山谷剛史のマンスリー・チャイナネット事件簿

劉暁波氏ノーベル賞受賞~ナーバスな問題に対するネットと中国国民の反応


 劉暁波氏のノーベル平和賞受賞(中国語で「諾貝爾和平奨」)により、尖閣問題に続いて中国に注目が集まっている。ここでは特別編として、中国の人々はどうやってこうした大きなニュースに接するのかを紹介しよう。

全人口の7割弱、約9億人はインターネットを利用していない

 中国のインターネット利用者は、携帯電話による利用者を含め4億2000万人(詳細はこの記事<http://internet.watch.impress.co.jp/docs/news/20100720_381370.html>を参照)。これは全人口の31.8%が利用している計算だ。

 逆に言えば、残りの9億人はインターネットメディアは利用しておらず、ニュースは新聞ないしはテレビから情報を得ている。また、インターネット利用者にしても、ニュースサイト・ブログ・SNS・掲示板・チャットソフトなど何かしらニュースが紹介されるサービスを利用する人がすべてではなく、とくに内陸部や農村部に行くほど、オンラインゲームなど娯楽用途のみの目的でインターネットを利用する人の割合が高くなる。

劉暁波氏の受賞はほぼ全てのニュースサイトが報道せず

 劉暁波氏のノーベル平和賞受賞に関しては、ほぼ全てのニュースサイトで紹介されていない。劉氏の受賞発表前には毎年設置された各ニュースサイトのノーベル賞特設ページが受賞発表後には削除された。中国国外のノーベル賞のオフィシャルページもトップページ以外は中国国内からはアクセスできなくなった。

今はなき網易の2010年ノーベル賞特集ページ消された新浪の2010年ノーベル賞特集ページ

 また、氏の名前で検索すると、百度では「法律法規・政策により一部検索結果が表示されない」と表示され、中国本土内から撤収し香港にサーバーを置くGoogleで検索すると、Googleへのアクセスができなくなった。Googleニュースで氏の名前で検索すれば、中国国外の一部の中文サイトでニュース記事が掲載されたことが確認できるが、中国からVPNなどを通して国外のリモートホストからアクセスしなければならず、ハードルは高い。

 中国大陸におけるわずかなノーベル平和賞絡みの中文ニュースでは、中国政府外交部による非難の声明のニュースがほとんどを占め、あとはロイター中国の報道などがわずかに確認できる。

 新聞では唯一、10月9日発刊の「北京青年報」が抗議文に関する記事を掲載したが、その後別の記事に変わっている。

変更前の北京青年報現在も確認できる変更後の北京青年報

 老舗ポータルサイト「新浪(Sina)」「捜狐(SOHU)」「網易(NetEase)」はいずれも全くこのニュースに触れておらず、毎日ちょっとニュースを見て、チャットやゲームや動画視聴をするネット利用者はニュースの存在に気づくことすらないだろう。ネットを利用しない人はなおさらのこと、このニュースを知ることはない。

 反対に、たとえば日本に片足を突っ込んでいて毎日日本のニュースサイトを巡回するくらい外国との縁がある人や、“金盾システム”をすり抜けて中国で普通には利用できないtwitterなどを利用できる人は、このニュースを中国国外の視点から報道されている記事を読み、海外での受け止め方を知ることができる。

報道されないニュースは、リアルの口コミや掲示板やSNSなどから知る

 このニュースを知るネットユーザーの多くが知るきっかけとなるのは、リアルの口コミや、掲示板やSNSなどのコミュニティサイトから得られる二次情報だ。

ミニブログでの反応

 中国からGoogleブログ検索を利用しようとも、中国語の簡体字で「ノーベル平和賞(諾貝爾和平奨)」や「劉暁波」といったそのままの単語で検索すると、Googleにアクセスできなくなるので、検索ワードを工夫するかVPNなどを通して検索する必要がある。

 中国検索サイト市場で1%程度のシェアを持つ検索サイト「捜捜」「中捜」両サイトでは、口コミなどの二次情報を反体制的なコメントも含めて拾い出しているが、それでもGoogleの検索結果数に比べれば少ないし、何より検索市場における「捜捜」「中捜」のシェアは1%程度なので、両検索サイトを知っている人数は非常に限られている。

中捜でノーベル平和賞絡みを掲示板検索捜捜でノーベル平和賞絡みをニュース検索捜捜でノーベル平和賞絡みをブログ検索

 検索サイトに引っかからないよう、注意深く文章が書かれたブログ記事もある。リスクを覚悟の上でブログやSNSや掲示板などで、「劉 暁 波」などと文字間スペースを入れたり、政府を「天朝」「ZF(政府の中国語読みのジェンフの各頭文字)」と置き換えた上で、このニュースを紹介し現状を嘆いている。

中国国外の中文サイトも反応は薄い「政治の道具だよね」

 中国のネット検閲を受けない中国国外の中文サイトを見ても、ニュースサイト、掲示板サイトともに本土同様反応は薄い。

 Googleで検索すると、最も受賞を喜んでいる中国メディアは人権団体や反体制団体のメディアであり、民間系(非中国政府系)の中文サイトは受賞のニュースのみ紹介し、その後の劉暁波氏周辺の動向などは紹介されていない。日本のメディアのほうがよほど事細かに紹介している。ちなみに中国国外の民間系サイトにも中国からはアクセスできない。

Googleブログ検索による世界中の中文ブログの検索結果。中国からは見られない喜ぶ反体制系サイトのニュース。中国からはアクセスできない

 中国国外の華人向け中文掲示板で「中国人がノーベル賞を受賞したけれど嬉しくないのか?」という質問があり、それに対し「嬉しいというより恥ずかしい。恥ずかしいというよりもおかしな話。国も文化も違うので判断できないが、彼は正しいとは思わない」「こんな人でもノーベル賞を受賞するならもう興味は持てない」「政治の道具だよね」という回答をしている。

 誰もが同じように思っているということはないだろうが、似たような考えを持っている中国人は少なからずいるのではないか。そんなわけで、中国を離れ自由な身であっても、ノーベル賞受賞のニュースを手放しに喜ぶ華人は多くないようである。

中国のネットユーザーの反応を知るのに役立つ中国ウォッチャーのサイト

 近年、中国におけるインターネットユーザーの反応や、ニュースに載らない小さなニュースなどを紹介する中国ウォッチャーのサイトがいくつか登場している。中でも「大陸浪人のススメ ~迷宮旅社別館~<http://blog.goo.ne.jp/dongyingwenren/>」「Kinbricks Now<http://kinbricksnow.com/>」「「日中文化交流」と書いてオタ活動と読む<http://blog.livedoor.jp/kashikou/>」はリアルな中国を知る上で役に立つ、中国のインターネットニュースやインターネットユーザーの反応を紹介するサイトである。

 こうしたサイトは何か大きな事件の後、独自の分析や調査をした後に記事を発表することがあるので、ニュースが起きたときに巡回してみるのもいいだろう。


関連情報

2010/10/12 06:00


山谷 剛史
海外専門のITライター。カバー範囲は中国・北欧・インド・東南アジア。さらなるエリア拡大を目指して日々精進中。現在中国滞在中。著書に「新しい中国人」。