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無線LANで数kmの長距離を接続できる機器が発売されている。いったい何に使うモノ?

TP-Linkに聞いた

 「長距離無線LAN」ジャンルの製品についての記事が、じつはINTERNET Watchで注目を集める傾向にある。最近の主流と言える「Wi-Fi 6」や、さらに新しい規格「Wi-Fi 7」のような高速な無線通信には対応していないものの、数百m~数kmという距離で接続できる無線LAN機器である。多分もの珍しさもあるのだろう、その新製品を伝えるニュース記事は、一般的なWi-Fi 6/7対応ルーターよりも反響が大きいくらいかもしれない。

 今回は、こうした長距離無線LAN製品を手掛けるティーピーリンクジャパン株式会社(TP-Link)に、いったいどのような用途で使用される製品なのか聞いた。事業所の数カ所のビルなどを接続する拠点間接続で使われるイメージがあるが、海外ではインターネット接続サービスでも使われているほか、上位のISPからエンドユーザーまで、通信回線が全て無線LANという例もあるという。

海外ではISPのラストワンマイルでも利用されている「CPE210」

 「CPE210」は、最大5kmの通信が可能な無線LAN機器。長距離無線LANにおいて通信を効率化させる独自技術「TP-Link MAXtream TDMA テクノロジー」(以下、MAXtream)を採用しているのが特徴だ。Wi-Fi規格としてはIEEE 802.11b/g/nに準拠しており、2.4GHz帯(最大40MHz幅)を使用。通信速度(理論値)は最大300Mbpsだとしている。MAXtream有効時は、専用プロトコルのTDMAモードという仕様。

CPE210

大きさは224×79×60mm(幅×奥行×高さ)で、有線ポート×1を備える。電源は24VのパッシブPoEに対応し、PoEアダプターが付属。屋外に設置することを想定しており、防水性能はIPX5、雷保護は6kVで、動作温度範囲として-40~70度の環境での動作も確認済みだ。1台のPCからネットワーク内のデバイスが管理できるソフト「Pharos Control」が搭載されている。市場想定価格は1万5000円。

 無線LANでは、クライアントがアクセスポイントに接続する際、他のクライアントとアクセスポイントの通信を確認し、解放されると通信を開始するという仕組みだ。しかし、長距離無線LANでは、クライアントとアクセスポイントが通信しているか判断しにくいため、複数のクライアントが同時にアクセスポイントにデータを送り、通信品質が低下する“隠れ端末問題”が発生しやすくなるという。

 MAXtreamは、この問題を解消する技術だ。具体的には、MAXtreamに対応するクライアントに対して、アクセスポイントから専用の送信タイムスロットを割り当てることで、衝突などのトラブルが減少し、効率的な通信を実現させる。

 MAXtreamを利用していない場合は、実測値で、クライアントが10台だと合計スループットは60%程度、25台に増えると10%程度に落ち込んだ。一方、MAXtreamを有効にすると、クライアントが25台に増えても90%以上の合計スループットで通信できるという。

「TP-LINK Pharos MAXtream TDMA テクノロジー」を用いたクライアントの合計スループットの実測値

 アンテナのビーム幅は、65度(H面)、40度(E面)。9dBi 2×2デュアル偏波指向性アンテナと、受信強度を高めるメタルリフレクターが採用されている。

「CPE210」に内蔵されているアンテナと、それぞれの方向のビーム幅
「CPE210」の内部。ハイパワーTxと、高感度Rx無線フロントエンド、650MHzで動作するQualcomm Atherosのエンタープライズ向けCPUにより、長距離の接続を可能としている

 使用する周波数帯として2.4GHz帯を採用したのは、通信速度をそれほど必要としないネットワークの構築でコストを削減するためだ。また、5GHz帯を屋外で利用するには、気象レーダーや航空レーダーで使われている周波数帯を回避するDFS(Dynamic Frequency Selection:動的周波数選択)機能が必要だが、2.4GHz帯では不要だからだ。

 利用シーンとして挙げられるのは、学校や住宅、ビルなどの拠点間接続だが、海外では、無線LANによるインターネット接続サービスのラストワンマイルにCPE210が採用されている事例もある。

「CPE210」の利用イメージ。この例では、アクセスポイント、エンドユーザー宅に設置するクライアントのほか、アクセスポイントから隣のアクセスポイントへのバックボーン回線も「CPE210」による長距離無線LAN接続でまかなっている構成だ

クロトン(ペルー)

 ペルーでは、地形的にインターネット接続サービスを提供するのに困難な環境も多く、大手ISPでも全国はカバーしていないという。しかし、クロトンは、首都のリマをはじめとして、ペルー全土で無線通信を利用したインターネット接続サービスを提供。CPE210が採用されている。

 ヴィラ・マリア・デルトリウンフォ地区もそうしたエリアで、クロトンのほかにも複数の事業者が無線LANを利用したインターネット接続サービスを提供。これにより電波が干渉し、安定したサービスが提供できない状態にあったが、MAXtreamに対応したCPE210を採用して解消できたとしている。

ペルーのヴィラ・マリア・デルトリウンフォ地区
この写真では、鉄塔に取り付けられたアクセスポイントは「WBS210」という製品。CPE210と同様、MAXtreamに対応しており、エンドユーザー宅に設置されているCPE210と接続する

ADINET(インドネシア)

 また、インドネシアのジャカルタでは、CPE210を用いてADINETが個人・ホテル向けにインターネット接続サービスを提供している。

 ADINETは、遠隔地にインターネット接続サービスを提供することを計画していたが、ジャカルタでは有線でインターネット接続を提供するには多額のコストがかかるため、長距離無線LANを導入。その中で、エンドユーザー宅に設置するクライアントとしてCPE210が採用されている。

ADINETがサービスを提供するジャカルタ

 エンドユーザー宅同士が1kmも離れているというようなエリアでは有線で接続するのはコストがかかるため、TP-Linkの長距離無線LAN機器を導入。アクセスポイント側は、WBS210にセクタアンテナ「TL-ANT2415MS」を組み合わせている。WBS210もMAXtreamに対応しているため、エンドユーザー宅のCPE210と接続すると通信の品質が向上するとしている。

 なお、10km以上離れた上流のISPと接続するバックボーン回線にも長距離無線LANを使っており、こちらは5GHz帯の「WBS510」という製品にアンテナ「TL-ANT5830MD」を組み合わせている。

拠点間接続を想定した「EAP215-Bridge KIT」。防犯カメラのネットワーク接続にも

 「EAP215-Bridge KIT」は、最長5kmを接続できる無線LAN機器。IEEE 802.11acに準拠し、5GHz帯を使用する。2台がセットで販売されており、出荷時にペアリングされている。

 通信速度(理論値)は最大867Mbps。アクセスポイントから100mの範囲では、晴天で障害物がないという環境でテストしたところ、550Mbpsだったとしている。

 なお、より新しい無線LAN規格であるIEEE 802.11ax(Wi-Fi 6)であれば、IEEE 802.11acよりも高速な通信が期待できるが、長距離無線LANではIEEE 802.11acとの違いは明確ではないという。そのため、EAP215-Bridge KITではコストが安いIEEE 802.11acを採用したとしている。

EAP215-Bridge KIT

大きさは79×60×224mm(幅×奥行×高さ)。有線ポートは1Gbps×3で、そのうち1ポートは12Vまたは24VのパッシブPoEに対応(PoEで電源を供給するにはアダプターが必要で、製品に同梱)。また、直流の12Vでも動作する。屋外に設置することが想定されており、防水・防塵性能はIP65準拠、雷保護は6kVで、動作温度はマイナス40~70度、耐風性も備える。支柱に取り付ける部品が同梱されており、壁に固定する部品はオプションとして用意されている。。管理はクラウドで行い、ウェブブラウザーで操作できる「OmadaクラウドWeb UI」または、スタンドアロン型の「ローカル管理Web UI」が用意されている。2台セットで販売されており、想定販売価格は3万9900円。

 2×2デュアル偏波指向性MIMOアンテナを内蔵しており、ビーム幅は縦・横ともに35度、アンテナゲインは11.0dBi。長距離での通信を可能にしたのは、ビーム幅が35度のアンテナと、感度が高い受信機を採用したことによるもの。

 EAP215-Bridge KITは、2台セットでペアリングされた状態で販売されていることを考えると、主として1対1(Point-to-Point)での接続を想定した製品と言える。例えば、事業所のメインのビルから離れた場所にある別のビルまでの拠点間接続などだ。

メインビルから遠隔ビルまでを「EAP215-Bridge」で接続する利用イメージ。メインビルにあるインターネット回線を遠隔ビルでも、利用できるようにするとともに、遠隔ビルに設置されているカメラをメインビルからも見られるようにしている

 一方、1対多(Point-to-Multi-Point)での運用も可能で、その利用シーンとしてはネットワークカメラ用の回線が挙げられている。屋根の上や高い塔の上にアクセスポイントとなるEAP215-Bridgeを設置。倉庫、戸建て住宅、オフィス、道路、駐車場、農園・果樹園、工事現場など、屋外に設置されている複数のカメラをEAP215-Bridgeの無線LAN接続で収容するかたちだ。最大4台まで接続できる。

「EAP215-Bridge」は、ビーム幅35度で、最大5km、最大4台と接続できる(図に示されているのは、ビーム幅70度・最大1kmの別モデル「EAP215-Bridge」のカバー範囲のイメージ)

 これらの利用形態の場合、LAN内でのファイル共有や、複数ネットワークカメラの映像伝送など、ある程度の通信速度が求められる。そのため、最大300MbpsのCPE210ではなく、同867MbpsのEAP215-Bridge KITが必要になってくると言えそうだ。

街中での1対多接続での使用も想定されている。また、他のアクセスポイントとも1対1接続することにより、エリアが広げられる