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東京五輪に向け、屋内測位の環境整備を目指す「東京駅プロジェクト」が実証実験
(2015/2/19 06:00)
屋内外を問わず人や物の位置を高い精度で把握できる環境を整備し、さまざまなサービスに活用できるようにする取り組み「東京駅周辺高精度測位社会プロジェクト検討会(東京駅プロジェクト)」が進められている。同プロジェクトでは、国土交通省が事務局となって、さまざまな民間事業者や有識者が参加し、東京駅周辺を舞台に屋内地図や屋内測位技術を用いたさまざまな実証実験が実施されている。
今回は、1月末に行われた記者発表会の様子を交えながら、プロジェクトの概要およびこの中で使われている注目の技術について紹介しよう。
東京五輪を見据えて屋内測位の環境を整備
東京駅プロジェクトは、2020年の東京オリンピック・パラリンピック開催を見据えて、地図や位置情報を利用した新しいサービスの創出を目指して取り組んでいるプロジェクトだ。
現在、屋外ではGPSによる位置情報の測位システムを利用したさまざまなサービスが提供されている。一方で屋内測位はWi-FiやBluetooth、音波などいろいろな技術の開発が進められているが、まだ決定的なものは登場していない。また、屋内地図についても、各施設の管理者が提供しているフロアマップや構内図があるものの、地下空間などの全体像が分かる共通の電子地図は十分に整備されていない。
今後、このような状況が改善し、屋内測位の環境が整って屋内外でシームレスに人の位置が高精度に分かるようになったら、さまざまなサービスの可能性が考えられる。東京駅など複雑な構造の地下空間でも迷うことなく移動できるようになるほか、災害発生時に適切な情報を受け取ることも可能となり、適切な避難場所への誘導なども可能となる。また、外国人観光客が空港や大きな鉄道の駅に来た時にも、自分がこれからどこへ行けばいいのかがすぐに分かるようになり、宿泊場所やオリンピック会場、周遊先など、来日から離日までの一体的な観光案内ナビゲーションサービスが実現できる。
このようなサービスを実現するにあたって、国交省では「屋内で人の位置を測位する環境がない」「測位ができた結果を表示する屋内の電子地図がない」「ナビゲーションなどのサービスを行うために必要な地物(店舗、看板、トイレなど)の電子情報がない」という3点を課題として認識しており、これらの環境整備を目指して発足したのが東京駅プロジェクトだ。東京駅周辺で先行的に実証実験を実施し、サービス実現に必要なインフラの効率的・効果的な整備手法を明らかにすることがプロジェクトの目的となっている。
国交省はプロジェクトの舞台に東京駅が選ばれた理由として、「東京駅は日本の玄関口であり、ビジネスの中核でもあるため、ショーケースとして先行的に実施する効果が高い」「屋外に高層ビルが立ち並び、複雑な地下空間が存在している」の2点を挙げている。なお、同プロジェクトは、高精度な測位環境を活用したいろいろなサービスを生み出すための共通基盤をいかに構築するかを明らかにすることを目的としており、ナビゲーションなど個別のサービスを行うことを目的としてはいない。
今回の実証実験で検証する測位技術は、Wi-Fiアクセスポイントから発せられる電波をもとに位置を推定する「Wi-Fi測位」、BLE(Bluetooth Low Energy)ビーコンから発する電波をもとに位置を推定する「BLE測位」、スピーカーから発する音波(非可聴音)をもとに位置を推定する「非可聴音測位」、スマートフォンの地磁気センサー(電子コンパス)で測定した場所ごとの地磁気の磁束密度や方向などをもとに位置を推定する「地磁気測位」、スマートフォンのジャイロセンサーのデータをもとに「どの方向にどれだけ移動したか」を推定する「PDR(歩行者デッドレコニング)」など。
実証エリアは、丸の内仲通り、丸ビル1F・B1F、丸の内地下街(南側・北側)、丸の内地下街(連絡通路・メトロ改札付近)などで、それぞれの場所で検証する技術の組み合わせが異なる。
非可聴域の音波を利用して屋内測位
これら5つの屋内測位技術のうち、今回の発表会では、株式会社エムティーアイによる非可聴音を使った測位実験のデモが行われた。この実験では、丸の内地下街のC2出口付近に、非可聴音を発する装置を天井付近左右に約3mおきで設置。スマートフォンのマイクで非可聴域の音波を受信することにより、アプリの屋内地図上に正確な位置情報を取得できる。非可聴音は1m離れたところで70dbくらいの小さな音で、到達距離は約15~20m。スピーカーごとに固有の番号情報を発して、その発する時刻をコントローラーが管理し、インターネットを介してスマートフォンアプリと数分おきに通信することにより三点測量で位置を割り出す仕組みとなっている。音波の発信装置の消費電力はBLEに比べると少し高めだが、単3電池8本で2カ月程度もつ。なお、アプリの屋内地図は、日本マイセロ株式会社が提供するものを使用している。
この技術では、PDR(デッドレコニング)の技術も併用することで精度を高めており、今回の実験では、約50cmの精度が得られているという。スマートフォンのマイクで受信するために特別な受信装置は不要で、iPhone/Androidどちらのプラットフォームでも利用可能だ。また、PDRを組み合わせることにより、コンパスを使わなくても端末の向きを調べることもできる。屋内ではコンパスによる方向指示が不正確な場合があり、この方式ならばそのような場合にも正しい方向が分かるという。
このほか、音波発生装置の隣にはBLEビーコンも取り付けられていた。非可聴音の送信装置が18個であるのに対して、このエリアではBLEビーコンが20個設置されている。エムティーアイは非可聴音による測位の実験のほか、BLEによる測位の検証も行っている。
2Dと3Dの“いいとこ取り”を目指したパラメトリック地図
このような測位技術の精度の検証のほか、屋内測位技術を活用したサービスの実証も行われる。その1つが、日本電信電話株式会社(NTT)が実施する「ダイバーシティ・ナビゲーション」だ。同社は東京駅プロジェクトの実証実験ワーキング・グループが用意する屋内測位環境を用いて、「ソーシャルバリアフリーマップ作成」「パラメトリック地図」「画像認識による屋内測位」「気象速報などのPUSH配信」「地図配信や測位を共通基盤化するBaaS(Backend as a Service)」の5点を実施する。
「パラメトリック地図」によるナビゲーションは、ユーザーに応じて目的地までのルートを見やすく地図表示するというもの。2D地図だけでは目的地までのイメージが分かりにくく、かといってすべてを3D表示にしてしまうと、情報量が多くナビルートが見づらくなってしまうし、スマートフォンなどで表示が重くなってしまう。これを解決するのがパラメトリック地図だ。NTTが実施したデモで実際に端末上で見てみたところ、目的店舗や曲がり角で目印となる店舗、ナビルートなど、ユーザーにとって意味のある部分が特徴的に表示されるため、とても見やすかった。2Dのシンプルな地図上に、必要なものだけを3D化して表示することで、2Dと3Dの“いいとこ取り”をするというコンセプトだと言える。
「ソーシャル・バリアフリーマップ」は、車椅子にスマートフォンを取り付けて、端末のセンサーが検知した段差や傾斜を地図上に反映するシステム。デモ車両では車椅子の座席の裏側付近にスマートフォンがセットされていた。取り付ける位置をいろいろと試した結果、この位置が最適だったという。段差や傾斜などさまざまなパターンを学習した上で、センサーからの情報を識別し、多くのユーザーが端末で計測した結果を集約して、段差など車椅子の通行に影響のある地点がバリアフリー情報として地図上にマッピングされる。既存のフロアマップや駅構内図には、段差や傾斜などの細かい情報が載っていないため、それを補う技術として利用できるほか、工事中や清掃中で通行ルートを迂回しなければならないような場合でも情報共有が可能となる。
「画像認識による屋内測位」は、あらかじめ撮影場所が分かっている画像を参照画像(基準画像)として登録しておくことにより、カメラで撮影した画像と参照画像を照合することで大体の位置を検出する技術。スマートフォンのカメラで看板を撮影し、参照画像と照合することで現在地を特定し、屋内地図上に現在位置を表示できる。参照画像は約3m間隔で撮影されており、スマートフォンからさまざまな角度から撮影されても、独自の画像解析技術により合致する画像を探し出せる。この技術による屋内測位の精度についてはまだ結果が出ていないが、NTTの説明によると、同じ技術を使った物体認識では約8割の精度で正しく認識できるという。
今回の実証実験は一般のユーザーが参加して行うものではないが、このような実験を重ねることにより測位基盤が確立し、オリンピック/パラリンピックが開催されるころには実用化に至る可能性もある。東京駅エリアにおいて、外国人観光客や車椅子ユーザーも含めた多くの人にとって利便性が高い屋内測位環境が実現されることを期待したい。