インターネットはこうして創られている~IETFの仕組み

第2回:IETFの使命と構造


 前回インターネットを動かしているルール、つまりプロトコルを決めているのがIETF(Internet Engineering Task Force)だと紹介したが、そこでの手続きはどのように進められているのだろうか? IETFで重視されているのは、開かれたプロセスと、技術指向、そしてボランティアによる参加だ。

技術指向とボランティアによる参加

 まず、IETFでの議論はすべて公開されており、誰もが参加することが可能となっている。提案されている方法とその利点・欠点、そして最終的に選択された方法がどういう理由で選ばれたのか、単に決められたプロトコルだけでなく議論の過程もすべて公開されている。そのため、たとえ議論に途中から参加したとしても過去のミーティングの議事録やメーリングリストのログを参照し、議論を追いかけることが可能となっている。

 当然、発言も自由であり思ったことを意見として述べることが可能である。しかし、この議論を進める上で重要なことが技術指向とボランティアによる参加である。まず議論は、技術的観点から進められる。多数の支持があるということよりも、技術として優れているかどうかが重要な指標となってくる。

 したがって、単にアイディアとしての提案よりも、実際に動くプログラムやシステムでの実証が好まれる。このルールは「Rough consensus and running code」という標語で示されており、アイディアは実際に動くプログラムやシステムで検証しながらプロトコルとして決めていくとともに、その決定は多数決ではなく「おおよその合意」によってなされることになっている。こうしたルールは、参加者の立場にも現われている。

 「ボランティアによる参加」が意味するのは、参加者は所属する組織や立場とは独立に個人の技術者として参加するということである。IETFの参加者は「インターネットをより良く動くようにする」ために集まっているわけである。

8つのエリア、108のワーキンググループ

 ところでインターネットを構成するプロトコルにはさまざまな種類のものがある。IP(Internet Protocol)はネットワークの基盤となるプロトコルであるし、SMTP(Simple Mail Transfer Protocol)はメールの配送のためのプロトコルである。

 こうしたさまざまな話題すべてを1カ所で議論することはできない。そこで、話題ごとにワーキンググループというグループを作って、そこで集中して議論している。また、これらのワーキンググループは現在108あるため、8つのエリアに分類されており、話題の整理が行われている。

IETFのエリアとワーキンググループ
Applications Areaさまざまなネットワークアプリケーションとそのプロトコルに関するエリア。電子メールに関連するプロトコルについて議論するワーキンググループやセカンドライフのような仮想世界を構成するエージェントに関連するプロトコルを議論するワーキンググループなど、13のワーキンググループがある。
General AreaIETFそのものの運営に関わるルールなどを議論するエリア。現在、このエリアに属すワーキンググループは無い。
Internet Areaインターネットの基盤に関わるプロトコル及び新しい通信技術をインターネットで利用するために必要なプロトコルに関するエリア。IPv6展開に必要な技術に関するワーキンググループ、移動通信に関連するプロトコルを議論するワーキンググループ、WiMAXやセンサネットワーク用無線通信技術をインターネットで利用するために必要な技術を議論するワーキンググループ等、30のワーキンググループが属す。
Operations and Management Areaインターネットの運用管理に関連する技術に関するエリア。IPv6ネットワークの運用技術に関するワーキンググループやネットワーク構成情報の記述形式に関するワーキンググループ等、15のワーキンググループが属す。
Real-time Applications and Infrastructure Area音声コミュニケーションやビデオ通信などリアルタイム通信アプリケーションとそのプロトコルに関するエリア。ストリーミングやIP電話に関連するプロトコルを議論するワーキンググループなど、17のワーキンググループがある。
Routing Area経路制御及び経路制御情報交換プロトコルに関するエリア。より効率の良い経路制御方式に関する議論を行うワーキンググループやマルチキャスト通信のための経路制御に関するワーキンググループ、ルータの多重化に関するワーキンググループ等、15のワーキンググループが属す。
Security Areaセキュリティとセキュリティ関連技術に関するエリア。暗号化メールに関するワーキンググループや、鍵交換方式に関するワーキンググループ、利用者認証の方式に関するワーキンググループ等、17のワーキンググループがある。
Transport Areaトランスポートプロトコルに関するエリア。TCP(Transmission Control Protocol)の拡張に関する議論を行うワーキンググループや、新しいデータグラム型トランスポートプロトコルであるDCCP(Datagram Congestion Control Protocol)に関するワーキンググループ等、14のワーキンググループが属す。

全体を見渡すIESG

 また、各ワーキンググループでの議論がばらばらに進むことによって、議論の重複があったり、抜けがあったりしないかを調整するために、IETF全体を見渡すIESG (Internet Engineering Steering Group)が置かれている。

IETFの構造

 IESGはIETFの議長及び各エリアを担当するエリアディレクタ(原則としてエリアあたり2名)、IETFに関係する組織の代表者で構成されている。また、ワーキンググループには座長2名が置かれ、ワーキンググループ内での議論が円滑に進むようにコーディネートをしている。

 なお、IETFで議論される内容の方針として、今またはごく近い将来に必要な技術に関するプロトコルについて議論をするというものがある。これは議論をスムースに進め、できるだけ早く実用となるプロトコルを決めていくために定められているルールである。

少し長いスパンで必要となる技術を研究するIRTF

 これに対して、少し長いスパンでインターネットの将来を考え必要となる技術に関する研究を行う組織としてIRTF(Internet Research Task Force)が用意されている。

 IRTFでは、IETFと同様に、研究を進める話題に応じてリサーチグループというグループに分かれており、スパム対策に関するリサーチグループや非常に長いディレイがあるネットワーク環境での通信方式に関するリサーチグループなど、現在13のリサーチグループが設置されている。

 また、IETFは他の標準化団体で進められている標準化作業についてはそれを尊重するという姿勢を持っている。例えば、無線LANに関する標準はIEEEで行われているし、Webに関連する技術の多くはWorld Wide Web Consortium (W3C)で行われており、IETFはこれらを参照するようになっている。

 IETFで議論されている話題は多く多岐にわたる。「せっかく日本で開催されるなら、ちょっと参加してみたい」という場合、まずは自分の興味があるワーキンググループやエリアを見つけ出すことから始めると良いだろう。

 ワーキンググループはホームページを持っているとともに、メーリングリストを持っており、これらの情報を参照しながらメーリングリストでの議論に参加してみよう。これがあなたがIETFに記す第一歩となる。

 次回は、IETFで決められたプロトコルについて記述した文書RFC(Request for Comments)について説明する。


関連情報

2009/10/20 06:00


砂原 秀樹
(すなはら ひでき) 慶應義塾大学大学院メディアデザイン研究科教授/奈良先端科学技術大学院大学情報科学科学研究科教授(兼任)。慶應義塾大学の村井 純教授が主宰するWIDEプロジェクトでボードメンバーを務める。