度が多い」「担当者の仕事が多く手が回らない」「ダイヤ編成支援システムが高額」といった点を挙げた。
さらに、バスデータはコンテンツプロバイダーやデジタルサイネージ、個人、車載機器、自治体・コンサルタントなどさまざまなプレーヤーが同じようなデータを作成していて効率が悪いと指摘。その上で、現在、解決に向けた取り組みとして、三重県内において公共交通ネットワークの“見える化”プロジェクトを開始したことを紹介。同プロジェクトは、共通入力フォーマットを確立することで、将来的には停留所掲出時刻表作成の効率化やオープンデータ化、バスロケシステムやデジタルサイネージへの利用などさまざまな連携が可能になると語った。「デジタルデータ化に際しては、データ作成だけでなく、パンフレットやバス停標識、案内看板など現地での案内との関連性も重要。これらとスマートフォンなどのITによる案内は両輪の関係で、ITだけではなく、両方を連携させながら整備する必要がある」と語った。
イベントの締めくくりとして伊藤昌毅氏は、「今回さまざまな問題が提起されたが、同じような問題意識を持っている人が連携することで、なんとか前に進んでいきたい」として、今後も同様のイベントを続けていくと語った。乗換案内サービスを提供するコンテンツプロバイダーが一堂に会するなど、多様な人が交流する場となった今回の「交通ジオメディアサミット」では、特にバス情報をテーマとした話が多く、バス情報のIT化については依然として課題が多いことが浮き彫りになった形だ。今回のイベントによって生まれた新たな人のつながりが、このような公共交通情報をとりまく課題をどのように解決していくかが注目される。