地図とデザイン
地図が紡ぎ出すグラフィックを愛でるための地図アプリ「plainMap」……すべての情報を間引くことなく掲載!
2015年11月26日 06:00
連載「趣味のインターネット地図ウォッチ」からの派生シリーズとして、地図の図式や表現、地図のグラフィックデザイン/UIデザイン、デジタルによる新たな地図デザインの可能性……等々、“地図とデザイン”をテーマにした記事を不定期掲載でお届けします。
黒い陸地に細かくびっしりと描き込まれた無数の道路や河川の線。ズームアウトしてもすべての情報が間引かれることなく描かれたこの地図は、一見すると航空写真のようにも見える。地図会社の東京カートグラフィック株式会社が10月に公開したiOSアプリ「plainMap」(120円)は、そんな不思議な地図アプリだ。plainMapのデザインへのこだわりとともに、同社が近年行っている新たな地図表現への取り組みについて話を聞いた。
OpenStreetMapのデータをすべて地図上に表示
plainMapは、フリーでオープンな地理空間情報を市民の手で作り上げるプロジェクト「OpenStreetMap(OSM)」のデータを使ったiOS用地図アプリだ。その特徴は、地図の縮尺を切り替えても道路や河川などの情報が間引かれることなく、すべて表示されること。当然ながらズームアウトすると大量の細かい線が密集するため、普通の地図アプリのような使い方には適さない。App Storeの説明書きに「実用的な地図アプリではありません」と注意書きが入っているのを見れば分かるように、plainMapは地図を活用するためのアプリではなく、地図を鑑賞することを目的としたアプリなのだ。
plainMapの開発に携わった東京カートグラフィック企画部部長の宮坂芳男氏はこのアプリについて、「GoogleやAppleの地図とは違う発想で作りました」と語る。
「一般的な地図アプリでは、ズームアウトしたときに情報を間引いて主な道路だけを出すのが当たり前で、デジタル地図というのはそういうものだと思っている人が多いと思いますが、plainMapではすべての情報を間引くことなく載せて、ズームアウトしても消えないようにしてあります。子供のころ、地図帳を見て、ものすごく小さい地名を見つけて遊んだことはありませんか? “細部が分かる”というのが地図の魅力の1つだと考えて、それを形にしたのがこのアプリです。」(宮坂氏)
東京カートグラフィックは、官公庁や企業に向けたオリジナル地図の作成や、地理空間情報システム(GIS)の構築、測量・調査、地図をモチーフにした文房具や雑貨の販売など、さまざまな地理空間情報ビジネスを手掛けている。その中の1つとして、ソフトウェア開発事業があり、かつては衛星画像をベースにさまざまなデータを重ね合わせて表示できるWindows向けの教育用地図ソフト「Green Map」を開発したこともある。
「Green Mapを作ったときに感じたのが、紙地図は印刷でとても小さい字を入れられるのに対して、PCのディスプレイの解像度では小さい字を書けないという不満でした。ところが今は、Retinaディスプレイをはじめ、スマートフォンやPCのディスプレイはかなり高精細化しています。このようにディスプレイが進化してきた今だからこそ、すべての情報を載せるという表現が可能になると思いました。」(宮坂氏)
※地図をモチーフにした文房具・雑貨については、本誌2014年1月23日付記事『地図会社による地図だらけの文具雑貨展、中野区新井で開催中 ほか』を参照
“脳細胞”をイメージした地図デザイン
plainMapは、黒地に道路は白色で、鉄道の路線は緑色、空港は紫色など、一般的なデジタル地図ではあまり使われていない配色となっている。道路については、高速道路や国道、一般道の区別なくすべて白線で描かれており、それらが密集した網の目のように絡まった様子は、小縮尺で見るとまるで写真のように見えるから不思議だ。
「このアプリを開発する上でイメージしたのは“脳細胞”です。ヨーロッパの地図で郊外を見ると、集落が点々と存在して、それらが道路でつながっている様子が脳の細胞のように見えることを表現したかった。ヨーロッパと比べると、日本の場合は街がずっと連続していて、その様子が全く違うことが分かります。このような普通の地図では見られないのが見ることができる、異なる側面から地図を見ることができるのがこのアプリの魅力です。だから、鉄道路線を緑色にするなど、普通の地図ではあまり使われていない配色にしました。」(宮坂氏)
OSMのデータをすべて収録したとは言っても、この地図は細部までズームインできるわけではなく、標準地図に比べると中途半端なサイズまでしか拡大することはできない。あくまでも無数の道路が絡みあう様子を全体的に眺めるのがこのアプリの正しい楽しみ方であり、拡大して細部を見ることを目的としたアプリではないからだ。
「例えばフランスのパリ周辺をGoogleやAppleのマップで表示し、ズームアウトしていくと、ある縮尺レベルでセーヌ川が消えてしまいますが、plainMapならどんなに引いても川が消えることはありません。ふだん見慣れている地図がけっしてすべてではないと思いますし、当社のような立場としては、Google マップにはない地図デザインを追求し、一般的な地図が持つ制約を取り払いたいと考えて作りました。」(宮坂氏)
地図上を長押しすることで表示中の地図の画面にタイトルを付けてリストに登録したり、左下の「Where」ボタンをタップすることで世界地図上で現在地を確認したりすることもできるが、地図アプリとしての機能は極めてシンプルで、plainMapの地図上では検索すらできない(右上の「MapKitボタンを押してAppleマップに切り替えて検索することは可能)。宮坂氏によると、このようなアプリを作った理由は、「地図とグラフィックをもっと近づけたい」という思いがあったからだという。
「役に立つ実用的な地図を見たければGoogleやAppleの地図を使えばいいわけで、plainMapの場合は地図の形状や地図そのものをコンテンツとして捉えて、見て楽しんだり考えたりしてもらうための地図だと考えています。このアプリは地図が好きな人だけでなく、グラフィックが好きな人にもぜひ見てもらいたい。将来的には、今回とは違ったデザインの地図アプリを作ることも検討しています。」(宮坂氏)
新たな地図表現を追求した「cart.e」プロジェクト
今回のように新たな地図表現を追求した取り組みは、実は東京カートグラフィックにとってこれが初めてではない。同社は2013年に「cart.e(カート・ドット・イー)」というプロジェクトを発表している。同プロジェクトでは、背景地図画像をさまざまなデザインに切り替えて見られる「Map+Design」や、地図の上にユーザーがデザインしたオリジナルの地図を投稿可能にする「MapOnMap service」、さまざまなグラフィックを地図の上に配置する「Images on cart.e」、鉄道路線網が地図上で生き物のようにうごめく地図など、数多くの種類の地図をウェブ上で公開した。
「2005年にGoogle マップが登場して以来、インターネットで地図をどのように表現すればいいのかをずっと考えていました。そんな中、OpenStreetMapという誰もが自由に使える地図データがどんどん整備されてきて、ある程度、実用的なデータとして世界中が網羅されていき、場所によってはGoogle マップよりも情報が充実しているところもあるという状況になりました。さらに、データを配信するサーバー設備についても、クラウド環境が整ってきて安価に利用できるようになり、そのような状況を利用して何かができるだろうと考えたのが、cart.eのプロジェクトを立ち上げたきっかけです。」(宮坂氏)
cart.eの背景地図のほとんどは、OSMのデータをもとに米MapBox社のオープンソースソフト「Tilemill」で作成されており、その上に、各地の名産品や動く路線図など動きのある東京カートグラフィック独自の素材が載っている。
「地図の上にただ情報を載せるだけではつまらないと考えて、例えば線路が動く地図は、当初は路線が動きながら次第に白くなっていって、最後に鉄道路線図に変化させようとか、いろいろなアイデアを考えていました。このころにさまざまな試行錯誤を行ったことにより、グラフィックデザインと地図データを扱う技術、そしてオープンソースのソフトウェアを組み合わせることで、Google マップにはないものを作れるという感触が得られました。これが現在のplainMapにつながっています。」(宮坂氏)
※cart.eについては、本誌2013年7月11日付記事『富士登山オフィシャルサイト/日本の世界遺産マップ ほか』の中の『東京カートグラフィックが新しい地図表現プロジェクト「cart.e」公開』のパートも参照
ウェブ上でさまざまな投影法に切り替えられる世界地図
plainMapを生み出した東京カートグラフィックの企画部ICTデザイン室では現在、plainMap以外でもさまざまなアプリやウェブサイトの開発を行っている。例えば同社では昨年より、年末に配布するカレンダーに記載されたQRコードにアクセスすると、同社の活動をPRするための特設サイトに飛ぶような仕掛けを作った。昨年公開した特設サイトは、印刷物として作った素材を地図上に貼り付けただけのものだったが、今年からはがらりと雰囲気が変わり、世界地図をさまざまな投影法に切り替えられるようにした。デザインとしては、背景を暗くして、夜景のような色使いとなっている。同サイトは12月上旬から東京カートグラフィックのサイトで公開される予定だ。
このウェブサイトを開発したICTデザイン室室長の一戸英昭氏によると、投影法によって地図の表現が劇的に変わるということを伝えたくて、このようなサイトにしたのだという。
「昨年のコンテンツは、紙地図の発想から抜けられていなかったのですが、今年の地図は、世界地図をさまざまな投影法に切り替えてみることが可能で、大圏(地球上の2点間と地球中心を含む断面が地表面と交わる線で、球面上の2点を結ぶ弧のうち最短距離となる)コースを表示させることができます。また、ある地点をクリックすると、1日の太陽の動きを見られる機能も搭載しています。デザインについても、一般的な地図とは違った表現にしたいと思い、とにかくシンプルに情報を見せるため、黒い陸地に白い点という夜をイメージさせるデザインにしました。」(一戸氏)
ICTデザイン室の取り組みとしてはこのほかに、地図以外のアプリのリリースが挙げられる。plainMapのリリースと同時期に、同社は「reteNote」(120円)というメモアプリもリリースした。このアプリは、書き込んだメモの大きさや色を変えたり、メモ同士を結び付けて頭の中を整理したりすることが可能だ。ノートの大きさに制限はなく、どこからでも、どこまでもメモを広げていくことができる。
同アプリは、plainMapの開発にも携わった、同じくICTデザイン室の本郷遥氏が企画したものだ。「reteNoteは、“頭の状態を表現した地図を作る”ことを目指しました。気になった情報をこのアプリに書きとめておいて、あとで見返しながらメモ書きした要素を線でつないだり、配置を変更したりすることで、自分の中で整理することができます。簡単にメモを作れるようにテンプレートも収録しています。plainMapはすべてのデータを地図上に載せることで、いつもと違った側面から地図を見ることを目指したアプリですが、reteNoteも同じで、いつもとは違った角度から自分の頭の中を見て、考察するためのツールを目指しています。」(本郷氏)
ほかにも本郷氏が企画したアプリとして、入力したテキストの文字をブロックに見立てたブロック崩しゲーム「いろはブロック」(無料)がちょうど昨日リリースされたばかり。同社では今後もさまざまなアプリのリリースを予定しており、plainMapの売れ行き次第では、デザインを変えた新たな地図アプリをリリースする可能性もあるという。
plainMapをはじめ、従来の地図アプリとは異なる切り口のアプリを追求する東京カートグラフィック。彼らはこれからの地図デザインについてどのように考えているのだろうか。
「使う人にとっての利便性だけを追究すると、Google マップのようなベーシックな地図デザインにたどり着きやすいけれど、そういう地図だけになってしまうと世の中つまらない。plainMapは、地図が好きな人だけでなく、地図に興味がない人に地図そのものの美しさや格好よさに気付いてもらいたいと考えて作ったものです。すべてを奇抜にするとアートになってしまうので、どの程度までユニークなデザインにするかは難しいですが、今後は『何これ?』と驚きを与えられるようなアプリを追求していきたいし、そういうものが出せれば地図の世界も広がっていくと思います。」(宮坂氏)