地図とデザイン

「女子ちず」は私鉄路線も縞模様、目指したのは女性が見てもテンションが下がらない地図アプリ

連載「趣味のインターネット地図ウォッチ」からの派生シリーズとして、地図の図式や表現、地図のグラフィックデザイン/UIデザイン、デジタルによる新たな地図デザインの可能性……等々、“地図とデザイン”をテーマにした記事を不定期掲載でお届けします。


 写真アプリのようなフレームが付いた地図画面、コミックやプロ野球チームとのコラボ、地図記号の知識がなくても分かりやすいアイコン、きれいなトイレやおむつ換えスペースのあるトイレの情報など、他にはないさままざまな特徴を持った地図アプリ「恋するマップ~女子ちず~」。数あるスマートフォン向けの地図アプリの中でも“女子のための地図”を目指したこのようなアプリは実に珍しい。“女子向け”の地図アプリを開発する上で、どのような点を工夫したのか、そのこだわりについて、提供元である株式会社ゼンリンデータコムの中西紀子氏(モバイルサービス本部新規事業開発部シニアディレクター)に話をうかがった。

「恋するマップ~女子ちず~」

地図の上にフレームやチャームを表示

 「女子ちず」の開発プロジェクトがスタートしたのは2013年の秋のこと。「社内で新サービスを立ち上げるにあたり、完全に女性向けに特化した地図があれば使っていただけるのではないかと思いました。最初はSNS機能を重視したアプリを考えていたのですが、10代~30代の若い世代に使ってほしいということもあり、機能を絞った上でフレームやチャーム(画面右上に表示される小さな飾り)などを追加することにしました」と、中西氏は開発当時を振り返る。

株式会社ゼンリンデータコムの中西紀子氏(モバイルサービス本部新規事業開発部シニアディレクター)

 フレームによって地図の端が丸く切れているそのデザインを見た社内の男性からは、「ありえない」という意見もあったそうだが、“かわいければ良い”というシンプルな主張で押し通した。「結果的には、フレームがあることへのクレームはユーザーからほとんど無くて、それよりも『フレームが可愛い』という意見のほうが多かったです。フレームのほかにも、チャームが揺れるとか、メニューが広がるときに横と斜めで交互に向きが変わるとか、地図としての使い勝手には何も影響しませんが、細かい遊び心を随所に盛り込みました」。

画面右上のチャーム
端末を傾けるとチャームが揺れる
メニューが横に広がった状態
メニューが斜め上に広がった状態

 フレームやチャームにはほかにもさまざまなデザインが用意されており、有料(120円)で提供しているものもある。オリジナルのものに加えて、最近ではコラボレーション企画も活発に行っており、2016年12月からは株式会社KADOKAWAとのコラボレーションにより、柳原望氏のコミック「かりん歩」1巻と「高杉さん家のおべんとう」のオリジナルデザインのフレームやチャームも提供開始した。中西氏によると、どちらの作品も地理学に関係した内容であることからコラボレーションを決めたという。ほかにも「広島カープ」「ガチャピン・ムック」「スターフライヤー」などとのコラボレーションがあり、今後もこのような企画を続けていく予定だ。

フレーム購入画面
チャーム購入画面
「かりん歩」コラボフレーム
「高杉さん家のおべんとう」コラボフレームとチャーム
「広島カープ」コラボフレームとチャーム
「スターフライヤー」コラボフレーム

 なお、このフレームは、有料ではあるが消すことも可能だ。アプリの「着せ替え」を選び、フレームのリストの中から「シースルー」を選ぶとフレームのない地図画面となる。課金によって「足す」のではなく「引く」ことが可能になるというのはユニークだが、シースルーを適用することで、一見すると普通の地図アプリのような外見になり、男性が使っても違和感のない画面となる。

「シースルー」フレーム

地図が苦手な女性にも分かりやすい記号を採用

 フレームばかりに注目しがちな「女子ちず」だが、実は地図デザインそのものも、一般的な地図デザインとは異なる部分がいくつかある。最も大きな特徴が、その淡い色使いだ。

「恋するマップ~女子ちず~」の地図デザイン
「いつもNAVI(地図)」におけるゼンリンデータコムの一般的な地図デザインの例

 「最初に川や海などの水部と、緑と地面の色を決めて、その上にどのような色が合うかを決めていきました。建物の輪郭が濃いグレーで、その中は薄いグレーにしています。また、大きなマンションなど目立つ建物は水色を使っています。さらに、鉄道の駅は目印になるものなので、赤系の色にして目立たせています。」

 色と並んで特徴的なのが地図記号だ。一般的な地図アプリでは、鉄道の線路を表現する場合、JR在来線は黒と白、新幹線は緑と白の縞柄で表現され、私鉄は黒線で表現される。ところが「女子ちず」では、私鉄は茶色と白の縞柄となっている。

 「私鉄をただの黒い線で描くと、線路だということが分かりづらいという声があり、それならばJRと同じように縞模様にすればいいと考えました。ほかの地図記号についても、交番は警官の顔、郵便局はポスト、寺院や学校は建物、ホテルはベッドに人が寝ている絵など、とにかく考えなくて済むようにパッと見て分かるアイコンを使っています。」

私鉄の線路を茶色と白の縞で表現
寺や交番などに独自のアイコンを使用

 このほか、都道府県や市区町村の境界を省いたり、地下鉄の出口番号を大きめに表示したり、小さめのビルの場合は名称を薄く表示したりと、さまざまな工夫がある。

 「実は私自身、地図を見るのがとても苦手なんです。地図を見ても、GPSの位置情報が少しでもずれると現在地がどこか分からなくなるし、地図を見ているとよく分からなくてテンションが下がり、おかげで方向音痴で迷子になることもあります。だから、女子が見てもテンションが下がらないような、とにかく見て楽しく、色合いも明るくてアイコンも分かりやすい地図を作りたいと思いました。そのため、実際には見えないものは極力見せたくないという理由から、都道府県や市区町村の境界も消しています。さらに、街歩きの地図として使う場合、ビル名よりも店舗の名称を見せるほうが重要なので、特定のビル名を薄く表示させています。」

 「『女子ちず』にはカーナビ機能はなく、街歩きのための地図アプリなので、一方通行の矢印も載せていません。歩行者用のナビ機能も搭載せず、とにかく現在地と目的地の位置を地図上で確認しながら、たどり着ければいいというコンセプトです。地図が苦手な人にとって、地図が自動回転するというのはけっこう分かりにくいことなので、カーナビのように進行方向に自動的に回転する機能も搭載していません。回すなら端末ごと自分で回せばいい、という考え方ですね。」

スタッフが独自に調査した「きれいなトイレ情報」

 検索機能については、施設のジャンル一覧などの画面は用意されておらず、あらかじめ登録されているジャンルを地図上で選ぶと、そのジャンルのアイコンが地図上に表示されて、できるだけ地図上で完結するように配慮されている。

 ジャンルとしては「カフェ」「靴修理店」「100円ショップ」「ドラッグストア」「コンビニ」「クーポン」などが収録されている。さらに、コラボ企画との連動も行っており、例えば「高杉さん家のお弁当」とのコラボでは、「高杉さん家」の足跡をたどる中京近郊名所ガイドや、作者の故郷もある愛知周辺の名所、登場人物が過ごした場所などが地図上にアイコンで表示される。「広島カープ」とのコラボでは、広島県人率が高い店やカープ戦が観戦可能な店など、広島カープに関連した飲食店が地図上にバットのアイコンで表示される。

 このほか、「クーポン」を選ぶと、企業との期間限定コラボにより女子向けスポットの情報も掲載。最近ではサバイバルゲーム場の情報なども掲載している。サバイバルゲームが女性に人気を集めていることから、プロモーション手段として「女子ちず」が活用されているかたちだ。

メニュー表示
サバイバルゲーム場のクーポン

 ジャンルの中でも、ほかの地図アプリにはない実用的な情報として特に人気なのが「きれいなトイレ情報」だ。これは、女性でも安心して使える清掃の行き届いたトイレの情報をゼンリンデータコムのスタッフが独自に調査したもので、アイコンをタップして「詳細」を選ぶと、中の写真も見ることができる。

 詳細情報には、住所や利用時間、洋式便座と和式便座それぞれの数量などの基本データのほか、「良い香りが漂い、個室内に荷物用のフックが2つある」といった詳しいレビューも載っている。また、「パウダースペース」「フィッティングスペース」「ウォシュレット」「サニタリーグッズ販売」など女性が気になる要素もアイコンの有無で分かるようになっている。このアイコン表示の中には、前述したように育児関係の情報も含まれており、「授乳スペース」「おむつ替えシート」などの有無が分かる。

「きれいなトイレ情報」のアイコン
「きれいなトイレ情報」詳細情報

 「トイレについては、とにかく現地に行って実際にきれいかどうか、設備が整っているのかをよく確認することにしています。情報を厳選しているので、収録数は全国で約600カ所とそれほど多くはありませんが、日本全国で主要都市の情報は押さえています。今後はベビーチェアの有無など、育児に役に立つ情報も増やしていく予定です。デザイン面だけでなく、このアプリにしかないデータを増やして、できるだけ多くの女子に使っていただきたいですね。」

片岡 義明

フリーランスライター。ITの中でも特に地図や位置情報に関することを中心テーマとして取り組んでおり、インターネットの地図サイトから測位システム、ナビゲーションデバイス、法人向け地図ソリューション、紙地図、オープンデータなど幅広い地図・位置情報関連トピックを追っている。測量士。インプレスR&Dから書籍「こんなにスゴイ!地図作りの現場」、共著書「位置情報ビッグデータ」「アイデアソンとハッカソンで未来をつくろう」が発売。