地図と位置情報

位置情報技術とドローンでラグビー日本代表を強化/政府が「G空間情報センター」創設 ほか

連載「趣味のインターネット地図ウォッチ」からの派生シリーズとして、暮らしやビジネスあるいは災害対策をはじめとした公共サービスなどにおけるGISや位置情報技術の利活用事例、それらを支えるGPS/GNSSやビーコン、Wi-Fi、音波や地磁気による測位技術の最新動向など、“地図と位置情報”をテーマにした記事を不定期掲載でお届けします。


 幕張メッセで6月8日から10日まで開催された「Interop Tokyo 2016」の併催イベント「ロケーションビジネスジャパン(LBJ)2016」。展示ブースでの注目製品はすでに速報記事でお送りしたが、このほかに、位置情報ビジネスの最新事情が分かる講演やセミナーも行われた。今回は、その中から注目された講演をレポートする。

「ロケーションビジネスジャパン2016」展示会場

位置情報技術とドローンでラグビー日本代表を強化、スポーツ分野での利用が活発に

 基調講演では、LBJの実行委員長を務める慶應義塾大学大学院の神武直彦准教授(システムデザイン・マネジメント研究科)がモデレーターを務めて、筑波大学体育系・准教授の古川拓生氏が「ロケーションテクノロジーが生み出す次のビジネスヒント」と題して講演を行った。ラグビー日本代表スタッフの経験を持ち、現在は日本ラグビーフットボール協会の競技力向上委員を務める古川氏は、ラグビー日本代表の事例などを紹介し、スポーツ分野におけるデータ活用について語った。

筑波大学体育系・准教授の古川拓生氏

 「昨年度のワールドカップでは、ラグビー日本代表チームが歴史的な勝利を挙げましたが、このときのチームは、『世界で最も準備されたチーム』を目指すということで、4年前からいろいろな取り組みが始まっていました。その中にはデータ活用によるチーム強化も含まれていました。とにかく日本はどのチームよりも走って、ハードワークをしましたが、それはただ闇雲に行ったものではなく、データに基づいた緻密な計算によるトレーニングでした。例えば10年前と比べたときに、現在の方が走行距離やダッシュ回数が増えたという事実がデータから分かった場合、10年前のトレーニングは役に立たないことになります。」

 「走行距離やスピードなどのデータを取る場合、これまではビデオカメラの映像を解析するDLT(Direct Linear Transformation)法が使われていましたが、数年前からはGPSが使われるようになってきて、選手にGPSを装着することで比較的短時間で選手の移動距離を記録可能になったほか、移動距離だけでなくグラウンド上での動き方も見ることができます。さらに、映像とGPSをリンクさせることにより、選手があるスピードに達したときの映像だけを抜き出したり、GPSや加速度センサーから得たデータをもとに高い衝撃が加わったときだけを抜き出してつなげて、コンタクト(衝突)のシーンを抜き出したりしました。これは映像だけではできない活用方法ということで、GPSの可能性を示したものでした。」

GPSで移動距離や速度を測定

 最近ではGPSのほかに、ドローン空撮の活用にも取り組んでいるという。

 「日本代表の宮崎キャンプでは、トレーニング中の俯瞰映像をドローンで空撮し、倒れた選手がどれくらいの早さで起き上がってディフェンスのラインをもう1回形成していくかを見ていきました。これをもう少し進めて、映像をもとに、選手の移動距離や、倒れてからすぐに起き上がる時間などを自動的に取り出すことができるようになれば、もっと日本代表のトレーニングをレベルの高いものにできるかもしれません。」

ドローンによる空撮

 古川氏によると、「テクノロジーが進む中で、いろいろな技術が個別に存在しているが、まだまだそれらが統合されているわけではない」と考えており、今後も何かセンサーを選手に身に付けさせることで、映像では見えない人の重なりの情報などを直接取得して、よりゲーム負荷を詳しく見られるようになれば、日本代表が世界を震撼させるようなチームに変わっていけるのではないかと語った。さらに2019年のワールドカップに向けては、「今までと同じことをやっていたのでは、おそらく次はないと思っています。次回のワールドカップまでの準備を行う上で、今日話したようなテクノロジーは、必ずや日本代表チームを支えてくれるのではないかと思います」と締めくくった。

官民のさまざまな情報を集約、政府が「G空間情報センター」創設

 もう1つの基調講演として、内閣官房の松永明氏(副長官補付・内閣審議官)による「新たな地理空間情報活用推進基本計画の策定に向けて~G空間社会の実現を目指して~」と題した講演も行われた。地理空間情報活用推進基本法とは、地理空間情報(G空間情報)の活用を推進するための法案で、現行の基本計画は2016年度で計画期間満了となるため、2017年度からの5年間を対象とした新たな基本計画が検討されている。

内閣官房の松永明氏

 松永氏は、今後数年間はビッグデータの活用の進展やAI、IoTに関する技術革新により、自動車の自動運転や無人航空機による物品輸送などさまざまな場面で地理空間情報が活用されるようになるとして、政府として新たな基本計画に盛り込もうと考えている事項について説明した。

 第3期基本計画の骨子案の概要としては、人口減少・高齢社会における安全・安心な暮らしを実現するために、高齢者・障碍者などへのモビリティ向上サービスの実現を目指すほか、災害対策や地域産業の活性化、準天頂衛星システム4機体制の確立による高精度な測位サービスと関連ビジネス、人材育成支援などを含めた海外展開、2020年オリンピック・パラリンピックにおいて高度な移動支援技術を世界にアピールするといったことなどを挙げた。

第3期基本計画の骨子案

 その上で、地理空間情報を高度に利活用するための環境作りとして、さまざまな情報を、位置情報をもとに国土地理院の地図などの上に重ね合わせて表示・分析するための基盤となる「G空間情報センター」の創設を計画していることも明らかにした。これはG空間情報を集約するバーチャルな仕組みで、企業や研究機関、国や地方公共団体、防災関係者などさまざまな人が利用できるようにする。集約するデータは、地図データをはじめ防災、交通、統計、航空写真、宇宙・衛星、ライフライン、不動産、農林・水産、携帯位置情報、カープローブなど幅広いデータを想定している。

G空間情報センター

 「まずは国や地方公共団体が保有しているオープンデータを集めたいです。国が保有するデータには、行政が思いつかないような利活用の可能性があると思いますので、そのようなデータを利活用しやすいように、マシンリーダブルにした上で、できるだけ集約して探しやすくすることが重要だと考えています。」

 なお、「G空間情報センター」については、展示会のオープンステージで開催されたセミナー「次のG空間社会を語ろう!」でも触れられた話題で、ここでは国土交通省の九鬼令和氏(国土政策局国土情報課・地理空間情報活用推進官)が登壇した。

 「G空間情報センターができることにより、さまざまなデータへのアクセスコストが下がり、地理空間情報をもっとさまざまな形で活用していただけるようになると考えています。例えば防災の場面で防災マップとカープローブを1つにできれば、ボランティアの方に役に立つ情報になるでしょうし、都市計画などのマップにさまざまな人流の情報を載せることができれば、出店の検討に活用できると思います。」

国土交通省の九鬼令和氏

 九鬼氏によると、G空間情報センターには民間が保有するデータを格納することも可能になるという。「官の情報は原則的に無料で提供しようと考えていますが、民間企業のデータの場合は、その情報を使いたい人が対価を支払うことで入手できるようにしたいと考えています。そうすることで、民間企業にとってはそれがビジネスとなります。」

他社のビーコンを相互利用できるオープンプラットフォーム「unerry」

 オープンステージで開催されたセミナーではこのほかにもさまざまな講演が行われたが、その中で興味深かったのが株式会社unerry代表取締役CEOの内山英俊氏による講演「ユーザ反応10倍!200万個のビーコンを使いこなすポスト・オムニチャネル」だ。内山氏は、欧米でBLEビーコンがかなり普及しており、成功事例も多く見られているのに対して、日本市場ではビーコンの活用が大きく遅れており、その原因はビーコン設置の規模が圧倒的に小さく、数が少ないことだと語った。

株式会社unerry代表取締役CEOの内山英俊氏

 unerryが提供する「Beacon Bank」は、そのような課題を解決するためのもので、さまざまな企業が提供するビーコンを相互利用できるオープンプラットフォームだという。これまでは、例えばデパートに設置されたビーコンに対応するのは専用のアプリしか存在せず、ビーコンとアプリが1対1だったのが、Beacon Bankに企業がそれぞれ自前のビーコンを登録してシェアすることで、他社のアプリでも利用可能となる。

「Beacon Bank」のイメージ

 現在、unerryは東京都内に4000個のビーコンを持っており、企業は使いたいビーコンを地図上で選び、反応する距離や配信するコンテンツ(クーポンなど)を設定することで利用可能となる。コンテンツを配信するためのビーコンと、受け取ったユーザーに訪問してもらいたい場所にあるビーコン(コンバージョンビーコン)とを分けて登録することも可能だ。こうして実際にコンテンツを配信したあとは、どこでどれくらい配信し、その結果、どれくらいの人が訪問したのかをグラフで確認することもできる。

ビーコンの登録画面

 これまでは企業が自らビーコンを購入して拠点に設置し、ビーコンソリューションを選定・購入した上で専用アプリを開発した顧客に配布していたのが、Beacon Bankでは、地図上からビーコンを選んで利用することが可能となり、テンプレートからアプリを作って顧客に配布することもできる。

 「ビーコンは省電力でバックグラウンド動作が可能で、配信エリアも広く、精度も高いといった数々のメリットがありますが、設置されている数が少ないという問題はいかんともしがたいので、私たちはその課題をBeacon Bankで解消しようと考えています。」

 ビジネスモデルとしては、配信者が1配信につき5円をBeacon Bankに支払い、その中からビーコン設置者に2円、アプリの会社に2円を還元する。コンテンツ配信については、機械学習によって配信メッセージを絞る自動配信エンジンを採用している。すでに大規模小売店において、集客効果を上げながら広告費削減を実現したり、キャンペーンや子供の見守りに活用したりと、さまざまな場面で使用されているという。また、ニュースメディアにおいて「駅に着いたとき」など、配信したいタイミングを指定して配信することにより、クリック率を向上させるといった事例もあるという。

大規模小売店での事例

片岡 義明

IT・家電・街歩きなどの分野で活動中のライター。特に地図や位置情報に関す ることを中心テーマとして取り組んでおり、インターネットの地図サイトから法 人向け地図ソリューション、紙地図、測位システム、ナビゲーションデバイス、 オープンデータなど幅広い地図関連トピックを追っている。測量士。インプレスR&Dから書籍「位置情報ビッグデータ」(共著)が発売中。